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001-2(ツカサside)

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「神田君、これ教えて!」

 放課後、クラスメイトの女子一人が、僕に話しかけてきた。
 高校に入ってから、何故か色んな人から勉強を教えてくれと頼まれることが増えた。

『神田君、頭良くても何言ってんのかわかんないよねー』

 中学の頃同じように勉強を教えた時、そう言われたことを覚えている。
 それが何度か続いた後、いつの間にか話し方や反応を笑われるようになっていた。

 けれどもここでは皆、何も言わずに聞いてくれて、そして終わればお礼を言われる。
 この差を母親に質問すれば、レベルの高い高校に行ったから当然だと言われた。
 低レベルの人はいないのだ、と。

 でも、だからと言ってコミュニケーションというのは苦手なままで、寧ろ例えば火野セイヤが学級委員長として黒板の前で話しているのを見ると、レベルが高いからこそ差は開いたようにも感じた。

「ありがとう! おかげでやっとわかった!」
「……よかった」

 僕はホッとして小さく息を吐く。
 一応、ちゃんと伝えることができたようだ。

 結局、及川君に話しかけに行く最初の言葉を考えるだけで迷走し、放課後がやってきてしまった。
 質問に答えていれば、当然だけれども、もう帰ったのか部活に行ったのか、気が付けばいなくなっていた。
 サタになんて説明をしよう。
 今の最大の悩みはそれだった。

「ねえねえ、神田君って放課後何やってるの?
 部活は入ってないって言ってたよね」
「え、ええっと、本を……」
「ねえ、何の本? いつも読んでる、難しそうな本?」
「あ、うん……」

 まだ僕の席の前に座っていたクラスメイトは、僕に色々と質問を投げ始めた。
 女子に多いこういった質問の嵐は、勉強のことを聞かれるより、僕の心を疲弊させる。
 何故こういうことを聞きたがるのか、わからない。

「神田君って、ほんとミステリアスだよね」
「え?」
「何考えてるかわかんないって言うか」

 その言葉に、僕は固まった。
 昼休み聞いた、クラスメイトの男子の会話を思い出す。
 その時は火野君に対してだったけれども、確かにこう言った。

『裏で何考えてるかわかんなくて気味悪いし』

 僕もまた、気味が悪いのだろうか。

「なんか、ごめん……」
「えー、いいじゃん! 寧ろそこが良いんだって!
 天界から来たんじゃないかって、皆言ってるよ!」
「天界……?」

 意味が理解できず、僕は首を傾げた。
 天界? 僕は人間だ。
 もしかしてこれは何かの暗喩表現なのだろうか。

「あ~、そろそろ塾の時間だ……。
 神田君、また教えてね!」
「あ、うん……。勉強なら……」

 そう言えば、その女子は笑顔で去って行った。
 裏では何か僕のことを悪く言って、面白がっているのだろうか。
 何考えてるかわからないと言いながら僕に笑顔を向ける理由が、わからなかった。

「神田、モテモテだな~」

 と、クラスに残っていた別の男子が僕に話しかけてきた。
 モテモテとは、異性に恋愛対象として多くの人から見られているという意味だ。
 そんなことはないだろうというか、寧ろその言葉は火野に言うべき言葉だろう。

「神田は好きな奴とかいないの~?」
「好きな……。恋愛って意味なら、色々見てると面倒くさそうというか……」

 男女の関係というものは、そもそもコミュニケーションを取らなければいけないというだけで大変そうだった。
 別に今、わざわざ恋人を作りたいとは思うことができなかった。

「勉強もできてイケメンなのにもったいね~。
 ほんと、どれだけ可愛い女子に話しかけられても安定対応で、逆に尊敬するわ~」

 それって、どういう意味?
 そう聞きたかったけれども、聞けば聞くほど鬱陶しそうな顔をされて嫌われたのを、何度も経験していた。
 そしてなんて返事をするべきか考えているうちに、会話が次に進んでしまう。

