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本当に大切なモノ

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 次の日、美咲は学校へ着くとすぐに大地を探した。

 生徒をかき分け走っていく。
 遠くにその姿を捉えると、美咲はまっすぐ大地へと向かっていった。

「大地っ」

 美咲は大地の手を取り引っ張る。

「美咲?」

 振り返った大地は美咲を見ると優しく微笑んだ。

「どうした? そんなに慌てて」
「大地……」

 美咲は恐る恐る大地に抱きつく。
 すると、いつもは突き離されるのに抱きしめ返してくれた。

「大地、大好き」
「俺も好きだよ」

 大地は美咲の耳元でそっと囁く。

 美咲は嬉しかった。

 やっと手に入れた、私の宝物。
 もう離さない、二度と。私のものだ、誰にも渡さない。

 美咲の目は暗く淀んでいた。




「いい天気」

 あゆは雲一つない青空を眺めてつぶやいた。
 今は昼休みで、昼食を取るためにここへやってきた。

 あゆは教室でご飯を食べるのが嫌でいつも屋上にきて一人を満喫する。
 教室のあの人がごちゃごちゃいる感じが好きじゃないし、こそこそと何か言われているように感じてストレスがたまる。

 それならばと屋上へ足を運んだら、誰もいなくて一人の世界を満喫できるここがあゆにとって天国に思えた。
 それ以来、屋上はあゆの居場所となった。

「あゆ、仕事だ」

 あゆがご飯を口に運ぼうとしていた、まさにそのときチワが足元に現れた。

「……お昼なんですけど」

 チワを睨むあゆのことは完全に無視して、チワは話を続ける。

「ターゲットは藤崎美咲、あゆと同学年で違うクラス。これ写真」

 あゆはチワから写真を受け取り、その人物を確認した。
 その人は大地の傍によく出没する美少女だった。あゆも何度か見たことがある。

 あゆの驚きようを見て、チワが探りを入れてくる。

「あゆ、知っているのか?」
「うん、見たことある……かな」
「まあ、いいけど。頼んだよ、果たし状は私がやっておくから」

 あゆの手にちょんと自分の肉球をのせ、チワは去っていった。

 残されたあゆは空を見上げ考えた。

 いったいあんな綺麗な人が望むものはなんだったんだろう、と。





 あゆはいつものように公園で美咲を待っていた。

 真夜中の公園に人は一人もいない、だからあゆは一人の世界を満喫できるこの時間が好きだった。

 暗闇は自分の存在を消してくれるような気がして、闇に溶け込んでいくような感覚が気持ちいい。

 そして、この静寂。夜の静けさはあゆの心を落ち着かせてくれる。

 誰にも邪魔されない、私だけの空間。

「私を呼んだのはあんた?」

 声のする方へ視線を送ると、そこには不機嫌そうな美咲がこちらを睨んでいた。

 静寂の中、風が吹いて木々がざわめく。
 あゆの姿が月明かりに照らされ姿を現した。

 束ねていた髪は解かれ、綺麗な黒髪がしなやかに風になびく。
 眼鏡を外したその瞳は鋭く光り、美咲を捉えていた。

 その姿からは誰が見てもあゆだとは思わないだろう。
 もちろん美咲も気づいていなかった。

「おまえ、悪魔と契約したろ」

 可愛い少女の姿から発せられる男のような口調に美咲は眉をひそめた。

「へえ、あれ悪魔だったの。……取引したわ、だってそうすれば願いが叶うんだもの」

 嬉しそうに美咲は語った。

「じゃ、おまえ殺すから」

 あゆは淡々と言い放つ。
 その瞳はまっすぐに美咲を見ていた。

「何言ってんの? 私はこれから大地と幸せになるんだから、邪魔しないで!」

 美咲の顔は鬼の様な形相になり、手には黒い剣が出現した。
 気づくとあゆの手にも白い剣が握られている。

 美咲があゆに襲い掛かってきた。
 あゆは真っ向からそれを受け止める。

 闇の中、金属音が鳴り響く。

 美咲は勢いに任せ剣を振り回してくる。
 あゆも最初は押されていたが、だんだん美咲の動きが読めてくると反対にあゆが押しはじめた。

「くそっ」

 美咲は必死に攻撃をしかけるが徐々に追い詰められていく。

 攻撃に隙が出た瞬間をあゆは見逃さなかった。
