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後編 ミーナは機を織る
第48話 わたしはミーナ(1)
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ミーナは夢うつつの中で、誰かが自分の名を呼んでいるのを聞いていた。
「ミーナ、しっかりしろ、目を覚ませ、ミーナ!」
「何があった。どうしたら部屋がこんなにめちゃくちゃになるのだ、答えろ、ヘリガ!」
「も、申し訳ありません。ミーナお嬢さまはイメディング家から戻ってから、それはそれは熱心に機を織っておいででした。朝から晩までお部屋にこもって、食事も大広間で取らずに、鍵までかけて。わたくしも、もう何日もお部屋に入っていないのです。お邪魔をしてはいけないと思って。そうしたら、まさか、こんな…」
「泣いている場合か!ヘリガ、イメディング家では何があったのだ。ミーナはコンラートと、何を話したのだ」
「何を、とおっしゃいますと?それは、離婚のお許しに決まっておりますわ!イェルクさまがあまりにも冷たいものですから!ミーナお嬢さまは、どれだけ寂しい思いをされたか。どれだけ泣いていらっしゃったか。イェルクさまにはおわかりにならないでしょうね!そのうえ浮気なさるなんて!イェルクさまはミーナお嬢さまの気持ちを踏みにじったのですよ…」
「今そんな話は無用だ。他に、何か話をしなかったか!」
「そんな!…いえ、コンラートさまが、ここだけの話をする、とおっしゃっていました。人払いなさったので、どんな話をしたのかはわかりません。ミーナお嬢さまもなにもおっしゃいませんでした」
「ここだけの話か。…そうか。誰か、医者を呼んできてくれ。傷口の消毒をさせる。ヘリガ、ミーナは私の部屋に運ぶから、寝間着に着替えさせてやってくれ。こんな部屋には置いておけない。おい、鷹と猟犬を別の部屋に連れて行け。目を覚ましたときに怖がるといけないからな」
「かしこまりました!」
「ああ、ミーナお嬢さま、こんなにおやつれになって…」
「ヘリガ、着替えが済んだら下がってくれ。ティベルダ、医者以外の誰も通さないでくれ」
「かしこまりました」
ミーナはイェルクの名を呼ぼうとしたが、また、意識が薄れていった。
ミーナは浅い眠りについていた。医者が顔の引っかき傷を消毒し、薬湯を口に注いだのを、ぼんやりと覚えていた。眠っているあいだ、ずっと、ミーナは誰かが自分の手を握りしめているのを感じていた。
浅い眠りは長く続き、午後の日差しのまぶしさに、ミーナは目を覚ました。ミーナは寝台の上で眠っていた。寝具は自分の部屋の物ではなかった。
「夢ではなかったのね…」
ミーナはつぶやいた。何もかも夢であってほしいと思っていた。自身のおぞましい過去など。しかし、ミーナは泣かなかった。自身の片手が、温かな優しさに包まれていたからだ。その手はイェルクがしっかりと握っていた。
「やっと、目覚めたか…」
イェルクはやつれた顔でミーナを見た。ミーナはぱっとイェルクから目をそらした。
「具合はどうだ?」
「ご心配には及びません。少し、疲れただけですわ。今までずっと、機織りに夢中になっていたものですから」
ミーナは顔を背けたまま、無愛想に答えた。
「お前が織った布を見た。…素晴らしい色だと思った。あの青はお前が染めたのか」
「そうですが?」
「あの、亜麻の花の色と同じだな。まるで空の色だ」
イェルクの声は優しかったが、ミーナはイェルクのほうを見ようとはしなかった。
「素晴らしいのは色だけですか?」
「そうだな」
イェルクが笑うので、ミーナはかちんときて、眉をつり上げてイェルクを見た。
「ひどいです」
イェルクは顔をそらさなかった。そらさなかったが、その目がわずかに曇ったのをミーナは感じ取った。
「ミーナ」
イェルクはミーナの手を強く握りしめた。
「コンラートから何を聞いた?あのお喋りな義兄上は、お前の、お前の出生の秘密を、べらべらと喋ったのか!」
イェルクの顔は、ミーナが今まで見たこともないほど険しいものだった。
「そうよ。あのおしゃべりなお兄さまは、わたしの秘密を教えてくれました。わたしとあなたの結婚の秘密を!」
そう言うと、ミーナはイェルクをにらみつけた。イェルクははっとして口を閉ざした。
