11 / 30
前編 ハジミとクジャ
第11話
しおりを挟む
次の日から、ハジミはフィオガハが着ていたのと同じ赤い服と、赤い帽子を被るようになった。クジャは、ハイルが着ていたのと同じ緑色の服と、緑色の帽子を身につけた。
二人は隣に精霊を伴って、座卓の前に座った。側で、召使いたちが、ぱたぱたと扇をあおいでくれた。ひんやりと気持ちいい風が頬にあたり、ハジミはいい気分になった。しばらくの間こうしていると、階下から足音が聞こえてきた。
「王さまのおなりです」
部屋の外から、兵士たちの声が聞こえてきた。召使いの一人が、そっとささやいた。
「クジャさま。ハジミさま。どうぞ、『入れ』とお命じください」
「お、王さまに……?」
クジャは目を白黒させた。ハジミはすっと息を吸い込んで、息を吐くようにこう言った。
「お入りなさい」
「ハジミさま、ご立派です」
召使いたちが深々と頭を下げた。扉が開いて、王が入室した。
王は、でっぷりとした身体をした、中年の男だった。王は、ハジミたちがいる壇のすぐ側までやってきて、うやうやしく片ひざをついた。ハジミたちがはじめて宮殿に来た日も、王は姿を見せなかったし、ハジミたちが玉座の間で面会することもなかった。王と会うのは、精霊たちを連れてきたあとだと、何百年も前から決まっているらしい。
「ああ、ナリムだ! 久しぶり! 元気だった?」
今度はハジミが目を白黒させた。ダイポが、ハジミの横をぴょんとすり抜けて、王の周りをぐるぐる跳ね回っていた。しかし、それに王が気づく様子は、全くなかった。
「新たなる龍神の化身。龍の少年と龍の少女。お初にお目にかかります。わたくしはサヤ島の王、ナリムと申します」
「ナリムはね、狼の生まれ変わりっていう意味だよ。声をかけてあげて。狼の生まれ変わりたる王ナリムよ、わたしが龍の少年たるクジャ。わたしが龍の少女たるハジミだ、って」
ダイポが自慢げにぴょんと跳びはねた。ジャポは腕のように生えた枝の先端で、クジャをつん、とつついた。
「お……狼の生まれ変わりたる王、ナリムよ。僕……いや、わたしが龍の少年たるクジャ」
「わたしが龍の少女たるハジミ」
クジャがしどろもどろ、ハジミが堂々と宣言すると、周囲の召使いは、なんとご立派な、とどよめき、さあっと波が引いたように静かになった。
「龍の少年クジャさま。龍の少女ハジミさま。これからも我を救い、我を導きたまえ。我が島にとこしえの調和と繁栄と平和をもたらしたまえ」
言い終わると、ナリム王は顔を上げた。王さまというからには、りりしいお顔をしていると、ハジミは期待していたが、ナリム王はどことなく頼りない顔をしていた。
「さて……堅苦しいご挨拶はここまでにして。早速ですが、クジャさまとハジミさまにおうかがいしたいことがありまして」
「何かしら」
ハジミはまるで、シュトノク教の聖地がある国の女王様のように振る舞った。昨日まで、龍神の化身として暮らすのは嫌だ、寂しいと泣いていたのが、嘘のようだ。
「半年後の、満月のお祭りに、龍神さまに捧げる出し物をしようと考えております。毎年、龍神さまは何をご覧になりたいのか、おうかがいしておりますが、今年はいかがなさいますか……?」
そうね、異国の物語のお芝居が観たいわ、と、言いそうになるのを、ハジミはなんとか抑えた。ナリム王は、わたしの意見を聞いているのではない、龍神さまのご意見を聞いているのだ。そのために、今わたしは、カード占いをしなくてはならない……ハジミは緊張して、座卓の引き出しに手をかけた。
「クジャさま。どうか、龍神さまのお言葉をお教えください」
ナリム王はクジャに深々と頭を下げた。
「ふふん。日付が奇数の日には、龍の少年のお告げを聞く決まりなんだ」
ダイポは、ハジミに「残念だったね」とでも言いたそうだった。
クジャは、というと、青白い顔をして、手をぶるぶる震わせていた。カードが入った引き出しを開け、震える手でカードを握りしめた。ハイルが教えてくれたように、しゃっしゃっとカードを切ろうとするが、そのたびに上手くいかず、カードがばらばらと床に散っていった。
辺りは水を打ったように静かになった。ジャポが、枝をつんつんさせて、クジャ、しっかり、と励ましていた。クジャの唇はぶるぶる震え、やがて血の気がなくなっていった 。
二人は隣に精霊を伴って、座卓の前に座った。側で、召使いたちが、ぱたぱたと扇をあおいでくれた。ひんやりと気持ちいい風が頬にあたり、ハジミはいい気分になった。しばらくの間こうしていると、階下から足音が聞こえてきた。
