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救世主は少女!?

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 月明かりしかない静かな夜の公園。

 剣が激しく重なり合う音が鳴り響いていた。

 暗闇の中で二つの影がせわしなく動いている。
 影が交わる瞬間、剣がぶつかり合う音が暗闇に鳴り響く。

 一人は屈強そうな肉体をもった男だったが、まだ大人とはいえない幼さが残る青年のような顔立ちをしている。
 相手をまっすぐ見据えるその眼は血のように真っ赤に染まっていた。

 その男に真っ向から向かい合うのは、小柄な少女だった。年齢はわからなかったが、まだ幼さが残る顔立ちをしている。

 長い黒髪から覗くのは大きな瞳に小さな顔。
 華奢な肩を上下に揺らしながら浅い呼吸を繰り返していた。

 その体には無数の傷があり、傷からは血が滴り落ちていた。
 圧倒的に男の方が有利なのは目に見えている。

 男が少女に問いかける。

「おまえっ……なぜ倒れないっ」

 男はわからなかった。
 なぜあそこまでぼろぼろになりながらも立っていられるのか。

 ……命を張れるのか。

 あの小さな体のどこにそんな力が宿っているというのか。

 少女は口の中に溜まった血を吐きだし、不敵に笑った。

「そんなこともわからねえのか、てめえ」

 その可愛らしい容姿からは想像できない言葉遣いだ。
 男も以外だと言わんばかりに眉を持ち上げる。
 少女は男をまっすぐ見る。
 その瞳はとても強い意志と共に光を放っていた。

「腐りかけたその魂を叩きなおすためだっ!」

 少女は手に持っていた白く輝く剣を男の心臓へ向けてかざした。
 男は数秒少女を見つめたあと、可笑しそうに笑った。

「おまえ、馬鹿か! こんなことしても無駄だ、俺は変わらない。
 どうしたって変わらないどうしようもないことがある。
 努力ではどうしようもないことがこの世にはあるんだ!
 現状も、自分も、何も……
 変わらないんだ!」

 男は、苦しそうに叫んだ。

 そして、何かを消し去るように首を振った。
 男は少女を暗い瞳で見つめる。

「……おまえは無駄なことをしてるんだぜ、無駄なことに命をかけてる。
 それでおまえに何の得がある?
 おまえが死んだらただの無駄死にだろうが!」

 男は右手にある黒い剣を強く握りしめる。

「うおおおっ!」

 男が剣を振りかざし少女に突っ込んでいく。

「無駄じゃねえ。なぜなら、私は決して、おまえになんか負けないからなあっ!」

 男と少女の剣が再び交わり、二人の間に火花が散った。




「殺すのか、俺を……」

 男は地面で仰向けになりながら、少女を見つめた。
 少女は男の心臓に向けて剣を刺そうと構えている。

 お互い瞳を逸らそうとはしない。
 少女が静かに口を開いた。

「おまえは自分の魔に負けた。
 人間として決して屈してはならないものに負けたんだ。
 魔に侵された人間は、私が排除する」

 少女の瞳には迷いなどない。

 男は何かから解放されたような安らいだ表情になり、そして笑った。
 男の眼はいつの間にか赤から黒へと戻っていた。

「おまえは……強いな。
 俺には無い強さだ。剣をまじえればわかる、これが本当の強さだと。
 俺の求めていたもの。俺も欲しかったよ……まあ、もう遅いけどさ」

 男の目から小さな涙が一粒零れ落ちた。

 少女は涙が溜まった瞳をまっすぐに見つめると、今までより優しい声音で言った。

「手に入れることができるさ」

 少女は一瞬たりとも男から瞳を逸らさず、はっきりと言う。
 男も少女から目が離せずにいた。

「おまえも手にできるさ。……あきらめず、求め続ければな」

 彼女は月に照らされながら綺麗に笑った。戦いの中では見せなかった初めての表情。
 とても可愛いい笑顔だ、そう感じて男もつられて微笑んでしまう。

 次の瞬間、少女は男の心臓を白い剣で貫いた。
 男は白い光で包まれ、そして消えていった。





「お疲れ、あゆ。御苦労さま」

 暗闇から月明かりの下に姿を現したのは、犬のチワワだった。
 白く綺麗な毛をなびかせ、小さい体から伸びる四本足をチョコチョコ動かし、あゆのもとへやってくる。
 口には包帯をくわえている。

