龍神の化身

田原更

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前編 ハジミとクジャ

第11話

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 次の日から、ハジミはフィオガハが着ていたのと同じ赤い服と、赤い帽子を被るようになった。クジャは、ハイルが着ていたのと同じ緑色の服と、緑色の帽子を身につけた。

 二人は隣に精霊を伴って、座卓の前に座った。側で、召使いたちが、ぱたぱたと扇をあおいでくれた。ひんやりと気持ちいい風が頬にあたり、ハジミはいい気分になった。しばらくの間こうしていると、階下から足音が聞こえてきた。

「王さまのおなりです」

 部屋の外から、兵士たちの声が聞こえてきた。召使いの一人が、そっとささやいた。

「クジャさま。ハジミさま。どうぞ、『入れ』とお命じください」

「お、王さまに……?」

 クジャは目を白黒させた。ハジミはすっと息を吸い込んで、息を吐くようにこう言った。

「お入りなさい」

「ハジミさま、ご立派です」

 召使いたちが深々と頭を下げた。扉が開いて、王が入室した。

 王は、でっぷりとした身体をした、中年の男だった。王は、ハジミたちがいる壇のすぐ側までやってきて、うやうやしく片ひざをついた。ハジミたちがはじめて宮殿に来た日も、王は姿を見せなかったし、ハジミたちが玉座の間で面会することもなかった。王と会うのは、精霊たちを連れてきたあとだと、何百年も前から決まっているらしい。

「ああ、ナリムだ! 久しぶり! 元気だった?」

 今度はハジミが目を白黒させた。ダイポが、ハジミの横をぴょんとすり抜けて、王の周りをぐるぐる跳ね回っていた。しかし、それに王が気づく様子は、全くなかった。

「新たなる龍神の化身。龍の少年と龍の少女。お初にお目にかかります。わたくしはサヤ島の王、ナリムと申します」

「ナリムはね、狼の生まれ変わりっていう意味だよ。声をかけてあげて。狼の生まれ変わりたる王ナリムよ、わたしが龍の少年たるクジャ。わたしが龍の少女たるハジミだ、って」

 ダイポが自慢げにぴょんと跳びはねた。ジャポは腕のように生えた枝の先端で、クジャをつん、とつついた。

「お……狼の生まれ変わりたる王、ナリムよ。僕……いや、わたしが龍の少年たるクジャ」

「わたしが龍の少女たるハジミ」

 クジャがしどろもどろ、ハジミが堂々と宣言すると、周囲の召使いは、なんとご立派な、とどよめき、さあっと波が引いたように静かになった。

「龍の少年クジャさま。龍の少女ハジミさま。これからも我を救い、我を導きたまえ。我が島にとこしえの調和と繁栄と平和をもたらしたまえ」

 言い終わると、ナリム王は顔を上げた。王さまというからには、りりしいお顔をしていると、ハジミは期待していたが、ナリム王はどことなく頼りない顔をしていた。

「さて……堅苦しいご挨拶はここまでにして。早速ですが、クジャさまとハジミさまにおうかがいしたいことがありまして」

「何かしら」

 ハジミはまるで、シュトノク教の聖地がある国の女王様のように振る舞った。昨日まで、龍神の化身として暮らすのは嫌だ、寂しいと泣いていたのが、嘘のようだ。

「半年後の、満月のお祭りに、龍神さまに捧げる出し物をしようと考えております。毎年、龍神さまは何をご覧になりたいのか、おうかがいしておりますが、今年はいかがなさいますか……?」

 そうね、異国の物語のお芝居が観たいわ、と、言いそうになるのを、ハジミはなんとか抑えた。ナリム王は、わたしの意見を聞いているのではない、龍神さまのご意見を聞いているのだ。そのために、今わたしは、カード占いをしなくてはならない……ハジミは緊張して、座卓の引き出しに手をかけた。

「クジャさま。どうか、龍神さまのお言葉をお教えください」

 ナリム王はクジャに深々と頭を下げた。

「ふふん。日付が奇数の日には、龍の少年のお告げを聞く決まりなんだ」

 ダイポは、ハジミに「残念だったね」とでも言いたそうだった。

 クジャは、というと、青白い顔をして、手をぶるぶる震わせていた。カードが入った引き出しを開け、震える手でカードを握りしめた。ハイルが教えてくれたように、しゃっしゃっとカードを切ろうとするが、そのたびに上手くいかず、カードがばらばらと床に散っていった。

 辺りは水を打ったように静かになった。ジャポが、枝をつんつんさせて、クジャ、しっかり、と励ましていた。クジャの唇はぶるぶる震え、やがて血の気がなくなっていった 。
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