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番外編 往復書簡
第11話 炎(1)
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コンラートは広大なイメディング城の廊下を歩きながら、昔のことを思い出していた。
光紀一四七三年が明けてまもないある日、コンラートはレオポルトに呼び出された。コンラートは面倒に思いながら、レオポルトの寝室へ向かった。
寝室にはゾフィーアがいた。ゾフィーアは献身的に義父の世話をしていた。それについてはありがたいとコンラートは思っていたが、レオポルトがゾフィーアと親しくすることについては、複雑な感情を抱いていた。
「父上。お呼びですか?」
コンラートは弱り切った父レオポルトの顔を、皮肉っぽい光を浮かべた青い目で見据えた。
「コンラート。忙しい中、よく来てくれた…。私はもう、長くない…。最期にお前に、頼みたいことがあるのだ…」
レオポルトは弱々しく右手を挙げた。
「お義父さま。最期だなんて、そんな弱気なことをおっしゃらないでください…」
ゾフィーアはレオポルトの右手を握りしめた。レオポルトは弱々しく首を振った。
「ゾフィーアや。お前には感謝している。お前のような優しい娘が、コンラートのもとに嫁いできてくれてよかった…どうか、これからもコンラートを支えておくれ」
「はい…」
ゾフィーアは涙目になってうなずいた。そして、コンラートをじっと見つめた。その目は、これが最期になるかもしれないから、お義父さまの手を握ってください、と訴えていた。
正直、面倒だ。そのとき、コンラートはそう思っていた。しかし、ゾフィーアの手前、父を邪険に扱うのもためらわれた。
「父上。お話ししたいこととは何でしょうか?」
コンラートはレオポルトの右手を握りしめた。それを見たゾフィーアは、静かに部屋を出ていった。
「ミーナのことだ…覚えているか?」
「いいえ」
レオポルトは笑った。
「相変わらずだな、この…」
「失礼。昔から、酷いいたずら坊主ですから」
今度はコンラートが笑った。最大限の皮肉を言ったつもりだった。あのとき、俺は聞いていたんだぞ、と、恨みがましい思いをぶつけたいと思っていた。
「お前が…私のことを…恨んでいることはよくわかっている。許してくれとは言わない…。それでも、伏せった私を支えて、領地の経営のために尽くしてくれたことを、感謝している…」
「父上のためではありません。亡くなられた母上のためです」
コンラートは容赦なく言い放った。
「そうか…そうだな」
レオポルトは咳をし、肩で呼吸を整えながら、話を続けた。
「コンラート、すまなかった…。私とクラーラの間には、何もなかった…。
ある冬の日だった…私は北部の視察に行っていた。私は、冬の森にしか咲かないという伝説の花の話を思い出していた…冬の光を集めて咲くと言われた、この世のものとは思えぬほどに美しい花だ。私は、その花を探しに、戯れに森に入った。そこには蛮族どもがいた…蛮族どもはわたしを見て逃げていった。…まさか、私一人だとは思わなかったらしい。蛮族どもが逃げていったあとには、ぼろぼろになった娘が一人残されていた。娘は歌っていた…冬の光を集めて咲くと言われた花の歌を…。それが、クラーラだった」
その瞬間まで、コンラートは、クラーラは娼婦で、記憶を失ったなどというのは嘘だと信じ込んでいた。
「それは…哀れな」
コンラートは思わずつぶやいた。
「母上はご存じなのですか」
レオポルトは首を振った。コンラートは考えていた。それを知ってから亡くなるのと、知らないまま亡くなるのとでは、どちらが幸せだろうか、と。何もさせてくれなかった娘のことを本気で愛しているのと、ただの男女の関係では、どちらがより罪深い裏切りだろうかと。
「そうして生まれたのが、ミーナだ…だが、ミーナには何の罪もない!だから、どうか、ミーナが幸せになれるよう、お前の力を貸してくれ!」
