上 下
61 / 277
第七話

7

しおりを挟む
 教会に着いたのは朝と昼の丁度中間辺りの時間だったので、礼拝堂は完全な無人だった。
 トキミの掃除も終わっている。
 僧兵であるプリシゥアは真面目に女神像に一礼した後、トキミと子犬を探す。ドアを閉める音や木の床を歩く足音が妙に響く。
「この礼拝堂の隅で預かって貰ってたんスけどね。ホラ、あそこに箱が」
 箱の中にはボロ布が敷かれてあるが、子犬は居なかった。
「散歩に行ってるんスかね。ちょっと呼んでみるっス」
 親子を箱の前で待たせたプリシゥアは、女神像脇の関係者用ドアを開けた。その中に向かって大声を出す。トキミが居なくても、年老いた神父が居るはずだ。
「誰か居ないっスかー?」
 すぐにシスター・トキミが出て来た。
「プリシュア。どうされました?」
「おっと、居たっスか。実は、あの子犬の元々の飼い主が居たんスよ。タイズスさんっス」
 紹介された親子が頭を下げる。
「なんで、最後の一匹を引き取って貰おうかと思って連れて来たっス」
「あらまぁ、どうしましょう。もう貰われて行っちゃったんですよ。三十分くらい前に」
「ありゃ」
「肩の荷が下りたので、奥でお茶を頂いていたんです」
「そっスかぁ。貰われて行った家に事情を話して――って事は無理っスかね」
「うーん。出来なくはないでしょうけど、最後の一匹は結構な競争率で、希望者全員揃っての相談をした上で決めたんです。その直後にやっぱり返してくださいって言うのはちょっと……」
「まぁ、そうっスよね。――って訳で、クエスト履行は無理っス。諦めるっス」
「そんなぁ……」
 男の子が泣きそうになると、礼拝堂のドアが開いた。
「こんにちは。最後の一匹はどうなりました? ――どうしたの?」
 礼拝堂に入って来たのはターニャだった。
 その腕の中には、アーノルドと名付けられた子犬が。
「あ! その犬です! 間違い無くウチの子です!」
 男の子が急に駆け寄ったので、危険を感じたターニャが身をよじって子犬を護った。
「え? 何? 君は誰?」
「私が説明するっス」
 素早く動いたプリシゥアが二人の間に割って入る。
 そして少年少女両方に状況を分からせる。
「――って訳で、この男の子は勝手に捨てられた子犬を探していたんスよ。でも、子犬はこの通り幸せになってるっスから、もう心配はいらないっス。元気な姿を見られて良かったっスね。安心してお家に帰れるっスね」
「そ、そうですね……」
「さ、クエスト完了の手続きを――」
「いえ、まだです。やっぱり連れて帰りたいです」
 子供が駄々をこね始めたので、プリシゥアと父親が面倒臭そうな渋い顔になった。
「子犬はまだ産まれて一ヵ月なんです。まだ母犬と一緒に居たいはずです! 他の二匹も連れて帰ります!」
「そりゃ無理っスよ。この子はもうアーノルドって名前を貰ってるっス。他の子も名前を貰っててもおかしくないっス。それを今更返せは絶対無理っス」
「なんでですか?」
「えーと、えーと……貰われて行った家の家族になったからっスよ」
「でも、貰われて行ってまだ一日とかですよね? 三匹目はついさっきって話じゃないですか。それでも家族って言えるんですか?」
「えぇ? まぁ、言えると思うんスけど……多分」
 プリシゥアがしどろもどろになって困っているので、父親が助け舟を出す。
「無茶言うなよ。お前だって子犬と別れるのが嫌だからこんなところまで来たんだろう? あの子犬達は、もう他人の物になっちゃったんだよ。子犬達だって、新しい家族とは別れたくないと思うぞ」
「嫌だ! だってお爺ちゃんが勝手にやったんだよ? こんなのあんまりだよ!」
「ウチで多頭飼いするより、一匹ずつ貰われて、一匹ずつ可愛がられる方が幸せなんだよ。分かってくれよ」
「でも……!」
 親子が言い合っている最中、プリシゥアはターニャに視線を送った。
 少女は首を横に振る。当然だが、返したくないだろう。
「分かったっス! もう面倒臭いんで、殴り合いで決めるっス!」
「は?」
 全員がポカンと口を開けた顔になり、突然変な事を言い出したプリシゥアに注目した。
「私はターニャに味方するっス! 男対女で丁度良いっス!」
「いやいや、ちょっと待って、プリシゥア!」
 鼻息を荒くしている僧兵をトキミが制す。
「暴力はさすがに良くないです。ここは女神様の教えに従いましょう」
「どう言う事っスか?」
「女神様は、人間個人の考えや願いを尊重されます。それは動物も同じです」
「分かったっス。アーノルドにどっちが良いか決めて貰うって事っスね」
「そうです」
 それを聞いたターニャが悲痛な声を出す。
「そんな! こんな小さい子が自分の考えで動ける訳ない!」
「じゃ、殴り合うっスか?」
 拳を握るプリシゥアを苦笑しながら制すトキミ。
「暴力は無しです。――ターニャちゃん。その心配は、妹さんがターニャちゃんを心配している気持ちに似ています。お姉様は病気勝ちだから、自分がフォローしなければならない、と言う」
「……!」
「でも、ターニャちゃんはこうして一人で動けています。アーノルドも一人で動けるひとつの命です。信じましょう。アーノルドを」
「アーノルド……」
 ターニャは腕の中に居る子犬を見る。
 アーノルドの方は、他人事みたいな顔で可愛らしく鼻をひく付かせている。
「分かりました。アーノルドがどうしたいかに任せます。でもどうするの?」
「アーノルドを私に」
 子犬を受け取ったトキミは、二人の子供の間に立つ。
「この子を引き取りたいと願うお二人は、数歩下がってください。私からの距離が双方同じくらいになる様に。親御さんとプリシゥアはそれよりも遠くに」
「はい」
 全員が位置に付く。
「お二人はこの子を呼んでください。この子が自分の足で決めた方が、これからのパートナーです」
「呼べば良いのね。分かったわ」
「僕も分かったよ」
 二人の子供が頷く。
「手を叩いても良いですが、足を動かしてはダメです。一歩でも動いたら失格です。では、アーノルド。君が一緒に居たい方にお行きなさい」
 トキミが子犬を床に下ろすと同時に二人の子供が手を叩く。
「アーノルド! こっちよ!」
「僕の方に来い! こっちに来ればお前の母親に会えるんだぞ!」
 自分の足で立ったアーノルドは、男の子の方に行った。
「そうだ! こっちだ!」
「アーノルド!」
 と思ったが、方向を変えて子犬を入れていた箱の方に行った。
 そして箱の中に入ろうとする。
「あ、エサを片付けていませんでした。ごめんなさい。お二方はそのまま待ってくださいね」
 トキミも箱の方に行き、その中に有る皿をアーノルドの前に置き直した。ちょっとだけ残っているミルクを舐めている間に箱を長椅子の上に隠す。
「兄弟の匂いも残ってますね。これでもしも私や箱の方に来たら、匂い消しをしてからやり直しにします」
 元の位置に戻ったトキミは、子犬の行動を見守った。
 エサ皿の中身が無くなった事を確認する様に鼻を鳴らしたアーノルドは、何かを探す様に周囲に視線を巡らせた。
 そうしてから、迷い無くターニャの方に行った。
「アーノルド! 賢いわよ、アーノルド! 私のアーノルド!」
 子犬を抱き上げて喜ぶ少女を見て肩を落とす少年。
「決定っスね。アーノルドのパートナーはターニャっス。女神の前で子犬の幸せを祈って欲しいっス」
 少年の肩に手を置くプリシゥア。
「はい……」
 女神像に身体を向けて無言で祈った少年は、父親の横に移動した。目に見えてションボリしていて可哀想だが、もうどうしようもない。
「帰るか」
「……うん」
「あ、ちょっと待つっス。これにクエスト完了のサインをお願いするっス」
 ポケットから書類とペンを取り出したプリシゥアは、それを父親に差し出した。
「ああ、そうでしたね。随分お世話になったけど、あの報酬額で良かったですか?」
「今回はお金目的じゃなかったっスから、ちょっとでも入れば御の字っス。――はい、サイン頂きましたっス。ありがとっス」
「じゃ、俺達はこれで。お世話になりました。ホラ、お前も」
「ありがとうございました」
 一礼した親子は帰って行った。
 それを見送ったプリシゥアは、書類をポケットに仕舞いながらトキミに近付く。
「アーノルドに決めさせるのはギャンブルだったっスが、円満に終わって良かったっスね」
「あら、私はギャンブルのつもりはありませんでしたよ」
「え?」
「アーノルドはターニャちゃんに抱かれていても全然逃げる素振りを見せていませんでした。初日はちょっとだけ嫌がっていたのに。躾の一環でエサはターニャちゃんがあげていたそうですし、やはり名前を付けて可愛がっているのは強いです。心配が有るとすれば、たった数日の仲だと言う部分でしたが」
「なんにせよ、賢い子で良かったって話っスね」
「そうですね」
 プリシゥアとトキミは、アーノルドを抱いて喜んでいるターニャを見て微笑んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

