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後編 龍の少年と龍の少女
第20話
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リグノア教の軍隊と、シュトノク教の軍隊は、宮殿と神殿まで引き裂いた。渡り廊下は取り壊され、高い壁が作られた。よじ登ることは、とても出来そうにない。本当は、宮殿を破壊して、完全に、リグノア教の神殿と、シュトノク教の神殿の二つに分けたかったらしいが、宮殿を破壊すれば二つの神殿も崩れてしまうとわかって、諦めたらしい。
宮殿や神殿に勤める者たちは、そこから出ることを許されなかった。シュトノク教徒のハジミは、シュトノク教の神殿に移された。ハジミはもう、家に帰りたいとは思わなかった。
しかし、召使いとしての生活は、とても辛かった。何しろ、ハジミは、ほうきの使い方すらわからなかったのだ。ハジミが掃除したところは、ちりやほこりがたくさん残った。兵士たちはハジミの顔を不愉快そうに見つめ、何度も何度も掃除のやり直しを命じた。
ある日、ハジミはついに、兵士たちを怒らせ、殴られた。ハジミは鼻血まみれになった。一人きりになると、ハジミは惨めに泣き出した。するとそこに、小石が一つ、ころりと転がってきた。
「ハジミぃ」
「ダイポ……」
ダイポは上目遣いに、ハジミを見つめていた。ハジミは慌てて、ダイポから顔を背けた。
「あなた、ざまあ見ろって、思っているんじゃない?」
ハジミは吐き捨てるように言った。
「そんなことないよ」
「嘘つき! わたしは散々、あなたをいじめてきたのよ。ざまあ見ろくらい、思って当然よ! 思いなさいよ! でないと、私が惨めだわ!」
ハジミはぶんぶん、頭を振った。
「あなたがわたしのことをかわいそうに思っていたって知ったとき、わたし、今まで生きてきた中で一番、恥ずかしい思いをしたわ! わたしは、あなたに哀れんでもらわなくちゃならないほど、弱くないのよ!」
ハジミはダイポをにらみつけた。ダイポは目を伏せるように、ちょっと身体を傾けると、意を決したように、身体を元の位置に戻した。
「ハジミは、いつも必死だね。自分を大きく大きく見せようとしている。そこがかわいそうだった。僕らの前では、本当のハジミでいたって、よかったんだよ。本当のハジミは、フィオみたいに、小さくても優しい人のはずだよ」
「フィオ、フィオ、フィオって、うるさいわね! あなたのそういう所、本当にいらいらするの! わたしはフィオガハとは違う人間なの! どうして比べようとするのよ!」
ハジミは目を見開いて、ダイポに詰め寄った。
「ねえ、ダイポ。あの日、あなた、なんであそこから出てこなかったのよ。わたしを守るのが仕事なら、ジャポみたいに、常にわたしの横にいなさいよ!」
「だって、怖かったんだよう」
ダイポは小さく飛び跳ねて、後ずさった。
「そんな情けないことで、龍神の化身の支えが務まるの! 龍神さまかシュトノク教の女神さまか知らないけれど、なんで、あなたみたいな石ころを、精霊としてよこしてきたの! あんたができることは、わたしをいらいらさせること、それだけじゃない!」
「ハジミぃ。ひどいよ、やめてよ……」
ダイポはますます後ずさった。ハジミはダイポを、壁際まで追い詰めた。
「あなた、本当は何かできるんじゃない? わたしに力を貸しなさいよ。今まで役に立たなかった分、今こそ役に立ってよ! わたしは、みんなのために生きなきゃならないの。でも、今のわたしは、掃除もろくにできない役立たず。みんなのために生きることなんか、とてもできない。惨めだわ。あなたと同じね」
ダイポは、首を振るように、身体を動かした。
「僕は僕なりに、できることをしてきた。今のハジミも、ハジミなりに、一生懸命頑張っている。みんな頑張っているよ。あの召使いの子たちも、ハジミたちのかわりを頑張っている。敵の将軍たちのために、占いをさせられて、辛いだろうけど、頑張っている。惨めじゃないよ、ハジミ。みんな頑張っているよ。クジャも頑張っているよ」
「あなた、クジャに会ったの!」
ハジミはダイポを掴み、手のひらの上に乗せ、掲げた。ハジミとダイポの目が、同じ高さになった。
「クジャは元気だった? 召使いの仕事で困っていない? 兵士たちに、いじめられていない? お願いよ、クジャに会わせて! お願い!」
ハジミは涙を流した。ダイポはぶるぶる震えだした。
「ごめんよ、ハジミ。僕はただの石ころ。君に乗っけてもらって、動くことはできても、君を乗せて、動くことはできない」
目の前が暗くなってきた。ハジミの手のひらから、力がなくなっていった。ダイポは下に落ちていった。ハジミの靴にぶつかって、ころり、と転がった。