レオポルトは力強く、コンラートの手を握りしめた。コンラートはその力強さに驚いた。
「ミーナは私の養女にした…国王陛下から直々にお許しを頂いた…これであの子も、正式な貴族の一員だ…。誰か、ミーナを幸せにしてくれる男を探してくれ…家柄は問わない…ミーナが蛮族どもの血を引いていることなど、気にかけないような、いい男を…。ミーナが一目見るだけで気に入るようないい男だと、なおいいが…」
それを聞いた瞬間、コンラートの頭の中で、何かがかちり、と動いた。コンラートはゆっくりと口を開いた。その口元は、少しゆがんでいた。
「わかりました。父上。実は、心当たりがあるのです」
レオポルトは目を見開いた。そして、両の手で弱々しく拍手した。
「そうか、そうか、さすがはコンラートだ…お前は昔から賢かった…頭の回転が速くて、質問すれば何でもすぐに答えた…お前は私と違って、立派な領主になると思った…だから、幼いうちから奉公に出した…そしてその期待に、見事に答えてくれた…」
そこまで言うと、レオポルトは激しく咳をした。げほげほと咳をしながら、必死になってこう言った。
「私の天使へ、思い出の品を捧ぐ…」
それがレオポルト・イメディングの最期の言葉だった。コンラートはレオポルトの葬儀を終えたあと、執務机の鍵付きの引き出しの中から、養女ウィルヘルミーナ・イメディングに残した財産の証書を見つけた。そのときも、コンラートの頭の中で何かがかちり、と動いた。次に、レオポルトの寝室にある鏡台の、鍵付の引き出しの中から、綺麗な箱を見つけた。中には美しい金の鞠が入っていた。
(あの時の、土産物か)
コンラートはくだらないと思い、窓の外へ投げ捨てようと思ったが、またしても彼は何かをひらめき、金の鞠をそっと箱に戻した。
コンラートは別の引き出しを開けた。そこには便箋と封筒と、レオポルトが彫刻をほどこした、鍵付の木箱と、紙が一枚入っていた。紙には、震える手で書かれたような、しかし気取った書体の文字で、こう書かれていた。
『私の天使へ、思い出の品を捧ぐ』
(父上、私の天使とは、あいつのことか…!)
その瞬間、コンラートの頭の中に、一つの作戦が出来上がった。コンラートはゆがんだ笑みを浮かべながら、便箋を一枚取り、事務机に置かれた羽根ペンでさらさらと文字を書いた。
『父上がお前に残した財産はこれで全てだ』
コンラートは二枚の紙を、金の鞠が入った箱の中にしまい込んだ。
コンラートはそのときと同じ、ゆがんだ笑みを浮かべながら廊下を歩いていた。コンラートが向かっているのは、城内に移転した、家具職人の作業場だった。
先程コンラートは、家令の部屋に行き、家令に命じて家具職人の作業場の奥にある、倉庫の合鍵を用意させた。コンラートはその倉庫を開けるつもりだった。その倉庫の中には、レオポルトが作った家具類が入っているはずだった。
家具職人の作業場に着いた。職人たちは領主の突然の来訪に目を丸くした。親方が―レオポルトを弟子に取った親方の息子が―コンラートに声をかけた。
「旦那様。こんな小汚いところに、何のご用でございましょうか?家具のご注文でございますか?」
「ここに、父上が作った家具がしまってあるはずだが」
「大旦那様の?確かにしまってあります。ええと、鍵はどこにやったっけか…」
「ここにある」
コンラートは倉庫の合鍵を親方に向かって放り投げた。
「父上が作った家具を、すぐに、倉庫から出せ」
コンラートは家令にもこう命じた。
「下男を何人か連れてこい。父上が作った家具を、すべて、庭に持っていかせろ」
家令は震え上がったが、コンラートににらまれて、かしこまりました、と言った。
事情がわからない親方は、弟子たちに向かって、大旦那さまが作った家具には、イメディング家の紋章の焼き印がついているから、すぐにわかるはずだ、と説明していた。
その日は黒い雲が垂れ込めていた。その雲と同じような黒煙が、外庭の隅でもうもうとあがっていた。
コンラートは下男に命じて、レオポルトが作った家具を火にくべさせた。小さな家具ばかりだったから、放り投げるとたちまち燃えだした。
