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ひとかけらのパウンドケーキを口に運んだあと、リュシオルがニーナの方を向く。
「これ美味いなぁっ。もっとなぁいー?」
「あっ、あっ、ごめんね……もうないの……」
「ちぇー」
リュシオルはムッと唇を尖らせる。それからテーブルに並べられたお菓子を吟味し始める。
不服を見せたのは一瞬のことで、コロコロとした瞳はすぐに彼女から多種多様なお菓子へと移っていた。
にもかかわらず、ニーナはひどく動揺していた。
「あ、あう……次はもっと用意しておくから……」
「あはは、そんな泣きそうな顔しなくていーじゃん。
リュシオル、別に気にしてねえと思うよ」
傍らにいるもう一人の少年が柔らかい笑みを浮かべ、ひょうきんに振る舞う。
彼――エリオはブルーノと同じく、リュシオルの友人だ。
リュシオルよりも一回りかそれ以上に背丈が大きく、顔立ちも大人っぽい。
その容姿に見合うよう声や話し方、所作も青年に近いが、
短い脚衣から覗く細い膝や華奢な骨格等は未成熟さを残している。
「うんっ。おれ、これが一番好きだけど、
でもおねえさんのお菓子はなんでも美味しいんだぞ」
リュシオルが残ったお菓子へと手を伸ばす。
手近なクッキーを食み「んー♪」と唸って頬を押さえる様子は上機嫌そのものだが、
ニーナはやはりどこか不安げな表情だ。
「あっ、口……ついてるよ」
「んー、ここ?」
「そっちじゃなくて……」
「んー?」
しばし黙って見守っていたが、やがてニーナは困り笑顔を浮かべてリュシオルの頬に触れる。
すると、リュシオルが掌にすりすり頬を擦りつけてきた。
「んふふ」
「もう……」
小動物のような仕草に思わず口元を綻ばせるが、
しかし、面白くなさそうなのがエリオだ。
「リュシオルくんって子どもっぽいよなー」
「なんだよ、悪口かー?」
ニーナに甘え、いたずらっ子のようにニヤついていたリュシオルがパッ、と表情を切り替える。
エリオは唇を尖らせながら続ける。
「ううん。でも、同じ一人っ子でこうも違うもんかねぇって。
俺は一人だからこそしっかりしろって言われまくったのにさ」
「ふたりとも、きょうだいはいないの?」
「うんっ」
「そうだよ」
ニーナは両者を見比べたあと、ひとり得心したよう頷いた。
なるほど。甘やかされて育った一人っ子ならば、
リュシオルの大人から拒まれることを知らない、天真爛漫な振る舞いにも納得がいく……。
彼と比べると、エリオは大人っぽい……というよりも、少し冷めているような、
物事や対象に対して距離を測りながら接する慎重さがあるように思えた。
それは彼と過ごした短い時間の中でも感じることであり、
ニーナは彼を好ましく思いながらも年齢に見合わない落ち着きを少し怖く思った。
ぼんやりと彼を見つめていると、エリオが猫のように目を見開き、それからススス、とにじり寄ってくる。
何をする気だろうか、とそのままにしておけば、ちょこん、と肩に顎を乗せてきた。
アーモンド形のツンと吊り上がった目は気性の激しさや意志の強さを連想させて、所謂大人ウケはあまりしないだろう。
どこか斜に構えた態度を取る理由のうちのひとつなのかもしれない。
「ん、どうしたの……?」
「べーつにっ」
「そう……?」
(『甘えていいのよ』って面と向かって言っていいものなの?
却って気を遣わせない?
