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あゆの秘密
しおりを挟む大地は悩んでいた。
昨夜のこと……。
あゆがなぜ美咲と剣を交えていたのか。
美咲の変化、須藤の能力、あゆと須藤の関係、そして……あゆのこと。
色々わからないことだらけで、大地の脳みそはパンクしそうだった。
「あー、わっかんねえ」
大地が頭を抱えたそのとき、
「おはよう、大地」
美咲が元気に声をかけてきた。
ニコニコと微笑む彼女は今までと何も変わらない。
いや、たった一つだけ違うことがある。
「じゃあ、私先行くね」
大地の肩を軽く叩くと美咲は走り去った。
なんだか少し距離を感じる。
言葉では説明できない、微妙な心の距離。
いつも当たり前にそこにあった物が急に無くなったような、そんな物悲しさ。
美咲の背中を見つめながら、複雑な心境に駆られる大地だった。
美咲は決めていた。
もっと人間として成長したら改めて大地に告白する。
今までの私では振り向いてもらえなかったのはしょうがない。
確かにいい女じゃなかったから。
だから、大地に相応しい女性になる。
なんだか嬉しかった。
前よりもきっと大地に近づいていける、そんな気がするのだ。
待ってて大地。
美咲は弾けるような笑顔でジャンプする。
「やるぞー」と気合を入れた。
あゆの足取りは重かった。
美咲に刺されたあと、どうなったのかまったく記憶にない。
私のことはチワが助けてくれたらしいが、大地のことはどうなっているのだろう。
一応口留めはしたらしいが、記憶操作はできないので私の正体は大地にはばれているということだ。
さすがにあれだけ間近で見たら、わかるよね。
手当してくれたみたいだし、私のことを嫌ってはいないのだろうけど。
どんな顔して会えばいいんだ……。
せっかくこの前、普通に話せる相手になれるかもって思ったのに。
あゆが深いため息を吐いた。
すると、その渦中の人物がこちらへ向かって歩いてくる。
あゆと大地の目が合った。
二人とも同時に目を逸らしてしまう。
お互いの間に気まずい空気が流れていく。
「あ、あのさ」
「は、はい」
二人はまた沈黙する。
大地はこの気まずさに耐えきれず思い切ってあゆを誘った。
「話したいことがある、屋上行こう」
空は青く快晴だった。
暖かく気持ちのいい太陽の光が二人を照らす。
屋上では小鳥たちの囀りが聞こえ、なんとも穏やかな空気を纏っていた。
爽やかな風に背中を押され、大地が口を開いた。
「これを聞いていいいのかすごく悩んだんだけど……どうしてもおまえのこと気になってしかたないし、知りたいから聞くな」
大地は真剣な眼差しをあゆに向けてくる。
あゆも覚悟を決め、見つめ返した。
「昨日の夜、美咲と戦ってたのっておまえだよな?」
そのことを認めてほしいのか否定してほしいのか、複雑な心境があるのだろうか、大地の瞳は揺れていた。
あんな惨状を目撃されているのだ、言い訳はもうできないだろう。
あゆは大地から視線を逸らさず、ゆっくりと頷いた。
「なんで美咲と戦ってたんだ?
美咲もおかしかったし、おまえもいつもの様子と違ってた。
いったい何がどうなってる?」
大地は捲し立てるように問いかけた。
あり得ないことばかりが起きているのだ。聞きたいことは山ほどあるだろう。
あゆが口を開こうとすると、
「私が話そう」
その声と共にチワが二人の前に姿を現した。
「え? 犬? どこから……」
大地が突然現れたチワを不審な目で見つめる。
視線を無視して、チワは大地に向かって淡々と話しかけた。
「大川大地、私は天界からやってきた使い魔のチワ。
あゆと共に魔界からやってきた魔族と戦い、人間を救っている」
チワワがしゃべり出したことに驚いて、開いた口が塞がらない大地が急に大声を出した。
「犬がしゃべってるっ!」
「悪いか? 世の中にはおまえが知らない世界がたくさんあるということだ。人知れず悪魔と戦うあゆのような存在もな。
おまえたちがのうのうと生きている世界では悪魔が人の心の弱さにつけ込み、魂を食らおうとしている。
そういう存在から人々を守るため、天界があゆを選んだ。
あゆは人々のために悪魔と戦っているのだ」
目の前で起こっていることに驚きつつも、何とかついていこうと努力する大地。
あゆとチワを交互に見ながら一人何やらつぶやいている。
混乱する頭を整理しているようだ。
そんな大地の様子を憐れむように見つめたチワが、一つ咳払いをしてから話し出す。
「本来なら、一般人のおまえにこんなことを知られては問題なのだが。
昨日あれだけ見られてしまってはどうしようもない。
上には報告して確認を取った。
おまえがこのことを口外しないと誓うなら、おまえの記憶はそのまま残る。
もし口外しようものなら、昨日のことは記憶から一切なくなる」
チワの顔は真剣そのものだ。
天界が下した判断は絶対で、誰にも覆すことはできない。
静かに聞いていた大地が深く頷いた。
「わかった。絶対に誰にも言わねえ、誓うよ」
大地の瞳をじーっと見つめ、覚悟を確認したチワは安心したように微笑んだ。
「美咲という女も悪魔に魂を売ったのだ。
それであゆが美咲を救うために戦っていた。
そこへ貴様がやってきて、あゆの邪魔をしたから重傷を負ってしまった」
昨日の出来事を説明したチワが大地を睨む。
「そうだったのか。
それはなんというか、本当に申し訳なかった。
でもあの傷……」
と言いかけたところで、昨日の須藤の言葉を思い出す。
須藤のことは内緒だった。
チワもすごい勢いで大地を睨んでいる。
言うなよ、という言葉が聞こえてきそうだ。
「まあよかった、木立が無事で。
しかしびっくりだよな。美咲も悪魔に魂売ってたなんてさ。
そういや、なんかあいつ変だったもんな」
大地は納得したように頷いている。
「まあ、これからはあゆの邪魔はするな。
言いたいことはそれだけだ。……あゆ、またな」
チワはあゆに微笑むと、その場から消えた。
残された二人にまた気まずい空気が流れ出す。
「あの、それじゃ、私はこれで」
空気に耐えられず去ろうとするあゆに、大地が声をかける。
「あのさ、俺、これからはあまえのこと手伝ってもいいか?」
突然の提案に、あゆの身体が硬直し、動きが止まった。
え? 今、なんて言った?
自分の耳を疑うあゆ。
「あのときは美咲が心配で、美咲のことしか見えてなかった。
まさか相手がおまえっていうのも知らなかったし、腹刺されたのが木立ってわかって本当にショックだった。
……後悔した。
もっと木立の力になりたいって、守りたいって思ったんだ」
大地は真剣だ。その強い想いはあゆの心に伝わってきた。
彼は本気であゆを心配してくれているのだと。
「俺は特別な能力なんてないし、選ばれた人間でもない。
だから役には立てないかもしれない。
それでも傍にいて……支えたいって思う」
大地の気持ちは嬉しかった、すごく。
あゆを大切に思ってくれる人なんていないと思ってたから……。
心がとても暖かくなって、涙が出そうになる。
でも、だからこそ。
あゆは強い眼差しで大地を見た。
「私の戦いはとても危険なの。巻き込みたくない」
普段のあゆとは違う、芯の強い口調と言葉。
あゆは気持ちを押し殺し、大地を遠ざけようとする。
しかし、大地は引き下がらない。
彼の想いはそんな生半可な気持ちではなかった。
「危険だからだろ? 危険だからおまえを守りたいんだ!」
大地の叫びがこだまする。
大地が空を仰いだ。
空を見つめ何かを決意すると、ゆっくりとあゆを見た。
「言わないでおこうと思ってた。
おまえが覚えてないんだったら、それはおまえにとってそれだけのものなんだろうって、俺の胸にしまっておいた。
でも、俺の想いをわかって欲しいから話す。
……あれは十年前のことだ」
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