最低最悪の悪役令息に転生しましたが、神スキル構成を引き当てたので思うままに突き進みます! 〜何やら転生者の勇者から強いヘイトを買っている模様

コレゼン
ファンタジー
「おいおい、嘘だろ」  ある日、目が覚めて鏡を見ると俺はゲーム「ブレイス・オブ・ワールド」の公爵家三男の悪役令息グレイスに転生していた。  幸いにも「ブレイス・オブ・ワールド」は転生前にやりこんだゲームだった。  早速、どんなスキルを授かったのかとステータスを確認してみると―― 「超低確率の神スキル構成、コピースキルとスキル融合の組み合わせを神引きしてるじゃん!!」  やったね! この神スキル構成なら処刑エンドを回避して、かなり有利にゲーム世界を進めることができるはず。  一方で、別の転生者の勇者であり、元エリートで地方自治体の首長でもあったアルフレッドは、 「なんでモブキャラの悪役令息があんなに強力なスキルを複数持ってるんだ! しかも俺が目指してる国王エンドを邪魔するような行動ばかり取りやがって!!」  悪役令息のグレイスに対して日々不満を高まらせていた。  なんか俺、勇者のアルフレッドからものすごいヘイト買ってる?  でもまあ、勇者が最強なのは検証が進む前の攻略情報だから大丈夫っしょ。  というわけで、ゲーム知識と神スキル構成で思うままにこのゲーム世界を突き進んでいきます!