「ほら、これ使いな」

 あゆは犬がしゃべっていることが当たり前のように、驚くことなく差し出された包帯を手に取った。

「ありがとう、チワ」

 チワにお礼を言うと、傷の手当を始める。
 その様子を眺めながら、チワがしみじみと言った。

「それにしても本当にあゆは戦いの時と普段の人格違うよな」
「だ、だって、しょうがないでしょ。戦いになるとカーッとなって我を忘れるというか」

 本来あゆはとても大人しいタイプの女の子だった。
 あんな乱暴な態度や言葉は使ったことがないし、人前に出るだけでもあがってしまう性格だ。剣を振り回すことなんか、絶対にない。

 しかし戦いとなると、男まさりな言葉遣いや態度に変貌してしまうのだ。

「ま、なんでもいいけど……今回も痛々しいな」

 チワは傷だらけのあゆを見上げた。

 まだあゆは高校生、普通の女子高生ならありえない現状だろう。

「悪いな、おまえにばかり辛い思いをさせて」

 チワが申し訳なさそうに目を伏せる。
 そんなチワの顔を持ち上げて、あゆは満面の笑みを見せる。

「大丈夫、私は平気」

 傷の残った顔で懸命に微笑むあゆの顔がとても美しく見え、チワは目を細めた。

「あゆ……ありがとう」





 男が目覚めると、そこは病院のベットだった。

 確か部活で足を痛めてしまい、手術をしたんだ。
 そしてその晩に魔族が現れ、契約を交わした。それからの記憶はあやふやだったが、しっかり覚えていることがある。

 あの少女と戦ったこと。あれは夢だったのだろうか。

 足の怪我のせいでもう二度とラグビーができないかもしれないと医者に告げられ、全て投げやりになっていたとき魔族が現れた。
 最初は驚き戸惑ったが、契約すれば足を完治できると聞き、俺は誘惑に負け魔族と契約してしまった。

 現状から、自分から逃げたかった。

 俺は戦うことを放棄した。
 見たくない現状から目を逸らし、無かったことにしたかった。
 その方が楽だから。

 しかし、今は違う。

 ほんの少しでも可能性があるなら、やれるところまでやってみよう。頑張ってみようって思えるんだ。
 
 あいつみたいに。

 あんな小さな体で、ボロボロになりながら必死に戦いを挑んできたあの少女。
 俺に勝つまで絶対にあきらめないという強い意志を感じた。

「俺も負けてられないよな」
「何が?」

 不意に声をかけられ、我に返る。
 妹が見舞いにきていた。

「お兄ちゃん、さっきまでぐっすり寝てたね。すっきりした?」

 妹がじーっと顔を見つめてくる。

「あ、いい顔! よかったあ。心配してたんだよ、落ち込んでんじゃないかって」
「俺は……もう大丈夫だよ」

 微笑むと、妹は嬉しそうに笑った。

 あれが夢だったのかはわからない。でも、あいつが残した言葉が胸に響くんだ。

 現実は何も変わっちゃいないし、これからも辛く苦しい日々が続くだろう。
 だけど、もう逃げようなんて思えなかった。

 空を見上げると太陽が輝いて、青空がどこまでも広がっている。

 男は眩しそうに目を細めると、晴れやかに笑った。

「ありがと……な」




 この世には、魔族の魔の手から人々を救っている救世主がいるという。

 それはとても小柄な少女だという噂だ。
 彼女の正体は誰も知らない。

 しかし、その実態は、ごく平凡でシャイな女子高生だったりするのかもしれない。






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