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電光のエルフライド 前編
プロローグ 【タガキ・タケミチ】
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【前書き】
※この話はまだ主人公視点ではありません。
主人公視点は、次話からになります。
------------------------------------------
私こと、タガキ中佐はハッキリ言って全く有能な陸軍幹部では無い。
寧ろ無能だ。
年功序列のお飾りの軍組織にしがみつき、必死に窓際でソリティア(無料ネットゲーム)のランカーを保持していたに過ぎない。
それなのにハゲが進行した準定年前で、異例の七階級昇進を果たせたのは熱心な侵略者共の努力の賜物だろう。
数ヶ月前、宇宙より飛来し、太平洋上に不時着した宇宙船から飛び出てきたのは平和の大使でも、青い鳥でも、ドッキリ札を下げたコメディアンでも無かった。
未知の合金で覆われた、人型をした殺戮兵器だった。
地球の主要都市は瞬く間に数個陥落し、人類は絶望の淵に立たされた。
といっても、奴らは律儀な事に順番に各国の軍基地を陥落させていっている様で、世界何百ヵ国の内の我が国は、まだ数百日は猶予がある。
それにインフラは破壊されず、軍関係以外の世界経済は順当に回っており、食糧危機にも瀕していない。
世界で最も良識的な侵略者と揶揄される始末だ。
今のところ人類はゼロ勝十敗といったところかな?
そんな結果が証明する様に、我が国の軍部は期限付きの平和が訪れていた。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
開戦当初、全く勝ち目の無い宇宙テクノロジーが敵と聞いた軍の関係者は、幹部やら下士官やら末端に至るまで、最後は家族と過ごしたいとダース単位で退職していった。
私は呆気に取られた。
その時はどうせ皆んな宇宙人によって死ぬと思っていたからだ。
最前線にいようが、実家に引き篭もろうが、死ぬなら軍でも関係ないだろう?
むしろ装備の充実した軍の方が長く生き残れるのでは?
だが、蓋を開けてみれば狙われたのは世界各国の軍隊だけ。
市民や統治機構は傷一つつけられる事は無かった。
それを聞いた、残っていた少ない軍関係者は更に辞めていった。
軍を去り際との優秀な同期に理由を聞くと、
「どうせなら勝ち目が無くとも家族の為に潔く戦って散ってやろうと思っていたが……市民になれば死なんで済むのだろう?……その家族に土下座までされて止められたなら辞めない理由なんて無い」
「あっそう」
私は呆気に取られながら返答をしたのを覚えている。
何故、今すぐに辞めてしまうのだろうか?
辞めるにしてもギリギリまで給料を貰ってからにすれば良いのに。
ワンチャン臨時ボーナスだってありえるだろう?
まあ、でもこれが普通の反応なのか。
世では税金泥棒、命を大事に、なんてフレーズと共に軍関係者の風当たりが更に悪化している。
基地があるから危険なんて理論まで出てくる始末だ。
新しい国家のリーダーが例え緑の肌をしたエイリアンでも身近な平和の方が大切なのだろう。
私はそんなニュースを携帯で見ながら、人気の消えた基地の喫煙所でタバコを蒸していると。
覇気の無くなった我が中隊の大佐がトコトコ歩いてきて、軍を続けるのか聞いてきた。
「私は続けますよ」
「……お前は家庭を持って無かったな……しかし、親御さんがいるだろう?親御さんは悲しまんか?」
「いやあ、親戚は兄貴一家以外絶縁されてますからねぇ」
笑いながら言うと、何したんだお前は……と、弱いツッコミが飛んでくる。
ヘラヘラしていると、真面目な顔になった大佐がまるで犯人に呼びかける様に続けた。
「階級章は倉庫に幾らでも転がっている。だが、命は一つだ」
「なんですか、私を辞めさせたいんですか?」
「……私は本日付で辞める事にした。同中隊の顔馴染みが死ぬのは忍びない」
「中隊、か……分隊の間違いじゃないですか?」
二百人いた我が中隊は、もう私を含めて八人しか居ない。
