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一章 花と蝶
第6話 アクセサリー作り
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長い長い一日を終えて、フルールは家に帰ってきた。あちこちに移動して、汗をかいたので、フルールは浴室で水を被ることにした。服を脱ぎ、目をつぶって、冷たい水をかけた。身体をぶるっと震わせ、歯をかちかち打ち鳴らしながら、大急ぎで寝間着に着替えた。
その夜、フルールは夢を見た。夢の中のフルールは、美しい花園に立っていた。
一羽の蝶が、フルールの元へ飛んできた。蝶が舞うたびに、オレンジ色の美しい石が……宝石が散った。
(あれは、酒場へやってきた蝶……?)
フルールが目をぱちくりさせると、蝶が、鈴の鳴るような美しい声で語りかけてきた。
『きれいだね、フルール。この都市トリタヴォーラは、パピヨンが舞う、花のような街。君は、この街を愛しているかい?』
「ええ、もちろん!」
フルールは屈託なく答えた。蝶はくすっと笑うように、羽を動かした。
『君は、今日、気がついたことがあるはずだよ』
「気がついたこと? そうね、今日、生まれてはじめて宝石を見たの! とてもきれいだったわ! 私、宝石を使った美しいアクセサリーを作りたい! それで、宝石が持つ美しさを、みんなに伝えたいの! いつか、誰もが、この小さな石を身につけることができるようになったら、素敵だわ!」
『そうなったら、素敵だね』
また、蝶はくすっと笑うように、羽を動かした。
『君の真っ直ぐな思いは、いつか、この街に奇跡を起こす。その日まで、自分を信じて、前に進むんだ……』
そう言うと、オレンジ色の蝶は、ふわりと空高く舞い上がっていった。高く、高く、上層のほうへと、飛んでいった。
『いつか、君に会えると信じている。僕は、上層の神殿で暮らしている。君たち中層の人は、知らないだろうけど……』
突然、強い風が吹いてきて、オレンジ色の蝶の声は聞こえなくなった。周辺に咲き誇っていた花は、まるで、踏み荒らされたようにぐちゃぐちゃになっていた。
鳥のさえずりを聞いて、フルールは目を覚ました。フルールはベッドの上で大きく背伸びをした。
「ああ、なんだかいい夢を見たわ。奇跡……もし、そんなことが起こったら、とても素敵ね。さあ、今日から新しいアクセサリー作り、頑張らなくちゃ!」
それから数日間、フルールは、宝石のことやその扱い方を勉強した。アルベールは宝石図鑑や、宝石を使ったアクセサリーの作り方の載った本もくれた。これも不要品らしい。宝石図鑑には、どの蝶からどの宝石がとれるかということまで書いてあった。
フルールは、宝石図鑑をぱたんと閉じて、窓を見つめた。いつの間にか、西日が差し込む時間になっていた。西日を見ると、ときどき、死んだ父親と宝石について語ったあの日のことを思い出すのだ。
「この間降ってきた石は、このページに載っている、トパーズだと思うわ。ああ、拾い集めてとっておけばよかった。でも、ごみをあさっているところ、誰かに見られたら恥ずかしいわね」
この都市では、浅ましいことをすると、「蛾のような奴」と言われてしまう。蝶はあんなにもきれいで、みんなが愛しているのに、よく似た蛾は、とにかく嫌われている。しかし、神の教えによると、どちらも「パピヨン」なのだ。
『パピヨン、パピヨン、きれいなパピヨン、どうかどうか、とまっておくれ、わたしをきれいに飾っておくれ』
この間酒場で見た、あの美しい蝶のことを思い出しながら、フルールは好きな歌を口ずさんだ。フルールの母アンリエットも、この歌が好きだった。
(そういえば、お母さん、この歌を、変な替え歌にして歌っていたわね)
フルールは窓の外を見上げて、しばし考えたが、何しろ幼い頃のことでよく思い出せなかった。風に吹かれて、店の小さな看板が、きいきいと音を立てて揺れていた。
看板には、『アクセサリー店パピヨン』と書いてある。フレデリクとアンリエットが開店させたこの店を、一人娘のフルールは、自ら望んで跡を継いだ。
「さあて、今から、アクセサリー作りを始めるわよ!」
フルールは椅子から勢いよく立ち上がった。
直方体の形をした銀を、真っ赤になるまで炉で熱した。ジュエリー加工机の上に置いた石の上に置き、すかさず、それをローラーで、薄く平らに延ばしていく。
「ええと、この金を鉄線に巻きつけるようにして、形を整えたら、鉄線を抜く……」
フルールは、金槌などを使って、なんとか、その工程をやり遂げた。小さな口径のパイプが出来上がった。パイプの上に、アルベールからもらった、ジルコンという青い宝石のかけら――小さい宝石のことは、メレと呼ぶらしい――を、そっと載せた。
「よし、大きさもばっちりね」
続いては、宝石を巻き込み、留めるための爪となる、細い丸線を作る。
