電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第十七話 〝理不尽〟サッカー

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 二日間の激動の休みも開け、憂鬱な月曜日がやってきた。
 エンジニア達も二日酔いの為か、渋い顔でグラウンド端に腰掛けている。
 大人組はシノザキを除き、完全にダウンしていた。

 だというのに、子供達は異常に元気だ。
 集合時間に遅れる事なく、髪までセットし、それぞれ街で買ったカラフルなジャージに身を包んでいた。
 まあ、血色は良いし、休日が彼女らに良い影響を及ぼしたのなら良しとしよう。
 
 「今日はいよいよ訓練を開始する」

 俺はそう口火を切る。
 候補生達は一様に、真剣な表情を浮かべていた。
 
 「このグラウンドがステージだ、今からサッカーをしてもらう。サッカーを知っている者、挙手」

 誰も手をあげない。
 最近では割と皆んな積極性が増してきたと思っていたが、まだまだの様だ。

 「全て知ってなくていい、断片的な内容も知らないか?」

 「ボールを……」

 「おお」

 「蹴るやつですか?」

 「そうだ、良く知っているな。サッカーは11対11で行うゲームで、簡単に言えばあのゴールポストに玉を入れた方が勝ちだ。足だけ使ってな」

 俺が説明しても少女達はあまりピンと来ていないようだ。
 だが、それで全く問題にならない。
 何故なら、

 「今回行うサッカーは一味違う。理不尽なサッカーだ、なんでも使用していい」

 「なんでも?」

 「ああ、二チームに別れて人間がボール役だ。誰か一人でも相手のゴールポストに侵入すれば勝ちだ」

 「人間が……ボール?」

 「実演する。シノザキ、来てくれ」
 
 シノザキは何とも言えない表情を浮かべながら近づいてくる。
 その姿はパリパリにアイロンをかけた迷彩服では無く、一般の地味な紺のジャージだった。
 その姿は男子校ならファンクラブが出来るであろう、真面目な美人研修生他ならない。

 昨日より、我が部隊は私服着用を義務付けてある。

 「シノザキはキーパーだ」

 「キーパー……ですか?」

 怪訝な表情で聞き返すシノザキ。
 サッカーという奇異な方式での訓練であると伝えてあるが、詳細はまだ伝えていない。

 「俺とエンジニア達が連携をとりながらゴールポストに侵入を試みる。お前はそれを阻止しろ」

 「……はあ、注意は払いますが、怪我をするかもしれませんよ?」

 側から見たらシノザキが自身の身を案じている様に聞こえるだろう。
 しかし、これは全く別の意味で認識しなければならない。

 四対一、という圧倒的不利な状況で彼女は勝利を確信しているのだ。
 さすが中隊ナンバーワン兵士である。

 「手加減はしてやれ、エンジニアは貴重だ」

 「承知しました」

 俺の言葉にシノザキは頷いて踵を返した。 








ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 「シノザキ伍長がキーパーで、サッカーをする」

 「サッカーですか? この人数ならPKですね! ボールはどこです?」

 「俺たちだ」

 へっ? と呆気にとられるエマ一等軍曹。
 そこで、察しのいいライアンが顎髭を撫でながら補足してくれた。

 「俺たちの中の誰かが、あのゴールポストに入りさえすれば勝ち。そうでしょ准尉?」

 「その通りだ」

 「しかし有利過ぎませんか? こっちは四人、両側に一人ずつ突っ込めばそれで終わりですよ」

 「あのエキゾチックな美女を怪我させたくない。抑え目に行こうぜ」

 「あら、私のこと?」

 勝利を確信してか、軽口を叩き合う三人。
 盛大な前振りの様で思わず笑いそうになってしまったが、何とか堪えた。

 少しは危機感を持たせないと実演とは言い難いな。
 俺は煽る様にシノザキのスペックを口にした。

 「シノザキ伍長はそこらの兵士とは毛色が違う。実際彼女は所属していた中隊では指折りだぞ?」
 
 その言葉に三人はギョッとしたようにゴールポスト前で待機するシノザキに目を向ける。
 しかし、三人はシノザキよりも体格的に上だ。
 恐るるに足りないと判断したのか、ほっと息を吐く。