部隊が解散してどこかに再編成されていないのが不思議なくらいだ。
軍のしきたりとして、大佐が最上位に居たので辞めればスライド式に私が隊長となる。
軍に入隊した時、やる気の無い私がまさか部隊のトップに立つとは思いもしなかった。
人生とは何が起こるのかわからないものだな。
私の言葉に大佐はフッと笑い、見事な敬礼を向けてくる。
こんな私だが、軍人の端くれだ。
反射的に答礼を返した。
「こんな事言える義理じゃないが……死ぬなよ、タガキ軍曹」
ふっ……確かに言えた義理じゃないわな。
回れ右して本部隊舎に消えていく大佐。
私は二本目のタバコに火をつけながら言った。
「心配せんでも、死にはしませんよ」
どうせ滅びる組織に属しているのだ。
代々積み上げた予算が無駄になる前に私が使ってやろう。
兵士が減った分、給料は毎月爆上がり中だ。
エンタメも自粛しているようなどんよりとした世の中でこんな景気のいい職場は無い。
国の為に散々、奉仕(ソリティア)してきたのだ。
その位の権利はあるだろう。
「タガキ大佐」
背後から不穏な声が聞こえたので振り返ると、同中隊の一人、シノザキ上等兵が嫌な笑みを浮かべたままにじり寄ってきていた。
コイツは精鋭と呼ばれていた我が中隊の中でも最も狂っている女兵士だ。
志望動機も最前線に行く為、と書くイカレ野郎である。
しかし、頭のネジが外れている戦闘狂な割に教育の成績はほぼトップ。
最も過酷な訓練課程と呼ばれる〝隠密〟をクリアした初の女性兵士でもある。
何故か侵略者が訪れてからは毎日の様に絡んでくるようになり、おかげで業務が滞っている。
「誰が大佐だ、私は軍曹だぞ?」
「大佐が辞めるんなら、次の大佐はタガキ軍曹じゃないんですか?」
「馬鹿か? 上から任官を受けるまで私は軍曹だ。そもそも、死んで昇任したとしても大佐までいく訳ないだろう。精々、曹長がいいとこだ」
部下には真面目に見せ、上司にはやる気の無い様に見せるのが私なりの処世術だ。
理由は単純、サボっているところを部下に見られたら部下までサボり出してしまうからだ。
そうなると相対的に私の負担は増え、結局真面目に仕事をしなければならなくなってくる。
逆に上司がやる気の無い私を見れば失望し、別の優秀な人間に仕事が回される。
これぞサボりスパイラル、素晴らしき軍人ライフを形成する最強のサイクルなのだ。
「これだけ人が減ればありうると思うんですが」
「幹部の課程も修了してない俺が幹部になるわけないだろう、分かったら中ーー分隊に集合をかけろ」
「訓練ですか?」
「いや、今日は整備だ。太平洋の宇宙船まで遠征できるくらいに身の回りの整理をさせておけ」
どうせこれだけ人数が減ればこの基地は運用できず放棄となる。
私は軍に残った戦闘狂共が全国各地からどこかに集約されて、新たな部隊を編成するとみている。
軍人というのは渡り鳥みたいなものだ。
どこかに留まるということをせず、流動的に動き続ける。
ホームシックという概念すら消え去れば一人前だ。
「了解しました……。タガキ軍曹、最後に一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「タガキ軍曹は、今大戦で生き残れるとお思いですか?」
まずいな、さっきの独り言を聞かれていたか。
受け答えを間違えれば部下に動揺(仕事の増量)を与えてしまう。
私はなんとなし、と言ったように答えた。
「私……いや、俺は負けるのは嫌いだ。お前はどうだ?」
「私もです」
「死んだら勝ちなのか?」
「いえ」
「生き残れば勝ちか?」
「……」
「両方、間違いだ。死んでも生きても負ける」
「どういう、事でしょうか?」
「前提が違う。俺の勝利条件は敵が苦悶の表情を浮かべ、滅びゆく姿をこの目で捉える事だ。決して、名誉な戦死などではない。その為には基地を去った臆病共が残したクソでさえ平らげる自信がある。……これで答えになっているか?」
「なるほど、理解しました。ありがとうございます」
ふん……何が理解しただ。
自分言った俺ですら、途中何を言ってるのかわからなくなったぞ。
見事な敬礼をして去っていくシノザキ上等兵。
下士官は最早私だけ、シノザキ以外の兵士も宇宙人と戦いたがっている戦闘狂ばかりだ。
