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前編 ハジミとクジャ
第3話
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「どうぞこちらへ」
ハジミは、シュトノク教の神殿の、一番奥に案内された。二つ並んだ部屋の、右側に通された。
その部屋には、女の人が一人立っていた。女の人は窓から外を見ていた。ハジミをここまで連れてきた神官は、うやうやしく礼をして、部屋から出て行った。
ぱたん、と扉が閉まると、しばらくの間静かになった。女の人はいつまでもこっちを振り返らなかった。そんな失礼なことをされたのは、生まれて初めてだった。ハジミはいらいらして、我慢できずに口を開いた。
「お呼びですか? わたしはフーガジェミです!」
フーガジェミというのは、ハジミの母さんの香水になる、甘い香りの花の名前だ。
「違うでしょう、ハジミ」
女の人が振り返った。ひも飾りのついた赤い帽子をかぶり、全く同じ色の赤い衣装を着ていた。ハジミがいつも着ている服より、豪華そうだ。
「それはあなたのお母さんの名前です」
女の人はにっこりと笑った。ハジミの一番下の兄さんと同じ、十八歳くらいの娘だった。
「龍神の化身であるわたしを試すなんて、すごい子ね」
「そちらこそ、わたしを試したのでしょう? じっとおりこうさんに待てるかどうか!」
子ども扱いしないでほしい、と言わんばかりに、ハジミはぐっと眉毛を持ち上げた。
「違うわ」
女の人はまた、にっこりと笑った。でもその笑みは、すぐに崩れていった。
「わたしの占いの結果で、あなたが連れてこられたと思うと、なんだか、かわいそうで……」
女の人は涙目になった。ハジミはうんざりしていた。あの、六歳の誕生日の前日から、ハジミを見る人はみんな、こんな目でハジミを見るのだ。みんなにかわいそう、かわいそうと思われるのは、それまでかわいい、かわいいと思われてきたハジミには、腹立たしいことだった。
「ご心配なさらず。わたしはしっかり、おつとめを果たしてみせますから」
「そうね。あなたはわたしと違って、強い子だもの。十二年間、しっかり、やり遂げてくれるはずだわ」
女の人は笑ってみせた。改めて見ると、普通の女の人だった。ハジミの家で働いている召使いたちと、違いがよくわからない。
(こんな、普通の人でも選ばれるのだから、龍神の化身って、よくわからないものね)
ハジミは女の人を値踏みするようにじろじろ見てみた。見れば見るほど、普通の人だった。
(わたしや、母さまの名前を当てたときは、すごいと思ったけれど、そんなこと、前から調べていれば、答えるのは簡単だわ)
女の人はずっと微笑んでいた。ハジミの目線に全く気づいていないようだ。
「さあ、ハジミ、これから王宮へ行きましょう。あなたは十二年間、リグノア教の龍神の化身と一緒に、そこで暮らすのよ」
「リグノア教の龍神の化身は、男の子でしょう?」
「そうよ」
女の人はにっこりと笑った。ハジミも、もう一人の龍神の化身がどんな子だか、気になってきた。
(この人みたいに、普通の人が選ばれるということは、下品で、乱暴な男の子から選ばれることも……あり得るのよね)
ハジミは身体をぶるっと震わせた。
「大丈夫よ。わたしの片割れのハイルは、わたしよりずっと正確に占うことができるから、間違った子を選んだりしないわ。それにね、今回は、わたしも、ちゃんと占えたようだわ」
女の人はやっと、自信がありそうな顔をした。それは、ハジミが思い浮かべていた、龍神の化身に相応しい態度だった。
「わたしはフィオガハ。これから、わたしがあなたに、龍神の化身としての役目を引き継ぎます」
そのとき、ハジミは意外だな、と思っていた。お金持ちの娘であるわたしの名前がひなぎくで、普通の女の人の名前が、真珠だなんて 。
ハジミは、シュトノク教の神殿の、一番奥に案内された。二つ並んだ部屋の、右側に通された。
その部屋には、女の人が一人立っていた。女の人は窓から外を見ていた。ハジミをここまで連れてきた神官は、うやうやしく礼をして、部屋から出て行った。
ぱたん、と扉が閉まると、しばらくの間静かになった。女の人はいつまでもこっちを振り返らなかった。そんな失礼なことをされたのは、生まれて初めてだった。ハジミはいらいらして、我慢できずに口を開いた。
「お呼びですか? わたしはフーガジェミです!」
フーガジェミというのは、ハジミの母さんの香水になる、甘い香りの花の名前だ。
「違うでしょう、ハジミ」
女の人が振り返った。ひも飾りのついた赤い帽子をかぶり、全く同じ色の赤い衣装を着ていた。ハジミがいつも着ている服より、豪華そうだ。
「それはあなたのお母さんの名前です」
女の人はにっこりと笑った。ハジミの一番下の兄さんと同じ、十八歳くらいの娘だった。
「龍神の化身であるわたしを試すなんて、すごい子ね」
「そちらこそ、わたしを試したのでしょう? じっとおりこうさんに待てるかどうか!」
子ども扱いしないでほしい、と言わんばかりに、ハジミはぐっと眉毛を持ち上げた。
「違うわ」
女の人はまた、にっこりと笑った。でもその笑みは、すぐに崩れていった。
「わたしの占いの結果で、あなたが連れてこられたと思うと、なんだか、かわいそうで……」
女の人は涙目になった。ハジミはうんざりしていた。あの、六歳の誕生日の前日から、ハジミを見る人はみんな、こんな目でハジミを見るのだ。みんなにかわいそう、かわいそうと思われるのは、それまでかわいい、かわいいと思われてきたハジミには、腹立たしいことだった。
「ご心配なさらず。わたしはしっかり、おつとめを果たしてみせますから」
「そうね。あなたはわたしと違って、強い子だもの。十二年間、しっかり、やり遂げてくれるはずだわ」
女の人は笑ってみせた。改めて見ると、普通の女の人だった。ハジミの家で働いている召使いたちと、違いがよくわからない。
(こんな、普通の人でも選ばれるのだから、龍神の化身って、よくわからないものね)
ハジミは女の人を値踏みするようにじろじろ見てみた。見れば見るほど、普通の人だった。
(わたしや、母さまの名前を当てたときは、すごいと思ったけれど、そんなこと、前から調べていれば、答えるのは簡単だわ)
女の人はずっと微笑んでいた。ハジミの目線に全く気づいていないようだ。
「さあ、ハジミ、これから王宮へ行きましょう。あなたは十二年間、リグノア教の龍神の化身と一緒に、そこで暮らすのよ」
「リグノア教の龍神の化身は、男の子でしょう?」
「そうよ」
女の人はにっこりと笑った。ハジミも、もう一人の龍神の化身がどんな子だか、気になってきた。
(この人みたいに、普通の人が選ばれるということは、下品で、乱暴な男の子から選ばれることも……あり得るのよね)
ハジミは身体をぶるっと震わせた。
「大丈夫よ。わたしの片割れのハイルは、わたしよりずっと正確に占うことができるから、間違った子を選んだりしないわ。それにね、今回は、わたしも、ちゃんと占えたようだわ」
女の人はやっと、自信がありそうな顔をした。それは、ハジミが思い浮かべていた、龍神の化身に相応しい態度だった。
「わたしはフィオガハ。これから、わたしがあなたに、龍神の化身としての役目を引き継ぎます」
そのとき、ハジミは意外だな、と思っていた。お金持ちの娘であるわたしの名前がひなぎくで、普通の女の人の名前が、真珠だなんて 。
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