「好きな奴できたら言えよ! 全力で応援するわ」
「あ、ありがとう……」

 そう言えば、クラスメイトの男子は自習をしていたらしく、自分の席へと戻っていった。

 僕は、やっと解放されたと思って、立ち上がる。
 けれども、サタの件があり、帰るのは億劫だった。
 帰るのが遅くなったと言っても、自習をしていたと言えば、何故か僕は怒られなかった。

「集合!」

 廊下を歩いていると、外からそんな声が聞こえてきた。
 部活をしている声だ。
 一人の掛け声に、散らばって練習していた他の部員たちが集まっていく。
 汗と泥にまみれて、大変そうで辛そうだ。
 けれども真剣な顔をして部長の話を聞いた後、皆笑顔でまた散らばっていく。
 辛そうなことなのに、楽しそうな顔をしていた。

 僕は、その中でもきっと、楽しそうな顔をできない。

 中学の頃の嫌な思い出が、未だにこびりついて離れない。
 いつの間にか、会話をすることが億劫になっていた。
 一つの言葉を言おうとするたびに、誰かの不快な表情を思い出した。

「やっぱり、……だと思う」
「はい、私も……、は踏んで……」

 僕は、聞いたことのある声に立ち止まった。
 及川君と有末さんだ。

 僕は話しかけに行こうかどうか迷い、動けずにいた。
 恋人同士になったらしい有末さんとの会話を、邪魔したらいけない気がした。
 ただ、聞こえてきた会話はそんな甘い内容者ではなくて、僕はつい聞き入ってしまった。

「カメラアイの能力を持つ人は、メモリウムを体内に保つエネルギーが強いことが、原因になります。
 勿論、人によってエネルギーの強さは様々で、私たちも同様にメモリウムを体内に保っているのですが、神田さんは恐らくずば抜けて強いですね。
 過去の感情を引き出してしまう程のレベルでメモリウムが保たれています」
「そっか。なんか神田、中学の頃からだんだんしゃべらなくなってさ……」

 僕のことをしゃべっている。
 そもそもメモリウムってなんだろう。
 今まで色々な本を読んできたけれど、聞いたことなどなかった。

 ただ僕は、地面に足首を掴まれたように逃げられなかった。

「あ、すいません。ちょっとここで待っていてください」

 ふっ、と、有末さんが離れる。
 及川君は一人で、廊下の壁にもたれかかった。
 今なら話しかけられるだろうか。
 けれども、さっきの有末さんとの会話の真意がわからなくて、怖かった。

「メモリウムについて知りたければ、今日のニュース、必ず見てくださいね。
 あなたの知りたいことが、わかりますよ」

 背後から突然聞こえた声に、僕はビクッとして振り向いた。
 そこには、さっきまで及川君と話していたはずの有末さんがいた。

「えっと、あの……」
「シトさんに用があるのですよね?
 シトさんも“妹さん”に関して話したいことがあるらしいので、丁度いいですし、お話しされてはいかがですか?
 私は少し用事があるので、暫く戻ってこないですし」

 有末さんの言葉に、僕は戸惑った。
 こっそり会話を聞いていたことに、何も思っていないのだろうか。
 そもそもいつからわかっていたのだろうか。
 なんのために及川君と会話させようとしているのだろうか。

「あ、シトさん!」

 と、突然有末さんは声をあげた。
 その声に、及川君はこちらを向く。

「神田さんいたので、後はよろしくです!」
「え!? ちょ、ベルナ!?」

 明らかに、及川君も困惑した顔をしていた。

「では、私はこれで」

 そう言いながら笑顔で去って行く有末さんを、僕は眺めることしかできなかった。
 最終下校を知らせるチャイムが鳴るまではまだ十分に時間があった。
 自分から話しかけに行く必要が無くてほっとしているはずなのに、何故かもう逃げられないということが無性に怖かった。
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