やれやれ、まあこんな面倒な子守りも最後の給料がいつ支払われるかの見極めまでだ。
最後の給料を貰ったらさっさとトンズラしよう。
これまで貯めに貯めた貯蓄があるのだ。第二の人生は離島でのんびりとなんてのも乙だな。
そんな妄想を浮かべていると、放送で司令室まで来る様に呼びかけがあった。
……もう、これ以上の面倒はごめん被りたいのだが、どうしたのものか。
俺は煙管にタバコを放り、億劫な足を無理やり本部隊舎へと向ける。
ふと、足を止めて空を見上げてみた。
真っ青なスカイブルーに、呑気そうな雲が点在している。
飛行機雲は最近一本も見ていない。
これも、電磁波を発するとかいうクソエイリアンの影響だ。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
伝言ゲームみたいなシステムの軍隊で、一昔前まではあり得なかったが、今では私は直接司令から命令を出される立場にある。
司令は将軍の階級章をつけた高位の人物だ。
まあ、制服を脱げばただのおっさんだ。
軍人の真実なんざそんなもんである。
ギャグみたいなレッドカーペットの敷いてある司令室に向かうと、途中廊下で不穏な連中と出会した。
全身フル武装でフェイスマスクをし、部隊章も階級章もつけていない明らかに猛者的集団だった。
恐らく、特殊部隊か何かだろう。
それが何故辺境の駐屯地の廊下でたむろしているのだろうか?
彼らは私を見るなり姿勢を正し、敬礼するでもなく銃を携えたまま静観していた。
「まだ君らの様な者が残っていて心強いよ」
私は勇ましい独り言を吐き、司令室の前に立つ。
ノックを三回、入れ、という言葉を号令に私は室内へと入る。
「タガキ軍曹、入ります」
司令室内では、司令が卓上で眉を顰めながら書類を眺めていた。
私は基本教練を駆使して司令の机の前へと行く。
規範通り敬礼をしようとすると。
「タガキ軍曹、敬礼省略。本題に入る」
「はい」
司令は深いため息を吐きながら私を見た。
当然だろう、残ったのは定年間近の窓際軍曹なんだからな。
しかし、司令は予想を斜め行く質問をしてきた。
「……貴官は落ちついているな。何か秘訣でもあるのか?」
「秘訣、でありますか?」
これは恐らく試されている。
ファーストコンタクトで気に入られる様な発言は避けるべきである。
何故ならその分面倒が増えるからだ。
適当に濁して終わりにしよう。
「生憎、司令にお話しできる様な秘訣はございません」
「構わん、話してみろ」
まだ食い下がってくるか。
なら、相手にしたく無い危険人物設定でいこう。
私は危ない笑みを浮かべながら、少し興奮気味と言った様に語った。
「わたしは生きる喜びというのをエイリアン共のおかげで知りました。その恩返しの為、軍に残留中であります」
一見すれば戦闘狂な発言だ。
エイリアンと戦う事を望んでいたと受け取れる言葉だからな。
狙い通り、司令は少し気押された様に顔を顰めた。
「なるほど、貴官は生まれる時代を間違えたクチか?」
「いえ、間違えなかった様です」
その言葉に司令は破顔する。
その反応に一瞬、動揺した。
まずいな、気に入られたか?
おかしいな、どの時代でも軍内部でさえトリガーハッピーは嫌われる傾向にあるのに。
「勇ましい事だ。まあ、名誉ではある。我が軍創設から二百年余り、最後の節目をこの身で迎えれるのだからな」
なるほど、そういう見方をするのか。
このおっさんは名誉の為に制服を着ているのだ。そんなお馬鹿な人間はむしろ、名誉が制服を着ていると言っても遜色ない。私が忌避すべき第一位という事がわかった。
とりあえずそれが知れただけで危険な発言をした価値があったというものだ。
私はこの和やかな雰囲気の中、ついでに気になっている事を聞くことにした。
「質問、よろしいですか?」
「なんだ、言ってみろ」
「何人、残りましたか?」
「……味噌もカスも頭数にすれば、陸だけで三千名程だ」
なんと、一個連隊規模も残っていたのか。
スカスカになった基地からは、民間の売店すら天変地異のネズミの様に去っていった。
まあ、全国各地からかき集めればそれくらいにはなるのか?
