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エマの話
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あるきっかけを境に魔薬取締班に所属することとなったエマは、服用者であるナターシャとアレンとは違い魔薬を使用していない。だからこそエマはただの人間として服用者をよく理解しているつもりだ。
天災のように強大で人間には到底敵うはずもない膨大な力を秘めているのが魔薬である。それが、ただ服用しただけで誰の手にも渡ってしまうのはとても恐ろしいことだ。
現在の刑法では服用者は一律に『魔薬を服用した事実をもって死罪』であるが、そもそも服用者を取り締まれる存在が居なかったのだから、無法地帯と何ら変わらない。悪魔の力を得た悪人が思うがまま無秩序にその力を振るい続けていた。
その最終手段として生まれたのがマトリ、魔薬取締班であった。悪魔を悪魔で制する署長の考えにはこの貴族の街特有の保守派から強い批判が多かったのは事実だが、ナターシャ達がその力で服用者を捕らえ断罪させ続けているのもまた事実である。
マトリの存在は、確実に服用者の抑止力になりつつあった。
だがまだ服用者の犯罪が消えたわけではない。
この街は未だに悪魔に怯えている。
3か月前から続く吸血鬼事件改め連続傷害事件の捜査が始まった。
捜査を進めていく内に明らかになったのは、新聞記者では辿りつけなかった泣き寝入りした被害者の存在だ。
メディアで注目されている事件だったからこそ名乗り出る者も多かったようだが、その半数は淑女を美徳とする環境の下、沈黙を貫いていたようである。
こうして、当初の倍である計10件もの被害が浮かび上がった。
被害者は全員若い女性で犯行現場もまた繁華街と限定されているが、犯人の手口は実に無計画なものであった。
狙った相手を酒に酔わせ犯行に至っているかと思いきや、被害者に事情聴取した所、声をかけられた者もいればかけた者もいるのだ。また確認させてもらった吸血痕も、首筋から手首から唇までと統一性が見られない。
被害を時系列ごとに並べると、初犯とされる3か月前から再犯までの期間が回数を重ねるごとに明らかに短くなっている。とくにこの2週間ではたかが外れたかのように数日おきの犯行だ。
そして、アレンの報告通りに直近の被害者ほど重体に陥っている。
一体この服用者はなにが目的なのか。
服用者の犯罪には必ず目先の利益がある。
例えば怪力をもってして銀行を襲った服用者は金、10オクターブの歌声を手に入れた服用者は自身の歌を認められたい承認欲求からだったが、この男にはそういう魔薬を服用した目的が読み取れない。
血を吸うという犯行の特異性から、この吸血鬼男は服用者と断定されてはいるものの、血と効力の関係性は未だ不明であり、被害者の数と情報に対して犯人の男は未だ謎が多く残っていた。
唯一にして最大の情報であるのは犯人の目的だけ。
何が目的で魔薬を服用し人を襲い続けるのか。
死刑になると分かっていても、彼を突き動かすものとは?
「どうして女性ばかりを狙うんでしょう…」
「可愛い方がいいからでしょ」
エマの問いは案外すぐ近くで答えが返ってきた。即答したのはアレンだ。
当然の、疑いようがない答えのつもりだったようだが、物言いたげなエマの視線にバツが悪そうに眉を顰めた。
「なに」
「男の人って皆すぐ顔だなーって思っただけです」
「アンタが変な男引っ掛けるのと一緒だろ?間違ったこと言ってないと思うけど」
「私の話はいいんですよ!それより被害者の顔、見てください。系統とか見た目、統一感ないと思いません?わざわざ人の血を吸うだけのために犯罪を続けるのって、趣味の範囲なんですかねぇ…」
「知らないよ。血吸ってる時点で俺の理解の範囲超えてるからね。でもアンタの言ってること、一理あるよ。ただ単に女相手が都合が良かっただけかもしれない」
効力が分からない以上断定出来ないけど、と前置きをつけアレンは言う。
「男なら女相手に声をかけやすいし、2人で居ても目立たない。犯行現場が繁華街に限定されてるのも酔った相手が扱いやすいからなら説明がつく。
本来自分の力に過信して大胆な行動にでるのが服用者だ。狙った相手でもない偶然的な相手すら襲うのも、噛む位置がまばらなのも、服用者に珍しいが犯罪自体を楽しんでいるわけじゃないのかもしれない。
案外効率のいい人間なのかもな」
