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第二章:光の国・オーラント
第24話
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剣を向けられたクロエはためらっていた。手紙でいくら「殺す気でかかってこい」といわれてもそんなことができるわけがなかった。
「どうしたんだよ。まさか素手でやる訳じゃないだろ?」
「……【影創造・鴉丸】」
クロエは渋々といった様子で武器を出す。足元の影からまるで生えるように出来たそれは、一振りの打刀だった。それを見たコーガは満足そうに頷いた。
「そうこなくっちゃな……じゃあ、行くぜ。」
そういった次の瞬間、コーガの姿はかき消えていた。驚くクロエだが、その瞳は瞬間に右を向いた。
とっさに刀を縦に構え体の横に、身を守るように構える。ガキンッという金属音が鳴り響いた。
「くっ……!」
「おぉ、俺のスピードについてこれてるな。ほらほら、どんどんいくぜ!」
その言葉と同時にコーガの連撃が始まった。右に、左に、縦に突き。常人では視認することも困難なその連撃を、クロエは必死に防いでいた。影に魔力を流し込んで作られた刀には刃こぼれの心配はない。しかし、あまりの連撃に武器が折れてしまいそうだ。
その防戦一方の様子に、コーガが不意に攻撃を止めた。そしてクロエを睨み付けると日本語で話し出した。
「おい、どういうことだ?」
コーガの言葉にクロエが苦笑いで答える。
「どういう事って、それこそどういう事さ?」
「ふざけてんじゃねぇぞ。こっちは大切な人の命が掛かってんだ。遊びに来たんじゃねぇ。俺の手紙は読んだんだろ?」
「……読んだよ。」
「じゃあ、何だよその態度は!? 俺の攻撃を防いでばっかで攻撃してこない! わざと隙を見せても、気づいているくせに無視をする。一体何がしたいんだ!?」
激昂したように叫ぶコーガ。だが、クロエはその問いに答えようとしない。その態度に業を煮やしたのか、コーガは不意に剣を納めるとクロエに向かって話し出した。
「分かった。お前がそういう態度を取るんなら、俺にだって考えがある。」
そういうとコーガは発着場の縁に向けて歩き出した。縁から下を見る。眼下では大勢の人が戦っていた。それを見ながら言葉を続ける。
「お前には、危機感が足りないんだ。」
「……危機感?」
「ああ、俺のように何かを失うリスクを負ってないからそうやって腑抜けた戦いが出来るんだ。だから、俺がお前に危機感を与えてやる。」
そういうとコーガは左手を前に出し、手のひらに魔力を集め出した。その威力は少し離れたクロエの位置からでも予想できるものだ。
「な、何してるんだ……?」
「お前の仲間を先に殺してやるよ。こっからでもよく分かるぜ。」
左手に集まる魔力はどんどん大きくなっていく。もしその魔力が放たれたら、下にいる人々は間違いなく死ぬだろう。
「や、止めろっ!!」
とっさにとびだしたクロエは、無意識に手にした刀でコーガに斬りかかっていた。しかしコーガはクロエの方向を見ずに鞘から剣を抜いて刀を受け止める。先程までの意思のない攻撃ではなく、明確な殺意の乗った鋭い一刀だった。
「……そうだ。それでいいんだ。」
コーガの言葉に我に返ったのか、クロエは愕然とした表情で数歩、力のない動きで後ろに下がった。まるで自分のしたことが信じられないといった様子である。
コーガは改めてクロエの方に向き直ると少し悲しげな表情で言った。
「……俺も、お前も、譲れねぇ物がある。分かったかよ!」
その言葉にクロエは何も答えない。だが、その表情は今にも泣き出しそうな苦しそうなものだった。
無言のまま二人はまるで示し合わせたように動きだした。そしてとうとう本格的な戦いが始まる。
先ほどまでと違い、互いが互いに攻撃しあっていた。少しでも隙を見せればその隙を逃さず攻撃する。その様子はまさに互角の攻防のようである。
だが、戦いが進むにつれてクロエが徐々に押され始めてきた。何度か間一髪で避けている場面もあった。所々かすり傷もついている。いくら互いにAランクであるとはいえ、そこは大人と子ども、男女の差はある。むしろよく今の今まで勝負が決しなかったと驚くほどであろう。
互いに真剣な表情ながらも、コーガの顔にはまだ余裕が見られ、反対にクロエの表情には焦りが見られた。止まぬ互いの剣戟の中、不意にコーガが口を開いた。
「おい、クロエ! お前まだ本気じゃないだろ!」
「そんなこと、ない……!」
「嘘つけ! お前、本来は剣じゃなくて魔法で戦うタイプだろうが! それなのにこうやって刀でしか戦ってないのは俺への遠慮か!?」
そこまで言うとコーガはさらに攻撃の手を早めた。その高速の連撃にクロエはついていけなくなる。
「くっ……!?」
「オラオラどうした、俺の剣はまだまだ早くなるぜ! このまま終わりで良いのかよ!?」
宣言通りコーガの剣は更に早くなった。もはやクロエは最初のような遠慮しての防戦ではなく、真に余裕がなくなっての防戦となってしまっていた。体中に生傷が増えていく。
「良いのか? このままだと俺は、お前を殺してそのまま下に加勢に行くぞ! そうしたら次はお前の仲間の番だ!!」
「――!」
コーガの言葉にクロエが目を見開いた。そして力の限り刀を振り抜く。
「うおっ!?」
その気迫に思わずコーガが後退する。クロエの方を見ると、肩で息をしながらもその視線はコーガの目を見て離さない。その深紅の瞳は殺意に染まっていた。コーガの背中に冷たい汗が流れる。
(やべぇな……逆鱗に触れたか?)