「イェルク、あなたはなんて愚かなの!ああ、あなたのような人が、浮気なんて器用な芸当、できるはずがありませんわ!」
「ミーナ、違う」
イェルクはあわてた様子を見せた。
「もう、いいのです。自分が悪者になろうとしなくても。そんなことをしていただいても、嬉しくもなんともありません!わたしは知っているのです。わたしが…あの蛮族どもの、あの赤髭の、おぞましい行為の果てに生まれた娘だと!」
そのときのイェルクの顔を、ミーナは生涯忘れないだろうと思った。イェルクの顔は青ざめ、深い絶望の淵にあった。
「ミーナ、違うのだ、お前は…」
ミーナはかぶりを振った。
「知っているのです。あなたがいくら隠そうとむだです。わたしは、ある娘からそう言われたのです」
「誰だ、その女は」
イェルクは奥歯を深く噛みしめ、いまいましそうに言った。ミーナはイェルクの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「あなたが村に火をつけるように命じたため、追い込まれた蛮族たちが逃げ込んだ村に住んでいた娘です」
イェルクは完全に打ちのめされた表情をした。その顔は、コンラートの告白を聞いた後の自分の顔とそっくりだろうと、ミーナは考えた。
「わたしは、よほど赤髭に似ているのでしょうね。その娘はひどくおびえた顔でわたしを見ました。見られたわたしが、あまりの衝撃ですべてを忘れてしまうほどに。そして、イェルク、あなたも、おびえた顔でわたしを見た!どんなお気持ちだったのですか、憎っくき敵と同じ顔をした娘が、自分の結婚相手だと知ったときは!」
ミーナは目をつり上げて、イェルクに詰め寄った。
「なんとおぞましいことだと、そうお思いになったのですね!だから、わたしを拒んだのですね!そうですよね、憎っくき敵と同じ顔をした娘と暮らしたいと思う男など、どこにもいるわけがない!だから、ずっと城をお留守にしたのですね。この先ずっと、わたしと顔を合わさずに生きていこうと、そうお考えになったのですね!」
「ミーナ、違う。お前のせいではない。すべては私の…私の心の弱さのせいだ」
「心の…弱さ?」
イェルクはミーナの肩をつかんだ。ミーナは恐る恐る顔を上げた。イェルクはとても、とても悲しい顔をしていた。
「ミーナ、しっかりしろ、目を覚ませ、ミーナ!」
「何があった。どうしたら部屋がこんなにめちゃくちゃになるのだ、答えろ、ヘリガ!」
「も、申し訳ありません。ミーナお嬢さまはイメディング家から戻ってから、それはそれは熱心に機を織っておいででした。朝から晩までお部屋にこもって、食事も大広間で取らずに、鍵までかけて。わたくしも、もう何日もお部屋に入っていないのです。お邪魔をしてはいけないと思って。そうしたら、まさか、こんな…」
「泣いている場合か!ヘリガ、イメディング家では何があったのだ。ミーナはコンラートと、何を話したのだ」
「何を、とおっしゃいますと?それは、離婚のお許しに決まっておりますわ!イェルクさまがあまりにも冷たいものですから!ミーナお嬢さまは、どれだけ寂しい思いをされたか。どれだけ泣いていらっしゃったか。イェルクさまにはおわかりにならないでしょうね!そのうえ浮気なさるなんて!イェルクさまはミーナお嬢さまの気持ちを踏みにじったのですよ…」
「今そんな話は無用だ。他に、何か話をしなかったか!」
「そんな!…いえ、コンラートさまが、ここだけの話をする、とおっしゃっていました。人払いなさったので、どんな話をしたのかはわかりません。ミーナお嬢さまもなにもおっしゃいませんでした」
「ここだけの話か。…そうか。誰か、医者を呼んできてくれ。傷口の消毒をさせる。ヘリガ、ミーナは私の部屋に運ぶから、寝間着に着替えさせてやってくれ。こんな部屋には置いておけない。おい、鷹と猟犬を別の部屋に連れて行け。目を覚ましたときに怖がるといけないからな」
「かしこまりました!」
「ああ、ミーナお嬢さま、こんなにおやつれになって…」
「ヘリガ、着替えが済んだら下がってくれ。ティベルダ、医者以外の誰も通さないでくれ」
「かしこまりました」
ミーナはイェルクの名を呼ぼうとしたが、また、意識が薄れていった。
