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ほしかったモノ

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 夜になると、賑やかだった通りも静けさを増し闇に包まれる。
 等間隔に並ぶ外套がいとうが道を照し、歩くのに差し支えない程度に明るかった。

 目的の場所へと続く暗い道路の真ん中を一人の少女が歩いていく。

 ゆりあは果たし状に記されていた公園へと向かっていた。

 近所で一番広い公園で、昼間は人も居て穏やかな印象だったが、夜は少し不気味な雰囲気を醸し出していた。

 あの手紙はいったい誰が差し出したんだろう。悪魔の契約のことまで書かれていた。
 公園に到着したゆりあは、警戒しながら辺りを見回す。

「木崎ゆりあ」

 ふいに声をかけられ、ゆりあは振り返る。

 そこにいたのは、小柄な少女だった。

 ゆりあと同じくらいの歳だろうか、いや、それより年下に見えた。
 黒く長い髪が夜の闇に溶け込んで、月夜に照らされた部分だけが綺麗な光を放っている。

「あなたが手紙を?」

 ゆりあは訝しげにあゆを見つめた。
 暗がりでどんな表情をしているのかわからない。

「おまえ、悪魔と契約しただろ」

 その可憐な容姿からは想像つかない口調に、ゆりあは驚いた。

「ずいぶん口が悪いのね。ええ、契約したわ」

 突然、あゆの手に白く光る剣が現れた。

 辺りは一瞬真っ白な世界となる。
 その剣から発せられる光が異様に眩しく、ゆりあは目を細めた。

「では、おまえを殺す」

 あゆは静かにそう言うと、地面を蹴った。

 すると、ゆりあの手にも黒い剣が出現した。
 その剣は漆黒の刃でできており、黒い煙のようなものが剣の回りを覆っている。

 あゆが振り抜いた剣をゆりあが咄嗟に受け止めた。
 金属が重なる音が辺りに響く。

「あんた、なんなの?」

 ゆりあは自分の力が増幅していることに驚いた。
 今まで剣道などを習ったことはないし、剣を振るったこともない。
 こうやって戦えていることが不思議だった。悪魔と契約したからなのだろうか。

