龍神の化身

田原更

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前編 ハジミとクジャ

第14話

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 星見の部屋に続く階段を、一段一段上るたびに、今までの思い出が駆け巡っていく。

 最初の年の満月のお祭りで上演されたお芝居は、ハジミをうっとりさせて、クジャをぐっすり眠らせた。その晩、眠れなくなったクジャが「本当は、魔法を使えるってわかっていた。だけど、魔法を使ったら、父さんにひどく殴られたから、使わなくなった。ハジミと同じだね」と打ち明けてくれた。「父さんは僕が怖いんだよ、怖がられるって、つらいね」と、悲しそうにつぶやいた。ハジミには、クジャの言ったことが、よくわからなかった。嘘をついたことに対して、胸がちくりと痛んだだけだ。クジャはこうも言った。

「ここの人たちは、誰も僕を怖がらない。それどころか親切にしてくれる。いいところだね」

 龍神の化身が占うことは、くだらないことばかりだった。お祭りの演目、王妃さまの誕生日に何を贈るか、宮殿の花壇に、何を植えるか……。ハジミにはどうでもいいことだった。ハイルが、適当に答えてもなんとかなった、と言っていたが、その通りだった。こんなことを、わざわざ子どもに聞く大人たちはどうかしていると、心底あきれていた。なのに、クジャは、いつも真剣に占っていた。

 学び舎で学ぶことは、ここですべて学び尽くした。だからもう、外の世界に出ても、なんとかなる、ハジミはそう思っていた。だけど、クジャはこう言った。

「ここで学ぶたびに、色々な本を読ませてもらうたびに、僕は何も知らないんだと思い知る。いつか、ここを出る日が来たら、どうやって暮らせばいいんだろう……」

 クジャは自分の部屋の窓から、よく星を眺めていた。「星見の部屋は、昔は星占いに使われていた部屋だ。あそこから星が見えたら、さぞ、綺麗だろうな」と、目を輝かせていた。クジャは「いつか占い師になりたい」と言って、はにかんでいた。

 ダイポはいつまでも赤ちゃんのようで、うっとうしかった。早く離れたいと思っていた。だけど、クジャは、ジャポが大好きだ。

「十八歳になったら、もう、ジャポの姿も声もわからなくなるって思うと、胸が締め付けられそうになるよ……」

 クジャは真面目だ。クジャは内気だ。クジャは変化を好まない。クジャは、家に帰りたいと思っていない。きっとクジャは、ここから出たいと思っていない。

 それでも、ここにいたら、あと六年間、自由はない。わたしは今すぐ自由になりたい。今すぐ、うちに帰りたい。

(わたしが、クジャに、勇気を与えないと……)

 ハジミはクジャの手を、ぎゅっと握りしめた。星見の部屋の扉は、目の前にあった 。
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