「……二人には、手を出させない……!」
「……そうか。だが、剣は俺の方が上だぜ? どうする気だ?」
「お前がその気なら、ボクだって本気で行くって事だ……!」
クロエの周りで、まるで炎天下のように陽炎が立つ。渦巻く魔力が目に見えるようだ。思わずコーガは剣を構える。
クロエは渦巻く魔力をそのままに、コーガの目を見据えて呟いた。
「一本で敵わないなら、増やせば良いんだ。【影創造・刀剣狂】……!!」
その言葉と同時に、クロエの足下からまるで樹木が枝を広げるかのように幾本もの影の柱が立ち上がった。空中で折れ曲がったそれは勢いよく地面に突き刺さる。
全く読めない先の展開にコーガが警戒する中、不意に足下が軽く揺れた。次の瞬間、辺り一面からまるで水が噴き出すかのごとく多種多様の刀剣が突きだしてきた。
「――!」
コーガは自分の真下から突き出てきた真っ黒な剣を避けながらクロエの方を見た。地面に突き刺さった影は引き抜かれ、互いに寄り合って四本の腕になった。そして、まるで自分を囲むかの如く円形に生えた剣を無造作に引き抜くと、それをコーガに向けて構える。
クロエも前に進みながらその進路上にある剣を一本引き抜いた。これで両手と影腕が構える剣、合わせて六本である。
「……一本じゃ敵わないから六本? 笑わせんじゃねぇ。勇者の力、見せてやるよ!」
コーガの叫びにクロエは無言だった。ただ油断無く六本の剣を構え、静かにコーガを見据えている。
戦いはクライマックスにさしかかろうとしていた。
「次から次へと……キリが無いですわね!」
向かってくる戦闘ゴーレムを相手にしていたサラが声を上げた。倒しても倒してもわき出てくるゴーレムはまるで無尽蔵かと思うほどだ。だが、ゴーレムの厄介な所は別にある。
「腕を拭き飛ばそうが、仲間が倒れようが、構わず向かってきますわね……!」
命無きゴーレム達はそれこそ機械のごとく、ただ命じられたままに目の前の敵に向かっていく。対人戦や動物相手の戦略は通用しなかった。だが、無尽蔵にわき出るゴーレム達に対抗できているのは、ひとえに奴隷解放戦線の亜人達の力があった。彼らは持ち前の能力を遺憾なく発揮し、縦横無尽に戦いを繰り広げている。
「……お嬢様、このまま戦っていてはキリがありません。」
サラに近寄ってきたゴーレムを、巨大なハンマーで破壊したミーナがそう言った。その顔には微塵も疲れを感じさせてはいない。だが、うんざりするような気持ちを感じてはいるらしい。
「そうですわね。一体一体の戦闘力はたいしたことありませんけど、数が問題ですわ……そこ!」
物陰から飛び出してきた小型の戦闘ゴーレムを打ち抜く。解放戦線のメンバーを奇襲しようとしていたそれは、胴体に大きな穴を開けて沈黙した。それに気づいたメンバーが手を振って感謝の意を伝えてきた。サラも手を振り返す。
「お嬢様、ここは一つ私が城内に潜入し、ゴーレムの動力源を潰してこようと思います。」
「ええ、このままではラチがあきませんもの。できることなら、クロエさんの元へ行きたいですし。」
「では、早速。」
背後から迫る自身の身の丈を遙かに超えるゴーレムの攻撃を、ミーナは相手の力を利用した動きでいなし投げ飛ばす。トドメと言わんばかりに亜空間から取り出した巨大な千枚通しのような槍で、ゴーレムを地面に縫い付けた。そして手元の引き金を無感情に引く。
「ギ!? ギガガ、ゲグfd;dciafw@ばQ:いP!!」
槍から流れ出した電流がゴーレムの活動を停止させた。それを確認したミーナは再び亜空間に槍をしまい直す。
「……流石ですわ。私も負けていられないですわね。【矢の雨】!!」
サラが空中に向けて矢を放つ。空中で向きを変えた矢は何重にも分裂し、まるで雨のようにゴーレム達を突き刺していった。
「今ですわ、ミーナ!」
サラがそう叫び終わる頃には、ミーナは既に駆けだしていた。ゴーレムが突然の広範囲攻撃に戸惑ったほんのわずかな隙を突いたその連携は、二人の信頼度の高さがうかがえる。
「頼みましたわよ、ミーナ。」
サラが空を見上げながらそう呟いた。空に浮かぶ二つの月は徐々に空の境界へ沈もうとしている。
――夜明けは、近い。
――ガキィィンッ!! ギィン!!