 「確かに彼女、戦士の目をしてるけど……戦場の法則、物量には敵いませんよ?」

 「ほう、そうか。ならまずは指示は出さないから好きにやってみろ」

 「そんなの、三人同時突撃で決まりですよ! ライアンは左、トビーは右、私は正面を攻めるわ! いくわよ!」

 言い切るなり勢いよく全力で疾走し始めたエマ。
 追随する様にライアンとトビーが駆け出し、三人は一挙にゴールポストに向かう。
 そんな中、不気味なほどシノザキはゴール前でジッとしていた。

 どんどん三人は距離を詰めていたが、シノザキの目線はエマだけを捉えていた。  
 そんな中——。
 僅かにシノザキの手がブレた様に見えた。

 「うわっ!?」

 ライアンの顔面にいきなり砂埃が舞った。
 どうやら目に大量の砂が入った様だった。
 ライアンは視界を奪われ、その場で亀の様にうずくまる。

 一体何が起こったのか、その答えはシノザキの手元にあった。
 シノザキの両手にはいつの間にか砂が握られていて、それをライアンの目元に投げつけたのだ。
 ポロポロと指の隙間から溢れ落ちる砂を見せつける様にエマに向ける。

 エマはその様子を見て、慌てて顔を隠しながらシノザキの横を通り過ぎようとして——。
 腕を掴まれた。

 そして、あまりにも綺麗に宙を舞った。

 シノザキがエマを腰払いで投げ飛ばしたのだ。
 彼女は地面に転がり、トビーの足元へスライドする様に迫る。
 颯爽と走っていたトビーはエマに躓いて盛大に頭からコケそうになり——危うく大怪我しそうな所をシノザキに首根っこを掴まれて急死に一生を得た。

 「ど、どう——」

 トビーはお礼を言い終わるまえに、シノザキに背負い投げされて地面に叩きつけられる。
 そして、倒れ伏した二人をスムーズに紐で拘束し、動けなくした。

 あっという間に二人を無力化してしまった。
 そこで、ようやく砂を払って視界を確保したライアンが戦力復帰する。
 しかし、時すでに遅し。
 すぐさま困惑した表情を浮かべた。

 「なんだってんだ!?」

 自分以外の人間が地に伏せ、拘束され、呻き声を上げているではないか。
 状況が掴めず、周囲を確認するが、シノザキの姿は無い。
 当然だ——シノザキはすでにライアンの背後に立っているからな。
 
 「ぐあ!?」

 ライアンは首根っこを掴まれ、そのまま後ろにはっ倒される。
 そして、流れるような動作で関節を極められ、どこから取り出しのかロープで拘束された。
 一瞬だ。
 決着は、ものの十秒でついた。

 「お見事」

 俺が拍手をしながらシノザキに近づくと、彼女は無表情でライアンから離れる。

 「お前ら見たか? これが本物の兵士だ」

 候補生達に促すと、殆どの者がポカーンッと口を開けて呆気に取られていた。
 当然だろう、自分より体格も大きい者を圧倒的な内容で組み伏せたのだ。
 ハブ・キョウコに至っては崇拝する様に目を輝かせ、シトネやベツガイは興味なさそうに無表情だった。

 「いいか、ポイントを交えて説明するぞ」

 俺はそんな事を言いながらゴールに近づいていく。
 その様子を見てシノザキはもうゲームは終了したと判断し、拘束されて芋虫のように動くライアンの拘束を解こうとして——。

