電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第二十話 蒼穹のフィールド

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 グラウンドに響くのは子供たちの騒がしい声。
 この一文だけならば、なんら違和感は存在しない。
 しかし、それらは極めて精密に計算された軍事的意図をもって行われている。
 候補生である彼女らの即応性、戦術性の発育の為の疑似戦場プログラムだ。

 他の誰でもない、俺がもたらせた事象である。
 現在、最終試合となる〝理不尽〟サッカーを俺は眺めつつ、不謹慎ながら感慨にふけっていた。
 彼女ら——候補生達は試合を通じて、明らかに動きがよくなっていた。
 自ら考えて戦術を練り、指示を出し、果てには各員が指揮者の意図を読んでアドリブ対応を見せたりもする。
 お互いの弱点や長所などの特性を理解し、解析し、
 正直、ここまで短期間で望み通りの結果をもたらせるとは思っていなかった。
 これも一重に、現場指揮者であるキノトイとベツガイの成長によるものだろう。
 お互い、複雑な心理的背景はあるようだが、良きライバルとして研鑽しあっている。

 「ミシマ准尉」
 
 シノザキが背後から話しかけてくる。
 俺は視線をグラウンドに向けたまま、応対した。

 「なんだ?」

 「この事態は……想定されていたのでしょうか?」

 広い範囲の言葉だ。
 故に、聞き返すことにした。

 「どれを指す?」

 「……候補生達の、成長です」
 
 成長、か。
 軍人である彼女と、一般人である俺の価値観には大きな壁が存在する。
 そんな彼女にとって、候補生達のオーソドックスとは言い難い方式での成長の仕方はどう映っているのだろうか?
 俺は確かめておくことにした。

 「お前の目に、彼女らの成長はどう映っている」

 「……良い兆候かと」

 「そうか、それは良かった」

 俺は内心、安心していた。
 尚も俺の訓練方針に異を唱えるなら、更迭もやむなしと思っていたからだ。
 シノザキは候補生達と同性だし、信頼も厚い。
 なるべく重宝して登用することが最善だと思っていたからな。

 ふと、胸元に仕込んでいた携帯が震えた。
 俺はディスプレイを確認し、ため息を吐いた。
 たぬき親父からだ。

 「シノザキ、あとは任せた。ちょっと電話してくる」

 「了解しました」

 俺は後ろ髪ひかれながらも、速やかにグランドを離れることにした。
 歓声が背後から響いてくる。
 どちらかが勝利したのだろう。
 


 






ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 ディスプレイには狸親父のくせにいつも通り〝ウサギさん〟と表示されていた。
 リコールして数秒、叔父が電話に出た。

 「もしも——」

 『悪いが本題から入るぞ』

 いちいち感情を逆なでしてくる奴だ。
 悪意を込めた呪詛を浮かべ、黙って話を聞くことにした。
 
 『ちょっとゴタゴタしててな。暫く連絡はできんし、そちらからもしてくるな』

 「はあ? 何があったんだよ」

 『悪いが答えている暇もないんだ。しばらくはそっちでなんとかやってくれ。ああ、予算は使い切る方向で頼むわ』

 まずい状況——それに、予算を使いきれだと?
 着任時にもらった通帳には、偽装会社名義で三億程入っていたはず。
 何だか不安になるワードばかりよこしてきやがるな。

 三億を使いきれだって、何だか証拠隠滅しとけとも聞こえる。
 コイツ……一人だけしっぽ巻いて高飛びとかしやがらないだろうな。

 「あのなあ、こっちにだって都合が——」

 「じゃ、まあうまく頼むわ」

 ぷつっと電話が消える
 校舎の薄暗い隅っこで、ちっぽけなCO2が漏れ出た。
 それが世界に対して、どれほどの影響を及ぼすのだろうか。
 考えるまでもなく、俺は自室へと向かっていた。
 







 ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
 その日の深夜、子供たちも寝静まって静寂の訪れた校舎内。
 俺はミシマ准尉の手記を最後まで読み終えていた。
 読了後の感想は、感嘆にまみれた息が漏れたと言えば、その内容が称賛に価するに足りるのはご想像頂けるだろう。

 ミシマ・アサヒ皇国軍准尉。
 彼の欧州視察は、途轍も無く有益な情報をもたらせていたことは明らかだ。
 
 宇宙人が活用するロボット兵器の特徴、その有用性、そして弱点と思しき情報まで、だ。
 戦地で書いたにしては筆跡は単調で、抑揚は無く、分かりやすい。
 非常に冷静で知己に長け、意欲的な人物であったことがうかがえる。
 この人物が尻尾を巻いて逃げ出したのは何かの間違いではないか、そうとまで言えるほどの代物だった。

 俺が特に注目したのは、とある事例を示したものだった。
 欧州のとある地域、戦況が悪化して司令部が散った末期的状況での一幕だ。
 ミシマ准尉はその激動の数週間を淡々と、そして明確にとらえていた。
 




