ミーナは糸を紡ぐ

田原更

文字の大きさ
上 下
63 / 63
番外編 往復書簡

第13話 往復書簡

しおりを挟む

 ヴィンセントとクロードは無言でベッドへと向かうと、ふたりで広いベッドの上に乗り上げた。
 落ち着かない様子のクロードは、ベッドの上でも目線を泳がせている。
 そんなクロードの手を取り、ヴィンセントは優しく問いかけた。

「横になれますか?」
「……僕がですか?」

 クロードは目を丸くして、不安そうに尋ね返してきた。なにか勘違いしているらしい。
 ヴィンセントは苦笑しつつ、クロードの疑問に答える。

「俺がリードするだけです。あなたをとって食うような真似はしません」
「騎乗位でするということですか?」
「まあ、そうですね……」

 ちゃんとそういう単語は記憶に残っているのだな、とヴィンセントは少し感心してしまった。

 それはそれとして、実はヴィンセントには騎乗位の経験がなかった。以前のクロードとの閨事ときは正常位が後背位のどちらかで、ヴィンセントがクロードの上に乗ったこともなければ、リードしたことも一度もない。

 まあ、なんとかなるだろう──そんな軽い気持ちで、ヴィンセントは事を進めようとしていた。
 とにかく、クロードのものを勃たせて、自分で中を解して、挿れればいいのだ。
 おそらくクロードがなにもしなくても、ヴィンセントが頑張ればどうとでもなるだろう。

「目を閉じていても構いません。なるべく早く終わらせます」
「……目を閉じるなんて、そんなことはしません」
「ですが、俺の体は傷痕が多いので、あまり見ていて気分の良いものではないかと」

 いかにも心外だと言いたげな顔をするクロードにそう言いながら、ヴィンセントは自身の寝衣の結び目を解いた。
 すると、寝衣の前が自然と開き、首筋から臍の下まで、ヴィンセントの素肌が無防備に晒される。
 下着は履いたままなのでさほど羞恥心はないが、それを見せられたクロードは途端に顔を真っ赤にして口をはくはくとさせた。

「そっ、そんな突然っ……!」
「失礼しました。体の傷に関しては、見ていただいた方が早いかと思いまして」
「傷がどうとかっ、そんな問題じゃないですっ!」
「そ、そうですか……」

 確かに、傷のことは以前のクロードもあまり気にしていなかった。いや、あれは気にしていたといえば気にしていたのだろうか──

「あの……」

 ヴィンセントが以前のクロードのことを思い出していたところで、赤面したままのクロードから控えめな声がかけられる。

「はい、なんでしょうか?」
「父上から、ヴィンセントさんは僕の命の恩人だと聞きました。盗賊から襲われていたところを助けていただいたと」
「…………まあ、そうですね」

 歯切れの悪い返答になったのは、あのとき、最後の最後でヴィンセントは背中を切りつけられて気を失ってしまったからだ。
 その直後、助けを呼びに行っていたクロードの従者のひとりが応援を引き連れて戻って来たのでなんとかなったが、それがなければヴィンセントどころか、クロードの命もなかったのかもしれない。

 実際のところ、ヴィンセントよりも従者の彼のほうがよっぽどクロードの命の恩人なのではないかとヴィンセントは思うこともあるが、クロードたちの中ではそうではないらしい。
 たまたま通りかかっただけの見ず知らずの男が命懸けで助けてくれたから……ということもきっと大きいのだろう。

 あれがきっかけで、ヴィンセントはクロードの妻になった。
 不相応ではあるが、クロードを愛していることを自覚したいまとなっては、まるで運命のようにも思える。きっと、いまのクロードのも、以前のクロードも、そんな風には思わないだろうが。
しおりを挟む
感想 2

この作品の感想を投稿する

みんなの感想(2件)

yamatsuka
2024.04.08 yamatsuka

 読んでくださったのですね。それから返信までしてくださり、なんというか感無量です。
 本当に勝手にすすめた本だったので、気に入ってくれたみたいでとても嬉しいです。
 文章を読んで、私もこの本を読んでいた時の静かな感動というか、素晴らしい本に出会えた幸運、そういった気持ちを思い出しました。

 さて、内省的、と何度も書いていらっしゃいますね。私はそこまではっきり言葉として意識していなかったですが、確かに「ミーナは糸を紡ぐ」と「鳴りひびく鐘の時代に」は、そのような類似点があったのかもしれませんね。

 そうなると、もしかしたらこの本が、私と田原さんの作品を繋げたのかもしれませんね。
 もちろんそれだけではないと思いますが、そう考えると面白いな、と思ったのです。

 

2024.04.08 田原更

本当に、そう考えると面白いですね。
素晴らしい本を紹介してくださって、ありがとうございました。

解除
yamatsuka
2024.03.17 yamatsuka

 ここ数日、作品を楽しませてもらいました。どこか懐かしいような世界観と文体で、なかなか重いテーマを扱っているな、と思いました。
 ミーナの機織りは、未熟な彼女が成長して自分に向き合い、愛情や、この世にある悲しみや憎しみなどを学んでいくことと重ね合わせているのでしょうね。
 染色のことなども、初めて知ることが多かったです。尿で発酵は、嫌ですね。
 ミーナが苦労するのは、その生まれや彼女が未熟であることに加えて、現代的な価値観を持っているからだと感じました。