その燃えさかる炎を前に、コンラートはずっと、ゆがんだ笑みを浮かべていた。家令は戦慄していた。
家具があらかた火にくべられた頃、様子を見に来た家具職人の親方は、あまりの事態に驚いていた。
「旦那様!なんてことをなさるんで。これだけの家具を、忙しい合間を縫って作るのが、どれほど大変だか、おわかりになりませんか!」
「過ぎた口を利くな」
コンラートは冷たく言い放った。
下男たちは最後に残った、黒檀でできた脇机を火にくべようとしていた。家具職人の親方は下男から脇机を取り上げようとした。
「やめろ!それは、大旦那様が、一生をかけて作ろうとした物だ!それだけは燃やすな!」
それには下男たちも驚いた。下男たちは脇机を地面に置いた。
「構わん。やれ」
コンラートは下男たちをにらみ据えた。家具職人の親方はなおも抗議した。
「旦那様!大旦那様はこれを作るために、親父に弟子入りして、私らと同じ修行に耐えていらしたのですよ!それを、一体、どうして…」
「黙れ」
コンラートは吐き捨てるように言った。その表情は鬼気迫るものがあった。
雷の音が聞こえてきた。
「お前、メイドに声をかけて、ゾフィーア様をここに連れてくるよう頼んでくれ。家令が呼んでいると伝えて構わん」
雷の音で我に返った家令が、近くにいる下男に声をかけた。下男は大慌てで城内に駆けていった。
「どうした、早く火にくべろ」
「くべてはならん!これは大旦那様の、レオポルト様の形見だ。本来ならお前たちが触ることも許されないような物であるぞ!」
下男たちは領主と家令の板挟みになって苦悩し始めた。
雷の音はますます大きくなった。
「旦那様!大旦那様は、あなた様のために、これをお作りに…」
「だからどうした!」
コンラートは家具職人の親方に大声で怒鳴った。その場にいた全員が黙り込んだ。
「お前たちがやらないのなら、俺がやる!」
コンラートは、領主としての仮面をはぎ取った。そして、地面に置かれたままの脇机を抱えて、力一杯、炎の中に投げ込んだ。
脇机は炎に包まれた。
そのときだった。
雷鳴が鳴り響き、激しい雨が降ってきた。下男たちは慌てて逃げ出した。家令と家具職人の親方は、立ち尽くすコンラートを城内まで引きずっていった。
炎は、消えた。
光紀一四七三年が明けてまもないある日、コンラートはレオポルトに呼び出された。コンラートは面倒に思いながら、レオポルトの寝室へ向かった。
寝室にはゾフィーアがいた。ゾフィーアは献身的に義父の世話をしていた。それについてはありがたいとコンラートは思っていたが、レオポルトがゾフィーアと親しくすることについては、複雑な感情を抱いていた。
「父上。お呼びですか?」
コンラートは弱り切った父レオポルトの顔を、皮肉っぽい光を浮かべた青い目で見据えた。
「コンラート。忙しい中、よく来てくれた…。私はもう、長くない…。最期にお前に、頼みたいことがあるのだ…」
レオポルトは弱々しく右手を挙げた。
「お義父さま。最期だなんて、そんな弱気なことをおっしゃらないでください…」
ゾフィーアはレオポルトの右手を握りしめた。レオポルトは弱々しく首を振った。
「ゾフィーアや。お前には感謝している。お前のような優しい娘が、コンラートのもとに嫁いできてくれてよかった…どうか、これからもコンラートを支えておくれ」
「はい…」
ゾフィーアは涙目になってうなずいた。そして、コンラートをじっと見つめた。その目は、これが最期になるかもしれないから、お義父さまの手を握ってください、と訴えていた。
正直、面倒だ。そのとき、コンラートはそう思っていた。しかし、ゾフィーアの手前、父を邪険に扱うのもためらわれた。
「父上。お話ししたいこととは何でしょうか?」
コンラートはレオポルトの右手を握りしめた。それを見たゾフィーアは、静かに部屋を出ていった。
「ミーナのことだ…覚えているか?」
「いいえ」
レオポルトは笑った。
「相変わらずだな、この…」