——————————————————————————————————————————

 【一九八五年 一月八日 火曜日】 快晴


 宇宙人のロボット兵器——通称、〝エルフライド〟は、旧大戦で用いられた高射砲による直撃弾を偶然食らい、一機が墜落。
 調査チームが現場に急行し、解析作業を行った。
 しかし、外的損傷はなく、一見したら高射砲の直撃による墜落ではない可能性も浮上した。
 だが、弾痕を示す煤が付着していたことにより、その仮説がとりあえず立証された。
 その後、一時間近く調査を行っている状況で、エルフライドは突如覚醒し、活動を再開。
 その場にいた軍服を着た軍人と義勇兵はエルフライドの手にもっていた熱線兵器によって死亡。
 非武装の研究員らや武装解除した軍服を着ていない軍人には一瞥をくれた後、何もせず飛び立っていった。
 その際——エルフライドが飛行を開始した直後、持ち合わせた電子機材は故障。
 記録は研究員と非武装の軍人の目撃情報のみで構成された。
 この出来事は【スリーピング・エルフ事件】と名付けられ、その名の通り、エルフライドの搭乗者による気まぐれなお昼寝模様をとらえた事件と受け止められている。
 しかし、この事件は今後の戦争で、エルフライドに対抗しうる大きな材料となる——。
 そんな気がしてならないのは、軍人としての勘であろうか。
 それとも希望を求める一人の人間としての傲慢な推察なのだろうか。
 その答えが分かるのが、人類から軍服を着た人間が消え去った後でないことを、今は祈ろうと思う。


——————————————————————————————————————————

 【一九八五年 一月十六日 水曜日】 小雨

 滞在していたミレン共和国が降伏を宣言。
 最大野党は即時停戦をして被害を最小限化できなかった与党を激しく追及。
 政権交代は秒読みと推察され、政権交代後は宇宙人の再襲撃を恐れた野党が各国の観戦武官の国外追放を行うのは明白であり、仲良くなった武官と共に大使館で撤収する準備を進めていた。
 そんな情勢の最中、【オーストン地方】の、とある田舎村で複数のエルフライドが墜落しているのが現地民の通報によって確認された。
 滞在していた各国の観戦武官と一緒に現場に急行。
 反軍勢力の少ない地域であった為、現場の保管は珍しく完璧な状態であった。
 そのうち数機がハッチを解放しており、乗っていた宇宙人と思しき搭乗者の死亡が確認される。
 原因は不明とされたが、合衆国の観戦武官は当時の天候状況をしきりに確認していた。
 エルフライドの影響で危機に不具合が多発し、天候予想が難しく、当時の記録も残っていなかったが、住民により、激しい雷雨が続いていたことが判明。
 合衆国観戦武官らは、エルフライドの弱点について、雷が影響したとされる仮説が取り沙汰されていた。
 【閃光】や【音】、【衝撃】が関連している可能性について話していた。
 【スリーピング・エルフ事件】も、高射砲による徹甲弾の直撃の際に発した音によって、パイロットである宇宙人が意識喪失していたとされるという結論だ。
 他国の武官らは、未知の宇宙兵器がそんな欠陥を抱えているとは考えずらいとその仮説を一蹴していた。
 しかし、今までの事例からして、その説については大いに議論の余地があると考えている。
 それらが実証されれば、大きな対抗手段となり得るのは明白だ。
 我々は慎重にこの件を検討し、判断しなければならないだろう。
 宇宙人を恐れた野党の妨害で、エルフライドの鹵獲は叶わなかったが、合衆国は秘密裏にどこかでエルフライドを鹵獲したと噂されている。
 もしそれが本当ならば、皇国軍人として考えればこれは脅威ととらえるべきであろう。
 しかし人類として考えるのならば——。
 それを望むことは、おかしくないことだと、思う。

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 その後は数ページにわたってエルフライドの弱点について考察されていた。
 結論はやはり、エルフライドに対して有効なものは【音】【閃光】【衝撃】だと書かれている。
 あくまで仮説、仮説だ。
 しかし、それを俺は検証することが出来る。
 エルフライドは体育館——俺の手札にあるのだ。
  
 このことはキノトイらが乗って検証させることで、実証可能だ。
 しかし、それに対する弊害——彼女らに後遺症等が残る可能性がある。
 あまつさえショックによる死の危険だって——。
 
 人の命の責任を負うのは嫌だ。

 そんな陳腐な言葉が浮かんだ。
 俺の手の中には現在、他国の軍人含め十八名の命が握られている。
 俺の決断が、彼ら彼女らの生命に関わっている。
 予定通り裏切ることになれば、阻止しようとするシノザキらと拳を交えるかもしれない。
 そうなれば何人かは確実に死ぬだろう。
 超兵器相手に屈しなかった奴らだ、死ぬまで戦うに違いない。
 そんな彼らのことを——俺は以前は馬鹿にしていたし、軽蔑していた。
 だが今の印象は——。
 印象、は。
 ……。

 手記にある通り、ミレンでは最大野党が勝利した。
 軍排斥派は世界中に勢力を拡大している。
 勝てない戦争を戦うことは、悪だとされている。
 俺もそう、思う。
 無駄に命を散らすだけだ。
 なぜ、そんなことをしなければならない。
 
