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第九話

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 大小ふたつのテントを設営し終えたテルラは、凝った腰を伸ばしつつ周囲を見渡した。
 夕日に照らされてオレンジ色になっている大地には視界を遮る物が無く、どこを見てもなだらかな地平線が伺える。
「どうしました? テルラ」
 周囲を警戒していたレイが、ぼんやりと突っ立っているテルラに話し掛けた。
「荒野と言う物を始めて見ましたが、本当に動物が居ないんですね」
「そうですわね。少々の草とトガゲくらいしかおらず、魔物は気配すらありません。わたくしも警戒よりも野営の準備を手伝った方が宜しいのではと思っていたほどですわ」
「そうやって油断している時こそ、やばい事が起きる物だ。無意味でも警戒は必要だぞ」
 野営に必要な燃える物を集めていたグレイが帰って来た。何も無い地域なので、枯れた草しか持っていない。
「仰る通りですけど、接近の可能性が一番高い毒虫さえ見当たらないので、集中力が持続しませんわ」
「確かにな。俺も、地上にはこんな場所が有るのかと驚いている。どんだけ歩いても村が全然無いのも納得出来る。ここじゃただ生きるだけでも一苦労だ」
 グレイは枯草をプリシゥアに渡した。
 テントから少し離れたところで調理をしているプリシゥアは、その草を数回に分けて火にくべる。その度に火が大きくなるが、軽い草なので一瞬で落ち着く。
「生き物が居ないのは、水が無いからだ。プリシゥアの料理も、少量のワインで煮ていて全然水を使っていない。目的地の――何て名前だっけ。なんとかの街はまだ遠いのか? このままでは俺達も干上がるぞ」
「リトンの街です。そこは大きな湖を囲む様に作られている街で、エルカノート国有数の大都市です」
 テルラも、応えながら火の近くに来て料理の具合を覗く。グレイの長銃で仕留めた体長一メートルのオオトカゲを解体した物を煮ているので、正直気味が悪い。しかし匂いは美味しそうだ。
「こんな土地に湖が有るのか。すぐ枯れそうだが」
「枯れない湖が有るからこそ、そこに街が出来たんです。ただ、ご覧の通りの土地の中に有るので、他の街との交流はあまり有りません」
 テルラに続いてレイも言う。
「公務で色んな都市を視察する王族でさえ、リトンの街は全く行けていないと聞いた事が有ります。そのお陰で街の中心を担う聖女の地位はかなり高いそうです」
「その聖女って何?」
 テントの中で荷物を広げて寝床を作っていたカレンも話に入って来た。
「聖都ダンダルミアに大聖堂が有るのと同じく、リトンの街にも大聖堂が有ります。そこの責任者が聖女様です」
「ふむふむ。つまり、テルラのお父さんと同じ立場って事?」
「初代の聖女様がリトンの湖を作ったと言う伝説が有り、その技を継いでいる代々の聖女様が湖を護っているとされています。ですので、女神様の教えを説く仕事の僕の父とは違います」
「どう違うの?」
 カレンの横でだらしなく横になったグレイがヒラヒラと手を振った。
「こんな土地じゃ、女神より水の方が大切だろうからな。ありがたい説教は二の次で、自分の生活が第一なんだろうよ」
 頷くレイ。
「ザックリと言ってしまえばそうなります。税金の有り方も独特で、水が有料である代わりに、その他の税金がかなり安いそうです」
「十分の一税も安いの?」
 十分の一税とは、女神教を国教としている国が設定している税金の事だ。商売人は、儲けた金額の十分の一を国に納めなければならない。
 ハンターにも納税義務が有り、クエストクリア報酬に対する十分の一税は共用のサイフから纏めて払っている。
「それは免除されているはずですわ。そこがお得だと触れ込みをして商人隊を呼んでいます。荒野を越えても損が出ない様にしないと、水以外の部分で街が干上がってしまいますからね」
「へぇ、十分の一税が無いんだ。儲けが全部自分の物になるのは良いな」
 カレンはそう言ったが、プリシゥアが首を横に振った。
「いやー。水が有料ってのはきついっスよ。貧乏な人は食器洗いや洗濯をどうやってるんスかね」
「洗濯用の土とか麦の茎を使うとか聞きますが、文化や生活の違いは実際に現地に行かないと何とも。しかし僕達は視察に行く訳ではないので、貧乏な人に倣う必要は有りません。水に困るほど切羽詰まらない様に気を付けましょう」
 テルラの言葉を聞いたグレイが盛大な溜息を吐いて地面に突っ伏した。地面に水気が無いので土埃が舞う。
「街に着いても水の節約が続くのか。面倒臭いから、さっさと不死の魔物を退治してカミナミアに帰ろうぜ」
「そうっスね。じゃ、さっさと食べてさっさと寝て、明日は早起きするっス。急げば明日中にはリトンに着くはずっスから」
 プリシゥアは煮えたトカゲの肉片を皿に装い、みんなに配った。
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