なんにせよお馬鹿な奴らが多い事だ。
滅びた国家からは勲章など出ないだろうに、代わりにダーウィン賞でも受け取るつもりだろうか?
まあ、国内に埋もれていたトリガーハッピー三千人が消えるのだ。
少しは平和になるかも知れないな。
「三千名もいるとは思いませんでした」
「本部が言うには、まともに戦えるのは貴官らを含めて五百人程度だ。残りは後方支援部隊に回す」
まあ、そうだろうな。
歩兵二十万人と言われても、実際戦うのは全員じゃ無い。
補給やらなんやらで結局、前線行きは一万人程度だ。
残ったのが兵科ごちゃ混ぜの三千人で、五百がまともに戦えるのなら数字的には良いのかもしれない。
「後、君には辞令を持ってきた」
「辞令?」
「おめでとう、タガキ中佐。我が軍初の七階級昇任だ」
な、七階級昇任!?
一介の軍曹がいきなり中佐!?
会社で言えば平から専務になるくらい異例だ。
というか人手不足ここに極まれりだな。
私の様な人間が中佐になるなど、この組織は既に破綻している事が見てとれる。
「流石に驚いた様だな。安心しろ、君の部下から君は現場主義だと聞いている。邪魔はせんさ、この昇任も形式上必要だったまでだ」
「という事は……何か任務が付与されるのですか?」
「話が早くて助かる。極めて重要な秘密任務だ。君の中隊は今後、特別中隊と位置付けて行動してもらう」
「第一〇二歩兵中隊がですか?」
「その通り。もちろん、名称も改めることになる。その中隊名だが——」
勿体ぶる様に少し間を開けた司令は、むかつく笑みを浮かべながら言った。
「デンコウ、だ」
【前書き】
※この話はまだ主人公視点ではありません。
主人公視点は、次話からになります。
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私こと、タガキ中佐はハッキリ言って全く有能な陸軍幹部では無い。
寧ろ無能だ。
年功序列のお飾りの軍組織にしがみつき、必死に窓際でソリティア(無料ネットゲーム)のランカーを保持していたに過ぎない。
それなのにハゲが進行した準定年前で、異例の七階級昇進を果たせたのは熱心な侵略者共の努力の賜物だろう。
数ヶ月前、宇宙より飛来し、太平洋上に不時着した宇宙船から飛び出てきたのは平和の大使でも、青い鳥でも、ドッキリ札を下げたコメディアンでも無かった。
未知の合金で覆われた、人型をした殺戮兵器だった。
地球の主要都市は瞬く間に数個陥落し、人類は絶望の淵に立たされた。
といっても、奴らは律儀な事に順番に各国の軍基地を陥落させていっている様で、世界何百ヵ国の内の我が国は、まだ数百日は猶予がある。
それにインフラは破壊されず、軍関係以外の世界経済は順当に回っており、食糧危機にも瀕していない。
世界で最も良識的な侵略者と揶揄される始末だ。
今のところ人類はゼロ勝十敗といったところかな?
そんな結果が証明する様に、我が国の軍部は期限付きの平和が訪れていた。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
開戦当初、全く勝ち目の無い宇宙テクノロジーが敵と聞いた軍の関係者は、幹部やら下士官やら末端に至るまで、最後は家族と過ごしたいとダース単位で退職していった。
私は呆気に取られた。
その時はどうせ皆んな宇宙人によって死ぬと思っていたからだ。
最前線にいようが、実家に引き篭もろうが、死ぬなら軍でも関係ないだろう?
むしろ装備の充実した軍の方が長く生き残れるのでは?