甲高い金属音が城の一角、飛空挺の発着場に響き渡る。それは勇者の振るう剣と、魔王の振るう刀が激しくぶつかり合う音だった。
互いが本気になって戦い始めてから、実に数時間が経過していた。戦いの舞台となっている発着場は既にボロボロである。だが、ボロボロなのは地面だけではない。
「ハァッ、ハァッ……!」
今にも膝を突きそうな体勢で何とか剣を構えているのは、先ほどまで優勢に立っていた勇者であった。対する魔王は冷たい目で勇者をにらみつけている。
(クソッ……ただ単に手数を増やしただけかと思ったら、あの腕なかなか厄介だな!)
クロエの発動した魔法、【刀剣狂】。自身の周囲に影で根を張り、無数の刀剣を生成する。そして、展開した影腕と自身の両腕で相手を攻撃する魔法である。その無数に繰り出される攻撃と刀剣は、まるで永遠に終わらない戦の饗宴の様であった。だが、コーガを苦しめるのはそれだけではない。
(あの腕……俺がどんだけ高速で攻撃をしかけても自動で対応してきやがる。これじゃあ俺みたいな物理専門には分が悪過ぎるぜ……)
腐っても「光の勇者」と言う二つ名持ちであるコーガの速度を持ってしても、影腕の防御をかいくぐることができずにいた。それもそのはず、地面から生えている刀剣は空中の魔力の動きなどに反応し、その情報をクロエに伝えている。そして影腕はそれを感じ取り、接近する敵に対し迎撃を行っているのだ。ここまでの魔法、常人が発動しよう物なら一秒も持たないだろう。属性適正値一万は伊達ではないらしい。
クロエの発動した【刀剣狂】は、コーガのような魔法が苦手な相手にとって正に弁慶の泣き所のような物なのであった。
(あ~! こんなことなら剣の稽古ばかりやってねぇで、魔法もやっとくんだった! だけど……だけど、今更後悔したって遅ぇ……それに、そろそろ――)
「――そろそろ、だな。」
「……? そろそろ、何なの?」
息を整えたらしいコーガが、肩に剣を担いで大きく息を吐いた。
「そろそろ、夜が明ける。これ以上戦ってたらカレンの命も危ない。だから、ここで切り札を切らせて貰うぜ。」
そう言うと、あろう事かコーガは自信の唯一の武器である剣を放り投げた。完全な無手である。その様子にクロエは眉をしかめた。
「切り札って……そんな物あるなら何でもっと早くやらないのさ?」
「そう言うモンは、本当に追い込まれた時って決まってるだろ? それに、俺はお前ほど適正値が高くねぇんだよ。そう何度も魔法は撃てねぇ。」
「魔法……? まさか、お前使えるのか!?」
ニヤリと笑うコーガ。その様子にクロエの警戒心が反応する。
「お前だって知ってるだろ? 俺たちが転生するとき、役割の他に贈られた物があった。俺たちの心の願いに応じて作られた、俺たちにしか使えない特殊魔法。俺の願いは、誰にも負けない圧倒的な力……もう、悔しい思いはしたくねぇんだ。」
コーガの雰囲気が豹変する。彼の周辺の空気が渦を巻くように動き出した。クロエを見詰めるその瞳、それは金色に光り輝いていた。
「俺が唯一使える魔法だ。それも、一応これでも適正値600のはずなのに、一発しか撃てねぇ。だけど、威力は折り紙付きだぜ? 前に試したときは、加減していたのに浮遊島が木っ端微塵になっちまった。」
コーガの身体が宙に浮いた。今やあふれ出る魔力で、彼の身体からは後光のように光があふれている。その様子はまるで、天から降臨した神の使いのようであった。
「正真正銘最後の一撃、俺の全力全開だ!」
その言葉と同時に、発着場の地面と、その遙か上空に巨大な魔方陣が展開した。その大きさは発着場の縁を優に超えて空中にはみ出している。まるで城全域を囲うかのようだ。緩く回転しながらわずかに発光している。
そして、コーガがわずかに口を開いて魔法を詠唱した。
「光特殊魔法・【滅神怒】。」
次の瞬間、世界が光に包まれた。
「ミーナは大丈夫かしら……」
城内でゴーレムを相手していたサラがぽつりと呟いた。先ほどゴーレムの動力源を破壊しに向かったミーナの行方を心配している。一時よりもその勢いは収まりつつあるも、いまだその勢力は衰えない。
「――! あぁ、もう! また追加ですの!?」
追加して現れたゴーレムに視線を戻す。エルフ族の至宝「森林の旋風」を構え、矢を放とうとしたその時。不意にサラは、おぞましいまでの神聖さを帯びた莫大な魔力を感じた。
「な、何ですの、この魔力は……?」
その出所を探ってみると、遙か上空から感じられる。上を見上げると、そこには規格外に大きい純白の魔方陣が、二重に連なり緩く回転しながら滞空していた。
「あ、あれは……?」
サラが眉をひそめたその瞬間、只でさえ莫大に感じていた魔力がまるでふくれあがるように大きくなった。もはや息苦しささえ感じるほどだ。近くの解放戦線の亜人達も苦しそうにしている。
突然、感じていた苦しさが途切れた。感じていた魔力も一瞬で消える。何だったのかと皆が疑問を浮かべた瞬間だった。先ほどまでとは比べものにならない魔力の波と、光と、衝撃波が地上にいる全てを襲った。少し遅れて鼓膜を裂くような轟音が襲い来る。
「キャアッ!?」
思わず耳を両手でふさぎ、瞼を堅く閉ざす。それでも音と光の激流は神経を揺らし、脳を揺さぶる。
数秒の後に全てが収まった。だが、その余韻は強く残っている。
(い、一体全体何なんですの……?)
