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前編 ミーナは糸を紡ぐ
第18話 女の務め(4)
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次の日、ミーナは農作業をヘリガや他のメイドに任せて、領主の執務室をのぞきに行った。そこではイェルクが大量の書類を前に難儀していた。
「何をなさっているの?」
ミーナが問いかけると、イェルクは土地の記録を調べている、と答えた。
「北部の村で、隣人同士が土地の境界線について揉めていてな。そこで荘園裁判を開こうとしたが、先の戦争で土地の記録が焼失したことがわかったのだ。お互い決して譲ろうとせぬから、このままでは裁判の前に、村を二分する争いになりかねん。だから、城内に記録が残っていないか、探しに戻ったのだ」
それを聞いたミーナは、戦争とはいえ村を焼くなんて、お義父さまはなんて愚かなことをなさったのだろうと思ったが、口には出さなかった。
「そうですか、それは大変ですね。何かお手伝いいたしましょうか?」
「いや、結構だ」
イェルクは素っ気なく答えるとまた書類に目を落とした。
「わたくし、修道院では薬草の処方箋を調べたり、それを書物にまとめたりしていたのです。きっとお役に立ちますわ」
ミーナが得意げに言ってみせると、イェルクはミーナの目を見て、厳粛に言った。
「お前にはお前のすべきことがあるはずだ」
イェルクの言わんとしていることがわかったミーナは、執務机に手を置いて力説した。
「領主が領地の適切な管理をする助けとなるのが、領主夫人の責務だと思います!農作業や、手仕事をするよりも、調べ物のほうが、よりあなたのお役に立てますわ!」
「すべきことをせぬ者が、他者の役に立てると思っているのか」
イェルクは冷たく言い放った。その瞳は冷徹というより、冷酷に見えて、ミーナは小さく震えた。
(やっぱり、怖い…)
「だって、わたし、苦手なんですもの。力もないし、不器用だし、クラーラお母さまは何も教えてくださらなかったし…」
ミーナはもじもじして言い訳した。クラーラ、という言葉を聞いた瞬間、イェルクは表情を和らげた。
「でも、お母さまが教えてくださったこともたくさんありますわ」
「何をだ?」
「お母さまはわたしに、たくさんの物語を教えてくださったの!昼も夜も、毎日のように違うお話を聞かせてくださったわ!わたし、修道院で何度も何度も思い返したから、今でもいくつも覚えています。子どもが産まれたら、毎日毎日聞かせてやります。きっとわたし、いい母親になりますわ!」
ミーナは期待していた。これを聞いたイェルクが自分を見直してくれる、そして二人がいい雰囲気になるだろう、と。しかしイェルクはミーナの言葉を無視するように書類に没頭し出した。
ミーナは腹が立ってきた。せっかく、わたしは歩み寄ろうとしているのに。怖い猟犬や鷹の室内飼いも許したのに。イェルクを怖いと思っても、それでも愛しているのに…。
「そこまでおっしゃるのなら仕事に戻ります。あなたもどうぞお仕事頑張って!」
ミーナはぷんぷん怒りながら執務室を出ようとした。
「ミーナ」
イェルクがミーナを呼び止めた。ミーナは一瞬ためらったが、イェルクに向き直った。
「記録が見つかったら、私はまた城を出る。私が留守の間は、皆に色々と教わるがよい。女の手仕事のことなら、ヘリガだってよく知っているだろう」
ミーナの怒りは頂点に達した。
「わかりました。どうぞ行ってらっしゃいませ!」
ミーナは乱暴な足取りで執務室を出て行った。
それでもミーナはカタリーナの元におもむき、糸の紡ぎ方や機織りについて教えを乞うた。
「そうねぇ…でも、この家伝統の糸紡ぎや機織りは、特別な道具を使うから。私の調子がもう少しよくなって、亜麻から繊維が取れるようになったら、そのときに教えてあげるわ」
ミーナはため息をついた。カタリーナは何も聞かずに、ミーナの頭をそっとなでた。ミーナは昨日今日の出来事を話したくなったが、伏せっているカタリーナの負担になりたくないし、そんなことを言うのもおかしいと思ったので、黙っていることにした。
「ありがとうございます。楽しみにしています。お義母さま、もうお休みください。お邪魔してすみませんでした」
カタリーナは優しく微笑んで床についた。ミーナはそっと部屋を出た。