「だったら余計、犯罪の頻度が気になるところですよね。報道が出てるのにどんどん頻繁になってるし、しかも被害が酷くなっていってます。本人だって危険が及ぶのは分かっているはずなのに…。
これじゃあなんだかまるで、見つけてほしいみたいに…」
「犯人の考えを知るだけ損するわよ」
ぴしゃり、言い切ったのはナターシャだった。
彼女は味わっていた紅茶を置くと、
「私達が今後取る動きは警備課の脳筋と同じくパトロールよ。この男は必ずまた人を襲う。それを見つけ次第現行犯逮捕するの。
ね?パターン化してる犯人でよかったわ。なんたって、なんで犯人がこんな犯罪してるのかなんて考える必要ないんだもの」
ナターシャの言い分は最もだ。繰り返される連続傷害事件は全て同じ区域で行われている。繁華街で待っていれば自ずと現れる犯人相手に、意図を読み解く理由も動向を予測する必要もないだろう。
だがこの吸血鬼事件の犯人の、3ヶ月にも及ぶ犯罪を犯しながらまだ人を殺めていないのがエマには不思議であった。
人の血を吸い続けるこの吸血鬼は、簡単に人を殺せる力を持っているのに何度犯罪を繰り返そうとそれだけはしない。
この犯人には人間としての越えてはならない一線を理解し、守っているのではないかと考えてしまう。
この男はもちろん犯罪者だ、でも、他の服用者のように凶悪なのだろうか?
「本来受け入れるべき何かを、私達は魔薬の力を使って意図的に覆したわ」
ナターシャは言う。私達、で括られたもう1人の服用者は目を伏せるだけだった。
「服用者なんてね、もちろんただ欲にまみれただけの人間が大半よ。でも中には、どうしようも無い不条理や現実を打破したくてもがいた結果の人間も確かにいた。
どんな相手のことも理解しようとするのはアナタのいい所だけど、どんな経緯であれ服用者が犯罪者であることには変わらないのよ、分かる?
同情する相手を選ばないといつか必ず自分自身が傷つくことになんのよ、エマ」
未だ犯人の人間像を追い求めるエマを諭すようにナターシャは言うのであった。
天災のように強大で人間には到底敵うはずもない膨大な力を秘めているのが魔薬である。それが、ただ服用しただけで誰の手にも渡ってしまうのはとても恐ろしいことだ。
現在の刑法では服用者は一律に『魔薬を服用した事実をもって死罪』であるが、そもそも服用者を取り締まれる存在が居なかったのだから、無法地帯と何ら変わらない。悪魔の力を得た悪人が思うがまま無秩序にその力を振るい続けていた。
その最終手段として生まれたのがマトリ、魔薬取締班であった。悪魔を悪魔で制する署長の考えにはこの貴族の街特有の保守派から強い批判が多かったのは事実だが、ナターシャ達がその力で服用者を捕らえ断罪させ続けているのもまた事実である。
マトリの存在は、確実に服用者の抑止力になりつつあった。
だがまだ服用者の犯罪が消えたわけではない。
この街は未だに悪魔に怯えている。
3か月前から続く吸血鬼事件改め連続傷害事件の捜査が始まった。
捜査を進めていく内に明らかになったのは、新聞記者では辿りつけなかった泣き寝入りした被害者の存在だ。
メディアで注目されている事件だったからこそ名乗り出る者も多かったようだが、その半数は淑女を美徳とする環境の下、沈黙を貫いていたようである。
こうして、当初の倍である計10件もの被害が浮かび上がった。
被害者は全員若い女性で犯行現場もまた繁華街と限定されているが、犯人の手口は実に無計画なものであった。
狙った相手を酒に酔わせ犯行に至っているかと思いきや、被害者に事情聴取した所、声をかけられた者もいればかけた者もいるのだ。また確認させてもらった吸血痕も、首筋から手首から唇までと統一性が見られない。
被害を時系列ごとに並べると、初犯とされる3か月前から再犯までの期間が回数を重ねるごとに明らかに短くなっている。とくにこの2週間ではたかが外れたかのように数日おきの犯行だ。
そして、アレンの報告通りに直近の被害者ほど重体に陥っている。
一体この服用者はなにが目的なのか。
服用者の犯罪には必ず目先の利益がある。
例えば怪力をもってして銀行を襲った服用者は金、10オクターブの歌声を手に入れた服用者は自身の歌を認められたい承認欲求からだったが、この男にはそういう魔薬を服用した目的が読み取れない。
血を吸うという犯行の特異性から、この吸血鬼男は服用者と断定されてはいるものの、血と効力の関係性は未だ不明であり、被害者の数と情報に対して犯人の男は未だ謎が多く残っていた。
唯一にして最大の情報であるのは犯人の目的だけ。
何が目的で魔薬を服用し人を襲い続けるのか。
死刑になると分かっていても、彼を突き動かすものとは?