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】「聖女として召喚された女子高生、イケメン王子に散々利用されて捨てられる。傷心の彼女を拾ってくれたのは心優しい木こりでした」

まほりろ
恋愛
 聖女として召喚された女子高生は、王子との結婚を餌に修行と瘴気の浄化作業に青春の全てを捧げる。  だが瘴気の浄化作業が終わると王子は彼女をあっさりと捨て、若い女に乗 り換えた。 「この世界じゃ十九歳を過ぎて独り身の女は行き遅れなんだよ!」  聖女は「青春返せーー!」と叫ぶがあとの祭り……。  そんな彼女を哀れんだ神が彼女を元の世界に戻したのだが……。 「神様登場遅すぎ! 余計なことしないでよ!」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※他サイトにも投稿しています。 ※カクヨム版やpixiv版とは多少ラストが違います。 ※小説家になろう版にラスト部分を加筆した物です。 ※二章に王子と自称神様へのざまぁがあります。 ※二章はアルファポリス先行投稿です! ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※小説家になろうにて、2022/12/14、異世界転生/転移・恋愛・日間ランキング2位まで上がりました! ありがとうございます! ※感想で続編を望む声を頂いたので、続編の投稿を始めました!2022/12/17 ※アルファポリス、12/15総合98位、12/15恋愛65位、12/13女性向けホット36位まで上がりました。ありがとうございました。

【書籍化進行中】魔法のトランクと異世界暮らし

猫野美羽
ファンタジー
※書籍化進行中です。  曾祖母の遺産を相続した海堂凛々(かいどうりり)は原因不明の虚弱体質に苦しめられていることもあり、しばらくは遺産として譲り受けた別荘で療養することに。  おとぎ話に出てくる魔女の家のような可愛らしい洋館で、凛々は曾祖母からの秘密の遺産を受け取った。  それは異世界への扉の鍵と魔法のトランク。  異世界の住人だった曾祖母の血を濃く引いた彼女だけが、魔法の道具の相続人だった。  異世界、たまに日本暮らしの楽しい二拠点生活が始まる── ◆◆◆  ほのぼのスローライフなお話です。  のんびりと生活拠点を整えたり、美味しいご飯を食べたり、お金を稼いでみたり、異世界旅を楽しむ物語。 ※カクヨムでも掲載予定です。

迷い人 ~異世界で成り上がる。大器晩成型とは知らずに無難な商人になっちゃった。~

飛燕 つばさ
ファンタジー
孤独な中年、坂本零。ある日、彼は目を覚ますと、まったく知らない異世界に立っていた。彼は現地の兵士たちに捕まり、不審人物とされて牢獄に投獄されてしまう。 彼は異世界から迷い込んだ『迷い人』と呼ばれる存在だと告げられる。その『迷い人』には、世界を救う勇者としての可能性も、世界を滅ぼす魔王としての可能性も秘められているそうだ。しかし、零は自分がそんな使命を担う存在だと受け入れることができなかった。 独房から零を救ったのは、昔この世界を救った勇者の末裔である老婆だった。老婆は零の力を探るが、彼は戦闘や魔法に関する特別な力を持っていなかった。零はそのことに絶望するが、自身の日本での知識を駆使し、『商人』として新たな一歩を踏み出す決意をする…。 この物語は、異世界に迷い込んだ日本のサラリーマンが主人公です。彼は潜在的に秘められた能力に気づかずに、無難な商人を選びます。次々に目覚める力でこの世界に起こる問題を解決していく姿を描いていきます。 ※当作品は、過去に私が創作した作品『異世界で商人になっちゃった。』を一から徹底的に文章校正し、新たな作品として再構築したものです。文章表現だけでなく、ストーリー展開の修正や、新ストーリーの追加、新キャラクターの登場など、変更点が多くございます。

その転生幼女、取り扱い注意〜稀代の魔術師は魔王の娘になりました〜

みおな
ファンタジー
かつて、稀代の魔術師と呼ばれた魔女がいた。 魔王をも単独で滅ぼせるほどの力を持った彼女は、周囲に畏怖され、罠にかけて殺されてしまう。 目覚めたら、三歳の幼子に生まれ変わっていた? 国のため、民のために魔法を使っていた彼女は、今度の生は自分のために生きることを決意する。

処理中です...