この年頃の子って難しいだろうし…………)
あんず色のいたいけな瞳の奥は妙に空々しく、どこか遠くを見ているかのような面持ちがあった。
ニーナは相変わらず抵抗もせず、エリオの好きにさせておいた。
すると、エリオがそっと手を重ねてくる。
ニーナは膝を崩して座っており、片手は膝の上に、もう片方は身体を支える風に後ろに置いてある。
見える位置にある手を素直に取ればいいのに、エリオはわざわざ後ろ側の手に触れてきた。
ニーナは恥ずかしがっているのだろうかと解釈した。
エリオがつん、つんと指の先で甲を突いてくる。
くすぐったさに反応して見つめてやると彼はこてんと首を傾げて微笑む。
大胆なわりに妙に奥ゆかしい仕草だった。
ポ、と頬に熱が灯るのがわかった。
「リュシオルくんのわがままに困ったら言ってねぇ。俺の言うことなら聞くし多分」
「えっ!? あ、ありがとう……?」
困惑混じりにはにかむと、リュシオルがすかさず反応する。
「わがままなんか言わないんだぞっ。
ねー、おねえさん、そうだよね!? おれいつもいいこだよねー」
唇をへの字にして、リュシオルはニーナの隣に来る。
そして、腕に巻き付き、エリオから奪い取るよう自分の方に抱き寄せる。
そうするとエリオも表情の見えにくい顔に少し不機嫌な色を浮かべて、
リュシオルの真似をするようにニーナの腕を抱き、軽く引っ張る。
「あっ、あっ……喧嘩しないでぇ……」
二人の少年に挟まれた状態でニーナはおどおどと宥める。
二人がきょとんとした顔をする。
「けんかぁ~?」
「俺たち取り合いごっこしてるだけだって」
「一緒にごっこするくらい仲良しなんだぞ」
ヒリついた空気は何だったのか、一転して彼らはニコニコとしている。
両側から男子の力で押し合いへし合いされて、ゆさゆさ揺さぶられながら、
ニーナは不思議な表情をする。
「そ、そう……?」
リュシオルが抱き着く力を強くする。
それに応えるよう、エリオも腕を抱き締める。
痛みのある強さではなかったが、ニーナはほとんど動けないよう押さえられていた。
「お菓子は食べ終わっちゃったからなぁ、今度はこっちであそびたいんだぞ」
そうして、リュシオルが小さく呟いた。
無垢にきゃ、きゃとはしゃいでいた声色が、艶な調べに切り替わった瞬間だった。
ニーナはぞくりと震え、身体が疼くのを感じた。
「これ美味いなぁっ。もっとなぁいー?」
「あっ、あっ、ごめんね……もうないの……」
「ちぇー」
リュシオルはムッと唇を尖らせる。それからテーブルに並べられたお菓子を吟味し始める。
不服を見せたのは一瞬のことで、コロコロとした瞳はすぐに彼女から多種多様なお菓子へと移っていた。
にもかかわらず、ニーナはひどく動揺していた。
「あ、あう……次はもっと用意しておくから……」
「あはは、そんな泣きそうな顔しなくていーじゃん。
リュシオル、別に気にしてねえと思うよ」
傍らにいるもう一人の少年が柔らかい笑みを浮かべ、ひょうきんに振る舞う。
彼――エリオはブルーノと同じく、リュシオルの友人だ。
リュシオルよりも一回りかそれ以上に背丈が大きく、顔立ちも大人っぽい。
その容姿に見合うよう声や話し方、所作も青年に近いが、
短い脚衣から覗く細い膝や華奢な骨格等は未成熟さを残している。
「うんっ。おれ、これが一番好きだけど、
でもおねえさんのお菓子はなんでも美味しいんだぞ」
リュシオルが残ったお菓子へと手を伸ばす。
手近なクッキーを食み「んー♪」と唸って頬を押さえる様子は上機嫌そのものだが、
ニーナはやはりどこか不安げな表情だ。
「あっ、口……ついてるよ」
「んー、ここ?」
「そっちじゃなくて……」
「んー?」
しばし黙って見守っていたが、やがてニーナは困り笑顔を浮かべてリュシオルの頬に触れる。
すると、リュシオルが掌にすりすり頬を擦りつけてきた。
「んふふ」
「もう……」
小動物のような仕草に思わず口元を綻ばせるが、
しかし、面白くなさそうなのがエリオだ。
「リュシオルくんって子どもっぽいよなー」