「ローラーで、地金を限界まで絞って、細長い角棒を作る。それを叩いて、八角形にして、穴のあいた線引き板に通して、力一杯、引く!」
フルールが全身の力を込めて地金を引くと、地金は細い細い丸線になった。
「最後に、この丸線とさっきのパイプを組み合わせて、石がおさまる、石座を完成させるのね」
フルールは二本の爪がある石座を作ることにした。まずはパイプの中を削って、宝石がきちんと収まるよう、微調整していく。次に、パイプを三ミリメートルほどの長さで、いくつか切り分けた。短く切った丸線をパイプの合わせ目の上へ持っていき、金ロウをつけた。反対側も同じように爪をつけたら、片方の爪のみヤットコで内側に折って、あとはヤスリできれいに磨き上げて、石座の完成だ。
「できたあ! ものすごい根気と、集中力のいる作業ね。……でも」
フルールは、アルベールの言葉を思い出した。
『一番集中力がいるのは、石を留めるところです。何しろ、そこで魂を込めることによって、宝石は真の力を発揮すると言われておりますので』
フルールはため息をつき、束の間、目を閉じて身体を休めた。
「さて、ここ一番よ。集中、集中。丁寧に丁寧に作業しないと、宝石が欠けたり、割れたり、傷ついたりするのよ」
フルールは自分に言い聞かせた。フルールがもらってきたくず宝石のいくつかは、石留によって傷ついたものらしい。しかし、その宝石は、目に見えて傷ついている石ではない。見た目も美しい。けれども、目に見えないほんのわずかな傷があるだけで、石からは魔力が消えてなくなってしまうらしい。
「ええと、爪をヤットコで外側に広げて、メレ用のタガネを使って石を入れる」
フルールは、メレ用タガネの先端に水をつけ、その水の力で宝石をタガネにくっつけ、石座の中に宝石を収めた。爪を少しだけ倒し、長さを確認し、長い部分は切り取った。ヤスリで整え、タガネを使って、爪を倒して、丸く留めた。
(どうか、きれいなアクセサリーとして生まれ変わりますように!)
祈るような気持ちで一つ一つ作業するうちに、台座にはまった石が出来上がった。台座に納まった宝石は、ますます輝いて、美しく見えた。
「できたわ! はじめてで、とても難しかったけど、作っていて、とても、楽しかった!」
フルールは、今までにない満足感を味わっていた。心がわくわくして、踊るようだ。
しばらく練習したのちに、銀細工の蝶の目玉として宝石をあしらったブローチや髪飾り、メレを数個組み合わせたネックレスなど、売り物になる作品を作れるようになった。フルールはアクセサリーを陳列棚に並べた。青い目玉の蝶のアクセサリーを、頭に飾ることにした。フルールの頭の上で、二匹の蝶が、機嫌よさげに舞っていた。フルールはお客さんがやってくるのを楽しみに待った。
その夜、フルールは夢を見た。夢の中のフルールは、美しい花園に立っていた。
一羽の蝶が、フルールの元へ飛んできた。蝶が舞うたびに、オレンジ色の美しい石が……宝石が散った。
(あれは、酒場へやってきた蝶……?)
フルールが目をぱちくりさせると、蝶が、鈴の鳴るような美しい声で語りかけてきた。
『きれいだね、フルール。この都市トリタヴォーラは、パピヨンが舞う、花のような街。君は、この街を愛しているかい?』
「ええ、もちろん!」
フルールは屈託なく答えた。蝶はくすっと笑うように、羽を動かした。
『君は、今日、気がついたことがあるはずだよ』
「気がついたこと? そうね、今日、生まれてはじめて宝石を見たの! とてもきれいだったわ! 私、宝石を使った美しいアクセサリーを作りたい! それで、宝石が持つ美しさを、みんなに伝えたいの! いつか、誰もが、この小さな石を身につけることができるようになったら、素敵だわ!」
『そうなったら、素敵だね』
また、蝶はくすっと笑うように、羽を動かした。
『君の真っ直ぐな思いは、いつか、この街に奇跡を起こす。その日まで、自分を信じて、前に進むんだ……』
そう言うと、オレンジ色の蝶は、ふわりと空高く舞い上がっていった。高く、高く、上層のほうへと、飛んでいった。
『いつか、君に会えると信じている。僕は、上層の神殿で暮らしている。君たち中層の人は、知らないだろうけど……』
突然、強い風が吹いてきて、オレンジ色の蝶の声は聞こえなくなった。周辺に咲き誇っていた花は、まるで、踏み荒らされたようにぐちゃぐちゃになっていた。
鳥のさえずりを聞いて、フルールは目を覚ました。フルールはベッドの上で大きく背伸びをした。
「ああ、なんだかいい夢を見たわ。奇跡……もし、そんなことが起こったら、とても素敵ね。さあ、今日から新しいアクセサリー作り、頑張らなくちゃ!」
それから数日間、フルールは、宝石のことやその扱い方を勉強した。アルベールは宝石図鑑や、宝石を使ったアクセサリーの作り方の載った本もくれた。これも不要品らしい。宝石図鑑には、どの蝶からどの宝石がとれるかということまで書いてあった。