だが、蓋を開けてみれば狙われたのは世界各国の軍隊だけ。
市民や統治機構は傷一つつけられる事は無かった。
それを聞いた、残っていた少ない軍関係者は更に辞めていった。
軍を去り際との優秀な同期に理由を聞くと、
「どうせなら勝ち目が無くとも家族の為に潔く戦って散ってやろうと思っていたが……市民になれば死なんで済むのだろう?……その家族に土下座までされて止められたなら辞めない理由なんて無い」
「あっそう」
私は呆気に取られながら返答をしたのを覚えている。
何故、今すぐに辞めてしまうのだろうか?
辞めるにしてもギリギリまで給料を貰ってからにすれば良いのに。
ワンチャン臨時ボーナスだってありえるだろう?
まあ、でもこれが普通の反応なのか。
世では税金泥棒、命を大事に、なんてフレーズと共に軍関係者の風当たりが更に悪化している。
基地があるから危険なんて理論まで出てくる始末だ。
新しい国家のリーダーが例え緑の肌をしたエイリアンでも身近な平和の方が大切なのだろう。
私はそんなニュースを携帯で見ながら、人気の消えた基地の喫煙所でタバコを蒸していると。
覇気の無くなった我が中隊の大佐がトコトコ歩いてきて、軍を続けるのか聞いてきた。
「私は続けますよ」
「……お前は家庭を持って無かったな……しかし、親御さんがいるだろう?親御さんは悲しまんか?」
「いやあ、親戚は兄貴一家以外絶縁されてますからねぇ」
笑いながら言うと、何したんだお前は……と、弱いツッコミが飛んでくる。
ヘラヘラしていると、真面目な顔になった大佐がまるで犯人に呼びかける様に続けた。
「階級章は倉庫に幾らでも転がっている。だが、命は一つだ」
「なんですか、私を辞めさせたいんですか?」
「……私は本日付で辞める事にした。同中隊の顔馴染みが死ぬのは忍びない」
「中隊、か……分隊の間違いじゃないですか?」
二百人いた我が中隊は、もう私を含めて八人しか居ない。
部隊が解散してどこかに再編成されていないのが不思議なくらいだ。
軍のしきたりとして、大佐が最上位に居たので辞めればスライド式に私が隊長となる。
軍に入隊した時、やる気の無い私がまさか部隊のトップに立つとは思いもしなかった。
人生とは何が起こるのかわからないものだな。
私の言葉に大佐はフッと笑い、見事な敬礼を向けてくる。
こんな私だが、軍人の端くれだ。
反射的に答礼を返した。
「こんな事言える義理じゃないが……死ぬなよ、タガキ軍曹」
ふっ……確かに言えた義理じゃないわな。
回れ右して本部隊舎に消えていく大佐。
私は二本目のタバコに火をつけながら言った。
「心配せんでも、死にはしませんよ」
どうせ滅びる組織に属しているのだ。
代々積み上げた予算が無駄になる前に私が使ってやろう。
兵士が減った分、給料は毎月爆上がり中だ。
エンタメも自粛しているようなどんよりとした世の中でこんな景気のいい職場は無い。
国の為に散々、奉仕(ソリティア)してきたのだ。
その位の権利はあるだろう。
「タガキ大佐」
背後から不穏な声が聞こえたので振り返ると、同中隊の一人、シノザキ上等兵が嫌な笑みを浮かべたままにじり寄ってきていた。
コイツは精鋭と呼ばれていた我が中隊の中でも最も狂っている女兵士だ。
志望動機も最前線に行く為、と書くイカレ野郎である。
しかし、頭のネジが外れている戦闘狂な割に教育の成績はほぼトップ。
最も過酷な訓練課程と呼ばれる〝隠密〟をクリアした初の女性兵士でもある。
何故か侵略者が訪れてからは毎日の様に絡んでくるようになり、おかげで業務が滞っている。
「誰が大佐だ、私は軍曹だぞ?」
「大佐が辞めるんなら、次の大佐はタガキ軍曹じゃないんですか?」
「馬鹿か? 上から任官を受けるまで私は軍曹だ。そもそも、死んで昇任したとしても大佐までいく訳ないだろう。精々、曹長がいいとこだ」