ミーナは浅い眠りについていた。医者が顔の引っかき傷を消毒し、薬湯を口に注いだのを、ぼんやりと覚えていた。眠っているあいだ、ずっと、ミーナは誰かが自分の手を握りしめているのを感じていた。
浅い眠りは長く続き、午後の日差しのまぶしさに、ミーナは目を覚ました。ミーナは寝台の上で眠っていた。寝具は自分の部屋の物ではなかった。
「夢ではなかったのね…」
ミーナはつぶやいた。何もかも夢であってほしいと思っていた。自身のおぞましい過去など。しかし、ミーナは泣かなかった。自身の片手が、温かな優しさに包まれていたからだ。その手はイェルクがしっかりと握っていた。
「やっと、目覚めたか…」
イェルクはやつれた顔でミーナを見た。ミーナはぱっとイェルクから目をそらした。
「具合はどうだ?」
「ご心配には及びません。少し、疲れただけですわ。今までずっと、機織りに夢中になっていたものですから」
ミーナは顔を背けたまま、無愛想に答えた。
「お前が織った布を見た。…素晴らしい色だと思った。あの青はお前が染めたのか」
「そうですが?」
「あの、亜麻の花の色と同じだな。まるで空の色だ」
イェルクの声は優しかったが、ミーナはイェルクのほうを見ようとはしなかった。
「素晴らしいのは色だけですか?」
「そうだな」
イェルクが笑うので、ミーナはかちんときて、眉をつり上げてイェルクを見た。
「ひどいです」
イェルクは顔をそらさなかった。そらさなかったが、その目がわずかに曇ったのをミーナは感じ取った。
「ミーナ」
イェルクはミーナの手を強く握りしめた。
「コンラートから何を聞いた?あのお喋りな義兄上は、お前の、お前の出生の秘密を、べらべらと喋ったのか!」
イェルクの顔は、ミーナが今まで見たこともないほど険しいものだった。
「そうよ。あのおしゃべりなお兄さまは、わたしの秘密を教えてくれました。わたしとあなたの結婚の秘密を!」
そう言うと、ミーナはイェルクをにらみつけた。イェルクははっとして口を閉ざした。
「イェルク、あなたはなんて愚かなの!ああ、あなたのような人が、浮気なんて器用な芸当、できるはずがありませんわ!」
「ミーナ、違う」
イェルクはあわてた様子を見せた。
「もう、いいのです。自分が悪者になろうとしなくても。そんなことをしていただいても、嬉しくもなんともありません!わたしは知っているのです。わたしが…あの蛮族どもの、あの赤髭の、おぞましい行為の果てに生まれた娘だと!」
そのときのイェルクの顔を、ミーナは生涯忘れないだろうと思った。イェルクの顔は青ざめ、深い絶望の淵にあった。
「ミーナ、違うのだ、お前は…」
ミーナはかぶりを振った。
「知っているのです。あなたがいくら隠そうとむだです。わたしは、ある娘からそう言われたのです」
「誰だ、その女は」
イェルクは奥歯を深く噛みしめ、いまいましそうに言った。ミーナはイェルクの瞳を真っ直ぐに見つめた。
「あなたが村に火をつけるように命じたため、追い込まれた蛮族たちが逃げ込んだ村に住んでいた娘です」
イェルクは完全に打ちのめされた表情をした。その顔は、コンラートの告白を聞いた後の自分の顔とそっくりだろうと、ミーナは考えた。
「わたしは、よほど赤髭に似ているのでしょうね。その娘はひどくおびえた顔でわたしを見ました。見られたわたしが、あまりの衝撃ですべてを忘れてしまうほどに。そして、イェルク、あなたも、おびえた顔でわたしを見た!どんなお気持ちだったのですか、憎っくき敵と同じ顔をした娘が、自分の結婚相手だと知ったときは!」
ミーナは目をつり上げて、イェルクに詰め寄った。
「なんとおぞましいことだと、そうお思いになったのですね!だから、わたしを拒んだのですね!そうですよね、憎っくき敵と同じ顔をした娘と暮らしたいと思う男など、どこにもいるわけがない!だから、ずっと城をお留守にしたのですね。この先ずっと、わたしと顔を合わさずに生きていこうと、そうお考えになったのですね!」
「ミーナ、違う。お前のせいではない。すべては私の…私の心の弱さのせいだ」
「心の…弱さ?」
イェルクはミーナの肩をつかんだ。ミーナは恐る恐る顔を上げた。イェルクはとても、とても悲しい顔をしていた。
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