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後編 龍の少年と龍の少女
第24話
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ハジミの身体は、宙に浮いていた。暗くて辺りがよく見えない。この建物全体をぐるりと囲む壁の四隅にあるかがり火と、月明かりだけが、ぼんやりと辺りを照らしていた。
ハジミはじっと目をこらした。仲むつまじく並ぶ二つ星のうち、男性だと言われている星のある方角に、小さな光が見えた。小さな光は、少しずつ動いているようだった。だんだん、こちらへ、近づいてくる。ぼんやりとした影が見える。人の影だった。
「クジャ!」
ハジミは目に涙を浮かべた。クジャの元へ飛んでいこうとした。しかし、体全体から、がくんと力が奪われていった。
(もう、飛べない……)
ハジミはとっさに、月明かりに照らされた棒か何かにつかまった。足が屋根の上に触れた。半球状の屋根だった。
「ここは、星見の部屋の屋根?」
ハジミはリグノア教の神殿がある、北側に目を移した。クジャがいた。一歩一歩、危なっかしく、でも、確実に、こちらに近づいている。
「クジャ! わたしはここよ! 星見の部屋の、屋根の上にいるわ!」
ハジミは屋根の先端にある棒――たぶん、避雷針――から片手を離して、必死に手を振った。
「ハジミ!」
クジャの声が、ありありと聞こえてきた。そろりそろりと動いていたクジャが、必死になって、こちらへ駆けてきた。
クジャの顔が、はっきりと見えてきた。優しくて、ちょっと頼りないクジャ。静かに深く物事を考えるクジャ。六年間、ずっととなりにいたクジャ。一年間、離ればなれになっていたクジャ。空に浮かぶ、あの仲のいい二つ星は、クジャとわたし。
「ハジミ!」
「クジャ!」
屋根の上で、二人は二つ星のように、ぎゅっと、手を握りしめた。
「ハジミ、どうやってここまでたどり着いたの……?」
「飛んできたのよ、魔法の力で、ね」
ハジミは片目をつぶってみせた。
「強い魔法の力を持っているって、あれ、嘘じゃなかったの?」
「嘘だって、わかっていたの?」
「うん、すぐにわかったよ」
ハジミは、はあ、とため息をついた。
「やっぱり、クジャには敵わないわね。ダイポは完全に騙されてくれたのに」
「ダイポはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「わたし、ダイポにひどいことを言ってしまったの。それで、ダイポはご神体に帰ってしまった。そのせいで……消えてしまったの。あの人たちが、ご神体を破壊して! 最後にわたしに、魔法の力をくれたのは、ダイポなのよ。わたし、あの子に、ひどいことばかりしたのに……」
クジャはハジミの頭を、優しくなでた。ハジミは、ダイポがフィオガハに懐いていた理由や、クジャのためにハジミと友達になるといった理由を、しみじみと味わっていた。優しさが、口の中で、あめ玉みたいに溶けていく。
「ジャポも消えてしまったよ」
ハジミは目を見開いた。あれだけ仲良しだったジャポが消えて、クジャはどんなに辛かっただろうか。
「まさか、リグノア教徒たちも、ご神体を破壊したの?」
「ううん。あの人たちは、ご神体をとても大事に扱ったよ。なのに、僕たち召使いには、辛く当たった。はじめのうちは、僕は、あんな人たちには負けない、と思っていた。魔法の力を使って、なんとか抜け出せないかと、毎日考えていた。だけど、だんだん、すべてがどうでもよくなってきた。だって、慣れていたから。辛く当たられるのには」
「クジャ……」
ハジミは、龍神の化身になるまでのクジャのことを思い、胸が痛くなった 。
ハジミはじっと目をこらした。仲むつまじく並ぶ二つ星のうち、男性だと言われている星のある方角に、小さな光が見えた。小さな光は、少しずつ動いているようだった。だんだん、こちらへ、近づいてくる。ぼんやりとした影が見える。人の影だった。
「クジャ!」
ハジミは目に涙を浮かべた。クジャの元へ飛んでいこうとした。しかし、体全体から、がくんと力が奪われていった。
(もう、飛べない……)
ハジミはとっさに、月明かりに照らされた棒か何かにつかまった。足が屋根の上に触れた。半球状の屋根だった。
「ここは、星見の部屋の屋根?」
ハジミはリグノア教の神殿がある、北側に目を移した。クジャがいた。一歩一歩、危なっかしく、でも、確実に、こちらに近づいている。
「クジャ! わたしはここよ! 星見の部屋の、屋根の上にいるわ!」
ハジミは屋根の先端にある棒――たぶん、避雷針――から片手を離して、必死に手を振った。
「ハジミ!」
クジャの声が、ありありと聞こえてきた。そろりそろりと動いていたクジャが、必死になって、こちらへ駆けてきた。
クジャの顔が、はっきりと見えてきた。優しくて、ちょっと頼りないクジャ。静かに深く物事を考えるクジャ。六年間、ずっととなりにいたクジャ。一年間、離ればなれになっていたクジャ。空に浮かぶ、あの仲のいい二つ星は、クジャとわたし。
「ハジミ!」
「クジャ!」
屋根の上で、二人は二つ星のように、ぎゅっと、手を握りしめた。
「ハジミ、どうやってここまでたどり着いたの……?」
「飛んできたのよ、魔法の力で、ね」
ハジミは片目をつぶってみせた。
「強い魔法の力を持っているって、あれ、嘘じゃなかったの?」
「嘘だって、わかっていたの?」
「うん、すぐにわかったよ」
ハジミは、はあ、とため息をついた。
「やっぱり、クジャには敵わないわね。ダイポは完全に騙されてくれたのに」
「ダイポはどうしたの? 一緒じゃないの?」
「わたし、ダイポにひどいことを言ってしまったの。それで、ダイポはご神体に帰ってしまった。そのせいで……消えてしまったの。あの人たちが、ご神体を破壊して! 最後にわたしに、魔法の力をくれたのは、ダイポなのよ。わたし、あの子に、ひどいことばかりしたのに……」
クジャはハジミの頭を、優しくなでた。ハジミは、ダイポがフィオガハに懐いていた理由や、クジャのためにハジミと友達になるといった理由を、しみじみと味わっていた。優しさが、口の中で、あめ玉みたいに溶けていく。
「ジャポも消えてしまったよ」
ハジミは目を見開いた。あれだけ仲良しだったジャポが消えて、クジャはどんなに辛かっただろうか。
「まさか、リグノア教徒たちも、ご神体を破壊したの?」
「ううん。あの人たちは、ご神体をとても大事に扱ったよ。なのに、僕たち召使いには、辛く当たった。はじめのうちは、僕は、あんな人たちには負けない、と思っていた。魔法の力を使って、なんとか抜け出せないかと、毎日考えていた。だけど、だんだん、すべてがどうでもよくなってきた。だって、慣れていたから。辛く当たられるのには」
「クジャ……」
ハジミは、龍神の化身になるまでのクジャのことを思い、胸が痛くなった 。
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