「どうして女性ばかりを狙うんでしょう…」
「可愛い方がいいからでしょ」
エマの問いは案外すぐ近くで答えが返ってきた。即答したのはアレンだ。
当然の、疑いようがない答えのつもりだったようだが、物言いたげなエマの視線にバツが悪そうに眉を顰めた。
「なに」
「男の人って皆すぐ顔だなーって思っただけです」
「アンタが変な男引っ掛けるのと一緒だろ?間違ったこと言ってないと思うけど」
「私の話はいいんですよ!それより被害者の顔、見てください。系統とか見た目、統一感ないと思いません?わざわざ人の血を吸うだけのために犯罪を続けるのって、趣味の範囲なんですかねぇ…」
「知らないよ。血吸ってる時点で俺の理解の範囲超えてるからね。でもアンタの言ってること、一理あるよ。ただ単に女相手が都合が良かっただけかもしれない」
効力が分からない以上断定出来ないけど、と前置きをつけアレンは言う。
「男なら女相手に声をかけやすいし、2人で居ても目立たない。犯行現場が繁華街に限定されてるのも酔った相手が扱いやすいからなら説明がつく。
本来自分の力に過信して大胆な行動にでるのが服用者だ。狙った相手でもない偶然的な相手すら襲うのも、噛む位置がまばらなのも、服用者に珍しいが犯罪自体を楽しんでいるわけじゃないのかもしれない。
案外効率のいい人間なのかもな」
「だったら余計、犯罪の頻度が気になるところですよね。報道が出てるのにどんどん頻繁になってるし、しかも被害が酷くなっていってます。本人だって危険が及ぶのは分かっているはずなのに…。
これじゃあなんだかまるで、見つけてほしいみたいに…」
「犯人の考えを知るだけ損するわよ」
ぴしゃり、言い切ったのはナターシャだった。
彼女は味わっていた紅茶を置くと、
「私達が今後取る動きは警備課の脳筋と同じくパトロールよ。この男は必ずまた人を襲う。それを見つけ次第現行犯逮捕するの。
ね?パターン化してる犯人でよかったわ。なんたって、なんで犯人がこんな犯罪してるのかなんて考える必要ないんだもの」
ナターシャの言い分は最もだ。繰り返される連続傷害事件は全て同じ区域で行われている。繁華街で待っていれば自ずと現れる犯人相手に、意図を読み解く理由も動向を予測する必要もないだろう。
だがこの吸血鬼事件の犯人の、3ヶ月にも及ぶ犯罪を犯しながらまだ人を殺めていないのがエマには不思議であった。
人の血を吸い続けるこの吸血鬼は、簡単に人を殺せる力を持っているのに何度犯罪を繰り返そうとそれだけはしない。
この犯人には人間としての越えてはならない一線を理解し、守っているのではないかと考えてしまう。
この男はもちろん犯罪者だ、でも、他の服用者のように凶悪なのだろうか?
「本来受け入れるべき何かを、私達は魔薬の力を使って意図的に覆したわ」
ナターシャは言う。私達、で括られたもう1人の服用者は目を伏せるだけだった。
「服用者なんてね、もちろんただ欲にまみれただけの人間が大半よ。でも中には、どうしようも無い不条理や現実を打破したくてもがいた結果の人間も確かにいた。
どんな相手のことも理解しようとするのはアナタのいい所だけど、どんな経緯であれ服用者が犯罪者であることには変わらないのよ、分かる?
同情する相手を選ばないといつか必ず自分自身が傷つくことになんのよ、エマ」
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