 「今回のゲームは——俺の勝ちだ」

 俺のとある一言に耳を疑うように勢いよく振り向いた。

 「……はい?」

 「このゲームは俺の勝ちだ。ほら、ポスト内にいるぞ?」

 ゴールポストに入り、ほらね、と手を広げながら言ってやると。
 候補生達の大半が流石にそれは反則じゃないのか——みたいな表情を浮かべていた。
 おいおい、言ったろ。なんでもありだって。

 「騙し討ちもその一つだ」

 「ミシマ准尉……お言葉ですが、宇宙人にその様な言葉は通じないと思われますが?」

 「ほう、それは宇宙人に聞いたのか?」

 俺の言葉に諦めた様にため息を吐いたシノザキ。
 ベツガイ・サキがクスリと笑うのが視界の端に映った。







ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ

 単純なスポーツテストなら軍で受けてた様だし、全員の運動能力は確認済みだ。
 知りたいのは個々人の応用力。
 よって、俺は今回のゲームでそれを見極める為、大人組にはよく候補生達を観察するように指示を出してある。

 班分けは、とりあえずいつも固まっている仲良し組で割り振ってある。
 と言っても、ちょっとした化学変化が見たいのでセノはベツガイチームとは別に割り振ってあるが。

 Aチーム。
 リーダーはキノトイ
 シトネ・キリ
 リタ・ヒル
 ヒノ・セレカ 
 セノ・タネコ 



 Bチーム。
 リーダーはベツガイ
 ユタ・ミア 
 ハブ・キョウコ 
 センザキ・トキヨ


 
 Aチームのが数的優位性はあるが、差は一人分。
 それを上手く活かし切るかがポイントになってくるな。
 逆にBチームは劣勢をどう覆すか。


 各チームが何やら話し合いを始めようとしているので、シノザキに目配せする。
 シノザキは頷いてBチームの方に、俺はAチームの話し合いを覗く事にした。

 「こっちは……人数が多いから、相手も迂闊には近づいてこれないよね?」
 
 ヒノに意見を仰ぐキノトイ。

 「まずは様子見やねぇ、と言っても攻めないわけにもいかんし」

 なるほど、リーダーシップはキノトイが発揮し、意見を出す。
 それをヒノが精査し、作戦を立てるわけか。
 リーダーと参謀の構図が板についている。
 いいチームだ。
 しかし、他のヤツは受身型が多い。
 沈黙のシトネに、友愛のリタ、遠い目のセノまでいる。

 対するBチームは弓田を除き、攻撃型だ。
 勝ち気なハブ・キョウコに突撃マンのセンザキ、未知数なベツガイがいる。
   
 それを見越してか、Aチームはバランス的に配置を整える様に話し合っていた。
 アタックと防御に人員を割きつつ、遊撃位置に立つ予備人員も残しておく。
 悪くない案だ。
 しかし、無難過ぎる節もあるな。
 このゲームの真髄ってのはもっと別にあるのだ。

 「ミシマ准尉、こちらは話し合いが終わりました」

 「よし、こっちもだ。ならそろそろ始めるか。シノザキ、因みにお前はどっちが勝つと思う?」
 「……はBチームが勝ちます」

 運動能力は拮抗してる筈だが、は勝ちと言い切ったか。
 シノザキにそこまで言わしめるとは、一体どんな作戦なのやら。
 俺はグラウンドの中央に立ち、手を上げる。

 「それでは始める……状況開始!」

 振りあげると同時に、両者が勢いよく前に躍り出た。





ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
 
 ゲームは一方的な展開で終わった。
 結果はベツガイチームの圧倒的勝利、完膚なきまでにキノトイチームは敗れた。
 俺が手を振り下ろした瞬間、ベツガイチームは防御力を無視し、全兵力をポストに向けた。

