龍神の化身

田原更

文字の大きさ
上 下
26 / 30
後編 龍の少年と龍の少女

第26話

しおりを挟む
「うわああ、化け物だ!」

 怖じ気づいた兵士たちが、我先にと逃げ出していった。

「待て、逃げるな! それが、武術を尊ぶ勇気の民、リグノア教徒のやることか!」

「待て、逃げるな! それが、かつて魔法が使えた知恵の民、シュトノク教徒のやることか!」

 さすがに、将軍たちは持てる勇気と知恵を絞り、ここから逃げだそうとしなかった。しかし、側近たちが、まるで引きずり出すように、将軍たちを宮殿の外へ連れていった。

 宮殿で働かされていたサヤ島の人たちは、喜んで外へ出てきた。

「やったあ! 奴らが逃げていったぞ!」

「明日の祭に準備したごちそうを置いていったぞ!」

「今から、満月の祭をはじめよう!」

 しかし、龍は、だめだ、と言わんばかりに低くうなった。

「戦いは、まだ終わらないとおっしゃるのですか?」

 王妃がおそるおそる、龍に尋ねた。龍は、ぐわぉうと大声で鳴いた。

「わかりました。では、これから、戦いの準備を始めましょう」

 若い王子が、龍に向かって、うやうやしく頭を下げた。

「みなの者、よく聞け! 我らが島の調和と繁栄と平和を守るために、持てる勇気と知恵を振り絞り、戦うときが来たのだ!」

 若い王子が号令すると、島の兵士たちは、大声で応えた。

「龍神さま、万歳!」

「王妃さま、万歳!」

「王子さま、万歳!」

 龍も、ぐわぉうと大声で鳴いて、若い王子の知恵と勇気をたたえた。

 それから、長い戦いが始まった。

 翌朝やってきた二人の大神官は、将軍二人よりも戦う気力にあふれていた。龍を見ても、全く怖じ気づくことはなかった。

 それはサヤ島の人間も同じことだった。島の兵士の何倍もの軍隊を前にしても、怖じ気づくことなく、弓を引き、大砲を撃った。

 リグノア教軍とシュトノク教軍は、何度も何度も援軍を呼んできた。敵の援軍が来るたびに、飛んでいくのは、龍だった。龍は、援軍の船に向かって火を吐いた。たいていの船は、我が身に火が及ぶ前に逃げていった。しかし、すべてを押しとどめることはできなかった。龍の炎をかいくぐり、サヤ島の近海にたどり着いては、弓や大砲を島に撃ち込む……。彼らの執念は、恐ろしいものがあった。

「大陸の者たちは、よほど、我々が憎いのですね」

 玉座の上で、王妃が悲しげにつぶやいた。

「調和と繁栄と平和が、それほどまでに憎いのでしょうか。わたしにはわかりません」

 王子さまは、両手をぐっと握りしめ、決意を固めていた。

「それでもわたしたちは、戦わねばなりません」

 玉座の間の窓に、星見の部屋の屋根の上から飛んでいく龍の姿が映った。

 龍は涙を流していた。

(帰ってくれ! 帰ってくれ! 帰ってくれさえすればいい!)

 大陸の軍隊は、いつまでも帰ろうとしなかった。

 調和と繁栄と平和を守るために、多くの命が消えていった。

 いつの間にか、海の色は、真っ赤に染まっていた 。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ちいさな哲学者

雨宮大智
児童書・童話
ユリはシングルマザー。十才の娘「マイ」と共に、ふたりの世界を組み上げていく。ある時はブランコに乗って。またある時は車の助手席で。ユリには「ちいさな哲学者」のマイが話す言葉が、この世界を生み出してゆくような気さえしてくるのだった⎯⎯。 【旧筆名、多梨枝伸時代の作品】

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

化け猫ミッケと黒い天使

ひろみ透夏
児童書・童話
運命の人と出会える逢生橋――。 そんな言い伝えのある橋の上で、化け猫《ミッケ》が出会ったのは、幽霊やお化けが見える小学五年生の少女《黒崎美玲》。 彼女の家に居候したミッケは、やがて美玲の親友《七海萌》や、内気な級友《蜂谷優斗》、怪奇クラブ部長《綾小路薫》らに巻き込まれて、様々な怪奇現象を体験する。 次々と怪奇現象を解決する《美玲》。しかし《七海萌》の暴走により、取り返しのつかない深刻な事態に……。 そこに現れたのは、妖しい能力を持った青年《四聖進》。彼に出会った事で、物語は急展開していく。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。  一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。  ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。 カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

処理中です...