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第1章
自己紹介
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「俺は奏真。神風奏真っていうんだ」
彼は時雨がたずねる前に、自分からそう名乗った。
やっぱり、聞き覚えのない名前だ。神風だなんて苗字、一度覚えていればそう簡単には忘れないはずだから。物覚えの良さは、人一倍良い自信があった。
でも、今の私はなにもかも忘れているんだっけ?
手に持つ水色の小さなノートに視線を落とし、私は小さくため息をついた。
未だにこのノートに書いてあることが本当だなんて、とてもじゃないが信じ難い。だが、親しげに話しかけてくるこの青年のことが何一つわからないことや、なぜ自分が病院にいるのかすらかわからない今、自分が記憶障害を患っているのだと信じるしかなかった。
私は、ずいぶんと冷静な自分がいることに気が付いた。まるで、こうなることが全てわかっていたような。もちろん、動揺しているし不安や恐怖だって感じている。でも、それ以上に何故かこの状況に納得してしまっている自分がいた。
「えっと、奏真……くん?」
「奏真でいいよ」
時雨が疑問形でたずねると、奏真は間髪を入れずにそう言った。ちょっと食い気味だったのは、気の所為だろうか。
「じゃあ、奏真。あんたと私は、どういう関係だったの?」
一番気になっていた事を、真っ先にたずねた。
だけど、自分から聞いておきながら、奏真の返答を聞くのが怖かった。
もしかしたら、自分は初めて出来たのかもしれない友達か、はたまた家族の存在ですら忘れているのかもしれないから。
昨日までの自分と、今いる今日の自分は、もしかしたら何か変わっているのかもしれないから。
考え出したらキリがない。
自分から聞いておいたけど、いっそ耳を塞いでやろうかと考えていたその時、私はふとあることに気が付いた。
奏真からの返答がない。
聞きたくないとか思っていたけど、気になるものはやはり気になる。だが、肝心の奏真は微かに目を伏せながら、またあの複雑な表情を浮かべたままで、一向に口を開こうとしない。
え、まさか私たち公に出来ないような関係だったの? 私が浮気相手とかそういう感じ? 本当にここ漫画の世界とかじゃない?
私が一人で脳内パニックを起こしていると、ふと伏し目がちになっていた奏真が、顔を上げて真っ直ぐにこちらを見つめてきた。
視線が絡まり合う。
奏真のまるで子供のような、純粋で真っ直ぐなその目に見つめられ、時雨はなんとなく気まずくなって目を逸らした。
別にやましいことなど、何一つないはずなのに。
時雨が目を逸らしたあとも、奏真がじっとこちらを見つめているのが、視界の端っこに見えた。
そして、彼はふっと小さく笑った。
まるで、花が咲くような、無邪気な笑い方だった。だが、それでいて、どこか悲しさと儚さを感じさせられるような、そんな笑い方でもあった。
「俺は、君が好きだった。ただそれだけだよ」
彼は時雨がたずねる前に、自分からそう名乗った。
やっぱり、聞き覚えのない名前だ。神風だなんて苗字、一度覚えていればそう簡単には忘れないはずだから。物覚えの良さは、人一倍良い自信があった。
でも、今の私はなにもかも忘れているんだっけ?
手に持つ水色の小さなノートに視線を落とし、私は小さくため息をついた。
未だにこのノートに書いてあることが本当だなんて、とてもじゃないが信じ難い。だが、親しげに話しかけてくるこの青年のことが何一つわからないことや、なぜ自分が病院にいるのかすらかわからない今、自分が記憶障害を患っているのだと信じるしかなかった。
私は、ずいぶんと冷静な自分がいることに気が付いた。まるで、こうなることが全てわかっていたような。もちろん、動揺しているし不安や恐怖だって感じている。でも、それ以上に何故かこの状況に納得してしまっている自分がいた。
「えっと、奏真……くん?」
「奏真でいいよ」
時雨が疑問形でたずねると、奏真は間髪を入れずにそう言った。ちょっと食い気味だったのは、気の所為だろうか。
「じゃあ、奏真。あんたと私は、どういう関係だったの?」
一番気になっていた事を、真っ先にたずねた。
だけど、自分から聞いておきながら、奏真の返答を聞くのが怖かった。
もしかしたら、自分は初めて出来たのかもしれない友達か、はたまた家族の存在ですら忘れているのかもしれないから。
昨日までの自分と、今いる今日の自分は、もしかしたら何か変わっているのかもしれないから。
考え出したらキリがない。
自分から聞いておいたけど、いっそ耳を塞いでやろうかと考えていたその時、私はふとあることに気が付いた。
奏真からの返答がない。
聞きたくないとか思っていたけど、気になるものはやはり気になる。だが、肝心の奏真は微かに目を伏せながら、またあの複雑な表情を浮かべたままで、一向に口を開こうとしない。
え、まさか私たち公に出来ないような関係だったの? 私が浮気相手とかそういう感じ? 本当にここ漫画の世界とかじゃない?
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視線が絡まり合う。
奏真のまるで子供のような、純粋で真っ直ぐなその目に見つめられ、時雨はなんとなく気まずくなって目を逸らした。
別にやましいことなど、何一つないはずなのに。
時雨が目を逸らしたあとも、奏真がじっとこちらを見つめているのが、視界の端っこに見えた。
そして、彼はふっと小さく笑った。
まるで、花が咲くような、無邪気な笑い方だった。だが、それでいて、どこか悲しさと儚さを感じさせられるような、そんな笑い方でもあった。
「俺は、君が好きだった。ただそれだけだよ」
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