「なんだよ、悪口かー?」
ニーナに甘え、いたずらっ子のようにニヤついていたリュシオルがパッ、と表情を切り替える。
エリオは唇を尖らせながら続ける。
「ううん。でも、同じ一人っ子でこうも違うもんかねぇって。
俺は一人だからこそしっかりしろって言われまくったのにさ」
「ふたりとも、きょうだいはいないの?」
「うんっ」
「そうだよ」
ニーナは両者を見比べたあと、ひとり得心したよう頷いた。
なるほど。甘やかされて育った一人っ子ならば、
リュシオルの大人から拒まれることを知らない、天真爛漫な振る舞いにも納得がいく……。
彼と比べると、エリオは大人っぽい……というよりも、少し冷めているような、
物事や対象に対して距離を測りながら接する慎重さがあるように思えた。
それは彼と過ごした短い時間の中でも感じることであり、
ニーナは彼を好ましく思いながらも年齢に見合わない落ち着きを少し怖く思った。
ぼんやりと彼を見つめていると、エリオが猫のように目を見開き、それからススス、とにじり寄ってくる。
何をする気だろうか、とそのままにしておけば、ちょこん、と肩に顎を乗せてきた。
アーモンド形のツンと吊り上がった目は気性の激しさや意志の強さを連想させて、所謂大人ウケはあまりしないだろう。
どこか斜に構えた態度を取る理由のうちのひとつなのかもしれない。
「ん、どうしたの……?」
「べーつにっ」
「そう……?」
(『甘えていいのよ』って面と向かって言っていいものなの?
却って気を遣わせない?
この年頃の子って難しいだろうし…………)
あんず色のいたいけな瞳の奥は妙に空々しく、どこか遠くを見ているかのような面持ちがあった。
ニーナは相変わらず抵抗もせず、エリオの好きにさせておいた。
すると、エリオがそっと手を重ねてくる。
ニーナは膝を崩して座っており、片手は膝の上に、もう片方は身体を支える風に後ろに置いてある。
見える位置にある手を素直に取ればいいのに、エリオはわざわざ後ろ側の手に触れてきた。
ニーナは恥ずかしがっているのだろうかと解釈した。
エリオがつん、つんと指の先で甲を突いてくる。
くすぐったさに反応して見つめてやると彼はこてんと首を傾げて微笑む。
大胆なわりに妙に奥ゆかしい仕草だった。
ポ、と頬に熱が灯るのがわかった。
「リュシオルくんのわがままに困ったら言ってねぇ。俺の言うことなら聞くし多分」
「えっ!? あ、ありがとう……?」
困惑混じりにはにかむと、リュシオルがすかさず反応する。
「わがままなんか言わないんだぞっ。
ねー、おねえさん、そうだよね!? おれいつもいいこだよねー」
唇をへの字にして、リュシオルはニーナの隣に来る。
そして、腕に巻き付き、エリオから奪い取るよう自分の方に抱き寄せる。
そうするとエリオも表情の見えにくい顔に少し不機嫌な色を浮かべて、
リュシオルの真似をするようにニーナの腕を抱き、軽く引っ張る。
「あっ、あっ……喧嘩しないでぇ……」
二人の少年に挟まれた状態でニーナはおどおどと宥める。
二人がきょとんとした顔をする。
「けんかぁ~?」
「俺たち取り合いごっこしてるだけだって」
「一緒にごっこするくらい仲良しなんだぞ」
ヒリついた空気は何だったのか、一転して彼らはニコニコとしている。
両側から男子の力で押し合いへし合いされて、ゆさゆさ揺さぶられながら、
ニーナは不思議な表情をする。
「そ、そう……?」
リュシオルが抱き着く力を強くする。
それに応えるよう、エリオも腕を抱き締める。
痛みのある強さではなかったが、ニーナはほとんど動けないよう押さえられていた。
「お菓子は食べ終わっちゃったからなぁ、今度はこっちであそびたいんだぞ」
そうして、リュシオルが小さく呟いた。
無垢にきゃ、きゃとはしゃいでいた声色が、艶な調べに切り替わった瞬間だった。
ニーナはぞくりと震え、身体が疼くのを感じた。
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