ふらつく頭で何とかそこまで考えていたサラ。だが、その背後からゴーレムの腕が振り下ろされようとしていた。
「あ……」
「――危ない!!」
だが、とっさにサラの前に入り込み、ゴーレムの攻撃を受け止めた人物がいた。甲冑を身に纏い、波打つような刀身を持つ剣を構えていた。上段でゴーレムの腕を受け止めると、回転の振り向きざまにゴーレムを横薙ぎにいとう両断してしまった。
「ふぅ……大丈夫か?」
「え、えぇ。助かりましたわ。あの、貴女は……?」
「申し遅れた。私は今回の革命に参加した、元王室近衛部隊部隊長のフランベルジェだ。王宮内の奴隷反対派を勇者の代わりに束ねている。」
剣を鞘にしまい軽く礼をする。その所作は隙の無い武人の物だった。
「そうでしたの。仲間、と言うわけですのね。」
「そういう事だ。周囲のゴーレムは我々の仲間も助力しよう。しかし、身体のどこかに異常はないか? 先ほどのアレは強烈だったろう? 初見では何が起こるか分からないだろうからな。」
「その口ぶり……貴女は先ほどの物の正体を知ってるんですの?」
フランベルジェの手を借り立ち上がったサラがその言葉に疑問した。フランベルジェは周囲を警戒しながらもサラの疑問に答える。
「ああ、先ほどのアレは魔法だ。勇者の使う唯一にして最強の切り札。世界でアイツしか使えない光特殊魔法・【滅神怒】だ。私も一度しか見たことがないが、その時は王宮サイズの浮遊島が跡形もなく吹き飛んだぞ。」
「あんな強力な魔法……属性極大魔法なんて目じゃありませんわね……」
サラが心底驚いたと言うように言った。フランベルジェも同意するとばかりに頷く。
「本当にな。だが、アイツは魔法の修行は一切していない。それ故に、人の何倍もの素質を持つくせに魔法はアレしか使えないと言っていた。それもたった一発。全く、宝の持ち腐れとはこのことを言うんだろうな。」
呆れたように呟くフランベルジェ。だがその表情はどこか誇らしげでもある。
「……勇者のことを、信頼しているんですわね。」
「まぁな。アイツは私と意志を共にする同志だ。信頼するさ。」
だが、そこまで言うとフランベルジェは途端に顔を曇らせる。心配したサラが声を掛けた。
「ど、どうしましたの?」
「……アイツは、あの魔法を一発しか使えない。それを今使った。そしてカレン様を人質に取られているが故に立場としては私たちに敵対しているわけだ。つまり、アイツが切り札を切らざるを得ないような強者が私たちの仲間にいたと言うことだ。私はそれを知らない。一体誰が……?」
フランベルジェの呟く疑問に、サラは顔を青くさせた。勇者の足止めとして飛んでいった自分の仲間。その仲間が先ほどの規格外の魔法を受けたことになる。
サラは声を震わせて叫んだ。
「クロエさん……!!」
「ハァッ、ハァッ……!! さ、流石に……殺っただろ……!」
発着場に降り立ちながら、コーガは荒い息を何とか収めようとしていた。発着場は魔法の残滓で白い靄(もや)のようなものが満ちている。コーガはその靄を眺めながらボソリと呟いた。
「悪ぃな、クロエ……でも、お前の死体を見なくて済んで少し安心してるよ……」
そう言うとコーガは懐にしまっておいた短剣を取り出した。鞘から抜き放たれたそれは夜明け前の暗い空を映して輝いている。柄を握り、刃を自分ののどに向けた。あと少しその刃を自分の方に動かせば、簡単に命の鼓動が止まるだろう。
「安心しろ、お前だけを逝かせはしねぇよ。すぐに俺も後を追ってやる。」
瞼を閉じて覚悟を決める。その脳裏には前世と転生後、両方の楽しい記憶が巡っていた。コーガは軽く口元を歪めると、握りしめた短剣を自身に向けて突き刺した。
だが、待てども自分ののどを貫く感触も、燃えさかるような血潮の吹き出る感覚も無かった。待てども待てどもやってこない。
(こんな事、前にもあったような……?)