 当然、人員を分散していたキノトイチームは対処できず、瓦解。
 防御に集中するよう指示を出したが間に合わず、ポストへの侵入を許した。

 何にせよ、キノトイチームは一発かまされたな。
 これで次回戦においてベツガイチームは精神的に優位性を保持するようになるだろう。
 ベツガイは中々豪胆性があるようだ、初戦から戦略性を無視した指示を出すとは。

 が——それだけだ。
 候補生内でベツガイは独自性が高く策士だと思っていたが、まあ想像の範囲内だったな。
 地獄の様な環境化で育ったキノトイらとは違い、別の地域の出自で独自性があるとは思っていたが、突出はしていない。

 逆に、独自性が無いと思っていたキノトイらの評価は覆してもいい。
 大人達のマリオネットだと思っていたが、現場においての自己判断と戦略内容は悪くない。
 むしろいい線いっているな。

 彼女らは彼女らなりの生きる術を磨いてきた結果なのだろう。
 生まれた時から日々暴力を振るう大人に脅かされる環境、想像を絶するが、危機回避能力が発達したのであれば候補生としては大いなる素材足りうる可能性がある。

 「やられた……いきなり攻め込むなんて」
 
 キノトイが悔しそうに唇を噛み締めている。
 ヒノがフォローしつつ、新たな作戦構築に話を移行する。
 敵がどの様に攻撃するか仮定し、どう動くかの想定を行っていた。
 うん、教えても無いのにセオリー通りのいい会議だ。
 しかし、子供が立てる作戦にしては手堅い。
 これは一皮剥けるにはまだまだかかるな。

 ふと、こちらに視線を向けたシノザキが視界に入った。
 ちょうどいい、俺は手招きして呼び寄せた。
 
 「後のジャッジは俺がやる、エンジニアの横で候補生を観察しといてくれ」

 そう告げると、シノザキは暫く黙り込む。
 どうやらいつもの提言モードのスイッチがオンになったようだ。

 「……ミシマ准尉」 

 「なんだ?」

 「この訓練は候補生の暴力性を引き出すものでしょうか?」

 「いや、あくまで自主性だよ」

 「そうですか。ですが、何でもアリ、というルール下でこれを繰り返せば、候補生の攻防はエスカレートします。それに——」

 俺は思わず笑ってしまっていた。
 シノザキが一瞬、動揺した様に目を見開く。
 だめだ——悪い癖が出たな。
 エスカレート、誰がものを言っているのかと思ってしまった。
 最初に見本として武力を行使したのはシノザキだ。

 そして、その圧倒的武力に対し、全く別のアプローチを行い勝利したのは誰か?
 それを問いたい所ではあるが、口にした所で何も変わらない。

 俺は咳払いを一つ、とりあえず表向きの説明を続けた。
 
 「俺たちが戦場で一番知りたいのは何の情報だ?」

 シノザキは何か言いかけて、口をつぐんだ。
 理解したのだろう、俺の言った意味が。
 戦場において最も知りたい情報は敵についてだ。

 戦略、戦力、兵站、個々の能力、指揮官の癖や民族的特徴に至るまで、それはそれは綿密に細部まで知ろうとする。
 仲間よりも、家族よりも、友人よりも深く、深く知ろうとする。

 それは最早、愛に近い感情だと俺は思っている。 

 そういったモノは特殊環境下にさらされなければ得る事は出来ない。
 敵よりも仲間を知る、唯一の機会を人工的に生み出すわけだ。

 「お前は敵より明日の飯が気になるのか? そうは見えないが」

 エンジニア達と会話しているせいか、合衆国風の言い回しが出てしまった。
 彼らとなら笑い合う所だが、我が国の言語では少々キツめの皮肉に聞こえてしまう。
 案の定、シノザキは不満気に目線を逸らした。

 「失礼……しました」

 「構わん、思った事は今みたいに提言しろ。二番目に知りたいのは味方の不満だ。さて——第二戦が始まるぞ、お前ら集まれ」

 集まってきた少女達の目には確かな闘争の色が宿っていた。
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