八つ当たりだということは、よくわかっていた。だけど、ハジミは、叫ばずにはいられなかった。
「この、役立たず! わたしの前から、消えて!」
ダイポの姿は、一瞬でかき消えた。それきりダイポは、二度とハジミの前に現れなかった 。
宮殿や神殿に勤める者たちは、そこから出ることを許されなかった。シュトノク教徒のハジミは、シュトノク教の神殿に移された。ハジミはもう、家に帰りたいとは思わなかった。
しかし、召使いとしての生活は、とても辛かった。何しろ、ハジミは、ほうきの使い方すらわからなかったのだ。ハジミが掃除したところは、ちりやほこりがたくさん残った。兵士たちはハジミの顔を不愉快そうに見つめ、何度も何度も掃除のやり直しを命じた。
ある日、ハジミはついに、兵士たちを怒らせ、殴られた。ハジミは鼻血まみれになった。一人きりになると、ハジミは惨めに泣き出した。するとそこに、小石が一つ、ころりと転がってきた。
「ハジミぃ」
「ダイポ……」
ダイポは上目遣いに、ハジミを見つめていた。ハジミは慌てて、ダイポから顔を背けた。
「あなた、ざまあ見ろって、思っているんじゃない?」
ハジミは吐き捨てるように言った。
「そんなことないよ」
「嘘つき! わたしは散々、あなたをいじめてきたのよ。ざまあ見ろくらい、思って当然よ! 思いなさいよ! でないと、私が惨めだわ!」
ハジミはぶんぶん、頭を振った。
「あなたがわたしのことをかわいそうに思っていたって知ったとき、わたし、今まで生きてきた中で一番、恥ずかしい思いをしたわ! わたしは、あなたに哀れんでもらわなくちゃならないほど、弱くないのよ!」
ハジミはダイポをにらみつけた。ダイポは目を伏せるように、ちょっと身体を傾けると、意を決したように、身体を元の位置に戻した。
「ハジミは、いつも必死だね。自分を大きく大きく見せようとしている。そこがかわいそうだった。僕らの前では、本当のハジミでいたって、よかったんだよ。本当のハジミは、フィオみたいに、小さくても優しい人のはずだよ」
「フィオ、フィオ、フィオって、うるさいわね! あなたのそういう所、本当にいらいらするの! わたしはフィオガハとは違う人間なの! どうして比べようとするのよ!」
ハジミは目を見開いて、ダイポに詰め寄った。
「ねえ、ダイポ。あの日、あなた、なんであそこから出てこなかったのよ。わたしを守るのが仕事なら、ジャポみたいに、常にわたしの横にいなさいよ!」
「だって、怖かったんだよう」
ダイポは小さく飛び跳ねて、後ずさった。
「そんな情けないことで、龍神の化身の支えが務まるの! 龍神さまかシュトノク教の女神さまか知らないけれど、なんで、あなたみたいな石ころを、精霊としてよこしてきたの! あんたができることは、わたしをいらいらさせること、それだけじゃない!」
「ハジミぃ。ひどいよ、やめてよ……」
ダイポはますます後ずさった。ハジミはダイポを、壁際まで追い詰めた。
「あなた、本当は何かできるんじゃない? わたしに力を貸しなさいよ。今まで役に立たなかった分、今こそ役に立ってよ! わたしは、みんなのために生きなきゃならないの。でも、今のわたしは、掃除もろくにできない役立たず。みんなのために生きることなんか、とてもできない。惨めだわ。あなたと同じね」
ダイポは、首を振るように、身体を動かした。
「僕は僕なりに、できることをしてきた。今のハジミも、ハジミなりに、一生懸命頑張っている。みんな頑張っているよ。あの召使いの子たちも、ハジミたちのかわりを頑張っている。敵の将軍たちのために、占いをさせられて、辛いだろうけど、頑張っている。惨めじゃないよ、ハジミ。みんな頑張っているよ。クジャも頑張っているよ」
「あなた、クジャに会ったの!」
ハジミはダイポを掴み、手のひらの上に乗せ、掲げた。ハジミとダイポの目が、同じ高さになった。
「クジャは元気だった? 召使いの仕事で困っていない? 兵士たちに、いじめられていない? お願いよ、クジャに会わせて! お願い!」
ハジミは涙を流した。ダイポはぶるぶる震えだした。
「ごめんよ、ハジミ。僕はただの石ころ。君に乗っけてもらって、動くことはできても、君を乗せて、動くことはできない」
目の前が暗くなってきた。ハジミの手のひらから、力がなくなっていった。ダイポは下に落ちていった。ハジミの靴にぶつかって、ころり、と転がった。
八つ当たりだということは、よくわかっていた。だけど、ハジミは、叫ばずにはいられなかった。
「この、役立たず! わたしの前から、消えて!」
ダイポの姿は、一瞬でかき消えた。それきりダイポは、二度とハジミの前に現れなかった 。
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