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前編 ハジミとクジャ
第12話
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「クジャ、クジャ、しっかり!」
ジャポの声だけが響いていた。召使いたちはもちろん、ナリム王ですら、龍神の化身のカードに触れることは許されない。ダイポはぽかんとしているだけだ。ハジミは、心の中でクジャをずっと応援していたが、これ以上クジャに恥をかかせたらかわいそうに思って、かわりに自分が占おうと、再び引き出しに手をかけた。
そのときだった。
床に散らばったカードが、一枚一枚、ふわりと浮き上がった。カードはクジャの頭上に集まり、一つの束になった。今度はカードが一枚ずつ束から飛び出し、部屋中をはらはらと飛び回り、クジャの両手のひらの上に、一枚ずつ戻っていった。いつの間にか、クジャの手の中に、カードの束があった。クジャは、上から三枚、カードを手に取った。それを座卓の上に並べ、表に返した。
「女王、若者たち、五本の剣」
クジャの声は、いつものどこかおどおどした声とは違っていた。ハジミはクジャの顔をのぞきこんだ。どこか遠くの、ここではない世界を見ているような目をしていた。
「若者たちは、恋人を、女王は、母親を、五本の剣は、破滅を示す。母親によって仲を引き裂かれた恋人たちが破滅する。龍神さまはそんな芝居をご覧になりたいそうだ」
「そんな芝居、あったかのう?」
ナリム王はクジャとハジミの召使いたちに尋ねた。
「王さま。夜空に二つ、仲むつまじく並ぶ星がございます。伝説によると、それは、親に仲を引き裂かれて身投げした、若い二人を哀れんで、龍神さまが天に昇らせたものだといわれております」
クジャの老いた召使いの言葉に、ナリム王はぽん、と手を打った。
「なるほど。ではその物語を、お芝居にすればよいのだな。龍神さま、さっそく、王家お抱えの劇団に芝居を作らせましょう。見る者すべてをうっとりさせるような、素晴らしい物語を披露いたしましょう」
ナリム王は張り切って、星見の部屋を出て行った。ダイポが、ナリム、また来てねぇ、と気の抜けた声をあげて王の背中を見送った。
「クジャさま、ハジミさま。大変ご立派でした」
先ほどの、クジャの召使いが口火を切ると、召使いたちは口々に、初めてとはとても思えません、などと褒めちぎった。ハジミは有頂天になったが、クジャは、はあはあと苦しそうに肩で息をしていた。
「疲れたから、休みたい……」
「当然のことでしょう。あれだけの、魔法の力を使ったのですから」
「魔法?」
クジャとハジミの声が重なった。
「クジャさまは、ご自身が魔法を使えると、ご存じなかったのですか?」
召使いの言葉に、クジャは小さくうなずいた。
「すごいわね、クジャ。あんな力があるなんて。神話の時代の魔法使いみたい。クジャの力があれば、空だって飛べるかもしれないわ!」
無邪気に笑ったあと、ハジミの胸がずきん、と痛んだ。家に帰りたい。その思いが戻ってきたのだ。
(空を飛べるなら、家にだって帰れるわ……)
「ハジミぃ?」
ダイポがハジミの顔をのぞきこんだ。ダイポには弱いところを見せたくなかった。子分として従ってくれなくなったら、困る。部屋中を飛び跳ねられたりしたら、うっとうしくてたまらない。ハジミは太ももをぎゅっとつねって、涙を押しとどめた。
「あれは魔法じゃないと思う。龍神さまが力を貸してくださったんだ。占いの結果を話したときもそう。僕の力じゃない」
「もう、クジャったら。もっと得意になってもいいのに」
ハジミはクジャを励ました。でも、本当は、自分を励ますためだった。
「ハジミさまのおっしゃるとおり。クジャさま、ここでは堂々と振る舞ってよろしいのです。さすれば、王さまもご安心なさいます。お二人のお言葉を信じ、国のために励むことができるのですから」
クジャの表情は暗かった。クジャはジャポの枝を、ぎゅっと握りしめていた。
「申し訳ございません。じじいめの話が長くなりました。さあ、今日はもうお部屋でお休みください。あとで、疲れの取れる薬湯を持ってまいります」
召使いがクジャの手を引いて、部屋まで連れて帰った。ハジミの召使いが、ハジミに声をかけた。
「さあ、ハジミさまも、今日はお部屋でお休みください。何か、おあがりになりますか?」
「そうね。甘い果物をちょうだい」
「かしこまりました。若い者に持たせます」
「ハジミ! 僕をおいていかないでよ!」
