龍神の化身

田原更

文字の大きさ
上 下
17 / 30
後編 龍の少年と龍の少女

第17話

しおりを挟む
 ハジミは自分の部屋から椅子を持ってきた。残念ながら、椅子は一つしかなかった。ハジミはクジャの部屋に勝手に入り、椅子を一つ持ち出した。何回か部屋を出たり入ったりして、やっと、飾り窓に手が届く高さの踏み台を準備した。

 次はとがったものだが、残念ながら、ハジミの部屋にもクジャの部屋にも、とがったものは一つもなかった。ハジミはいらいらして、飾り窓をばんばん叩いた。

「君の力じゃ、割れないよ。けがしちゃう。もうやめて」

 クジャが静かにハジミを制した。ハジミはクジャをにらみつけた。

「邪魔しないでよ!」

 クジャはまた一つ、ため息をついた。

「ハジミ、窓に両手をつけて、時計回りに回してごらん」

 言われたとおりにすると、丸い飾り窓が、ぱかっと外れた。

「どういう仕組み……?」

「わからない」

「あなたなんで、窓が開くって知っているの?」

「昔はここで星を見ていたって、言ったことがあるよね。この飾り窓から、星を見ていたんだと思う。本当は、屋根がないほうが、綺麗に見えるんだろうけど。だから、外し方がきっとあると思って、夜中こっそり試したことがある。もちろん、ジャポにも手伝ってもらってね」

 クジャが少し得意げに笑った。ハジミは自分のお供が、小さな石ころであることを、つくづく恨めしく思った。

「ねえ、ハジミ。星を見て」

 ハジミはクジャの言うとおり、飾り窓から首を出して星を見た。満月に照らされた夜空には、まるで宝石をちりばめたように星が輝いていた。

「きれいね。母さまの宝石箱みたい」

「星が騒いでいるんだ、それを感じないかい?」

「星が騒ぐ……?」

 ハジミは首をかしげた。夜風に吹かれて、前髪が揺れた。

「最近、北と南の空の星が、妙に瞬いているんだ。胸騒ぎがする。きっと何かよくないことが起こる。召使いに頼んで、リグノア教とシュトノク教の神殿にいる星見たちの意見も聞いてきてもらった。彼らも、口をそろえて、よくないことが起こるって、言っている……」

 クジャがうつむいた。ハジミは首を左右に動かして、北の空と南の空を見た。星が騒いでいると言われても、よくわからない。ハジミは目を細めて、遠くを見てみた。水平線の向こうで、何かが輝いていた。いくつもいくつも、数え切れないほどの明かりが見えた。

 ハジミは胸がどきどきしてきた。クジャが感じた胸騒ぎを、もっともっと強く感じていた。あれは船の明かりだ。北の海にも、南の海にも、数え切れないほどの船が浮かんでいる。

(どうして、こんなときに!)

 ハジミは泣いた。夜風が涙をさらっていった。

(どうして、どうしてよ! 邪魔しないでよ!)

 ハジミは観念して、飾り窓から首を引っ込め、窓を閉めた。踏み台代わりの椅子から降りた。

「ハジミ、諦めてくれたんだね……」

 クジャがほっとした顔をして、近寄ってきた。ハジミはその顔を、ぱん、と平手打ちした。

「どうしてわたしに、何も教えてくれなかったの……。どうして何も、相談してくれないの! わたしはあなたの姉さまになるって言ったのに、クジャはわたしを頼ってくれない! 胸騒ぎのことを、クジャが教えてくれてたら、わたし、今日逃げようなんて思わなかった! みんなに眠り薬を盛ろうなんて、思わなかった!」

「ハジミ、ごめん」

 クジャは真っ直ぐにハジミを見つめ、深く、深く頭を下げた。

「もういいわ。それより、すぐにみんなをたたき起こすわよ。北の海と南の海に、数え切れないほどの船がいる。あれは……軍艦だと思う」

 クジャはさあっと青ざめた。

 二人はわざと大きな音を立てて階段を降り、酔って眠った大人たちを片っ端から起こして回った。

 けれど、すべてが手遅れだった。サヤ島は、翌朝にはぐるりと軍艦に囲まれて、わけのわからないうちに、降伏するしかなかった 。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

オオカミ少女と呼ばないで

柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。 空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように―― 表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。

占い探偵 ユーコちゃん!

サツキユキオ
児童書・童話
ヒナゲシ学園中等部にはとある噂がある。生徒会室横の第2資料室に探偵がいるというのだ。その噂を頼りにやって来た中等部2年B組のリョウ、彼女が部屋で見たものとは──。

見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜

うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】 「……襲われてる! 助けなきゃ!」  錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。  人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。 「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」  少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。 「……この手紙、私宛てなの?」  少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。  ――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。  新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。 「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」  見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。 《この小説の見どころ》 ①可愛いらしい登場人物 見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎ ②ほのぼのほんわか世界観 可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。 ③時々スパイスきいてます! ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。 ④魅力ある錬成アイテム 錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。 ◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。 ◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。 ◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。 ◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

ミズルチと〈竜骨の化石〉

珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。  一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。  ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。 カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。

処理中です...