部下には真面目に見せ、上司にはやる気の無い様に見せるのが私なりの処世術だ。
理由は単純、サボっているところを部下に見られたら部下までサボり出してしまうからだ。
そうなると相対的に私の負担は増え、結局真面目に仕事をしなければならなくなってくる。
逆に上司がやる気の無い私を見れば失望し、別の優秀な人間に仕事が回される。
これぞサボりスパイラル、素晴らしき軍人ライフを形成する最強のサイクルなのだ。
「これだけ人が減ればありうると思うんですが」
「幹部の課程も修了してない俺が幹部になるわけないだろう、分かったら中ーー分隊に集合をかけろ」
「訓練ですか?」
「いや、今日は整備だ。太平洋の宇宙船まで遠征できるくらいに身の回りの整理をさせておけ」
どうせこれだけ人数が減ればこの基地は運用できず放棄となる。
私は軍に残った戦闘狂共が全国各地からどこかに集約されて、新たな部隊を編成するとみている。
軍人というのは渡り鳥みたいなものだ。
どこかに留まるということをせず、流動的に動き続ける。
ホームシックという概念すら消え去れば一人前だ。
「了解しました……。タガキ軍曹、最後に一つ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「タガキ軍曹は、今大戦で生き残れるとお思いですか?」
まずいな、さっきの独り言を聞かれていたか。
受け答えを間違えれば部下に動揺(仕事の増量)を与えてしまう。
私はなんとなし、と言ったように答えた。
「私……いや、俺は負けるのは嫌いだ。お前はどうだ?」
「私もです」
「死んだら勝ちなのか?」
「いえ」
「生き残れば勝ちか?」
「……」
「両方、間違いだ。死んでも生きても負ける」
「どういう、事でしょうか?」
「前提が違う。俺の勝利条件は敵が苦悶の表情を浮かべ、滅びゆく姿をこの目で捉える事だ。決して、名誉な戦死などではない。その為には基地を去った臆病共が残したクソでさえ平らげる自信がある。……これで答えになっているか?」
「なるほど、理解しました。ありがとうございます」
ふん……何が理解しただ。
自分言った俺ですら、途中何を言ってるのかわからなくなったぞ。
見事な敬礼をして去っていくシノザキ上等兵。
下士官は最早私だけ、シノザキ以外の兵士も宇宙人と戦いたがっている戦闘狂ばかりだ。
やれやれ、まあこんな面倒な子守りも最後の給料がいつ支払われるかの見極めまでだ。
最後の給料を貰ったらさっさとトンズラしよう。
これまで貯めに貯めた貯蓄があるのだ。第二の人生は離島でのんびりとなんてのも乙だな。
そんな妄想を浮かべていると、放送で司令室まで来る様に呼びかけがあった。
……もう、これ以上の面倒はごめん被りたいのだが、どうしたのものか。
俺は煙管にタバコを放り、億劫な足を無理やり本部隊舎へと向ける。
ふと、足を止めて空を見上げてみた。
真っ青なスカイブルーに、呑気そうな雲が点在している。
飛行機雲は最近一本も見ていない。
これも、電磁波を発するとかいうクソエイリアンの影響だ。
ΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔΔ
伝言ゲームみたいなシステムの軍隊で、一昔前まではあり得なかったが、今では私は直接司令から命令を出される立場にある。
司令は将軍の階級章をつけた高位の人物だ。
まあ、制服を脱げばただのおっさんだ。
軍人の真実なんざそんなもんである。
ギャグみたいなレッドカーペットの敷いてある司令室に向かうと、途中廊下で不穏な連中と出会した。
全身フル武装でフェイスマスクをし、部隊章も階級章もつけていない明らかに猛者的集団だった。
恐らく、特殊部隊か何かだろう。
それが何故辺境の駐屯地の廊下でたむろしているのだろうか?
彼らは私を見るなり姿勢を正し、敬礼するでもなく銃を携えたまま静観していた。
「まだ君らの様な者が残っていて心強いよ」
私は勇ましい独り言を吐き、司令室の前に立つ。
ノックを三回、入れ、という言葉を号令に私は室内へと入る。
「タガキ軍曹、入ります」
司令室内では、司令が卓上で眉を顰めながら書類を眺めていた。
私は基本教練を駆使して司令の机の前へと行く。
規範通り敬礼をしようとすると。
「タガキ軍曹、敬礼省略。本題に入る」
「はい」
司令は深いため息を吐きながら私を見た。
当然だろう、残ったのは定年間近の窓際軍曹なんだからな。
しかし、司令は予想を斜め行く質問をしてきた。
「……貴官は落ちついているな。何か秘訣でもあるのか?」
「秘訣、でありますか?」
これは恐らく試されている。
ファーストコンタクトで気に入られる様な発言は避けるべきである。
何故ならその分面倒が増えるからだ。
適当に濁して終わりにしよう。
「生憎、司令にお話しできる様な秘訣はございません」
「構わん、話してみろ」
まだ食い下がってくるか。
なら、相手にしたく無い危険人物設定でいこう。
私は危ない笑みを浮かべながら、少し興奮気味と言った様に語った。
「わたしは生きる喜びというのをエイリアン共のおかげで知りました。その恩返しの為、軍に残留中であります」
一見すれば戦闘狂な発言だ。
エイリアンと戦う事を望んでいたと受け取れる言葉だからな。
狙い通り、司令は少し気押された様に顔を顰めた。
「なるほど、貴官は生まれる時代を間違えたクチか?」
「いえ、間違えなかった様です」
その言葉に司令は破顔する。
その反応に一瞬、動揺した。
まずいな、気に入られたか?
おかしいな、どの時代でも軍内部でさえトリガーハッピーは嫌われる傾向にあるのに。
「勇ましい事だ。まあ、名誉ではある。我が軍創設から二百年余り、最後の節目をこの身で迎えれるのだからな」
なるほど、そういう見方をするのか。
このおっさんは名誉の為に制服を着ているのだ。そんなお馬鹿な人間はむしろ、名誉が制服を着ていると言っても遜色ない。私が忌避すべき第一位という事がわかった。
とりあえずそれが知れただけで危険な発言をした価値があったというものだ。
私はこの和やかな雰囲気の中、ついでに気になっている事を聞くことにした。
「質問、よろしいですか?」
「なんだ、言ってみろ」
「何人、残りましたか?」
「……味噌もカスも頭数にすれば、陸だけで三千名程だ」
なんと、一個連隊規模も残っていたのか。
スカスカになった基地からは、民間の売店すら天変地異のネズミの様に去っていった。
まあ、全国各地からかき集めればそれくらいにはなるのか?
なんにせよお馬鹿な奴らが多い事だ。
滅びた国家からは勲章など出ないだろうに、代わりにダーウィン賞でも受け取るつもりだろうか?
まあ、国内に埋もれていたトリガーハッピー三千人が消えるのだ。
少しは平和になるかも知れないな。
「三千名もいるとは思いませんでした」
「本部が言うには、まともに戦えるのは貴官らを含めて五百人程度だ。残りは後方支援部隊に回す」
まあ、そうだろうな。
歩兵二十万人と言われても、実際戦うのは全員じゃ無い。
補給やらなんやらで結局、前線行きは一万人程度だ。
残ったのが兵科ごちゃ混ぜの三千人で、五百がまともに戦えるのなら数字的には良いのかもしれない。
「後、君には辞令を持ってきた」
「辞令?」
「おめでとう、タガキ中佐。我が軍初の七階級昇任だ」
な、七階級昇任!?
一介の軍曹がいきなり中佐!?
会社で言えば平から専務になるくらい異例だ。
というか人手不足ここに極まれりだな。
私の様な人間が中佐になるなど、この組織は既に破綻している事が見てとれる。
「流石に驚いた様だな。安心しろ、君の部下から君は現場主義だと聞いている。邪魔はせんさ、この昇任も形式上必要だったまでだ」
「という事は……何か任務が付与されるのですか?」
「話が早くて助かる。極めて重要な秘密任務だ。君の中隊は今後、特別中隊と位置付けて行動してもらう」
「第一〇二歩兵中隊がですか?」
「その通り。もちろん、名称も改めることになる。その中隊名だが——」
勿体ぶる様に少し間を開けた司令は、むかつく笑みを浮かべながら言った。
「デンコウ、だ」
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