それからミーナは、農作業の落ち着いた午後からヘリガに刺繍を教わることにした。ヘリガは辛抱強く教えたが、ミーナの刺繍の腕はなかなか上達しなかった。
「何をなさっているの?」
ミーナが問いかけると、イェルクは土地の記録を調べている、と答えた。
「北部の村で、隣人同士が土地の境界線について揉めていてな。そこで荘園裁判を開こうとしたが、先の戦争で土地の記録が焼失したことがわかったのだ。お互い決して譲ろうとせぬから、このままでは裁判の前に、村を二分する争いになりかねん。だから、城内に記録が残っていないか、探しに戻ったのだ」
それを聞いたミーナは、戦争とはいえ村を焼くなんて、お義父さまはなんて愚かなことをなさったのだろうと思ったが、口には出さなかった。
「そうですか、それは大変ですね。何かお手伝いいたしましょうか?」
「いや、結構だ」
イェルクは素っ気なく答えるとまた書類に目を落とした。
「わたくし、修道院では薬草の処方箋を調べたり、それを書物にまとめたりしていたのです。きっとお役に立ちますわ」
ミーナが得意げに言ってみせると、イェルクはミーナの目を見て、厳粛に言った。
「お前にはお前のすべきことがあるはずだ」
イェルクの言わんとしていることがわかったミーナは、執務机に手を置いて力説した。
「領主が領地の適切な管理をする助けとなるのが、領主夫人の責務だと思います!農作業や、手仕事をするよりも、調べ物のほうが、よりあなたのお役に立てますわ!」
「すべきことをせぬ者が、他者の役に立てると思っているのか」
イェルクは冷たく言い放った。その瞳は冷徹というより、冷酷に見えて、ミーナは小さく震えた。
(やっぱり、怖い…)
「だって、わたし、苦手なんですもの。力もないし、不器用だし、クラーラお母さまは何も教えてくださらなかったし…」
ミーナはもじもじして言い訳した。クラーラ、という言葉を聞いた瞬間、イェルクは表情を和らげた。
「でも、お母さまが教えてくださったこともたくさんありますわ」
「何をだ?」
「お母さまはわたしに、たくさんの物語を教えてくださったの!昼も夜も、毎日のように違うお話を聞かせてくださったわ!わたし、修道院で何度も何度も思い返したから、今でもいくつも覚えています。子どもが産まれたら、毎日毎日聞かせてやります。きっとわたし、いい母親になりますわ!」
ミーナは期待していた。これを聞いたイェルクが自分を見直してくれる、そして二人がいい雰囲気になるだろう、と。しかしイェルクはミーナの言葉を無視するように書類に没頭し出した。
ミーナは腹が立ってきた。せっかく、わたしは歩み寄ろうとしているのに。怖い猟犬や鷹の室内飼いも許したのに。イェルクを怖いと思っても、それでも愛しているのに…。
「そこまでおっしゃるのなら仕事に戻ります。あなたもどうぞお仕事頑張って!」
ミーナはぷんぷん怒りながら執務室を出ようとした。
「ミーナ」
イェルクがミーナを呼び止めた。ミーナは一瞬ためらったが、イェルクに向き直った。
「記録が見つかったら、私はまた城を出る。私が留守の間は、皆に色々と教わるがよい。女の手仕事のことなら、ヘリガだってよく知っているだろう」
ミーナの怒りは頂点に達した。
「わかりました。どうぞ行ってらっしゃいませ!」
ミーナは乱暴な足取りで執務室を出て行った。
それでもミーナはカタリーナの元におもむき、糸の紡ぎ方や機織りについて教えを乞うた。
「そうねぇ…でも、この家伝統の糸紡ぎや機織りは、特別な道具を使うから。私の調子がもう少しよくなって、亜麻から繊維が取れるようになったら、そのときに教えてあげるわ」
ミーナはため息をついた。カタリーナは何も聞かずに、ミーナの頭をそっとなでた。ミーナは昨日今日の出来事を話したくなったが、伏せっているカタリーナの負担になりたくないし、そんなことを言うのもおかしいと思ったので、黙っていることにした。
「ありがとうございます。楽しみにしています。お義母さま、もうお休みください。お邪魔してすみませんでした」
カタリーナは優しく微笑んで床についた。ミーナはそっと部屋を出た。
それからミーナは、農作業の落ち着いた午後からヘリガに刺繍を教わることにした。ヘリガは辛抱強く教えたが、ミーナの刺繍の腕はなかなか上達しなかった。
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