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第七話

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 教会に着いたのは朝と昼の丁度中間辺りの時間だったので、礼拝堂は完全な無人だった。
 トキミの掃除も終わっている。
 僧兵であるプリシゥアは真面目に女神像に一礼した後、トキミと子犬を探す。ドアを閉める音や木の床を歩く足音が妙に響く。
「この礼拝堂の隅で預かって貰ってたんスけどね。ホラ、あそこに箱が」
 箱の中にはボロ布が敷かれてあるが、子犬は居なかった。
「散歩に行ってるんスかね。ちょっと呼んでみるっス」
 親子を箱の前で待たせたプリシゥアは、女神像脇の関係者用ドアを開けた。その中に向かって大声を出す。トキミが居なくても、年老いた神父が居るはずだ。
「誰か居ないっスかー?」
 すぐにシスター・トキミが出て来た。
「プリシュア。どうされました?」
「おっと、居たっスか。実は、あの子犬の元々の飼い主が居たんスよ。タイズスさんっス」
 紹介された親子が頭を下げる。
「なんで、最後の一匹を引き取って貰おうかと思って連れて来たっス」
「あらまぁ、どうしましょう。もう貰われて行っちゃったんですよ。三十分くらい前に」
「ありゃ」
「肩の荷が下りたので、奥でお茶を頂いていたんです」
「そっスかぁ。貰われて行った家に事情を話して――って事は無理っスかね」
「うーん。出来なくはないでしょうけど、最後の一匹は結構な競争率で、希望者全員揃っての相談をした上で決めたんです。その直後にやっぱり返してくださいって言うのはちょっと……」
「まぁ、そうっスよね。――って訳で、クエスト履行は無理っス。諦めるっス」
「そんなぁ……」
 男の子が泣きそうになると、礼拝堂のドアが開いた。
「こんにちは。最後の一匹はどうなりました? ――どうしたの?」
 礼拝堂に入って来たのはターニャだった。
 その腕の中には、アーノルドと名付けられた子犬が。
「あ! その犬です! 間違い無くウチの子です!」
 男の子が急に駆け寄ったので、危険を感じたターニャが身をよじって子犬を護った。
「え? 何? 君は誰?」
「私が説明するっス」
 素早く動いたプリシゥアが二人の間に割って入る。
 そして少年少女両方に状況を分からせる。
「――って訳で、この男の子は勝手に捨てられた子犬を探していたんスよ。でも、子犬はこの通り幸せになってるっスから、もう心配はいらないっス。元気な姿を見られて良かったっスね。安心してお家に帰れるっスね」
「そ、そうですね……」
「さ、クエスト完了の手続きを――」
「いえ、まだです。やっぱり連れて帰りたいです」
 子供が駄々をこね始めたので、プリシゥアと父親が面倒臭そうな渋い顔になった。
「子犬はまだ産まれて一ヵ月なんです。まだ母犬と一緒に居たいはずです! 他の二匹も連れて帰ります!」
「そりゃ無理っスよ。この子はもうアーノルドって名前を貰ってるっス。他の子も名前を貰っててもおかしくないっス。それを今更返せは絶対無理っス」
「なんでですか?」
「えーと、えーと……貰われて行った家の家族になったからっスよ」
「でも、貰われて行ってまだ一日とかですよね? 三匹目はついさっきって話じゃないですか。それでも家族って言えるんですか?」
「えぇ? まぁ、言えると思うんスけど……多分」
 プリシゥアがしどろもどろになって困っているので、父親が助け舟を出す。
「無茶言うなよ。お前だって子犬と別れるのが嫌だからこんなところまで来たんだろう? あの子犬達は、もう他人の物になっちゃったんだよ。子犬達だって、新しい家族とは別れたくないと思うぞ」
「嫌だ! だってお爺ちゃんが勝手にやったんだよ? こんなのあんまりだよ!」
「ウチで多頭飼いするより、一匹ずつ貰われて、一匹ずつ可愛がられる方が幸せなんだよ。分かってくれよ」
「でも……!」
 親子が言い合っている最中、プリシゥアはターニャに視線を送った。
 少女は首を横に振る。当然だが、返したくないだろう。
「分かったっス! もう面倒臭いんで、殴り合いで決めるっス!」
「は?」
 全員がポカンと口を開けた顔になり、突然変な事を言い出したプリシゥアに注目した。
「私はターニャに味方するっス! 男対女で丁度良いっス!」
「いやいや、ちょっと待って、プリシゥア!」
 鼻息を荒くしている僧兵をトキミが制す。
「暴力はさすがに良くないです。ここは女神様の教えに従いましょう」
「どう言う事っスか?」