コーガはハッと気づいたように瞼を見開いた。だが、その目の前の世界は以前とは違い時間の流れも正常だった。
手元を見る。すると短剣を握りしめたその両手は、真っ黒な何かにギチギチに絡め取られ微動だにしない。コーガはこの物体に見覚えがあった。信じられないという風に前を向く。
いつの間にか発着場の靄(もや)は晴れていた。そして、その靄の向こう、そこには一人の人影が右手を前に突き出した体勢で立っていた。
「マ、マジかよ……信じらんねぇ……お前、マジで人間止めちまったんだな! 魔王様よ!!」
「……ひどい言いぐさだね、勇者殿?」
―続く―
「どうしたんだよ。まさか素手でやる訳じゃないだろ?」
「……【影創造・鴉丸】」
クロエは渋々といった様子で武器を出す。足元の影からまるで生えるように出来たそれは、一振りの打刀だった。それを見たコーガは満足そうに頷いた。
「そうこなくっちゃな……じゃあ、行くぜ。」
そういった次の瞬間、コーガの姿はかき消えていた。驚くクロエだが、その瞳は瞬間に右を向いた。
とっさに刀を縦に構え体の横に、身を守るように構える。ガキンッという金属音が鳴り響いた。
「くっ……!」
「おぉ、俺のスピードについてこれてるな。ほらほら、どんどんいくぜ!」
その言葉と同時にコーガの連撃が始まった。右に、左に、縦に突き。常人では視認することも困難なその連撃を、クロエは必死に防いでいた。影に魔力を流し込んで作られた刀には刃こぼれの心配はない。しかし、あまりの連撃に武器が折れてしまいそうだ。
その防戦一方の様子に、コーガが不意に攻撃を止めた。そしてクロエを睨み付けると日本語で話し出した。
「おい、どういうことだ?」
コーガの言葉にクロエが苦笑いで答える。
「どういう事って、それこそどういう事さ?」
「ふざけてんじゃねぇぞ。こっちは大切な人の命が掛かってんだ。遊びに来たんじゃねぇ。俺の手紙は読んだんだろ?」
「……読んだよ。」
「じゃあ、何だよその態度は!? 俺の攻撃を防いでばっかで攻撃してこない! わざと隙を見せても、気づいているくせに無視をする。一体何がしたいんだ!?」
激昂したように叫ぶコーガ。だが、クロエはその問いに答えようとしない。その態度に業を煮やしたのか、コーガは不意に剣を納めるとクロエに向かって話し出した。
「分かった。お前がそういう態度を取るんなら、俺にだって考えがある。」
そういうとコーガは発着場の縁に向けて歩き出した。縁から下を見る。眼下では大勢の人が戦っていた。それを見ながら言葉を続ける。
「お前には、危機感が足りないんだ。」
「……危機感?」
「ああ、俺のように何かを失うリスクを負ってないからそうやって腑抜けた戦いが出来るんだ。だから、俺がお前に危機感を与えてやる。」
そういうとコーガは左手を前に出し、手のひらに魔力を集め出した。その威力は少し離れたクロエの位置からでも予想できるものだ。
「な、何してるんだ……?」
「お前の仲間を先に殺してやるよ。こっからでもよく分かるぜ。」
左手に集まる魔力はどんどん大きくなっていく。もしその魔力が放たれたら、下にいる人々は間違いなく死ぬだろう。
「や、止めろっ!!」
とっさにとびだしたクロエは、無意識に手にした刀でコーガに斬りかかっていた。しかしコーガはクロエの方向を見ずに鞘から剣を抜いて刀を受け止める。先程までの意思のない攻撃ではなく、明確な殺意の乗った鋭い一刀だった。
「……そうだ。それでいいんだ。」
コーガの言葉に我に返ったのか、クロエは愕然とした表情で数歩、力のない動きで後ろに下がった。まるで自分のしたことが信じられないといった様子である。
コーガは改めてクロエの方に向き直ると少し悲しげな表情で言った。
「……俺も、お前も、譲れねぇ物がある。分かったかよ!」
その言葉にクロエは何も答えない。だが、その表情は今にも泣き出しそうな苦しそうなものだった。
無言のまま二人はまるで示し合わせたように動きだした。そしてとうとう本格的な戦いが始まる。
先ほどまでと違い、互いが互いに攻撃しあっていた。少しでも隙を見せればその隙を逃さず攻撃する。その様子はまさに互角の攻防のようである。
だが、戦いが進むにつれてクロエが徐々に押され始めてきた。何度か間一髪で避けている場面もあった。所々かすり傷もついている。いくら互いにAランクであるとはいえ、そこは大人と子ども、男女の差はある。むしろよく今の今まで勝負が決しなかったと驚くほどであろう。
互いに真剣な表情ながらも、コーガの顔にはまだ余裕が見られ、反対にクロエの表情には焦りが見られた。止まぬ互いの剣戟の中、不意にコーガが口を開いた。
「おい、クロエ! お前まだ本気じゃないだろ!」
「そんなこと、ない……!」
「嘘つけ! お前、本来は剣じゃなくて魔法で戦うタイプだろうが! それなのにこうやって刀でしか戦ってないのは俺への遠慮か!?」
そこまで言うとコーガはさらに攻撃の手を早めた。その高速の連撃にクロエはついていけなくなる。
「くっ……!?」
「オラオラどうした、俺の剣はまだまだ早くなるぜ! このまま終わりで良いのかよ!?」
宣言通りコーガの剣は更に早くなった。もはやクロエは最初のような遠慮しての防戦ではなく、真に余裕がなくなっての防戦となってしまっていた。体中に生傷が増えていく。
「良いのか? このままだと俺は、お前を殺してそのまま下に加勢に行くぞ! そうしたら次はお前の仲間の番だ!!」
「――!」
コーガの言葉にクロエが目を見開いた。そして力の限り刀を振り抜く。
「うおっ!?」
その気迫に思わずコーガが後退する。クロエの方を見ると、肩で息をしながらもその視線はコーガの目を見て離さない。その深紅の瞳は殺意に染まっていた。コーガの背中に冷たい汗が流れる。
(やべぇな……逆鱗に触れたか?)
