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後編 龍の少年と龍の少女
第26話
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「うわああ、化け物だ!」
怖じ気づいた兵士たちが、我先にと逃げ出していった。
「待て、逃げるな! それが、武術を尊ぶ勇気の民、リグノア教徒のやることか!」
「待て、逃げるな! それが、かつて魔法が使えた知恵の民、シュトノク教徒のやることか!」
さすがに、将軍たちは持てる勇気と知恵を絞り、ここから逃げだそうとしなかった。しかし、側近たちが、まるで引きずり出すように、将軍たちを宮殿の外へ連れていった。
宮殿で働かされていたサヤ島の人たちは、喜んで外へ出てきた。
「やったあ! 奴らが逃げていったぞ!」
「明日の祭に準備したごちそうを置いていったぞ!」
「今から、満月の祭をはじめよう!」
しかし、龍は、だめだ、と言わんばかりに低くうなった。
「戦いは、まだ終わらないとおっしゃるのですか?」
王妃がおそるおそる、龍に尋ねた。龍は、ぐわぉうと大声で鳴いた。
「わかりました。では、これから、戦いの準備を始めましょう」
若い王子が、龍に向かって、うやうやしく頭を下げた。
「みなの者、よく聞け! 我らが島の調和と繁栄と平和を守るために、持てる勇気と知恵を振り絞り、戦うときが来たのだ!」
若い王子が号令すると、島の兵士たちは、大声で応えた。
「龍神さま、万歳!」
「王妃さま、万歳!」
「王子さま、万歳!」
龍も、ぐわぉうと大声で鳴いて、若い王子の知恵と勇気をたたえた。
それから、長い戦いが始まった。
翌朝やってきた二人の大神官は、将軍二人よりも戦う気力にあふれていた。龍を見ても、全く怖じ気づくことはなかった。
それはサヤ島の人間も同じことだった。島の兵士の何倍もの軍隊を前にしても、怖じ気づくことなく、弓を引き、大砲を撃った。
リグノア教軍とシュトノク教軍は、何度も何度も援軍を呼んできた。敵の援軍が来るたびに、飛んでいくのは、龍だった。龍は、援軍の船に向かって火を吐いた。たいていの船は、我が身に火が及ぶ前に逃げていった。しかし、すべてを押しとどめることはできなかった。龍の炎をかいくぐり、サヤ島の近海にたどり着いては、弓や大砲を島に撃ち込む……。彼らの執念は、恐ろしいものがあった。
「大陸の者たちは、よほど、我々が憎いのですね」
玉座の上で、王妃が悲しげにつぶやいた。
「調和と繁栄と平和が、それほどまでに憎いのでしょうか。わたしにはわかりません」
王子さまは、両手をぐっと握りしめ、決意を固めていた。
「それでもわたしたちは、戦わねばなりません」
玉座の間の窓に、星見の部屋の屋根の上から飛んでいく龍の姿が映った。
龍は涙を流していた。
(帰ってくれ! 帰ってくれ! 帰ってくれさえすればいい!)
大陸の軍隊は、いつまでも帰ろうとしなかった。
調和と繁栄と平和を守るために、多くの命が消えていった。
いつの間にか、海の色は、真っ赤に染まっていた 。
怖じ気づいた兵士たちが、我先にと逃げ出していった。
「待て、逃げるな! それが、武術を尊ぶ勇気の民、リグノア教徒のやることか!」
「待て、逃げるな! それが、かつて魔法が使えた知恵の民、シュトノク教徒のやることか!」
さすがに、将軍たちは持てる勇気と知恵を絞り、ここから逃げだそうとしなかった。しかし、側近たちが、まるで引きずり出すように、将軍たちを宮殿の外へ連れていった。
宮殿で働かされていたサヤ島の人たちは、喜んで外へ出てきた。
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しかし、龍は、だめだ、と言わんばかりに低くうなった。
「戦いは、まだ終わらないとおっしゃるのですか?」
王妃がおそるおそる、龍に尋ねた。龍は、ぐわぉうと大声で鳴いた。
「わかりました。では、これから、戦いの準備を始めましょう」
若い王子が、龍に向かって、うやうやしく頭を下げた。
「みなの者、よく聞け! 我らが島の調和と繁栄と平和を守るために、持てる勇気と知恵を振り絞り、戦うときが来たのだ!」
若い王子が号令すると、島の兵士たちは、大声で応えた。
「龍神さま、万歳!」
「王妃さま、万歳!」
「王子さま、万歳!」
龍も、ぐわぉうと大声で鳴いて、若い王子の知恵と勇気をたたえた。
それから、長い戦いが始まった。
翌朝やってきた二人の大神官は、将軍二人よりも戦う気力にあふれていた。龍を見ても、全く怖じ気づくことはなかった。
それはサヤ島の人間も同じことだった。島の兵士の何倍もの軍隊を前にしても、怖じ気づくことなく、弓を引き、大砲を撃った。
リグノア教軍とシュトノク教軍は、何度も何度も援軍を呼んできた。敵の援軍が来るたびに、飛んでいくのは、龍だった。龍は、援軍の船に向かって火を吐いた。たいていの船は、我が身に火が及ぶ前に逃げていった。しかし、すべてを押しとどめることはできなかった。龍の炎をかいくぐり、サヤ島の近海にたどり着いては、弓や大砲を島に撃ち込む……。彼らの執念は、恐ろしいものがあった。
「大陸の者たちは、よほど、我々が憎いのですね」
玉座の上で、王妃が悲しげにつぶやいた。
「調和と繁栄と平和が、それほどまでに憎いのでしょうか。わたしにはわかりません」
王子さまは、両手をぐっと握りしめ、決意を固めていた。
「それでもわたしたちは、戦わねばなりません」
玉座の間の窓に、星見の部屋の屋根の上から飛んでいく龍の姿が映った。
龍は涙を流していた。
(帰ってくれ! 帰ってくれ! 帰ってくれさえすればいい!)
大陸の軍隊は、いつまでも帰ろうとしなかった。
調和と繁栄と平和を守るために、多くの命が消えていった。
いつの間にか、海の色は、真っ赤に染まっていた 。
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