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後編 ミーナは機を織る
第47話 クラーラの愛(2)
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その日からミーナは食事の時間すら外に出ずに、ひたすら機織りに没頭した。部屋には鍵をかけ、ヘリガすら通そうとしなかった。ヘリガにはミーナの畑の世話を任せた。ミーナは無心になって経糸を杼ですくっていた。
「一、二、一、二…」
何かと過去を手招きした糸紡ぎと違い、機織りはミーナを集中させた。それは、身体に与える感覚の違いなのか、間違えてはいけないという緊張感からなのか、それともミーナの心構えが変わったからなのか、ミーナ本人にもわからなかった。
ある程度青い帯を織ったら、今度は生成りの白い糸に変えて帯を織っていく。そうして、青と白の横縞を織っていくのだ。それが、ビルング家の紋章だった。ミーナが愛し、守りたいと思った、ビルング家の象徴だった。しかし、布を織る今は、それすら頭の中になかった。
「一、二、一、二…」
今のミーナにあるのは、ただ、糸と杼と自身の呼吸を合わせることだけだった。
こうして、ついに、ミーナは一枚の布を、自らの手で織り上げた。ミーナは務めを果たしたのだ。
ミーナは無の世界から戻ってきた。向き合わなければならないことを思い出した。ミーナは、鏡台の引き出しから女神像を取り出した。
「お母さま。一緒に探しましょう。わたしの本当のお父さまの面影を」
ミーナは女神像をぎゅっと抱きしめ、鏡台に置き、いつも身につけている帽子をとり、恐る恐る鏡を開いた。
鏡の中のミーナは、疲れてぼさぼさになった赤毛を垂らしていた。その瞳はどんぐりのように茶色く、疲れて輝きがなかった。目の形は少し細かった。この目がアーモンドのように美しい形をしていたら、とミーナはため息をついた。頬の色は赤かった。白くてわずかな赤みがさす程度ならどんなによかっただろうと、ミーナはまたため息をついた。唇だけは気に入っていた。笑うと少しだけ女神像に似ていた。
「わたしは…誰なの?誰の子なの?」
ミーナが鏡の自分にたずねると、突然、聞き覚えのある声が頭の中にこだました。
「蛮族の子!」
それがあのアラリケの声だとわかった瞬間、ミーナの世界はまた真っ白になった。
「来ないで!いやあ!」
修道院で若い娘が暴れていた。ミーナは先ほどこの娘に薬湯をかけられたばかりだ。
「落ち着いて!どうか、落ち着いて!」
ミーナはこの娘を落ち着かせたかった。近づいて、背中を優しくさすってやれば、そっと抱きしめてやれば、娘は落ち着くと思ったのだ。
しかし、娘は激しく暴れ、ミーナの顔を引っかいた。あまりの痛さに、ミーナは、何をするの!と叫んだ。そのとき、ミーナは頭の布が外れるのを感じとった。あわてて赤毛を隠そうとしたが、もう遅かった。ミーナの赤毛があらわになると、娘は白目をむかんばかりの顔をして、今までミーナが聞いたこともないような、断末魔の叫び声をあげた。
「赤髭の子!いやああああ!」
ミーナはそれを聞くや否や、娘の手によって気絶させられた。娘はミーナを突き飛ばし、したたかに壁に打ちつけたのだ。
「いやああああ!」
色を取り戻した世界の中でミーナは絶叫した。ミーナは鏡を殴りつけた。ミーナの力では割れなかった。ミーナは椅子を持って振りかざした。鏡は砕け散った。
ミーナはその椅子を投げ飛ばし、テーブルを引き倒し、洋服掛けから全ての服を引きずり出してめちゃくちゃにぶん投げた。部屋にあるものを、引っかき回してぐちゃぐちゃにした。敷き詰められた香草が、ほこりのように舞い散った。ミーナは狂ったように笑い出した。
「あ、あはは、あはは、そういうことね。イェルクはあの夜、わたしの顔に憎き敵の面影を見たのね!なんて、なんて、おぞましいのでしょう!こんな巡り合わせがあるというの!」
ミーナは自分の顔をかきむしった。髪の毛をむしり取ろうと引っ張った。
「こんなに醜いわたしは、もう、生きていけない!」
ミーナは鏡の破片を手にして、自分の喉に突き刺そうとした。
そのとき、鏡の破片が真っ赤な夕日を反射した。ミーナはまぶしくて目が眩んだ。目を開けると、ぐちゃぐちゃになった部屋を夕日が照らしていた。その中心に、あの女神像が転がっていた。
「お母さま!」
ミーナは女神像にかけよった。
「お母さま。お母さまは、どうしてわたしを産んだのですか?全てをお忘れになったからですか?もし…おぞましい過去を思い出されたら、わたしをお捨てになりますか?」
ミーナは泣き叫んだ。沈む夕日が部屋の全てを赤く染めたとき、ミーナは亡き母の声を聞いた。
「あなたはわたしの子よ。誰がなんと言おうと、たとえ何があろうと。あなただけが、わたしのたった一人の家族。わたしが守るべき、ただ一つの命なのよ」
ミーナははっとして顔をあげた。昼と夜の狭間で、美しい母の影がゆらめいていた。その影はミーナを優しく包み込んだ。
「そうですか…お母さまは、あのとき、すでに…。なのに、わたしを、子と呼んで、愛してくださるのですか…」