「……二人には、手を出させない……!」
「……そうか。だが、剣は俺の方が上だぜ? どうする気だ?」
「お前がその気なら、ボクだって本気で行くって事だ……!」
クロエの周りで、まるで炎天下のように陽炎が立つ。渦巻く魔力が目に見えるようだ。思わずコーガは剣を構える。
クロエは渦巻く魔力をそのままに、コーガの目を見据えて呟いた。
「一本で敵わないなら、増やせば良いんだ。【影創造・刀剣狂】……!!」
その言葉と同時に、クロエの足下からまるで樹木が枝を広げるかのように幾本もの影の柱が立ち上がった。空中で折れ曲がったそれは勢いよく地面に突き刺さる。
全く読めない先の展開にコーガが警戒する中、不意に足下が軽く揺れた。次の瞬間、辺り一面からまるで水が噴き出すかのごとく多種多様の刀剣が突きだしてきた。
「――!」
コーガは自分の真下から突き出てきた真っ黒な剣を避けながらクロエの方を見た。地面に突き刺さった影は引き抜かれ、互いに寄り合って四本の腕になった。そして、まるで自分を囲むかの如く円形に生えた剣を無造作に引き抜くと、それをコーガに向けて構える。
クロエも前に進みながらその進路上にある剣を一本引き抜いた。これで両手と影腕が構える剣、合わせて六本である。
「……一本じゃ敵わないから六本? 笑わせんじゃねぇ。勇者の力、見せてやるよ!」
コーガの叫びにクロエは無言だった。ただ油断無く六本の剣を構え、静かにコーガを見据えている。
戦いはクライマックスにさしかかろうとしていた。
「次から次へと……キリが無いですわね!」
向かってくる戦闘ゴーレムを相手にしていたサラが声を上げた。倒しても倒してもわき出てくるゴーレムはまるで無尽蔵かと思うほどだ。だが、ゴーレムの厄介な所は別にある。
「腕を拭き飛ばそうが、仲間が倒れようが、構わず向かってきますわね……!」
命無きゴーレム達はそれこそ機械のごとく、ただ命じられたままに目の前の敵に向かっていく。対人戦や動物相手の戦略は通用しなかった。だが、無尽蔵にわき出るゴーレム達に対抗できているのは、ひとえに奴隷解放戦線の亜人達の力があった。彼らは持ち前の能力を遺憾なく発揮し、縦横無尽に戦いを繰り広げている。
「……お嬢様、このまま戦っていてはキリがありません。」
サラに近寄ってきたゴーレムを、巨大なハンマーで破壊したミーナがそう言った。その顔には微塵も疲れを感じさせてはいない。だが、うんざりするような気持ちを感じてはいるらしい。
「そうですわね。一体一体の戦闘力はたいしたことありませんけど、数が問題ですわ……そこ!」
物陰から飛び出してきた小型の戦闘ゴーレムを打ち抜く。解放戦線のメンバーを奇襲しようとしていたそれは、胴体に大きな穴を開けて沈黙した。それに気づいたメンバーが手を振って感謝の意を伝えてきた。サラも手を振り返す。
「お嬢様、ここは一つ私が城内に潜入し、ゴーレムの動力源を潰してこようと思います。」
「ええ、このままではラチがあきませんもの。できることなら、クロエさんの元へ行きたいですし。」
「では、早速。」
背後から迫る自身の身の丈を遙かに超えるゴーレムの攻撃を、ミーナは相手の力を利用した動きでいなし投げ飛ばす。トドメと言わんばかりに亜空間から取り出した巨大な千枚通しのような槍で、ゴーレムを地面に縫い付けた。そして手元の引き金を無感情に引く。
「ギ!? ギガガ、ゲグfd;dciafw@ばQ:いP!!」
槍から流れ出した電流がゴーレムの活動を停止させた。それを確認したミーナは再び亜空間に槍をしまい直す。
「……流石ですわ。私も負けていられないですわね。【矢の雨】!!」
サラが空中に向けて矢を放つ。空中で向きを変えた矢は何重にも分裂し、まるで雨のようにゴーレム達を突き刺していった。
「今ですわ、ミーナ!」
サラがそう叫び終わる頃には、ミーナは既に駆けだしていた。ゴーレムが突然の広範囲攻撃に戸惑ったほんのわずかな隙を突いたその連携は、二人の信頼度の高さがうかがえる。
「頼みましたわよ、ミーナ。」
サラが空を見上げながらそう呟いた。空に浮かぶ二つの月は徐々に空の境界へ沈もうとしている。
――夜明けは、近い。
――ガキィィンッ!! ギィン!!
甲高い金属音が城の一角、飛空挺の発着場に響き渡る。それは勇者の振るう剣と、魔王の振るう刀が激しくぶつかり合う音だった。
互いが本気になって戦い始めてから、実に数時間が経過していた。戦いの舞台となっている発着場は既にボロボロである。だが、ボロボロなのは地面だけではない。
「ハァッ、ハァッ……!」
今にも膝を突きそうな体勢で何とか剣を構えているのは、先ほどまで優勢に立っていた勇者であった。対する魔王は冷たい目で勇者をにらみつけている。
(クソッ……ただ単に手数を増やしただけかと思ったら、あの腕なかなか厄介だな!)
クロエの発動した魔法、【刀剣狂】。自身の周囲に影で根を張り、無数の刀剣を生成する。そして、展開した影腕と自身の両腕で相手を攻撃する魔法である。その無数に繰り出される攻撃と刀剣は、まるで永遠に終わらない戦の饗宴の様であった。だが、コーガを苦しめるのはそれだけではない。
(あの腕……俺がどんだけ高速で攻撃をしかけても自動で対応してきやがる。これじゃあ俺みたいな物理専門には分が悪過ぎるぜ……)
腐っても「光の勇者」と言う二つ名持ちであるコーガの速度を持ってしても、影腕の防御をかいくぐることができずにいた。それもそのはず、地面から生えている刀剣は空中の魔力の動きなどに反応し、その情報をクロエに伝えている。そして影腕はそれを感じ取り、接近する敵に対し迎撃を行っているのだ。ここまでの魔法、常人が発動しよう物なら一秒も持たないだろう。属性適正値一万は伊達ではないらしい。
クロエの発動した【刀剣狂】は、コーガのような魔法が苦手な相手にとって正に弁慶の泣き所のような物なのであった。
(あ~! こんなことなら剣の稽古ばかりやってねぇで、魔法もやっとくんだった! だけど……だけど、今更後悔したって遅ぇ……それに、そろそろ――)
「――そろそろ、だな。」
「……? そろそろ、何なの?」
息を整えたらしいコーガが、肩に剣を担いで大きく息を吐いた。
「そろそろ、夜が明ける。これ以上戦ってたらカレンの命も危ない。だから、ここで切り札を切らせて貰うぜ。」
そう言うと、あろう事かコーガは自信の唯一の武器である剣を放り投げた。完全な無手である。その様子にクロエは眉をしかめた。
「切り札って……そんな物あるなら何でもっと早くやらないのさ?」
「そう言うモンは、本当に追い込まれた時って決まってるだろ? それに、俺はお前ほど適正値が高くねぇんだよ。そう何度も魔法は撃てねぇ。」
「魔法……? まさか、お前使えるのか!?」
ニヤリと笑うコーガ。その様子にクロエの警戒心が反応する。
「お前だって知ってるだろ? 俺たちが転生するとき、役割の他に贈られた物があった。俺たちの心の願いに応じて作られた、俺たちにしか使えない特殊魔法。俺の願いは、誰にも負けない圧倒的な力……もう、悔しい思いはしたくねぇんだ。」
コーガの雰囲気が豹変する。彼の周辺の空気が渦を巻くように動き出した。クロエを見詰めるその瞳、それは金色に光り輝いていた。
「俺が唯一使える魔法だ。それも、一応これでも適正値600のはずなのに、一発しか撃てねぇ。だけど、威力は折り紙付きだぜ? 前に試したときは、加減していたのに浮遊島が木っ端微塵になっちまった。」
コーガの身体が宙に浮いた。今やあふれ出る魔力で、彼の身体からは後光のように光があふれている。その様子はまるで、天から降臨した神の使いのようであった。
「正真正銘最後の一撃、俺の全力全開だ!」
その言葉と同時に、発着場の地面と、その遙か上空に巨大な魔方陣が展開した。その大きさは発着場の縁を優に超えて空中にはみ出している。まるで城全域を囲うかのようだ。緩く回転しながらわずかに発光している。
そして、コーガがわずかに口を開いて魔法を詠唱した。
「光特殊魔法・【滅神怒】。」
次の瞬間、世界が光に包まれた。
「ミーナは大丈夫かしら……」
城内でゴーレムを相手していたサラがぽつりと呟いた。先ほどゴーレムの動力源を破壊しに向かったミーナの行方を心配している。一時よりもその勢いは収まりつつあるも、いまだその勢力は衰えない。
「――! あぁ、もう! また追加ですの!?」
追加して現れたゴーレムに視線を戻す。エルフ族の至宝「森林の旋風」を構え、矢を放とうとしたその時。不意にサラは、おぞましいまでの神聖さを帯びた莫大な魔力を感じた。
「な、何ですの、この魔力は……?」
その出所を探ってみると、遙か上空から感じられる。上を見上げると、そこには規格外に大きい純白の魔方陣が、二重に連なり緩く回転しながら滞空していた。
「あ、あれは……?」
サラが眉をひそめたその瞬間、只でさえ莫大に感じていた魔力がまるでふくれあがるように大きくなった。もはや息苦しささえ感じるほどだ。近くの解放戦線の亜人達も苦しそうにしている。
突然、感じていた苦しさが途切れた。感じていた魔力も一瞬で消える。何だったのかと皆が疑問を浮かべた瞬間だった。先ほどまでとは比べものにならない魔力の波と、光と、衝撃波が地上にいる全てを襲った。少し遅れて鼓膜を裂くような轟音が襲い来る。
「キャアッ!?」
思わず耳を両手でふさぎ、瞼を堅く閉ざす。それでも音と光の激流は神経を揺らし、脳を揺さぶる。
数秒の後に全てが収まった。だが、その余韻は強く残っている。
(い、一体全体何なんですの……?)
