龍神の化身

田原更

文字の大きさ
上 下
3 / 30
前編 ハジミとクジャ

第3話

しおりを挟む
「どうぞこちらへ」

 ハジミは、シュトノク教の神殿の、一番奥に案内された。二つ並んだ部屋の、右側に通された。

 その部屋には、女の人が一人立っていた。女の人は窓から外を見ていた。ハジミをここまで連れてきた神官は、うやうやしく礼をして、部屋から出て行った。

 ぱたん、と扉が閉まると、しばらくの間静かになった。女の人はいつまでもこっちを振り返らなかった。そんな失礼なことをされたのは、生まれて初めてだった。ハジミはいらいらして、我慢できずに口を開いた。

「お呼びですか? わたしはフーガジェミです!」

 フーガジェミというのは、ハジミの母さんの香水になる、甘い香りの花の名前だ。

「違うでしょう、ハジミ」

 女の人が振り返った。ひも飾りのついた赤い帽子をかぶり、全く同じ色の赤い衣装を着ていた。ハジミがいつも着ている服より、豪華そうだ。

「それはあなたのお母さんの名前です」

 女の人はにっこりと笑った。ハジミの一番下の兄さんと同じ、十八歳くらいの娘だった。

「龍神の化身であるわたしを試すなんて、すごい子ね」

「そちらこそ、わたしを試したのでしょう? じっとおりこうさんに待てるかどうか!」

 子ども扱いしないでほしい、と言わんばかりに、ハジミはぐっと眉毛を持ち上げた。

「違うわ」

 女の人はまた、にっこりと笑った。でもその笑みは、すぐに崩れていった。

「わたしの占いの結果で、あなたが連れてこられたと思うと、なんだか、かわいそうで……」

 女の人は涙目になった。ハジミはうんざりしていた。あの、六歳の誕生日の前日から、ハジミを見る人はみんな、こんな目でハジミを見るのだ。みんなにかわいそう、かわいそうと思われるのは、それまでかわいい、かわいいと思われてきたハジミには、腹立たしいことだった。

「ご心配なさらず。わたしはしっかり、おつとめを果たしてみせますから」

「そうね。あなたはわたしと違って、強い子だもの。十二年間、しっかり、やり遂げてくれるはずだわ」

 女の人は笑ってみせた。改めて見ると、普通の女の人だった。ハジミの家で働いている召使いたちと、違いがよくわからない。

(こんな、普通の人でも選ばれるのだから、龍神の化身って、よくわからないものね)

 ハジミは女の人を値踏みするようにじろじろ見てみた。見れば見るほど、普通の人だった。

(わたしや、母さまの名前を当てたときは、すごいと思ったけれど、そんなこと、前から調べていれば、答えるのは簡単だわ)

 女の人はずっと微笑んでいた。ハジミの目線に全く気づいていないようだ。

「さあ、ハジミ、これから王宮へ行きましょう。あなたは十二年間、リグノア教の龍神の化身と一緒に、そこで暮らすのよ」

「リグノア教の龍神の化身は、男の子でしょう?」

「そうよ」

 女の人はにっこりと笑った。ハジミも、もう一人の龍神の化身がどんな子だか、気になってきた。

(この人みたいに、普通の人が選ばれるということは、下品で、乱暴な男の子から選ばれることも……あり得るのよね)

 ハジミは身体をぶるっと震わせた。

「大丈夫よ。わたしの片割れのハイルは、わたしよりずっと正確に占うことができるから、間違った子を選んだりしないわ。それにね、今回は、わたしも、ちゃんと占えたようだわ」

 女の人はやっと、自信がありそうな顔をした。それは、ハジミが思い浮かべていた、龍神の化身に相応しい態度だった。

「わたしはフィオガハ。これから、わたしがあなたに、龍神の化身としての役目を引き継ぎます」

 そのとき、ハジミは意外だな、と思っていた。お金持ちの娘であるわたしの名前がひなぎくで、普通の女の人の名前が、真珠だなんて 。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と叫んだら長年の婚約者だった新妻に「気持ち悪い」と言われた上に父にも予想外の事を言われた男とその浮気女の話

ラララキヲ
恋愛
 長年の婚約者を欺いて平民女と浮気していた侯爵家長男。3年後の白い結婚での離婚を浮気女に約束して、新妻の寝室へと向かう。  初夜に「俺がお前を抱く事は無い!」と愛する夫から宣言された無様な女を嘲笑う為だけに。  しかし寝室に居た妻は……  希望通りの白い結婚と愛人との未来輝く生活の筈が……全てを周りに知られていた上に自分の父親である侯爵家当主から言われた言葉は──  一人の女性を蹴落として掴んだ彼らの未来は……── <【ざまぁ編】【イリーナ編】【コザック第二の人生編(ザマァ有)】となりました> ◇テンプレ浮気クソ男女。 ◇軽い触れ合い表現があるのでR15に ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇ご都合展開。矛盾は察して下さい… ◇なろうにも上げてます。 ※HOTランキング入り(1位)!?[恋愛::3位]ありがとうございます!恐縮です!期待に添えればよいのですがッ!!(;><)

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

目が覚めたら夫と子供がいました

青井陸
恋愛
とある公爵家の若い公爵夫人、シャルロットが毒の入ったのお茶を飲んで倒れた。 1週間寝たきりのシャルロットが目を覚ましたとき、幼い可愛い男の子がいた。 「…お母様?よかった…誰か!お母様が!!!!」 「…あなた誰?」 16歳で政略結婚によって公爵家に嫁いだ、元伯爵令嬢のシャルロット。 シャルロットは一目惚れであったが、夫のハロルドは結婚前からシャルロットには冷たい。 そんな関係の二人が、シャルロットが毒によって記憶をなくしたことにより少しずつ変わっていく。 なろう様でも同時掲載しています。

【完結】殿下、自由にさせていただきます。

なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」  その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。  アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。  髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。  見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。  私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。  初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?  恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。  しかし、正騎士団は女人禁制。  故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。  晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。     身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。    そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。  これは、私の初恋が終わり。  僕として新たな人生を歩みだした話。  

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

処理中です...