電光のエルフライド 

暗室経路

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電光のエルフライド 前編

第七話 【キノトイ・アネ】2

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 私、キノトイ・アネは真夜中の宿所で発狂しそうになっていた。

 シトネが——居ない!?

 事の発端は深夜、トイレで目が覚めた時。ふと、シトネのベッドに目が向いた時の事だ。
 皆んな寝息を立てながら掛け布団を上下しているのに対し、彼女の布団だけ全く微動だにしないのだ。
 不審に思った私が布団を捲り上げると——。
 彼女の布団の中には沢山の本が詰められ、人が寝ている様に偽装されていたのだ。

 冷や汗が噴き出て心臓の鼓動が速度を増した。
 孤児院で蹴り飛ばされた時の事がフラッシュバックし、
 私は部屋の中央にぶら下がっているランタンの灯りを灯した。

 「皆んな起きて!」
 
 眠っていた皆んなが目をこすりながら何事かと起き上がる。
 辺りを見渡して、舌打ちをしたくなった。
 ベツガイ・サキとセノ・タネコだけがまだ寝入っているのだ。

 「二人を起こして」

 私の指示に、二人の近くにいたユタ・ミアがビクッとした。
 彼女は私たちの中で一番臆病な性格をしている。
 彼女に新参者二人を起こす度胸はない。
 ワタワタとしている彼女を見兼ねて、リタ・ヒルが代わりに起こそうとすると。

 「触らないで」

 ベツガイ・サキは背を向けたまま、そう一言放つ。

 「起きてるなら起きてるって言いなさい」

 寝たままの彼女に私はイラつきを隠せず、キツイ口調が出た。
 彼女は背を向けたまま答えた。

 「うるさいわね、何の騒ぎよ」

 「シトネが居なくなったの」

 「はあ、帰ってくるわ」

 「え?」

 「ここにきてから毎日出歩いてるわよ、ソイツ。ほっといても二時間くらいで帰ってくるわ」

 衝撃の事実だ。
 シトネは今日だけでなく、毎日この様に抜け出していたのか?
 しかし、ならなぜそれをずっと見逃していたのか?
 これはシトネの問題であり、ベツガイ・サキの過失では無い。

 しかし、私たちは仲間であり運命共同体だ。
 この女はこの事がシノザキ班長にバレたらどうなるのかを分かっていないのか?

 「何で黙ってたの?」

 「フッ……気づいてて見逃してるのかと思ったけど、アンタら相当鈍いわね」

 気づいていると思っていた?
 言い訳だとすると苦し紛れだが、彼女の性質を考えると私たちに皮肉を交えて貶している様に聞こえた。
 私が一歩前に出ようとすると、ヒノ・セレカがそれを手で制する。

 「見逃してると思ってたアンタも相当鈍いんちゃうん?」

 セレカの物言いに、やっと起き上がる彼女。
 その目は挑発めいたものじゃなく、明らかに憤怒の色があった。
 そんな一触即発の状態の中——。

 「うわあああ!!?」

 とてつもない大きな叫び声をあげながら、セノ・タネコが勢いよく起き上がった。
 あまりにいきなりだったので、ユタ・ミアは腰を抜かし、ベツガイ・サキですら顔を引き攣らせていた。

 セノ・タネコは起き上がるなり緩慢な動作で周囲を伺い、涼しい顔で、
 
 「おはようございます、点呼ですか?」

 時が止まったように思えた。
 前から思っていたが、彼女は度が過ぎるほどの天然で、マイペースだ。
 先程の様な一触即発状態でも構わず自分のペースへと引き込んでしまう。
 私は咳払いをした後、セノ・タネコに向き直った。