 目の前の少女も強かったが、ゆりあも負けていない。

 戦う中で実感する。
 少女の動きは素人のものではない。そうとう死線をくぐり抜けてきたのだろうか、卓越した技に翻弄される。

 二つの影は目に見えないほどの速さで動いていく。
 剣が重なるときの音だけが辺りに響き渡っていた。




 その頃、公園の片隅で、もう一つの影が動いた。

「いいねえ、この音」

 二人の動きを目で追う人物、あゆのクラスメートの京夜が微笑んだ。

「人間は面白いね」

 京夜は楽しそうに笑った。

「人の純粋な心は美しい、魔族にとっては最大のエネルギーだ。人間はその貴重さに気づかず簡単に手放してくれるから、楽でいい」

 ゆりあに視線を送ったあと、あゆを見る。

「君は特に面白い。他の誰にもないものを感じる……いつも楽しませてくれるよ」

 そう言うと、手に持っていたリンゴを一口かじった。

「さて、今回も楽しませてくれよ」

 そうつぶやくと、京也はあゆたちの戦闘を見つめた。




 二人はお互いを睨み合っていた。

「やるじゃない……でもそろそろ限界なんじゃないかしら」

 ゆりあは余裕を見せようと虚勢を張るが、苦しそうに肩で息をしている。

「余裕っ」

 あゆも発言は強気だったが、かなり体力を消耗していた。
 もうそろそろ決めないともたない。

「いくぞっ」

 あゆが勢いよくゆりあに向かっていく。

 そのとき、野良猫があゆの視界に入った。
 こちらに歩いてくる。このままいけば戦闘に巻き込まれる。
 そう判断したあゆは軌道を修正するため体制が崩れた。

 その隙をゆりあは見逃さなかった。

「甘いっ!」

 ゆりあがあゆの脇腹目掛けて剣を振り抜いた。
 あゆは避け切れなかった。

「ちっ……」

 脇腹には剣で裂かれた跡があった。
 そこから血が滴り落ちる。

 まずい、かなりダメージを負ってしまった。早く決着をつけないと。

 血を流しながらもまだあきらめていないあゆに対して、ゆりあが問いかける。

「もうあきらめなさいよ、なんなの、どうしてそこまでするのよ」

 ゆりあには理解できなかった。
 こんなことしていったい何になる?
 ボロボロになりながら、血を流してもなおあきらめないその理由わけはいったい……。

 あゆは苦しそうに顔を歪め、息を吐き出す。

「おまえを、助けたいんだっ」

 意外な発言にゆりあは眉を寄せる。

「は? 余計なお世話、頼んでないし」
「悪魔と契約して、後悔してるんじゃないか?」

 ゆりあの心臓がドクンと音を立てた。

「後悔なんてするわけないじゃない! 私がずっと欲しかったモノが手に入ったんだもの。私は満足してるわ!」

 必死に叫ぶゆりあは激しく動揺しているように見えた。

 あゆは静かに問いかける。

「欲しかったモノは手に入ったのか?
 おまえはそんな外見が本当に手に入れたかったのか?
 おまえが本当に手に入れたかったのは……」

 そのとき、あゆの背後に黒い影が現れた。

「なにっ」

 あゆが振り向く前に背中に攻撃を食らう。
 あゆは血を吐いて倒れかけたが、なんとか踏ん張り、次に備えて身構えた。

「まあ、頑丈だこと。さすが、私たちに歯向かうだけのことはある」

 そこには、美しい容姿を持った悪魔が不敵な笑みを浮かべ、あゆを見下ろしていた。

「くそっ、魔族のご登場かよ、面倒だな」

 口に溜まった血を吐き捨てるとあゆは悪魔を睨む。

「やめてくれる? せっかく取り込んだ人間を誘惑するの。……目障りなのよ」

 そう言うといくつもの鋭い棘が悪魔から放たれた。
 それを剣で弾いていくあゆ。
 弾ききれなかった棘があゆを傷つけていく。

「くっそ」

 あゆは顔を歪める。
 もう立っているのもやっとの状態だった。
 体は傷だらけでお腹には深い傷がある。出血もだいぶありクラクラしてきた。

 見ていられなくてゆりあが叫んだ。

「もう、やめなよ! 私のことは放っておけばいいだろっ」

 悲しげに見つめてくるゆりあに向かってあゆが優しく微笑みかける。

「ゆりあ……おまえもうわかってるんだろ? 
 本当は何が欲しかったか。
 取り戻したいだろ、本当の自分を、ありのままのおまえを!」

 あゆは最後の力を振り絞り、ゆりあのもとへ走り出す。

「しまった」

 油断していた悪魔があゆを止めようと追いかける。
 しかし、あゆの速度は増していき、一瞬でゆりあの目の前に辿り着いた。

「ゆりあ、おまえはそのままで綺麗だ」

 あゆが微笑みかける。
 その言葉は不思議とゆりあの心に入ってきた。

 あたたかい……。
 心の鎖が外れる音が聞こえる。

 なんだ、本当はこんなに軽かったんだ。
 今までどんだけ重いもの背負ってたんだろ。
 一瞬、ゆりあの口の端が上がった。

 あゆはその手に持つ白い剣でゆりあの心臓を貫いた。

 白い光に包まれたゆりあは光とともにその場から姿を消した。
 それと同時に悪魔は奇声を上げ灰となっていく。

「終わった……」

 あゆがその場に倒れる。
 もう限界だった。
 心配そうにあゆに駆け寄ってきたチワが重症のあゆを見て取り乱す。

「あゆ! しっかりしろ!」
「私がお手伝いしましょうか」

 突然暗闇から声が聞こえた。
 チワが警戒する。
 声の主が姿を現すと、チワは大きな目をさらに大きく開いた。

「あなたは……」

 チワの視線の先では、あゆの新しい担任の須藤が微笑んでいた。




 遠くからその様子を眺めていた京也は、ちょうどリンゴを食べ終えたところだった。
 
「ふん、あの魔族そうとうカスだな、使えない。……にしてもあの男誰だ?」

 暗くて顔がよく見えない。
 現れたとき気配がなかった……相当の使い手か。

 男はあゆを介抱しているようだった。
 まあ、あゆが死んでは楽しみがなくなるので都合がいい。

「……また楽しませてくれよ、あゆ」

 京也はニヤッと笑うと、暗闇の中へ消えていった。






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