上 下
6 / 277
第一話

5

しおりを挟む
 ダンダルミア大聖堂には、王族や貴族も参拝に来る。
 特に新年最初の礼拝は、エルカノート王国が建国された当初から、その代の王が必ず出席する決まりとなっている。
 なので、王都と聖都は共に大都市ながら、駆け足の往復なら一日掛からない距離に有る。
「明日には帰って来るが、女神の顕現が噂となって広まり、民衆が浮付いておる。何が起こるか分からぬので、留守を頼んだぞ」
「お任せください。旅のご無事を祈っております」
 旅支度を終えた大司教に念を押された司教の二人が頭を下げた。
「お待たせしました」
 そこへ、同じく旅支度を終えたテルラティアが来た。
 その横には少女僧兵が控えている。護衛として機敏に動かないといけないので、鞄等の荷物は持っていない。
「その子が特殊な潜在能力を持っていると言う訓練兵の娘か」
「ハ、ハイッ! プリシゥア・ミンゾっス! 命を賭してテルラティア様を護るっス!」
 初めて大司教を間近で見たプリシゥアは、背中に板が添えられているかの様な気を付けをした。
「ハッハッハ、心強いな。だが、王都周辺は王直下の騎士達が守っている。盗賊やならず者は勿論、魔物の数は少ない。必要以上に気負わず、他の僧兵と連携してテルラを護ってやってくれ」
「はい! 護るっス!」
 禿頭で怖そうな見た目に反して優しい言葉を掛けてくれる大司教に感激したプリシゥアは、掌に拳を打ち付ける礼をする。
「護衛団の準備も整いました」
 大司教の護衛を担当する僧兵長が報告する。僧兵長は結構な高齢だが、その実力は衰えていない。
「うむ。では出発する」
 大司教を中心に添えた行列が聖都の大通りを進む。行列に向かって祈りを捧げる民が居るので、馬や車輪は使わずに全員が徒歩で進む。
 一時間程歩くと、目立った混乱も無く、予定通り聖都の外に出た。王都と聖都の間には年間予算によって整備される道が有るので、ちょっとした散歩気分で進む事が出来る。
 しかし街の外である事には違いないので、行列を防御寄りの形に変えた。大司教の配置は中心のまま変えずに、その周辺を荷物持ちの集団が囲んで人の壁とする。更にその外側を50人の僧兵達が警備し、何が起こっても対処出来る様にした。
「ほぇ~。すっごいっスねぇ。これが行列の中心っスかぁ。外側からしか見た事無かったんで、何だか私が偉くなった様な気分になるっスねぇ」
 大司教の後ろを歩くテルラティアの護衛がノンキな声を上げる。
「人いきれのせいでちょっと息苦しいんですけどね。でも、護られるのも僕の役目だから不満は言えません」
 テルラティアが小声で囁く。大司教にもその声は聞こえているが、彼も同じく息苦しさを我慢しているので聞こえないフリをしている。
「あはは、確かにそうっスね。――どぉうわっ!?」
「うわっ!? 何? どうしたんですか?」
 いきなり大声を上げたプリシゥアは、飛び跳ねる様に10歳の少年に抱き着いた。
 その行動に驚いたテルラティアも大声を上げる。
「どうした?」
 大司教も驚いて振り向く。
 それに続き、異常に気付いた周囲の荷物持ちが足を止めた。
 一拍遅れ、外周を護る僧兵達も何事かと全方位を警戒した。
「あ、あはは……ヘビかと思ったら、木の枝でしたっス。すいません……」
 テルラティアから離れた少女僧兵は、頭を掻きながら詫びた。その足元には一本の木の枝が落ちている。
「ヘビって……。こんな大勢が歩いているのに、その足を掻い潜って僕達のところにヘビが出る訳ないじゃないですか」
 さすがのテルラティアも呆れ、正論を言ってしまう。
「そうっすよね。あはは」
 笑ってごまかそうとしているプリシゥアを老人の僧兵長が厳しい目付きで睨む。
「テルラティア。後で反省会をしますよ。今は警護に集中しなさい」
「はい……」
 しゅんとして小さくなるプリシゥア。
「まぁ、何事も無くて良かった。さぁ、進みましょう」
 そう言った大司教が歩みを再開させようとしたが、しかし外周の僧兵が警戒の声を上げたので行列は動き出さなかった。
「お待ちを! 行軍再開は、しばらくお待ちを! 様子がおかしいです!」
 進行方向に居る僧兵が耳を澄まし、しきりに視線を周囲に巻き散らしている。
 中心に居る大司教とその息子は、人垣のせいで周囲が見えないのでひたすら成り行きを見守るしかない。
「ブモモォオ~~!」
 牛の様な雄叫びを上げ、牛の頭に人の身体を持つ異形の魔物が現れた。真っ直ぐこっちに向かって走って来ている。
「ま、魔物だぁー!」
 僧兵が悲鳴に近い叫び声を上げた。
「なんでこんなところにこんなに大きな魔物が!?」
「良いから大司教をお守りしろ!」
 戸惑いながらも拳を構える僧兵達。この人数では絶対に勝てない相手だが、しかし逃げる訳には行かない。
 決死の覚悟で陣形を整えた僧兵達だったが、牛頭の魔物は脇目も振らずに行列の前を通り過ぎ、一直線に走り去った。
 それを見送った後は、土埃と静寂だけがこの場に残った。
「た、助かった……」
 一人の僧兵が呟くと、僧兵達はすぐさま我に返った。元の位置に戻り、警護を再開させる。
「怪我人は?」
 大司教が訊くと、行列の先頭に居る僧兵が応えた。
「ありません! あの魔物は、恐らくハンターか騎士に追われていたのでしょう。明らかに通常の状態ではありませんでした!」
「そうか。二匹目が来るやも知れぬし、先程のが戻って来るやも知れん。この場を早めに通り過ぎよう」
「は! では、速足行軍を開始します!」
 行列は、多少の列の乱れを無視しながら速足で進んだ。
 そんな中、一人思案していたテルラティアは父の背中に向けて話し掛けた。
「大司教。プリシゥアが行列を止めなければ、僕達はあの魔物の突進を受けていたと思いませんか?」
「何? どう言う意味だ?」
「あの魔物は行列の数メートル先を走って行きました。プリシゥアが大声を上げなければ、行列はあの位置に居たのではないかと」
「……言われてみれば、止まらずに進んでいたら行列の横腹に魔物がぶつかっていたかも知れぬな。直撃を受けなかったとしても、あの突進に怯えた荷物持ちが将棋倒しを起こしていても不思議ではなかったと思える」
「まさか、これが警護対象を完璧に守る事が出来ると言う『猫の盾』の能力、と言う事でしょうか? 本人の意識外でも発揮されるのなら、相当強いですよ」
「偶然かも知れんし、そうかも知れん。今の状況では判断は難しいな」
「確かに。早く二人目三人目の特殊な潜在能力を持った者を見付け、潜在能力とは何なのかを把握しなければなりませんね」
「そうだな。しかし、今はまず王の許可を得ねばな」
「はい」
 僧兵が守る行列は、速足を維持したまま王都キングライズに向かって進んだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます

おぜいくと
恋愛
「あなたの秘密を知ってしまったから私は消えます。さようなら」 そう書き残してエアリーはいなくなった…… 緑豊かな高原地帯にあるデニスミール王国の王子ロイスは、来月にエアリーと結婚式を挙げる予定だった。エアリーは隣国アーランドの王女で、元々は政略結婚が目的で引き合わされたのだが、誰にでも平等に接するエアリーの姿勢や穢れを知らない澄んだ目に俺は惹かれた。俺はエアリーに素直な気持ちを伝え、王家に代々伝わる指輪を渡した。エアリーはとても喜んでくれた。俺は早めにエアリーを呼び寄せた。デニスミールでの暮らしに慣れてほしかったからだ。初めは人見知りを発揮していたエアリーだったが、次第に打ち解けていった。 そう思っていたのに。 エアリーは突然姿を消した。俺が渡した指輪を置いて…… ※ストーリーは、ロイスとエアリーそれぞれの視点で交互に進みます。

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが

マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって? まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ? ※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。 ※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。

辺境伯家ののんびり発明家 ~異世界でマイペースに魔道具開発を楽しむ日々~

雪月 夜狐
ファンタジー
壮年まで生きた前世の記憶を持ちながら、気がつくと辺境伯家の三男坊として5歳の姿で異世界に転生していたエルヴィン。彼はもともと物作りが大好きな性格で、前世の知識とこの世界の魔道具技術を組み合わせて、次々とユニークな発明を生み出していく。 辺境の地で、家族や使用人たちに役立つ便利な道具や、妹のための可愛いおもちゃ、さらには人々の生活を豊かにする新しい魔道具を作り上げていくエルヴィン。やがてその才能は周囲の人々にも認められ、彼は王都や商会での取引を通じて新しい人々と出会い、仲間とともに成長していく。 しかし、彼の心にはただの「発明家」以上の夢があった。この世界で、誰も見たことがないような道具を作り、貴族としての責任を果たしながら、人々に笑顔と便利さを届けたい——そんな野望が、彼を新たな冒険へと誘う。 他作品の詳細はこちら: 『転生特典:錬金術師スキルを習得しました!』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/906915890】 『テイマーのんびり生活!スライムと始めるVRMMOスローライフ』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/515916186】 『ゆるり冒険VR日和 ~のんびり異世界と現実のあいだで~』 【https://www.alphapolis.co.jp/novel/297545791/166917524】