ダイポがぴょん、と跳ねた。ハジミは仕方なく、ダイポを手のひらにのせて、部屋に戻った 。
ジャポの声だけが響いていた。召使いたちはもちろん、ナリム王ですら、龍神の化身のカードに触れることは許されない。ダイポはぽかんとしているだけだ。ハジミは、心の中でクジャをずっと応援していたが、これ以上クジャに恥をかかせたらかわいそうに思って、かわりに自分が占おうと、再び引き出しに手をかけた。
そのときだった。
床に散らばったカードが、一枚一枚、ふわりと浮き上がった。カードはクジャの頭上に集まり、一つの束になった。今度はカードが一枚ずつ束から飛び出し、部屋中をはらはらと飛び回り、クジャの両手のひらの上に、一枚ずつ戻っていった。いつの間にか、クジャの手の中に、カードの束があった。クジャは、上から三枚、カードを手に取った。それを座卓の上に並べ、表に返した。
「女王、若者たち、五本の剣」
クジャの声は、いつものどこかおどおどした声とは違っていた。ハジミはクジャの顔をのぞきこんだ。どこか遠くの、ここではない世界を見ているような目をしていた。
「若者たちは、恋人を、女王は、母親を、五本の剣は、破滅を示す。母親によって仲を引き裂かれた恋人たちが破滅する。龍神さまはそんな芝居をご覧になりたいそうだ」
「そんな芝居、あったかのう?」
ナリム王はクジャとハジミの召使いたちに尋ねた。
「王さま。夜空に二つ、仲むつまじく並ぶ星がございます。伝説によると、それは、親に仲を引き裂かれて身投げした、若い二人を哀れんで、龍神さまが天に昇らせたものだといわれております」
クジャの老いた召使いの言葉に、ナリム王はぽん、と手を打った。
「なるほど。ではその物語を、お芝居にすればよいのだな。龍神さま、さっそく、王家お抱えの劇団に芝居を作らせましょう。見る者すべてをうっとりさせるような、素晴らしい物語を披露いたしましょう」
ナリム王は張り切って、星見の部屋を出て行った。ダイポが、ナリム、また来てねぇ、と気の抜けた声をあげて王の背中を見送った。
「クジャさま、ハジミさま。大変ご立派でした」
先ほどの、クジャの召使いが口火を切ると、召使いたちは口々に、初めてとはとても思えません、などと褒めちぎった。ハジミは有頂天になったが、クジャは、はあはあと苦しそうに肩で息をしていた。
「疲れたから、休みたい……」
「当然のことでしょう。あれだけの、魔法の力を使ったのですから」
「魔法?」
クジャとハジミの声が重なった。
「クジャさまは、ご自身が魔法を使えると、ご存じなかったのですか?」
召使いの言葉に、クジャは小さくうなずいた。
「すごいわね、クジャ。あんな力があるなんて。神話の時代の魔法使いみたい。クジャの力があれば、空だって飛べるかもしれないわ!」
無邪気に笑ったあと、ハジミの胸がずきん、と痛んだ。家に帰りたい。その思いが戻ってきたのだ。
(空を飛べるなら、家にだって帰れるわ……)
「ハジミぃ?」
ダイポがハジミの顔をのぞきこんだ。ダイポには弱いところを見せたくなかった。子分として従ってくれなくなったら、困る。部屋中を飛び跳ねられたりしたら、うっとうしくてたまらない。ハジミは太ももをぎゅっとつねって、涙を押しとどめた。
「あれは魔法じゃないと思う。龍神さまが力を貸してくださったんだ。占いの結果を話したときもそう。僕の力じゃない」
「もう、クジャったら。もっと得意になってもいいのに」
ハジミはクジャを励ました。でも、本当は、自分を励ますためだった。
「ハジミさまのおっしゃるとおり。クジャさま、ここでは堂々と振る舞ってよろしいのです。さすれば、王さまもご安心なさいます。お二人のお言葉を信じ、国のために励むことができるのですから」
クジャの表情は暗かった。クジャはジャポの枝を、ぎゅっと握りしめていた。
「申し訳ございません。じじいめの話が長くなりました。さあ、今日はもうお部屋でお休みください。あとで、疲れの取れる薬湯を持ってまいります」
召使いがクジャの手を引いて、部屋まで連れて帰った。ハジミの召使いが、ハジミに声をかけた。
「さあ、ハジミさまも、今日はお部屋でお休みください。何か、おあがりになりますか?」
「そうね。甘い果物をちょうだい」
「かしこまりました。若い者に持たせます」
「ハジミ! 僕をおいていかないでよ!」
ダイポがぴょん、と跳ねた。ハジミは仕方なく、ダイポを手のひらにのせて、部屋に戻った 。
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