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 ある昼下がり。
 セシルとアルはスラム街にある屋根の上で昼食ちゅうしょくをとることにした。
 アルははじめ、セシルのあとについていくこともやっとだったが、最近ではアルもかなりの身体能力しんたいのうりょくそなわってきており、屋根へ上るのは簡単なこととなっていた。

 一つ二つ雲が見える青空に太陽が燦燦さんさんと輝いている。暖かな日差しが二人に降り注ぎ、セシルは気持ちよさそうに伸びをする。

「これ、食べて」

 アルが持ってきてくれた美味おいしそうなサンドイッチにセシルがかぶりつく。

 パンはやわらかくて、色とりどりのたくさんの具が入っていた。口の中に広がる味を吟味ぎんみしながらセシルはじっとサンドイッチを見つめる。

「どうしたの?」

 アルが不思議そうに顔を覗き込むと、セシルはちょっと照れくさそうに下を向く。

「いや……このサンドイッチ、持って帰ってもいいか?
 親父や仲間に食べさせてやりたいから」

 ぼそぼそと小さくつぶやくセシルにアルは嬉しそうに微笑んだ。

「もちろん! 僕のも持っていって」

 アルが自分の分のサンドイッチをセシルに差し出した。

「い、いいのか? サンキュ」

 セシルはいそいそとサンドイッチを自分の隣に大事そうに置いた。
 アルはそんなセシルをニコニコと見つめてくる。

「なんだよ」
「ん? セシルは優しいなあと思って。僕はそんなセシルが大好きだよ」

 ストレートなその発言に、セシルは顔を真っ赤にしてアルを睨んだ。

「おまえの方が優しいだろ……」

 セシルのつぶやいた言葉はアルの耳に届いていなかった。



 楽しいひと時はあっという間に過ぎていく。
 夕日が町をオレンジ色に染める頃、セシルがふと前から思っていたことを口にした。

「俺はさ、前からおまえが王になればいいな、と思ってる」

 セシルの何気なにげなく言った言葉に、アルはひどく驚いた表情をする。
 あまりの驚きようにセシルは少し面食めんくらった。

「ごめん、突拍子とっぴょうしもないこと言って。
 忘れてくれ、そうなればいいなっていう夢物語ゆめものがたりだから」

 セシルは急いで訂正ていせいしたが、アルは下を向き黙り込んでしまう。

 バカなこと言うからあきれてしまったのだろうか、セシルはアルに嫌われてしまったのではないかと焦った。

「変なこと言って悪い。俺、馬鹿だからさ。本当にしょうがないよな」

 落ち込むセシルに、アルは真剣な表情を向ける。

「そんなことない。
 ……セシル、君に大事な話がある」

 急に空気が張りつめる。
 すごく大事なことをアルは話そうとしている、それだけはわかった。

 何かを決意したように、アルが静かに語り出した。



 アルの話した事実にセシルは驚愕きょうがくし、開いた目と口がふさがらなかった。

「な、なんだって? アルが王子って本当なのか?」
「ごめん、なかなか言い出せなくて」

 アルが申し訳なさそうに下を向く。
 どうやらこれは嘘や冗談ではなさそうだ。

「何言ってんだ、当たり前だろ。そんなこと……簡単に言えるか!
 いいのか、俺なんかに言って」

 セシルが不安そうな顔をしてアルを見つめる。
 そんな重大な秘密を俺みたいな人間に打ち明けていいのか。

「セシルになら打ち明けられるって思ったんだ。僕は君を信頼してる」

 アルのまっすぐな瞳で見つめられたセシルは複雑そうな顔をする。

「嬉しいけど……、俺はおまえが思ってるような人間なんかじゃない」

 セシルはアルから視線を外した。
 そう、住む世界が違う。はじめから関わっていい人間なんかじゃなかった。

「何言ってるんだよ! 僕はセシルが大好きだ。
 一緒にいればわかる、君は絶対に悪い人間じゃない。
 それどころか僕は君といると本当の僕でいられるんだ。力が湧いてきて、君とならなんだってできそうな気がする」

 アルが輝いた瞳をセシルに向ける。それは希望と夢に満ちていた。

「僕、この国を豊かで幸せな国にしたい。みんなが平等で笑って暮らせる、そんな国を作りたい。
 ねえ、セシルも一緒に手伝ってくれない?
 もちろん、国民全員で国は作るものだ、それは決して忘れない。
 その中でもリーダーが必要だ、それをセシルにしてもらいたい」