ミーナの視界があふれた涙でふたたび濡れた。
やがて夜の闇が部屋を包み、優しい影は消え失せた。しかしミーナは、母の優しさに包まれたまま眠りについていた。
「一、二、一、二…」
何かと過去を手招きした糸紡ぎと違い、機織りはミーナを集中させた。それは、身体に与える感覚の違いなのか、間違えてはいけないという緊張感からなのか、それともミーナの心構えが変わったからなのか、ミーナ本人にもわからなかった。
ある程度青い帯を織ったら、今度は生成りの白い糸に変えて帯を織っていく。そうして、青と白の横縞を織っていくのだ。それが、ビルング家の紋章だった。ミーナが愛し、守りたいと思った、ビルング家の象徴だった。しかし、布を織る今は、それすら頭の中になかった。
「一、二、一、二…」
今のミーナにあるのは、ただ、糸と杼と自身の呼吸を合わせることだけだった。
こうして、ついに、ミーナは一枚の布を、自らの手で織り上げた。ミーナは務めを果たしたのだ。
ミーナは無の世界から戻ってきた。向き合わなければならないことを思い出した。ミーナは、鏡台の引き出しから女神像を取り出した。
「お母さま。一緒に探しましょう。わたしの本当のお父さまの面影を」
ミーナは女神像をぎゅっと抱きしめ、鏡台に置き、いつも身につけている帽子をとり、恐る恐る鏡を開いた。
鏡の中のミーナは、疲れてぼさぼさになった赤毛を垂らしていた。その瞳はどんぐりのように茶色く、疲れて輝きがなかった。目の形は少し細かった。この目がアーモンドのように美しい形をしていたら、とミーナはため息をついた。頬の色は赤かった。白くてわずかな赤みがさす程度ならどんなによかっただろうと、ミーナはまたため息をついた。唇だけは気に入っていた。笑うと少しだけ女神像に似ていた。
「わたしは…誰なの?誰の子なの?」
ミーナが鏡の自分にたずねると、突然、聞き覚えのある声が頭の中にこだました。
「蛮族の子!」
それがあのアラリケの声だとわかった瞬間、ミーナの世界はまた真っ白になった。
「来ないで!いやあ!」
修道院で若い娘が暴れていた。ミーナは先ほどこの娘に薬湯をかけられたばかりだ。
「落ち着いて!どうか、落ち着いて!」
ミーナはこの娘を落ち着かせたかった。近づいて、背中を優しくさすってやれば、そっと抱きしめてやれば、娘は落ち着くと思ったのだ。
しかし、娘は激しく暴れ、ミーナの顔を引っかいた。あまりの痛さに、ミーナは、何をするの!と叫んだ。そのとき、ミーナは頭の布が外れるのを感じとった。あわてて赤毛を隠そうとしたが、もう遅かった。ミーナの赤毛があらわになると、娘は白目をむかんばかりの顔をして、今までミーナが聞いたこともないような、断末魔の叫び声をあげた。
「赤髭の子!いやああああ!」
ミーナはそれを聞くや否や、娘の手によって気絶させられた。娘はミーナを突き飛ばし、したたかに壁に打ちつけたのだ。
「いやああああ!」
色を取り戻した世界の中でミーナは絶叫した。ミーナは鏡を殴りつけた。ミーナの力では割れなかった。ミーナは椅子を持って振りかざした。鏡は砕け散った。
ミーナはその椅子を投げ飛ばし、テーブルを引き倒し、洋服掛けから全ての服を引きずり出してめちゃくちゃにぶん投げた。部屋にあるものを、引っかき回してぐちゃぐちゃにした。敷き詰められた香草が、ほこりのように舞い散った。ミーナは狂ったように笑い出した。
「あ、あはは、あはは、そういうことね。イェルクはあの夜、わたしの顔に憎き敵の面影を見たのね!なんて、なんて、おぞましいのでしょう!こんな巡り合わせがあるというの!」
ミーナは自分の顔をかきむしった。髪の毛をむしり取ろうと引っ張った。
「こんなに醜いわたしは、もう、生きていけない!」
ミーナは鏡の破片を手にして、自分の喉に突き刺そうとした。
そのとき、鏡の破片が真っ赤な夕日を反射した。ミーナはまぶしくて目が眩んだ。目を開けると、ぐちゃぐちゃになった部屋を夕日が照らしていた。その中心に、あの女神像が転がっていた。
「お母さま!」
ミーナは女神像にかけよった。
「お母さま。お母さまは、どうしてわたしを産んだのですか?全てをお忘れになったからですか?もし…おぞましい過去を思い出されたら、わたしをお捨てになりますか?」
ミーナは泣き叫んだ。沈む夕日が部屋の全てを赤く染めたとき、ミーナは亡き母の声を聞いた。
「あなたはわたしの子よ。誰がなんと言おうと、たとえ何があろうと。あなただけが、わたしのたった一人の家族。わたしが守るべき、ただ一つの命なのよ」
ミーナははっとして顔をあげた。昼と夜の狭間で、美しい母の影がゆらめいていた。その影はミーナを優しく包み込んだ。
「そうですか…お母さまは、あのとき、すでに…。なのに、わたしを、子と呼んで、愛してくださるのですか…」
ミーナの視界があふれた涙でふたたび濡れた。
やがて夜の闇が部屋を包み、優しい影は消え失せた。しかしミーナは、母の優しさに包まれたまま眠りについていた。
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