「女神様は、人間個人の考えや願いを尊重されます。それは動物も同じです」
「分かったっス。アーノルドにどっちが良いか決めて貰うって事っスね」
「そうです」
 それを聞いたターニャが悲痛な声を出す。
「そんな! こんな小さい子が自分の考えで動ける訳ない!」
「じゃ、殴り合うっスか?」
 拳を握るプリシゥアを苦笑しながら制すトキミ。
「暴力は無しです。――ターニャちゃん。その心配は、妹さんがターニャちゃんを心配している気持ちに似ています。お姉様は病気勝ちだから、自分がフォローしなければならない、と言う」
「……!」
「でも、ターニャちゃんはこうして一人で動けています。アーノルドも一人で動けるひとつの命です。信じましょう。アーノルドを」
「アーノルド……」
 ターニャは腕の中に居る子犬を見る。
 アーノルドの方は、他人事みたいな顔で可愛らしく鼻をひく付かせている。
「分かりました。アーノルドがどうしたいかに任せます。でもどうするの?」
「アーノルドを私に」
 子犬を受け取ったトキミは、二人の子供の間に立つ。
「この子を引き取りたいと願うお二人は、数歩下がってください。私からの距離が双方同じくらいになる様に。親御さんとプリシゥアはそれよりも遠くに」
「はい」
 全員が位置に付く。
「お二人はこの子を呼んでください。この子が自分の足で決めた方が、これからのパートナーです」
「呼べば良いのね。分かったわ」
「僕も分かったよ」
 二人の子供が頷く。
「手を叩いても良いですが、足を動かしてはダメです。一歩でも動いたら失格です。では、アーノルド。君が一緒に居たい方にお行きなさい」
 トキミが子犬を床に下ろすと同時に二人の子供が手を叩く。
「アーノルド! こっちよ!」
「僕の方に来い! こっちに来ればお前の母親に会えるんだぞ!」
 自分の足で立ったアーノルドは、男の子の方に行った。
「そうだ! こっちだ!」
「アーノルド!」
 と思ったが、方向を変えて子犬を入れていた箱の方に行った。
 そして箱の中に入ろうとする。
「あ、エサを片付けていませんでした。ごめんなさい。お二方はそのまま待ってくださいね」
 トキミも箱の方に行き、その中に有る皿をアーノルドの前に置き直した。ちょっとだけ残っているミルクを舐めている間に箱を長椅子の上に隠す。
「兄弟の匂いも残ってますね。これでもしも私や箱の方に来たら、匂い消しをしてからやり直しにします」
 元の位置に戻ったトキミは、子犬の行動を見守った。
 エサ皿の中身が無くなった事を確認する様に鼻を鳴らしたアーノルドは、何かを探す様に周囲に視線を巡らせた。
 そうしてから、迷い無くターニャの方に行った。
「アーノルド! 賢いわよ、アーノルド! 私のアーノルド!」
 子犬を抱き上げて喜ぶ少女を見て肩を落とす少年。
「決定っスね。アーノルドのパートナーはターニャっス。女神の前で子犬の幸せを祈って欲しいっス」
 少年の肩に手を置くプリシゥア。
「はい……」
 女神像に身体を向けて無言で祈った少年は、父親の横に移動した。目に見えてションボリしていて可哀想だが、もうどうしようもない。
「帰るか」
「……うん」
「あ、ちょっと待つっス。これにクエスト完了のサインをお願いするっス」
 ポケットから書類とペンを取り出したプリシゥアは、それを父親に差し出した。
「ああ、そうでしたね。随分お世話になったけど、あの報酬額で良かったですか?」
「今回はお金目的じゃなかったっスから、ちょっとでも入れば御の字っス。――はい、サイン頂きましたっス。ありがとっス」
「じゃ、俺達はこれで。お世話になりました。ホラ、お前も」
「ありがとうございました」
 一礼した親子は帰って行った。
 それを見送ったプリシゥアは、書類をポケットに仕舞いながらトキミに近付く。
「アーノルドに決めさせるのはギャンブルだったっスが、円満に終わって良かったっスね」
「あら、私はギャンブルのつもりはありませんでしたよ」
「え?」
「アーノルドはターニャちゃんに抱かれていても全然逃げる素振りを見せていませんでした。初日はちょっとだけ嫌がっていたのに。躾の一環でエサはターニャちゃんがあげていたそうですし、やはり名前を付けて可愛がっているのは強いです。心配が有るとすれば、たった数日の仲だと言う部分でしたが」
「なんにせよ、賢い子で良かったって話っスね」
「そうですね」
 プリシゥアとトキミは、アーノルドを抱いて喜んでいるターニャを見て微笑んだ。
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