 「まだ2時だけど……」

 「ええ!?皆んな寝なくて大丈夫なんですか?」

 抜けた様な声でそんな事を言う彼女に、私たちは絶句する。
 暫くして、リタ・ヒルが恐る恐ると言った風に口を開いた。

 「シトネちゃんが居なくなってて」

 「ああ、探しに行くんですか?」

 そう結論づけるなり、服を着替え出す彼女。
 ベツガイ・サキとは真逆の反応だ。
 
 「タネコ」

 ベツガイ・サキが不意に彼女の名を呼び、セノ・タネコは振り返った。

 「行かなくていいわ」

 彼女がそう口にすると、セノ・タネコは首を捻った。

 「どうして?」

 「シトネ候補生のお友だちが探しに行ってくれるってさ」

 やはり——彼女は私たちを仲間とは1ミリたりとも思ってはいないらしい。
 まるで他人事の様な言い草だ。

 「私も友達だよ?」

 しかし、セノ・タネコはそうではないらしい。
 ベツガイ・サキは不快気に顔を歪める。
 セノ・タネコは手を差し伸べながら、

 「行こうよ、友達の友達は友達でしょ?」

 「……」

 「曲がりなりにも私らは仲間よ、手伝ってくれたら助かるわ」

 推し黙る彼女にダメ押しの様に言うと、ベツガイ・サキは不快気に口を開いた。
 
 「ちょうど見回りの時間よ」

 「シノザキ班長の?」

 「見回り時間くらい把握しときなさいよ。少し時間を開けた方がいいわ」

 「……そうね、ありが——」
 
 彼女は言い終わる間にベッドに横になり、背を向ける。
 私はため息を吐いた後、全員に向き直り、
 
 「皆んな、一度ベッドにもど——」

 ズッ——と。
 引き戸が開く音がして、私達は固まった。
 心臓の鼓動が速くなる。
 血の気が引いて、耳鳴りがした。
 勿論、一人でに戸が開くはずもなく、現れたのは懐中電灯を持ったシノザキ伍長だった。

 無表情のまま、部屋を舐め回す様に視線を上下左右させる。
 私は我に返って、直ぐに敬礼をした。

 「お、お、おぉぅあ、お疲れ様です!」

 いつもは敬礼を返してくれるシノザキ伍長が、無言のままギョロリッと視線を一点にとどめた。
 シトネの膨らんだベッドだ。
 コツ、コツ、コツ、と。
 シノザキ伍長は軍靴を鳴らしながらシトネのベッドを捲り上げる。
 そこに大量の本を見つけ、何を考えているのかジッと見つめていた。

 私たちは内心、震え上がる。
 軍は私たちに見返りをくれた。
 安全な環境、食事、役目——。
 それに対して私たちが返したのは規律違反だ。
 震える体を沈める様に、私は、声を絞り出す。

 「あ、あの……」

 「これを私は二週間も見逃していたのか——」

 「え?」

 呟くように言ったシノザキ伍長に、私は思わず聞き返す。
 すると、シノザキ伍長に視線を向けられた。

 「ところで——参考までに聞かせてもらおう、お前らは真夜中に立ち上がって何をしている?」

 「し、シトネ、候補生が居ない事に気づいて、皆んなで探しに行こうと」

 「ほう、お前らも今日まで気づかなかったのか?」

 「は、はい」

 シノザキ伍長はしばらく無表情のまま私らを見つめた後、踵を返した。
 背を向けながら班長は——。

 「シトネ候補生は食堂で勉強中だ、ミシマ准尉が本日より許可した。お前らは……やる事が無いなら早く寝ろ、明日に響く」

 言い終わるなり、扉が閉まる。
 ヘナヘナと力無く私たちはその場に腰を下ろした。

 「あ、焦ったあ……てっきり怒られると思ったけど」

 「な、なんで怒られなかったのかな?」

 「シトネが食堂で勉強?でも、許可されたのは今日って……どういう——」

 「指揮官の影響ね」

 私たちの疑問に答える様に、ベツガイ・サキが起き上がりながら言った。
 私たちの視線を浴びながら、彼女はいつもの自信満々な表情を浮かべていた。

 「あの若い指揮官に変わってからシノザキ伍長はやりにくそうにしてるわ。更に大きな変化が起こるかもしれない」

 「大きな変化?」

 「あなた達も実感したでしょう?上が変われば何もかもが変わるわ。消灯時間に起きててもお咎め無し、とかね」

 私は孤児院から軍へと移った時の事を思い出した。
 確かに蹴り起こされる事もないし、食事を抜かれる事も無くなった。
 そう考えると、天と地ほどの差がある変化だ。
 しかし、それが同じ軍内部で起きるものなのだろうか?