「王さまのおなりです」
部屋の外から、兵士たちの声が聞こえてきた。召使いの一人が、そっとささやいた。
「クジャさま。ハジミさま。どうぞ、『入れ』とお命じください」
「お、王さまに……?」
クジャは目を白黒させた。ハジミはすっと息を吸い込んで、息を吐くようにこう言った。
「お入りなさい」
「ハジミさま、ご立派です」
召使いたちが深々と頭を下げた。扉が開いて、王が入室した。
王は、でっぷりとした身体をした、中年の男だった。王は、ハジミたちがいる壇のすぐ側までやってきて、うやうやしく片ひざをついた。ハジミたちがはじめて宮殿に来た日も、王は姿を見せなかったし、ハジミたちが玉座の間で面会することもなかった。王と会うのは、精霊たちを連れてきたあとだと、何百年も前から決まっているらしい。
「ああ、ナリムだ! 久しぶり! 元気だった?」
今度はハジミが目を白黒させた。ダイポが、ハジミの横をぴょんとすり抜けて、王の周りをぐるぐる跳ね回っていた。しかし、それに王が気づく様子は、全くなかった。
「新たなる龍神の化身。龍の少年と龍の少女。お初にお目にかかります。わたくしはサヤ島の王、ナリムと申します」
「ナリムはね、狼の生まれ変わりっていう意味だよ。声をかけてあげて。狼の生まれ変わりたる王ナリムよ、わたしが龍の少年たるクジャ。わたしが龍の少女たるハジミだ、って」
ダイポが自慢げにぴょんと跳びはねた。ジャポは腕のように生えた枝の先端で、クジャをつん、とつついた。
「お……狼の生まれ変わりたる王、ナリムよ。僕……いや、わたしが龍の少年たるクジャ」
「わたしが龍の少女たるハジミ」
クジャがしどろもどろ、ハジミが堂々と宣言すると、周囲の召使いは、なんとご立派な、とどよめき、さあっと波が引いたように静かになった。
「龍の少年クジャさま。龍の少女ハジミさま。これからも我を救い、我を導きたまえ。我が島にとこしえの調和と繁栄と平和をもたらしたまえ」
言い終わると、ナリム王は顔を上げた。王さまというからには、りりしいお顔をしていると、ハジミは期待していたが、ナリム王はどことなく頼りない顔をしていた。
「さて……堅苦しいご挨拶はここまでにして。早速ですが、クジャさまとハジミさまにおうかがいしたいことがありまして」
「何かしら」
ハジミはまるで、シュトノク教の聖地がある国の女王様のように振る舞った。昨日まで、龍神の化身として暮らすのは嫌だ、寂しいと泣いていたのが、嘘のようだ。
「半年後の、満月のお祭りに、龍神さまに捧げる出し物をしようと考えております。毎年、龍神さまは何をご覧になりたいのか、おうかがいしておりますが、今年はいかがなさいますか……?」
そうね、異国の物語のお芝居が観たいわ、と、言いそうになるのを、ハジミはなんとか抑えた。ナリム王は、わたしの意見を聞いているのではない、龍神さまのご意見を聞いているのだ。そのために、今わたしは、カード占いをしなくてはならない……ハジミは緊張して、座卓の引き出しに手をかけた。
「クジャさま。どうか、龍神さまのお言葉をお教えください」
ナリム王はクジャに深々と頭を下げた。
「ふふん。日付が奇数の日には、龍の少年のお告げを聞く決まりなんだ」
ダイポは、ハジミに「残念だったね」とでも言いたそうだった。
クジャは、というと、青白い顔をして、手をぶるぶる震わせていた。カードが入った引き出しを開け、震える手でカードを握りしめた。ハイルが教えてくれたように、しゃっしゃっとカードを切ろうとするが、そのたびに上手くいかず、カードがばらばらと床に散っていった。
辺りは水を打ったように静かになった。ジャポが、枝をつんつんさせて、クジャ、しっかり、と励ましていた。クジャの唇はぶるぶる震え、やがて血の気がなくなっていった 。
3
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
オオカミ少女と呼ばないで
柳律斗
児童書・童話
「大神くんの頭、オオカミみたいな耳、生えてる……?」 その一言が、私をオオカミ少女にした。
空気を読むことが少し苦手なさくら。人気者の男子、大神くんと接点を持つようになって以降、クラスの女子に目をつけられてしまう。そんな中、あるできごとをきっかけに「空気の色」が見えるように――
表紙画像はノーコピーライトガール様よりお借りしました。ありがとうございます。
守護霊のお仕事なんて出来ません!
柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。
死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。
そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。
助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。
・守護霊代行の仕事を手伝うか。
・死亡手続きを進められるか。
究極の選択を迫られた未蘭。
守護霊代行の仕事を引き受けることに。
人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。
「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」
話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎
ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。
悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~
橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち!
友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。
第2回きずな児童書大賞参加作です。
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
忠犬ハジッコ
SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。
「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。
※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、
今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。
お楽しみいただければうれしいです。
ミズルチと〈竜骨の化石〉
珠邑ミト
児童書・童話
カイトは家族とバラバラに暮らしている〈音読みの一族〉という〈族《うから》〉の少年。彼の一族は、数多ある〈族〉から魂の〈音〉を「読み」、なんの〈族〉か「読みわける」。彼は飛びぬけて「読め」る少年だ。十歳のある日、その力でイトミミズの姿をしている〈族〉を見つけ保護する。ばあちゃんによると、その子は〈出世ミミズ族〉という〈族《うから》〉で、四年かけてミミズから蛇、竜、人と進化し〈竜の一族〉になるという。カイトはこの子にミズルチと名づけ育てることになり……。
一方、世間では怨墨《えんぼく》と呼ばれる、人の負の感情から生まれる墨の化物が活発化していた。これは人に憑りつき操る。これを浄化する墨狩《すみが》りという存在がある。
ミズルチを保護してから三年半後、ミズルチは竜になり、カイトとミズルチは怨墨に知人が憑りつかれたところに遭遇する。これを墨狩りだったばあちゃんと、担任の湯葉《ゆば》先生が狩るのを見て怨墨を知ることに。
カイトとミズルチのルーツをたどる冒険がはじまる。
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録〜討伐も採集もお任せください!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?〜
うさみち
児童書・童話
【見習い錬金術士とうさぎのぬいぐるみたちが描く、スパイス混じりのゆるふわ冒険!情報収集のために、お仕事のご依頼も承ります!】
「……襲われてる! 助けなきゃ!」
錬成アイテムの採集作業中に訪れた、モンスターに襲われている少年との突然の出会い。
人里離れた山陵の中で、慎ましやかに暮らしていた見習い錬金術士ミミリと彼女の家族、機械人形(オートマタ)とうさぎのぬいぐるみ。彼女たちの運命は、少年との出会いで大きく動き出す。
「俺は、ある人たちから頼まれて預かり物を渡すためにここに来たんだ」
少年から渡された物は、いくつかの錬成アイテムと一枚の手紙。
「……この手紙、私宛てなの?」
少年との出会いをキッカケに、ミミリはある人、あるアイテムを探すために冒険を始めることに。
――冒険の舞台は、まだ見ぬ世界へ。
新たな地で、右も左もわからないミミリたちの人探し。その方法は……。
「討伐、採集何でもします!ご依頼達成の報酬は、情報でお願いできますか?」
見習い錬金術士ミミリの冒険の記録は、今、ここから綴られ始める。
《この小説の見どころ》
①可愛いらしい登場人物
見習い錬金術士のゆるふわ少女×しっかり者だけど寂しがり屋の凄腕美少女剣士の機械人形(オートマタ)×ツンデレ魔法使いのうさぎのぬいぐるみ×コシヌカシの少年⁉︎
②ほのぼのほんわか世界観
可愛いらしいに囲まれ、ゆったり流れる物語。読了後、「ほわっとした気持ち」になってもらいたいをコンセプトに。
③時々スパイスきいてます!
ゆるふわの中に時折現れるスパイシーな展開。そして時々ミステリー。
④魅力ある錬成アイテム
錬金術士の醍醐味!それは錬成アイテムにあり。魅力あるアイテムを活用して冒険していきます。
◾️第3章完結!現在第4章執筆中です。
◾️この小説は小説家になろう、カクヨムでも連載しています。
◾️作者以外による小説の無断転載を禁止しています。
◾️挿絵はなんでも書いちゃうヨギリ酔客様からご寄贈いただいたものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる