龍神の化身

田原更

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後編 龍の少年と龍の少女

第29話

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 ハジミは、シュトノク教の神殿の一番奥の部屋で、その子が来るのを待っていた。その子は、緊張した面持ちで、部屋にやってきた。

「はじめまして、ルバミ。ずっとあなたのことを待っていたのよ」

 その子は、くりくりと大きな目をまん丸く見開いた。どうして名前がわかったんだろう、と言いたげな目だ。

 幼いハジミが勘づいたように、神託で選ばれた少年と少女は、徹底的に調べ上げられる。その報告は、逐一、龍神の化身の耳に入るのだ。

「わたしはハジミ。これから、わたしがあなたに、龍神の化身としての役目を引き継ぎます」

「よろしくお願いします!」

 ルバミは元気よく返事をした。

 ルバミを伴って、星見の間に戻ると、もうクジャが戻っていた。クジャは、誇らしげな顔をした男の子と一緒だった。

「ハジミ。この子はルバマ。知ってのとおり、龍の少年、という意味だよ」

 ハジミとルバミは、顔を見合わせて、くすくす笑い出した。

「あら、クジャ。偶然ね。この子はルバミ。知ってのとおり、龍の少女という意味よ」

 ルバマとルバミは、まん丸い目をぱちくりさせて、それから声をそろえて笑い出した。

 ルバマとルバミは、あっという間に仲良くなった。クジャもハジミもほっとした。でも、この子たちは二人きりだと思うと、胸が痛んだ。この子たちの友達になるはずだった、ジャポとダイポは、自分たちのせいで消えてしまった。さらにもっと、辛いことがあった。

「わたし、とても、嬉しいんです」

「僕も、とても、誇らしいんです」

 ルバマとルバミは、まるで双子のように声をそろえた。

「だって、いざとなったら、龍になって、サヤ島のみんなを守ることができるから」

 心臓をぎゅっとわしづかみにされるような思いがした。龍神の化身になる意味を、自分たちが、丸々塗り替えてしまった。弓矢で射られかけた瞬間、二人は、戦う力がほしいと願った。

(だからわたしたちは、龍の姿に変わってしまった。それをきっかけに、長い長い戦が始まった。それで本当に、よかったのかしら……)

 その日の夜、ハジミは、クジャを招いて部屋でお茶を飲むことにした。クジャは、お茶には口をつけず、窓から星を見て、ぽつりとつぶやいた。

「僕たちのこれからの人生は、その答えを探しに行く旅になるんだよ」

「見つかるかしら、その答え」

「たとえ見つからなくても、探し続けなければならない」

「そうね……」

 お茶を飲むのをやめて、ハジミも窓の外を見た。星は、二人を励ますように、優しく輝いていた。

                 ***

 ルバマとルバミと過ごして、一月が経った。明日、ついに、ハジミはすべての役目を終え、ただのハジミに戻ることになった。

 今までのこと、これからのことを考えて、眠れぬ夜を過ごしていると、誰かが部屋の戸を叩いた。

「どなた?」

「……ルバミです」

 ハジミが扉を開けると、目を真っ赤にはらしたルバミが立っていた。

「入りなさい」

 ルバミはひくひくしゃくり上げながら、部屋の中に入っていった。

 ルバミは部屋の中をきょろきょろと見回した。

「明日からは、ここがあなたの部屋になるのよ」

「……ここで猫を飼っているんですか?」

 ルバミは、部屋の隅に置かれた飼い猫用のかごを見ていた。ハジミは首を振った。

「もういないのよ」

 ルバミの目は見る間に曇っていき、わんわん泣き出した。

「猫ちゃんがいれば、猫ちゃんがいれば、寂しくないと思ったのに! お父さん! お母さん! 産まれてくる赤ちゃん! 会いたい! 会いたい! さびしいよう……」

 ハジミは思わず、ルバミを抱きしめた。その髪と、その背中を、母親のように、優しくなでた。

「ハジミさまもいなくなっちゃう! どうすればいいの! わたし、まだまだ上手に占えない! いくらルバマが大好きでも、二人きりじゃ、つまらない! うわああああん」

 ルバミは、ハジミの胸の中で、涙と鼻水まみれになっていた。ハジミはルバミをさらにきつく抱きしめた。言葉は何も出てこなかった。ただ、そうやって抱きしめてやることしか、できなかった。

 そうしているうちに、ルバミはだんだん落ち着いてきた。夜も更けてきたので、ハジミはルバミを抱いたまま眠ることにした。ルバミはハジミの胸の中で、すうすう寝息を立てていた。とても温かくて、愛おしかった。そして、気がついた。

(ああ、わたし、こうすればよかったんだわ。こうやって、誰かに甘えられれば、あんなにわがままに、意地悪に振る舞って、心を守る必要、なかったんだわ……)

 誰かと繋がっている温もりは、なによりも、人を強くしてくれる。翌朝、ルバミは利口な顔をして、ハジミを見送ってくれた。そのときに見せてくれた笑顔は、作り物では、決してなかった。

 ルバマとクジャはどうしたか、というと、星を見ながら、一晩中語り明かしたらしい。でも、その事をハジミが知るのは、もっとずっと先のことだ 。
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