 みんなでなんとも言えない表情を浮かべていると、ブーツを履いて上着を着たベツガイ・サキが立ち上がって出口方向へと向かう。

 「何処に行くの?」

 「誰かさんのせいで目が冴えたから散歩よ、行くわよタネコ」

 振り返ると、セノ・タネコはすでにベッドで盛大に寝息を立てていた。
 ベツガイ・サキはなんとも言えない表情でセノ・タネコを見つめる。

 センザキ・トキヨがクスリと笑い、睨まれてリタ・ヒルの背後に隠れていた。
 セノ・タネコが絡むとベツガイ・サキの嫌味ったらしいキャラもかたなしだ。 
 少々、いい気味だと思う。

 「……ミア」

 「ひっな、なに?」

 「着いてきなさい」

 何故ミアを?
 最近よくベツガイ・サキはセノ・タネコと絡めない時にミアを引っ張り回す。
 早々に部屋から出て行った彼女を慌てて追いかけようとするミアを私達は制止した。

 「嫌なら断りなさい、私からも言うわ」

 「う、うん。ま、まあでも大丈夫だよ……多分」

 煮え切らない態度でそう口にするミア。

 「早くきなさい!」

 急かすような廊下からの声で、ミアが飛び出て行った。
 心配そうなヒルが、私の袖を摘んだ。

 「ちょっと、心配……大丈夫かな?」

 「ほっとこ、断れないミアも悪いし」

 ハブ・キョウコが冷たくそう口にする。
 私は分かりやすく、ため息を吐く。

 「私ら孤児院組は約束したでしょ?何があっても手を取り合って助け合うって」

 「ミアはそうは思ってないみたいよ」

 「何でそうなるの? もういいわ、早く寝たいならあなたは来なくていい」

 「……」

 「まあまあ、とりあえず皆んなでちょっと見て大丈夫そうなら帰ればええやん」

 セレカが折衝案(せっしょうあん)を出し、私らは頷く。
 雰囲気の悪いまま、私たちはミア達を追おうと歩き出した。
 そんな中で——キョウコは尚も不機嫌そうに口を開いた。

 「……でも、私はミアが気に入らない」

 「まだ言うの?」

 苛だちを隠せない私の言葉に、キョウコは涙混じりに答えた。

 「アネが行かなくて良いっていってるのに、あんな奴に着いていくんだもん」

 その言葉を聞いて、私も思わず涙が出そうになった。
 キョウコは長い付き合いの私たちよりも、ベツガイ・サキの言葉を優先したミアが許せないのだろう。

 彼女の仲間意識が人一倍強いのを私は知っていたはずなのに、先程私が差し向けたのは"早く寝たいなら来なくていい"なんて短絡的な言葉だ。
 私は涙を流すキョウコと額を合わせ、目を瞑る。

 私たちは孤児院での暗くて長い夜を過ごす時、おまじないの様にこうやって勇気づけあっていた。

 「ごめんね、キョウコ。ちょっと苛々してて」

 「……うん」

 「一緒に行こう、皆んなで——」

 「ねーねー」
 
 シチュエーションの割に、間の抜けた声がした。
 私たちは振り向く。
 そこには何故か——所々泥まみれになった、センザキ・トキヨの姿があった。

 「トキヨ——アンタ、何その格好」

 「え?ミアとベツガイに着いて行くって言って話してたから、行くのかと思ってたら皆んなが話をしだしたから、先に見てきたんだよ」

 「は?」

 いまいち要領を得ない説明だ。
 頭を捻っていると、内容を理解したセレカが解説してくれた。

 「つまり、見失いそうだったから先に尾行してきたんやろ?」

 「そーそー」

 それにしても——トキヨの戦闘作業服には胸や肘、膝に無視できない量の土汚れがついていた。
 
 「何でそんな汚れてるの?」

 「シノザキ班長が言ってたじゃん、見つからない様に着いていく時は匍匐前進なんだよ」

 「あ、ああ……そう。まあいいわ、とりあえず二人はどこに向かったの?」

 「体育館だよ」

 「え?」

 体育館——確か、合衆国のエンジニアとかいう人達が住んでいる場所だ。
 そして、そこには私たちが乗るというロボット兵器も存在している。

 「なんでそんな所に——私たちはまだ近づくなってシノザキ班長に言われている筈よ」

 「なんか……よお分からんけど、はよ行ったほうがいい気がするね」

 セレカの言葉を皮切りに、私たちは宿舎の電気を消して盛大に寝息をたてるセノ・タネコだけ残し、トキヨの誘導で暗い廊下へと飛び出す。

 「出るなら正面玄関からやなくて裏口の方が良さそうやね、当直室の前通らんで済むし」

 「そうね」
 
 会話を交わしながら廊下を進む。
 直ぐに目が慣れて月明かりが窓から差し込んでいるのが感じ取れた。
 懐中電灯がなくてもこれなら大丈夫そうだ。
 




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