フルールは、宝石図鑑をぱたんと閉じて、窓を見つめた。いつの間にか、西日が差し込む時間になっていた。西日を見ると、ときどき、死んだ父親と宝石について語ったあの日のことを思い出すのだ。
「この間降ってきた石は、このページに載っている、トパーズだと思うわ。ああ、拾い集めてとっておけばよかった。でも、ごみをあさっているところ、誰かに見られたら恥ずかしいわね」
この都市では、浅ましいことをすると、「蛾のような奴」と言われてしまう。蝶はあんなにもきれいで、みんなが愛しているのに、よく似た蛾は、とにかく嫌われている。しかし、神の教えによると、どちらも「パピヨン」なのだ。
『パピヨン、パピヨン、きれいなパピヨン、どうかどうか、とまっておくれ、わたしをきれいに飾っておくれ』
この間酒場で見た、あの美しい蝶のことを思い出しながら、フルールは好きな歌を口ずさんだ。フルールの母アンリエットも、この歌が好きだった。
(そういえば、お母さん、この歌を、変な替え歌にして歌っていたわね)
フルールは窓の外を見上げて、しばし考えたが、何しろ幼い頃のことでよく思い出せなかった。風に吹かれて、店の小さな看板が、きいきいと音を立てて揺れていた。
看板には、『アクセサリー店パピヨン』と書いてある。フレデリクとアンリエットが開店させたこの店を、一人娘のフルールは、自ら望んで跡を継いだ。
「さあて、今から、アクセサリー作りを始めるわよ!」
フルールは椅子から勢いよく立ち上がった。
直方体の形をした銀を、真っ赤になるまで炉で熱した。ジュエリー加工机の上に置いた石の上に置き、すかさず、それをローラーで、薄く平らに延ばしていく。
「ええと、この金を鉄線に巻きつけるようにして、形を整えたら、鉄線を抜く……」
フルールは、金槌などを使って、なんとか、その工程をやり遂げた。小さな口径のパイプが出来上がった。パイプの上に、アルベールからもらった、ジルコンという青い宝石のかけら――小さい宝石のことは、メレと呼ぶらしい――を、そっと載せた。
「よし、大きさもばっちりね」
続いては、宝石を巻き込み、留めるための爪となる、細い丸線を作る。
「ローラーで、地金を限界まで絞って、細長い角棒を作る。それを叩いて、八角形にして、穴のあいた線引き板に通して、力一杯、引く!」
フルールが全身の力を込めて地金を引くと、地金は細い細い丸線になった。
「最後に、この丸線とさっきのパイプを組み合わせて、石がおさまる、石座を完成させるのね」
フルールは二本の爪がある石座を作ることにした。まずはパイプの中を削って、宝石がきちんと収まるよう、微調整していく。次に、パイプを三ミリメートルほどの長さで、いくつか切り分けた。短く切った丸線をパイプの合わせ目の上へ持っていき、金ロウをつけた。反対側も同じように爪をつけたら、片方の爪のみヤットコで内側に折って、あとはヤスリできれいに磨き上げて、石座の完成だ。
「できたあ! ものすごい根気と、集中力のいる作業ね。……でも」
フルールは、アルベールの言葉を思い出した。
『一番集中力がいるのは、石を留めるところです。何しろ、そこで魂を込めることによって、宝石は真の力を発揮すると言われておりますので』
フルールはため息をつき、束の間、目を閉じて身体を休めた。
「さて、ここ一番よ。集中、集中。丁寧に丁寧に作業しないと、宝石が欠けたり、割れたり、傷ついたりするのよ」
フルールは自分に言い聞かせた。フルールがもらってきたくず宝石のいくつかは、石留によって傷ついたものらしい。しかし、その宝石は、目に見えて傷ついている石ではない。見た目も美しい。けれども、目に見えないほんのわずかな傷があるだけで、石からは魔力が消えてなくなってしまうらしい。
「ええと、爪をヤットコで外側に広げて、メレ用のタガネを使って石を入れる」
フルールは、メレ用タガネの先端に水をつけ、その水の力で宝石をタガネにくっつけ、石座の中に宝石を収めた。爪を少しだけ倒し、長さを確認し、長い部分は切り取った。ヤスリで整え、タガネを使って、爪を倒して、丸く留めた。
(どうか、きれいなアクセサリーとして生まれ変わりますように!)
祈るような気持ちで一つ一つ作業するうちに、台座にはまった石が出来上がった。台座に納まった宝石は、ますます輝いて、美しく見えた。
「できたわ! はじめてで、とても難しかったけど、作っていて、とても、楽しかった!」
フルールは、今までにない満足感を味わっていた。心がわくわくして、踊るようだ。
しばらく練習したのちに、銀細工の蝶の目玉として宝石をあしらったブローチや髪飾り、メレを数個組み合わせたネックレスなど、売り物になる作品を作れるようになった。フルールはアクセサリーを陳列棚に並べた。青い目玉の蝶のアクセサリーを、頭に飾ることにした。フルールの頭の上で、二匹の蝶が、機嫌よさげに舞っていた。フルールはお客さんがやってくるのを楽しみに待った。
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