 壮大そうだいなことを語るアルに、ついていけないセシルはうつむいて小さく首を振った。

「待ってくれ。もちろんおまえが語る国は俺も作りたいと思う。そんなのずっと理想だと思ってた。
 でも俺は駄目だ、俺はスラムの人間だ。人から盗んで奪って、そうやって生きてきた。
 そんな奴がリーダーだなんて、誰も認めない」

 下を向き続けるセシルの顔を上げ、アルは視線を合わせ微笑んだ。

「何言ってるんだ、そんな君だからいいんだ。君にしかできないことがきっとある。
 生まれや育ちなんて何の意味も無い、そんなことは関係ないんだ。
 それに、君はこの辺りでもリーダー的存在だろ、統率力とうそつりょくもある。
 僕の傍で一緒に理想の国を作る手助けをして欲しい」

 アルは本気だ、セシルを見つめるその瞳は真剣そのものだった。

 アルとなら本当に皆が笑って暮らせる国が作れるのかもしれない、なんてセシルが夢を見てしまうほどに。

「俺もみんなが笑って、幸せだと胸を張って生きれる国を作りたいよ。
 ……俺にできるかな」

 セシルが弱々しく言うと、アルは力強く頷いた。

「君にしかできない。やろう、僕と」

 アルはきつくセシルを抱きしめる。
 セシルもそれに応えるようにたどたどしくアルの背に手をえると、アルは嬉しそうに笑った。





 セシルが家に帰ると、ロジャーは待っていたかのように声をかけてきた。

「おまえ、最近妙な奴と会ってるらしいな」

 その声はいつものロジャーの声より低く、セシルはなんだか妙な胸騒むなさわぎを感じた。

 どこからか耳にしたのだろう、ロジャーはアルのことを聞いているのだ。
 スラム街で外部の人間と頻繁ひんぱんに会っていれば嫌でも目立つ。

「すごくいい奴だよ、心配いらいない」

 セシルが笑顔で答えるとロジャーは黙り込んだ。
 しばらく沈黙したあとまた口を開く。

「おまえは口は悪いが純粋じゅんすいなところがある。
 誰かにそそのかされたりしていないかと心配でな」

 セシルはアルのことを悪く言われたようで少しムッとする。

「あいつはいい奴だよ、優しくて思いやりのある奴だ。本当にこの国のことを考えてる。
 俺はあいつが好きだ、付き合いをやめる気はないぜ」

 ロジャーは驚いて目を開くと、セシルをまじまじと見つめた。

「驚いた、他人に関心のないおまえにそこまで言わすとは……、本当にいい奴なんだろうな」

 ロジャーが優しく微笑む、この笑い方がセシルは昔から好きだった。
 子どもをいつくしむ親のような顔をするのだ。
 セシルには親がいないからよくわからないが、ロジャーのことは本当の父親のように思っていた。

 だから信用してたし、信頼してた。

 ロジャーにアルのことを知ってほしかった。自分たちの気持ちを理解してほしいという気持ちがあった。
 そして、これから二人で成《な》しげようとしていることを応援してほしかった。
 子どもが親に認めて欲しいという気持ち、そんな欲求に似ていたのかもしれない。

 だから言ってしまった。

「あのさ……親父、信じられないだろうけど、その子はアルって言って、王子なんだよ」

 王子という言葉を聞いて、ロジャーの瞳の色が変わった。

「王子……だと?」
「そう、だからこの国を俺と一緒にいい国にしたいって、夢を語ってくれた。
 本当にアルならこの国を変えられると思うんだ、その力があると思う」

 力説りきせつするセシルを通り超えて何処どこか遠くを見つめるロジャーの目は、いつもと違った。

「親父?」
「いや、そうか、それはいい友達ができてよかったな、俺も嬉しいぞ。
 そうだ、今度、ここに連れて来いよ、俺も会いたいし」

 急に饒舌じょうぜつになるロジャーに妙な違和感を感じるセシルだったが、それが何なのかわからず頷いた。

 ロジャーがアルを友好的に見てくれたことが嬉しくて、セシルはロジャーの異変に気づけなかった。

「この国の王子……」

 ロジャーが小さくつぶやいた声は、セシルに届いてはいなかった。
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