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いつもの日常に……戻ってない!

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 気持ちのいい風が頬を撫でていく。
 太陽の光が背中を照らして体がポカポカと温まると、心がほっと落ち着くような気がした。
 つけっぱなしのテレビから今日の天気は快晴だという情報が流れてくる。

 そのとき、コーヒーのいい匂いが鼻の奥をくすぐった。

「ご主人様、コーヒーをどうぞ」

 リリーが可愛い微笑みとセットにコーヒーを机の上に置いてくれる。

「ああ、ありがとう」

 俺が微笑むと、一礼してリリーは定位置へと戻っていく。

 穏やかな空気が流れると共にコーヒーの匂いが部屋に充満していく。

 ああ、なんて至福の時なのだろう。

「ねえ、今日は何するの?」

 はじめがソファーにちょこんと座って微笑みながらこちらを見つめている。

 はじめは人間の子どもみたいに無邪気むじゃきに話しかけてくる。
 どこからどう見ても普通の子どもにしか見えない。

 アンドロイドなのに。

 桐生はすごい奴だ。
 いつか本当にすごい賞か何か取るんではないだろうかと思ってしまう。

「うーん、特に依頼もないしなあ。まあ、のんびりしよう」
「はーい」

 そう言うと、はじめはつまらなそうにテレビの操作をしてアニメを見始めた。

 あの事件以来、はじめもこの探偵事務所で一緒に暮らしている。

 桐生が言うには俺の息子という設定で作ったということだ。
 あいつは俺が一生家庭を持つことはないだろうという心配をしてくれている。

 ありがた迷惑というかなんというか……。

 しかし、俺は結構この暮らしが気に入っていた。

 やはり一人寂しく暮らしていた時よりずっと生活に張りが出たような気がする。

 可愛いメイドのリリーと息子のようなはじめ。
 二人がいることにより生活にいろどりが生まれたのも事実だ。
 一人寂しくいる生活にもう戻れそうになかった。

 そしてもう一つ、今までと確実に違ったことがある。

 それは……。

「輪島くん! 見て、見て!」

 事務所の扉がいきなり勢いよく開いたかと思うと、桐生が飛び込んできた。

 もう怒る気にもなれない。このパターンに慣れ過ぎた。
 俺が呆れた顔をして尋ねる。

「なんだ? どうしたんだ?」
「じゃーん」

 桐生が差し出した手には、手乗りサイズの可愛い羊のぬいぐるみがあった。

「この子はメイちゃん。この子の歌を聞いていると、眠くなって自然に眠ってしまうんだ」
「ああ、そう」
「って、なんで、もっと感動してくれないの? 君が快適に眠れるようにって作ってあげたのに」
「別に、俺は不眠症じゃないから。そんなもんはいらない」

 俺が冷たく言うと、桐生はいじける。

「ふん、いいよ。じゃあ、佐々木くんにあげようっと」
「俺もいらん」

 桐生の後ろから突然声が聞こえた。

 扉の前をふさぐ桐生を邪魔そうに避けながら、佐々木が部屋へ入ってくる。
 すると、佐々木の後ろから白猫が姿を現す。

「おい、また猫を連れてきたのか」

 俺が心底あきれたように、つぶやいた。
 佐々木が振り向いて驚いた表情をする。

「あ、猫……」

 どうやら今まで気づいていなかったようだ。
 こいつは猫に好かれるフェロモンでも出しているんじゃないのか。

 桐生が猫を拾い上げる。
 白猫は大人しく桐生の腕に抱かれている。

「今度の猫はえらく大人しいんだな」
「ね、ね、また事件かもよ」

 桐生が嬉しそうにニヤニヤと猫を観察している。

「そんな次から次に事件が起こってたまるか」

 俺が興味なさそうに猫から視線を逸らした。

「あ、この子、おリボンつけています。可愛いですね」

 リリーが猫を眺める。
 最近リリーはますます人間らしい表現や言葉を使うようになっていた。

 桐生によるとリリーたちにはAIが搭載とうさいされているので、どんどん学習していくらしい。
 しまいいには人間かどうか区別つかなくなるんじゃないのか。

「あ!」

 桐生が叫ぶ。

「なんだよ、うるさいな」

 俺が面倒くさそうに桐生を睨む。

 桐生の瞳がキラキラと輝いていた。
 なんだか嫌な予感がする。

「猫ちゃんのリボンの裏にメッセージが!」
「何!」

 俺は驚いて立ち上がった。

 まさか、そんな。
 そんなに立て続けにそんなこと。
 ありえない、絶対にありえない、よな?

 桐生が嬉しそうに叫んだ。

「事件だよ! 輪島探偵!」
「……事件だ」

 佐々木も嬉しそうにほくそ笑んだ。

 俺はがっくりと肩を落とす。


 こうして俺の普通だった探偵生活は、この二人と出会ったことにより、はちゃめちゃな事件へと巻き込まれていく生活へと変貌へんぼうしたのだった。
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