 ミーナとイェルクの気持ちがすれ違う様子は、他人事とは思えないまま読んでいました。
 人間ってほんのちょっとの誤解で、喧嘩をしてしまうものですよね。
 なるべく、そうしないでいられるといいのですが。

 それと、この作品を読んでいて、最近読んだマリアグリーペの「鳴りひびく鐘の時代に」をなぜか思い出しました。その作品は、もうちょっと硬い感じですが、もし読んだことがないなら、ぜひ、と思い、勝手ながら最後に紹介しておきます。

 では、ありがとうございました。

2024.04.08 田原更

yamatukaさま

『鳴りひびく鐘の時代に』を読み終わったので、改めて返信いたします。

ご感想ありがとうございます。アルファポリスで感想頂いたのは初めてで、感動しております。
ミーナについて、解像度高く捉えてくださってありがとうございます。とても嬉しいです。
自分軸で生きているところが現代的なのかもしれませんね。

「鳴りひびく鐘の時代に」については知りませんでした。古い作品のようですが、まだ出回っているようなので、今度是非読んで見ようと思います。
おすすめの本をご紹介いただき、ありがとうございました。

**************************************************************
以下追記

『鳴りひびく鐘の時代に』読み終わりました。
内省的でおよそ王に向いていないアルヴィドと、気高く利発なヘルゲ。
大人になると、こんなに深く、美しく、誰かと繋がることは恐らくできないでしょう。二人の繋がりが少しうらやましくもありました。
エンゲルケの愛と、エリシフの恋の描写も素晴らしくて、何よりとても美しかったです。
内面世界を丁寧に描いた、内省的なファンタジーでした。こんな表現があるのかと、驚かされることの多い作品でした。

実は、『ミーナは糸を紡ぐ』は、内省的なファンタジーを書こうと思って作った作品です。
ミーナが過去をたぐり寄せ、現在を見つめ、未来にたどり着くまでを書こうと思いました。
糸紡ぎ・染色・機織りはそのための暗喩でした。
この作品が内省的なファンタジーだということが伝わっていたならば、これほど嬉しいことはありません。

解除

あなたにおすすめの小説

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

15年目のホンネ ~今も愛していると言えますか?~

深冬 芽以
恋愛
 交際2年、結婚15年の柚葉《ゆずは》と和輝《かずき》。  2人の子供に恵まれて、どこにでもある普通の家族の普通の毎日を過ごしていた。  愚痴は言い切れないほどあるけれど、それなりに幸せ……のはずだった。 「その時計、気に入ってるのね」 「ああ、初ボーナスで買ったから思い出深くて」 『お揃いで』ね?  夫は知らない。  私が知っていることを。  結婚指輪はしないのに、その時計はつけるのね?  私の名前は呼ばないのに、あの女の名前は呼ぶのね?  今も私を好きですか?  後悔していませんか?  私は今もあなたが好きです。  だから、ずっと、後悔しているの……。  妻になり、強くなった。  母になり、逞しくなった。  だけど、傷つかないわけじゃない。

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

【完結】彼を幸せにする十の方法

玉響なつめ
恋愛
貴族令嬢のフィリアには婚約者がいる。 フィリアが望んで結ばれた婚約、その相手であるキリアンはいつだって冷静だ。 婚約者としての義務は果たしてくれるし常に彼女を尊重してくれる。 しかし、フィリアが望まなければキリアンは動かない。 婚約したのだからいつかは心を開いてくれて、距離も縮まる――そう信じていたフィリアの心は、とある夜会での事件でぽっきり折れてしまった。 婚約を解消することは難しいが、少なくともこれ以上迷惑をかけずに夫婦としてどうあるべきか……フィリアは悩みながらも、キリアンが一番幸せになれる方法を探すために行動を起こすのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも掲載しています。

【完結】お姉様の婚約者

七瀬菜々
恋愛
 姉が失踪した。それは結婚式当日の朝のことだった。  残された私は家族のため、ひいては祖国のため、姉の婚約者と結婚した。    サイズの合わない純白のドレスを身に纏い、すまないと啜り泣く父に手を引かれ、困惑と同情と侮蔑の視線が交差するバージンロードを歩き、彼の手を取る。  誰が見ても哀れで、惨めで、不幸な結婚。  けれど私の心は晴れやかだった。  だって、ずっと片思いを続けていた人の隣に立てるのだから。  ーーーーーそう、だから私は、誰がなんと言おうと、シアワセだ。

忙しい男

菅井群青
恋愛
付き合っていた彼氏に別れを告げた。忙しいという彼を信じていたけれど、私から別れを告げる前に……きっと私は半分捨てられていたんだ。 「私のことなんてもうなんとも思ってないくせに」 「お前は一体俺の何を見て言ってる──お前は、俺を知らな過ぎる」 すれ違う想いはどうしてこうも上手くいかないのか。いつだって思うことはただ一つ、愛おしいという気持ちだ。 ※ハッピーエンドです かなりやきもきさせてしまうと思います。 どうか温かい目でみてやってくださいね。 ※本編完結しました(2019/07/15) スピンオフ &番外編 【泣く背中】 菊田夫妻のストーリーを追加しました(2019/08/19) 改稿 (2020/01/01) 本編のみカクヨムさんでも公開しました。

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。