 あゆが美咲の剣を弾き飛ばす。その反動で美咲が倒れた。

 あゆは美咲を見下ろしながら、剣を向ける。
 美咲は恐怖を感じながらもあゆを睨んだ。

「殺さないで! これから大地と幸せになるんだから」

 必死に叫ぶ美咲にあゆは静かに言った。

「おまえが欲しかったモノは本当にそんな偽りの気持ちなのか?」

 美咲の瞳が大きく開く。
 動揺した心を隠そうと何か言いかけたとき、

「美咲!」

 大地の声がする。
 声の方へ振り向くと、大地がこちらへ向かって走ってきていた。

「大地……なんで」

 突然の出来事に驚き、美咲は大地を凝視する。

 大地は美咲を背に庇いながらあゆの前に立ちはだかった。

「美咲の様子が変だったから、つけてきたんだ。
 ……お前誰だよ! 美咲に手出しはさせない!」

 大地があゆを睨む。

 その瞳は、あの優しい眼差しではなかった。
 敵意を含んだ眼差しが向けられ、あゆは激しく動揺した。

「ど、どけ! そいつをやらないと……うっ」

 あゆの腹部に黒い剣が突き刺さる。

 大地に気を取られていたあゆの隙をつき、美咲が大地の後ろからあゆ目掛けて剣を突いた。
 まったくの不意打ちであゆは気づくことも、避けることもできなかった。

「ふん、口ほどにもない。私の邪魔をするからよ」

 美咲は吐き捨て微笑んだ。

 勝った!
 美咲は心の中で勝利を確信した。

 あゆはその場に崩れ落ちる。
 腹部から血が滲み、地面に血がゆっくりと広がっていく。

「え、ちょっと……」

 大地は動揺した。
 
 美咲を助けにきたはずなのに、目の前では敵だと思ってた奴が血を流して死にかけている。
 この現状をどう捉えればいい。

「救急車、救急車呼ばないと」

 大地が慌てていると、美咲が大地を抱きしめた。

「大地、あんな奴どうでもいいでしょ、放っておけば」
「何言ってんだ! 放っておけるわけないだろっ。おまえ、変だぞ」

 大地は美咲を突き放し、あゆを手当しようとする。
 そんな大地を見て、美咲がぽかんとする。

 そうか……私最近変だったのかな。
 
 そういえば、あんまり記憶がないし、頭がぼーっとする。
 それに大地と両想いになれたのに、あんまり幸せを感じなかった。

 その答えはなんとなくわかってた。
 
 偽物だから。

 彼の心が本当は違う人に向いているのに、無理やり私に向いても嬉しくない。

 虚しかった。

 本当に好きなわけじゃないから。そこには気持ちがこもってないから。
 なんだか薄っぺらで、感情が動かない。

 私はそんなモノが欲しかったわけじゃない。

 なんだ……そっか。

「大地、ごめん」

 美咲は泣き崩れた。

 わかったよ、私が本当に欲しかったモノ……。

 そのとき美咲の心臓を白い剣が貫いた。

 最後の力を振り絞り、あゆが美咲の心臓目掛けて剣を投げ抜いていた。
 美咲に命中したことを確認したあゆは力尽き、意識を手放す。

 突然、白い光に包まれた美咲はその場から消えていった。

 大地はあゆの傷口を必死で押さえていて、あゆの行動や美咲が消えたことにも気づいていなかった。
 大地がスマホを手にすると、その手を誰かが掴んだ。

「救急車を呼ばれるのは、ちょっと」

 大地が見上げると、そこには須藤がいた。
 いつも飄々ひょうひょうとしている彼からはあまり想像のつかない真剣な表情をしている。

「失礼します」

 あゆの腹部に手をかざすと須藤の手から白い光が放たれた。
 しばらくするとあゆの血は止まりはじめる。

 大地は驚いて声も出せず、あゆと須藤を交互に見た。

「ここで見たことは誰にも言わないようにお願いしますね」

 須藤はあゆを抱きかかえる。
 月明かりであゆの顔が照らされる。
 そのときはじめて大地はその少女があゆだと気づいた。

「その子は……木立あゆ、なのか?」

 須藤は返事の変わりに優しく微笑む。

「彼女が大切なら、今日あったことは胸に留めておいてください。
 ……あと、私のことは木立さんに秘密でお願いしますね」

 人差し指を口に当てると須藤は大地を残しあゆと姿を消した。






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