ミーナは糸を紡ぐ

田原更

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中編 ミーナは糸を染める

第21話 贈り物(1)

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 その日もミーナは、窓辺に腰掛けて糸を紡いでいた。
「ミーナお嬢さま。そろそろ糸を片付けましょう。まもなくお食事の時間ですよ」
 ヘリガに声をかけられ、ミーナは紡ぎかけの糸をはさみで切った。その糸は隣に置いてある別の椅子の背に、ぐるぐる巻きになっていた。椅子の背を代わりにしているのだ。ミーナは切った糸端を指先に何回か巻き付け、指から外し、それを芯にして残りの糸をくるくると巻き付けていった。椅子の背に巻き付けられた糸をたぐりよせ、最後まで巻き終えたら、糸玉が完成する。その糸玉は、鏡台の脇に置いたかごに入れていた。いつかこの糸を染めて、布を織り上げるのだ。

 田舎貴族といえども、ビルング家の晩餐は豊かだった。適度な厚みに切ったカブを、ビーフストック(※)で煮崩れない程度に煮て、油で炒め、仕上げにハチミツをかけた料理。同じくビーフストックを沸騰させ、そこに小麦を加えて煮込みながらストックを吸わせ、さらに卵黄を加えて煮詰めた料理。羊の肉を、玉ねぎと香草と塩とワインで煮込み、卵と柑橘類の汁を混ぜたソースを加えながら食べる煮込み料理。それだけではなく、アーモンドの粉と牛乳で作った甘いプディングと、南の国から輸入したオレンジを漬け込んで、数か月熟成させたワインまで供された。
 退屈ともいえる暮らしの中で、食事はミーナに栄養だけではなく、楽しみを与えた。そんな食卓で、ミーナにとって心を躍らせるような話が舞い込んできた。

「ミーナはもうすぐ十六歳になるのじゃったな」
「はい、お義父さま。ミーナはもうすぐ十六歳になります」
 マルクスの言葉に、ミーナは食事の手を止めて答えた。
「結婚してから初めての誕生日じゃ。イェルクのやつが戻ってきたら、何か贈り物をねだるとよい。あやつは女心に疎いからのう。ミーナはまだ贈り物の一つももらっていないのじゃろう?」
 そうだわ、結婚してからまだ何ももらっていなかったわ、とミーナは思った。イェルクは領内はおろか国内を忙しく駆け回っていたが、お土産の一つもミーナによこさなかった。花の一輪でさえくれたことはなかった。
「まったく、あやつは誰に似たのだか。剣術以外のことはからっきしじゃ」
「あなたが、あの子に剣術のことだけを考えろとお教えになったからですよ」
 カタリーナはあきれたように言った。赤髭の存命中は復讐のことばかり考えていたマルクスは、赤髭の死後まもなく、自分の息子が跡取りとしては全く未熟だということに気がついた。彼は慌てて息子に領主としての教育を施そうとしたが、自分自身にも教えられるほどの能力がないことに気がついて愕然とした。幸い、ビルング家は家臣が優秀で、イェルクは家臣から様々なことを学んでいた。
 「そうそう、誕生日の話じゃったな。儂は若い頃、カタリーナにまめに贈り物を贈ったものじゃ。特に、結婚後初の誕生日には、豪華な首飾りを贈ってやったのう、カタリーナ」
 「ええ、よく覚えていますよ」
 カタリーナは微笑んだ。ミーナはこの二人を心底うらやましいと思った。
 「まあ、素敵。一体どんな首飾りですの?」
 「今度あなたにも見せてあげますよ。さあ、昔話はこれくらいにして、食事の続きをしましょう」
 カタリーナに促されて三人はまた食事をとりはじめた。食事の間ミーナは、イェルクにどんな贈り物をねだろうか、ということばかり考えていた。

 その頃、イェルクは王都で行われる剣術試合に出ていた。試合とはいえ危険も伴った。しかし、試合に勝てば報奨金が得られる。貧しい農地と荒れ地が大半を占めるビルング領を経営するためには、試合で報奨金を得ることも必要だった。国一番の騎士と噂されるイェルクがもたらす金品は、ビルング領の命綱でもあったのだ。
 来る日も来る日も窓辺で糸を紡ぎ、毎晩さみしい気持ちで床につくミーナだったが、この日は贈り物のことを考えているうちに眠りについた。幸せな夜だった。
 翌日、朝一番で知らせが入った。先の剣術試合で、イェルクは見事優勝してみせたのだ。ミーナは誇らしい気持ちでいっぱいになった。自分の結婚相手が一流の男だと知ったら、修道院で自分をからかった娘たちはどんな顔をするだろうか、という浅ましいことも考えたりした。なによりミーナは嬉しい気持ちになった。イェルクが無事なことと、じきに帰ってくることがわかったからだ。


※ストックとは肉や野菜などの出汁のことです
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