人質から始まった凡庸で優しい王子の英雄譚

咲良喜玖
ファンタジー
アーリア戦記から抜粋。 帝国歴515年。サナリア歴3年。 新国家サナリア王国は、超大国ガルナズン帝国の使者からの宣告により、国家存亡の危機に陥る。 アーリア大陸を二分している超大国との戦いは、全滅覚悟の死の戦争である。 だからこそ、サナリア王アハトは、帝国に従属することを決めるのだが。 当然それだけで交渉が終わるわけがなく、従属した証を示せとの命令が下された。 命令の中身。 それは、二人の王子の内のどちらかを選べとの事だった。 出来たばかりの国を守るために、サナリア王が判断した人物。 それが第一王子である【フュン・メイダルフィア】だった。 フュンは弟に比べて能力が低く、武芸や勉学が出来ない。 彼の良さをあげるとしたら、ただ人に優しいだけ。 そんな人物では、国を背負うことが出来ないだろうと、彼は帝国の人質となってしまったのだ。 しかし、この人質がきっかけとなり、長らく続いているアーリア大陸の戦乱の歴史が変わっていく。 西のイーナミア王国。東のガルナズン帝国。 アーリア大陸の歴史を支える二つの巨大国家を揺るがす英雄が誕生することになるのだ。 偉大なる人質。フュンの物語が今始まる。 他サイトにも書いています。 こちらでは、出来るだけシンプルにしていますので、章分けも簡易にして、解説をしているあとがきもありません。 小説だけを読める形にしています。

さようなら竜生、こんにちは人生

永島ひろあき
ファンタジー
 最強最古の竜が、あまりにも長く生き過ぎた為に生きる事に飽き、自分を討伐しに来た勇者たちに討たれて死んだ。  竜はそのまま冥府で永劫の眠りにつくはずであったが、気づいた時、人間の赤子へと生まれ変わっていた。  竜から人間に生まれ変わり、生きる事への活力を取り戻した竜は、人間として生きてゆくことを選ぶ。  辺境の農民の子供として生を受けた竜は、魂の有する莫大な力を隠して生きてきたが、のちにラミアの少女、黒薔薇の妖精との出会いを経て魔法の力を見いだされて魔法学院へと入学する。  かつて竜であったその人間は、魔法学院で過ごす日々の中、美しく強い学友達やかつての友である大地母神や吸血鬼の女王、龍の女皇達との出会いを経て生きる事の喜びと幸福を知ってゆく。 ※お陰様をもちまして2015年3月に書籍化いたしました。書籍化該当箇所はダイジェストと差し替えております。  このダイジェスト化は書籍の出版をしてくださっているアルファポリスさんとの契約に基づくものです。ご容赦のほど、よろしくお願い申し上げます。 ※2016年9月より、ハーメルン様でも合わせて投稿させていただいております。 ※2019年10月28日、完結いたしました。ありがとうございました!

錬金術師カレンはもう妥協しません

山梨ネコ
ファンタジー
「おまえとの婚約は破棄させてもらう」 前は病弱だったものの今は現在エリート街道を驀進中の婚約者に捨てられた、Fランク錬金術師のカレン。 病弱な頃、支えてあげたのは誰だと思っているのか。 自棄酒に溺れたカレンは、弾みでとんでもない条件を付けてとある依頼を受けてしまう。 それは『血筋の祝福』という、受け継いだ膨大な魔力によって苦しむ呪いにかかった甥っ子を救ってほしいという貴族からの依頼だった。 依頼内容はともかくとして問題は、報酬は思いのままというその依頼に、達成報酬としてカレンが依頼人との結婚を望んでしまったことだった。 王都で今一番結婚したい男、ユリウス・エーレルト。 前世も今世も妥協して付き合ったはずの男に振られたカレンは、もう妥協はするまいと、美しく強く家柄がいいという、三国一の男を所望してしまったのだった。 ともかくは依頼達成のため、錬金術師としてカレンはポーションを作り出す。 仕事を通じて様々な人々と関わりながら、カレンの心境に変化が訪れていく。 錬金術師カレンの新しい人生が幕を開ける。 ※小説家になろうにも投稿中。

外れスキルと馬鹿にされた【経験値固定】は実はチートスキルだった件

霜月雹花
ファンタジー
 15歳を迎えた者は神よりスキルを授かる。  どんなスキルを得られたのか神殿で確認した少年、アルフレッドは【経験値固定】という訳の分からないスキルだけを授かり、無能として扱われた。  そして一年後、一つ下の妹が才能がある者だと分かるとアルフレッドは家から追放処分となった。  しかし、一年という歳月があったおかげで覚悟が決まっていたアルフレッドは動揺する事なく、今後の生活基盤として冒険者になろうと考えていた。 「スキルが一つですか? それも攻撃系でも魔法系のスキルでもないスキル……すみませんが、それでは冒険者として務まらないと思うので登録は出来ません」  だがそこで待っていたのは、無能なアルフレッドは冒険者にすらなれないという現実だった。  受付との会話を聞いていた冒険者達から逃げるようにギルドを出ていき、これからどうしようと悩んでいると目の前で苦しんでいる老人が目に入った。  アルフレッドとその老人、この出会いにより無能な少年として終わるはずだったアルフレッドの人生は大きく変わる事となった。 2024/10/05 HOT男性向けランキング一位。

処理中です...