ふらつく頭で何とかそこまで考えていたサラ。だが、その背後からゴーレムの腕が振り下ろされようとしていた。
「あ……」
「――危ない!!」
だが、とっさにサラの前に入り込み、ゴーレムの攻撃を受け止めた人物がいた。甲冑を身に纏い、波打つような刀身を持つ剣を構えていた。上段でゴーレムの腕を受け止めると、回転の振り向きざまにゴーレムを横薙ぎにいとう両断してしまった。
「ふぅ……大丈夫か?」
「え、えぇ。助かりましたわ。あの、貴女は……?」
「申し遅れた。私は今回の革命に参加した、元王室近衛部隊部隊長のフランベルジェだ。王宮内の奴隷反対派を勇者の代わりに束ねている。」
剣を鞘にしまい軽く礼をする。その所作は隙の無い武人の物だった。
「そうでしたの。仲間、と言うわけですのね。」
「そういう事だ。周囲のゴーレムは我々の仲間も助力しよう。しかし、身体のどこかに異常はないか? 先ほどのアレは強烈だったろう? 初見では何が起こるか分からないだろうからな。」
「その口ぶり……貴女は先ほどの物の正体を知ってるんですの?」
フランベルジェの手を借り立ち上がったサラがその言葉に疑問した。フランベルジェは周囲を警戒しながらもサラの疑問に答える。
「ああ、先ほどのアレは魔法だ。勇者の使う唯一にして最強の切り札。世界でアイツしか使えない光特殊魔法・【滅神怒】だ。私も一度しか見たことがないが、その時は王宮サイズの浮遊島が跡形もなく吹き飛んだぞ。」
「あんな強力な魔法……属性極大魔法なんて目じゃありませんわね……」
サラが心底驚いたと言うように言った。フランベルジェも同意するとばかりに頷く。
「本当にな。だが、アイツは魔法の修行は一切していない。それ故に、人の何倍もの素質を持つくせに魔法はアレしか使えないと言っていた。それもたった一発。全く、宝の持ち腐れとはこのことを言うんだろうな。」
呆れたように呟くフランベルジェ。だがその表情はどこか誇らしげでもある。
「……勇者のことを、信頼しているんですわね。」
「まぁな。アイツは私と意志を共にする同志だ。信頼するさ。」
だが、そこまで言うとフランベルジェは途端に顔を曇らせる。心配したサラが声を掛けた。
「ど、どうしましたの?」
「……アイツは、あの魔法を一発しか使えない。それを今使った。そしてカレン様を人質に取られているが故に立場としては私たちに敵対しているわけだ。つまり、アイツが切り札を切らざるを得ないような強者が私たちの仲間にいたと言うことだ。私はそれを知らない。一体誰が……?」
フランベルジェの呟く疑問に、サラは顔を青くさせた。勇者の足止めとして飛んでいった自分の仲間。その仲間が先ほどの規格外の魔法を受けたことになる。
サラは声を震わせて叫んだ。
「クロエさん……!!」
「ハァッ、ハァッ……!! さ、流石に……殺っただろ……!」
発着場に降り立ちながら、コーガは荒い息を何とか収めようとしていた。発着場は魔法の残滓で白い靄(もや)のようなものが満ちている。コーガはその靄を眺めながらボソリと呟いた。
「悪ぃな、クロエ……でも、お前の死体を見なくて済んで少し安心してるよ……」
そう言うとコーガは懐にしまっておいた短剣を取り出した。鞘から抜き放たれたそれは夜明け前の暗い空を映して輝いている。柄を握り、刃を自分ののどに向けた。あと少しその刃を自分の方に動かせば、簡単に命の鼓動が止まるだろう。
「安心しろ、お前だけを逝かせはしねぇよ。すぐに俺も後を追ってやる。」
瞼を閉じて覚悟を決める。その脳裏には前世と転生後、両方の楽しい記憶が巡っていた。コーガは軽く口元を歪めると、握りしめた短剣を自身に向けて突き刺した。
だが、待てども自分ののどを貫く感触も、燃えさかるような血潮の吹き出る感覚も無かった。待てども待てどもやってこない。
(こんな事、前にもあったような……?)
コーガはハッと気づいたように瞼を見開いた。だが、その目の前の世界は以前とは違い時間の流れも正常だった。
手元を見る。すると短剣を握りしめたその両手は、真っ黒な何かにギチギチに絡め取られ微動だにしない。コーガはこの物体に見覚えがあった。信じられないという風に前を向く。
いつの間にか発着場の靄(もや)は晴れていた。そして、その靄の向こう、そこには一人の人影が右手を前に突き出した体勢で立っていた。
「マ、マジかよ……信じらんねぇ……お前、マジで人間止めちまったんだな! 魔王様よ!!」
「……ひどい言いぐさだね、勇者殿?」
―続く―
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