 しかし——その意見には一つ重要なことが抜け落ちている。
 宇宙人が軍を消し去った後、何を望むのか。
 それが分からないのだ。

 もしかしたら家畜化され、奴隷とされるのかもしれない。
 もしかしたらそのまま地球を去り、悠久の平和が訪れるのかもしれない。
 もしかしたら全員殺され、新たな統治者が幅を利かせるのかもしれない。
 もしかしたら————。
 もしかしたら——。
 もしかしたらー。

 考えれば考えるほど、可能性は浮上する。
 しかし、それはあくまで可能性だ。
 宇宙人は語りかけてこないし、語りにも応じない。
 
 何をなして、何をすればいいか。
 それが誰もわからない。
 だから、それぞれが勝手に動いている。
 自身の可能性で導きだした結論を恐れている。
 そうなれば軍排斥派も、徹底抗戦派も同じだ。

 重要なのは——。

 「俺が何を成すか」

 気づけば立ち上がり、部屋の隅にある大きな鏡の前に立っていた。
 その男は軍服ではなく、学生が好みそうなジャージを身に着けている。
 
 「じゃあ、俺は誰だ?」

 また、口から言葉が漏れ出ていた。
 そう、俺は誰なんだ。
 電光の中隊に求められているのは、ミシマ准尉だ。
 タガキ・フミヤではない。
 
 意識しているつもりはなかったが、俺はミシマを演じていたらしい。
 いつの間に被っていた仮面は、軍が待つ運命に対する悲哀と、同情と、礼賛を含んでいた。
 
 当初画策した裏切り——。
 考えれば考えるほど粗が出てくる。
 結局、エルフライドに乗ってしまえば軍から逃げおおせたとして、宇宙人どもから攻撃を受けるかもしれない。
 だが、逃げるとすればエルフライドは必須だ。
 ここにエルフライドを置いていけば、また新たな犠牲者が生まれるだけだ。
 そして逃げるとして——。
 一番の問題は別にある。
 候補生達、彼女ら自身がそれを同意するのか。
 
 「ああ……チクショウ……」

 気づけば、その場に崩れ落ちていた。
 
 「とにかく、とにかくだ……」

 まずは、今やれることをやるしかない。
 みんな、みんなそれは同じなんだ。
 自分の思う事をやるしか、それしか方法はないんだ。
 シノザキやキノトイたち、エンジニア——叔父さんもだ。
 
 俺は再び執務机に座る。
 ノートに書きだしていくのは、これからの訓練方針と——。

 対、エルフライド用の戦術だった。

 熱線銃を持つ敵に対し、こちらで用意できると言えば弓くらいだ。
 しかし、ただの弓では無い、矢の先端には衝撃、閃光、音の発生する装置を付ける。

 「閃光……。閃光弾(フラッシュバン)が望ましい……よ、な。やっぱり……」

 マグネシウムを炸薬とすれば熱反応で強烈な閃光と音が発生する。
 今から分量を考えて試行錯誤で作るのは不可能だな。
 これくらいは軍に協力させて用意させないといけない。
 それらを装着すれば重量が出る。
 どでかい弓で引いても真っすぐは飛ばないことは明白だ。
 ならば——。

 「真上をとってからの垂直落下——」

 ペンをおもちゃ遊びのように机上で操作する。
 おおよそ、まともとは言えない戦術に、思わず自嘲気な笑みがこぼれる。
 足りない。
 何もかもが足りない。
 軍からの協力も、手札も、時間も。

 ふと、世界地図を取り出してみた。
 叔父経由で軍から提示された宇宙船との距離は直線にして、七千キロ程。
 百日後、最後の反抗作戦とやらが行われるとして、飛んでいかなければならない距離だ。
 エルフライドが時速何キロで飛べるのかも分からないが、時速五百キロで飛んだとしても相当時間がかかる。
 航続距離的に、長距離フライトは免れないだろう。

 「無茶だ、小学生だぞ……一昼夜休まず飛んで行けってか」

 行くとするならば、海軍の協力が急務だ。 
 エルフライドも機動さえしなければ電磁波が発生することは無い。
 陸路で輸送、海軍の船に積み込んでそのまま海路で太平洋の宇宙船近くへ。
 だが——中途で襲撃を受けたら?
 船はぶっ壊れて太平洋上で幽霊船に早変わりだ。
 動かない的を敵がほっとくとは思わない。
 何百人、下手したら何千人死ぬだろうな。

 合衆国がそもそもどうするつもりなのかも不明だ。
 上層部は話し合ってるのか知らないが、現場が知らないなんて論外だろう。
 連携を実戦で取り合うことも不可能だ。
 奴らは奴らで独自に動くのかもしれない。
 最悪、囮として使われる可能性もある。

 だとしても——。
 だとしてもだ。
 裏切るにしても、戦うにしても。
 指揮官として、俺は全ての状況に対応できるように——。
 
 「ふっ……指揮官か」

 彼女ら、候補生達の主戦場となるのは蒼穹のフィールドだ。
 逃げようにも、逃げ場はない。
 だが——それは、俺も同じだった。

 
 

 
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