「失礼。昔から、酷いいたずら坊主ですから」
今度はコンラートが笑った。最大限の皮肉を言ったつもりだった。あのとき、俺は聞いていたんだぞ、と、恨みがましい思いをぶつけたいと思っていた。
「お前が…私のことを…恨んでいることはよくわかっている。許してくれとは言わない…。それでも、伏せった私を支えて、領地の経営のために尽くしてくれたことを、感謝している…」
「父上のためではありません。亡くなられた母上のためです」
コンラートは容赦なく言い放った。
「そうか…そうだな」
レオポルトは咳をし、肩で呼吸を整えながら、話を続けた。
「コンラート、すまなかった…。私とクラーラの間には、何もなかった…。
ある冬の日だった…私は北部の視察に行っていた。私は、冬の森にしか咲かないという伝説の花の話を思い出していた…冬の光を集めて咲くと言われた、この世のものとは思えぬほどに美しい花だ。私は、その花を探しに、戯れに森に入った。そこには蛮族どもがいた…蛮族どもはわたしを見て逃げていった。…まさか、私一人だとは思わなかったらしい。蛮族どもが逃げていったあとには、ぼろぼろになった娘が一人残されていた。娘は歌っていた…冬の光を集めて咲くと言われた花の歌を…。それが、クラーラだった」
その瞬間まで、コンラートは、クラーラは娼婦で、記憶を失ったなどというのは嘘だと信じ込んでいた。
「それは…哀れな」
コンラートは思わずつぶやいた。
「母上はご存じなのですか」
レオポルトは首を振った。コンラートは考えていた。それを知ってから亡くなるのと、知らないまま亡くなるのとでは、どちらが幸せだろうか、と。何もさせてくれなかった娘のことを本気で愛しているのと、ただの男女の関係では、どちらがより罪深い裏切りだろうかと。
「そうして生まれたのが、ミーナだ…だが、ミーナには何の罪もない!だから、どうか、ミーナが幸せになれるよう、お前の力を貸してくれ!」
レオポルトは力強く、コンラートの手を握りしめた。コンラートはその力強さに驚いた。
「ミーナは私の養女にした…国王陛下から直々にお許しを頂いた…これであの子も、正式な貴族の一員だ…。誰か、ミーナを幸せにしてくれる男を探してくれ…家柄は問わない…ミーナが蛮族どもの血を引いていることなど、気にかけないような、いい男を…。ミーナが一目見るだけで気に入るようないい男だと、なおいいが…」
それを聞いた瞬間、コンラートの頭の中で、何かがかちり、と動いた。コンラートはゆっくりと口を開いた。その口元は、少しゆがんでいた。
「わかりました。父上。実は、心当たりがあるのです」
レオポルトは目を見開いた。そして、両の手で弱々しく拍手した。
「そうか、そうか、さすがはコンラートだ…お前は昔から賢かった…頭の回転が速くて、質問すれば何でもすぐに答えた…お前は私と違って、立派な領主になると思った…だから、幼いうちから奉公に出した…そしてその期待に、見事に答えてくれた…」
そこまで言うと、レオポルトは激しく咳をした。げほげほと咳をしながら、必死になってこう言った。
「私の天使へ、思い出の品を捧ぐ…」
それがレオポルト・イメディングの最期の言葉だった。コンラートはレオポルトの葬儀を終えたあと、執務机の鍵付きの引き出しの中から、養女ウィルヘルミーナ・イメディングに残した財産の証書を見つけた。そのときも、コンラートの頭の中で何かがかちり、と動いた。次に、レオポルトの寝室にある鏡台の、鍵付の引き出しの中から、綺麗な箱を見つけた。中には美しい金の鞠が入っていた。
(あの時の、土産物か)
コンラートはくだらないと思い、窓の外へ投げ捨てようと思ったが、またしても彼は何かをひらめき、金の鞠をそっと箱に戻した。
コンラートは別の引き出しを開けた。そこには便箋と封筒と、レオポルトが彫刻をほどこした、鍵付の木箱と、紙が一枚入っていた。紙には、震える手で書かれたような、しかし気取った書体の文字で、こう書かれていた。
『私の天使へ、思い出の品を捧ぐ』
(父上、私の天使とは、あいつのことか…!)
その瞬間、コンラートの頭の中に、一つの作戦が出来上がった。コンラートはゆがんだ笑みを浮かべながら、便箋を一枚取り、事務机に置かれた羽根ペンでさらさらと文字を書いた。
『父上がお前に残した財産はこれで全てだ』
コンラートは二枚の紙を、金の鞠が入った箱の中にしまい込んだ。
コンラートはそのときと同じ、ゆがんだ笑みを浮かべながら廊下を歩いていた。コンラートが向かっているのは、城内に移転した、家具職人の作業場だった。
先程コンラートは、家令の部屋に行き、家令に命じて家具職人の作業場の奥にある、倉庫の合鍵を用意させた。コンラートはその倉庫を開けるつもりだった。その倉庫の中には、レオポルトが作った家具類が入っているはずだった。
家具職人の作業場に着いた。職人たちは領主の突然の来訪に目を丸くした。親方が―レオポルトを弟子に取った親方の息子が―コンラートに声をかけた。
「旦那様。こんな小汚いところに、何のご用でございましょうか?家具のご注文でございますか?」
「ここに、父上が作った家具がしまってあるはずだが」
「大旦那様の?確かにしまってあります。ええと、鍵はどこにやったっけか…」
「ここにある」
コンラートは倉庫の合鍵を親方に向かって放り投げた。
「父上が作った家具を、すぐに、倉庫から出せ」
コンラートは家令にもこう命じた。
「下男を何人か連れてこい。父上が作った家具を、すべて、庭に持っていかせろ」
家令は震え上がったが、コンラートににらまれて、かしこまりました、と言った。
事情がわからない親方は、弟子たちに向かって、大旦那さまが作った家具には、イメディング家の紋章の焼き印がついているから、すぐにわかるはずだ、と説明していた。
その日は黒い雲が垂れ込めていた。その雲と同じような黒煙が、外庭の隅でもうもうとあがっていた。
コンラートは下男に命じて、レオポルトが作った家具を火にくべさせた。小さな家具ばかりだったから、放り投げるとたちまち燃えだした。
その燃えさかる炎を前に、コンラートはずっと、ゆがんだ笑みを浮かべていた。家令は戦慄していた。
家具があらかた火にくべられた頃、様子を見に来た家具職人の親方は、あまりの事態に驚いていた。
「旦那様!なんてことをなさるんで。これだけの家具を、忙しい合間を縫って作るのが、どれほど大変だか、おわかりになりませんか!」
「過ぎた口を利くな」
コンラートは冷たく言い放った。
下男たちは最後に残った、黒檀でできた脇机を火にくべようとしていた。家具職人の親方は下男から脇机を取り上げようとした。
「やめろ!それは、大旦那様が、一生をかけて作ろうとした物だ!それだけは燃やすな!」
それには下男たちも驚いた。下男たちは脇机を地面に置いた。
「構わん。やれ」
コンラートは下男たちをにらみ据えた。家具職人の親方はなおも抗議した。
「旦那様!大旦那様はこれを作るために、親父に弟子入りして、私らと同じ修行に耐えていらしたのですよ!それを、一体、どうして…」
「黙れ」
コンラートは吐き捨てるように言った。その表情は鬼気迫るものがあった。
雷の音が聞こえてきた。
「お前、メイドに声をかけて、ゾフィーア様をここに連れてくるよう頼んでくれ。家令が呼んでいると伝えて構わん」
雷の音で我に返った家令が、近くにいる下男に声をかけた。下男は大慌てで城内に駆けていった。
「どうした、早く火にくべろ」
「くべてはならん!これは大旦那様の、レオポルト様の形見だ。本来ならお前たちが触ることも許されないような物であるぞ!」
下男たちは領主と家令の板挟みになって苦悩し始めた。
雷の音はますます大きくなった。
「旦那様!大旦那様は、あなた様のために、これをお作りに…」
「だからどうした!」
コンラートは家具職人の親方に大声で怒鳴った。その場にいた全員が黙り込んだ。
「お前たちがやらないのなら、俺がやる!」
コンラートは、領主としての仮面をはぎ取った。そして、地面に置かれたままの脇机を抱えて、力一杯、炎の中に投げ込んだ。
脇机は炎に包まれた。
そのときだった。
雷鳴が鳴り響き、激しい雨が降ってきた。下男たちは慌てて逃げ出した。家令と家具職人の親方は、立ち尽くすコンラートを城内まで引きずっていった。
炎は、消えた。
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