上 下
11 / 16

10 手と手を重ねて

しおりを挟む
まだ青かった葉っぱは枯れて落ちて、庭の隅に山を作っている。

わたしは山同士をくっつけるみたいに何度も箒を往復させる。

冷たい風が頬を撫でる。

王都の風は故郷のカラカラとした風とちょっと違う。
乾いていて、それなのにちょっと湿ってる感じがして、冷たい。

「パウリナさん。こんにちは」
「あ、殿下!」

振り返ると殿下はちょっとムッとした顔をしている。

「アルフさん……!」
「ふふ。正解です」

言い直すと彼はわたしの鼻の先に指を突き付けて丸を描いた。

「お暇でしょうか?」

殿下はわたしよりも小柄だし、顔立ちもどちらかというと可愛らしい印象が強い。
小首を傾げてニコッとしていると年下の男の子って感じで弟みたいだ。

「はい、あとはちょっと休憩してからお昼ご飯なんで」
「そうですか。では昼食が出来るまで少しばかり付き合っていただけますか?」

しゃなりと手を差し出してくる様子は一転、大人っぽさを感じさせる。

「……といっても、大した用事があるわけではないのですけれども」
「そうなんですか?」
「パウリナさんに会いたかったんです。
……だから、理由を探してみたのですが、
あなたに会いたい、以上のものが見つからなくて。
……来ちゃいました」

わたしの目は真っすぐに射貫かれている。

暗闇を閉じ込めたみたいな深い色で、
けれどもつやつやのベリーみたいに光っている。

吸い込まれてしまいそうな不思議な瞳だ。

じっと見たことなかったとか、
なんでこんなに真っすぐな目を向けられるんだろうとか、
ぽや、とした感想が浮かぶ。

でもたしかな形にはならない。

頬も耳も、額も熱い。

なにか言葉にしようとしても考えていることはとろとろに溶けていって、
わたしは殿下を見つめ返すしかできなくなる。

「すみません。こうして訳もなく会いに来るのは迷惑でしょうか」

向かい合っていた顔がしゅん、とした表情に変わる。
こちらに伸ばされていた手も下ろされる。

「そんな、迷惑だなんて……!
わたしも殿下と……アルフさんと、お話しできると嬉しいです」

わたしは慌てて首を横に振った。

それでも殿下は晴れない表情をしている。

悲しんでいたり嫌がっていたりとも違う、考え込むような顔だった。

……何か変なことを言っちゃったのかな。

「その『嬉しい』というのは、単に社交辞令としてでしょうか。
それとも、私と会うことは足し引きのない状態を超えて喜ばしいということでしょうか」
「えっ? えっ?」

……よくわからない。
嬉しいから嬉しい。
殿下のことを迷惑だなんて思ったことないし、だから口にしただけだ。
そうした浅い言葉は却って傷つけてしまったのだろうか。

「わ、わかんない……です……、わたし、馬鹿だから、難しいことは……
でも、アルフさんと一緒にいると嬉しいし、楽しいし、
この時間がもっと続けばいいなって思います」

わたしはこれ以上どう伝えていいのかわからなくて、
でも黙っているのも違う気がして、思い付くままに喋っていた。

「そうですか。……そう、なんですね……」

すると殿下はもう一度何か考え込む素振りをした後に、パッと表情を切り替える。

「妙なことを訊いてしまい申し訳ありません。行きましょうか」

納得できる答えが見つかった、という風には見えなかった。

それでも当人が空気を切り替えようとしているのだから、
わたしはそれ以上に何か言うことを止めて、
殿下に手を引かれるまま歩き出した。

庭の景色はよく知っている。

けれども今は殿下が隣にいて、

「あの遠くに見える建物は王都の中で最も歴史があるんですよ」

「もうじきこの樹に果実が実るんです」

って一つ一つを説明してくれる。
いつもなんとなく眺めていたものたちが全部殿下の言葉で彩られていって、
わたしの中で形になっていく。

「あっ」

ぐる、と一周し終えた時には声を漏らしていた。
実家が丸ごと入っちゃうんじゃないか、ってくらい大きい庭で、
喋りながらだからゆっくり歩いていたのに、
あっという間に終わってしまった。

……寂しいな。

そう思いはしたけれども、
わたしからとも殿下からともつかないままに、結んでいた手が解けていく。

「ところで」
「はいっ」
「近頃、あなたの手が傷ついていて気になります……
この赤くなっている傷は、何か重大な病の兆しなのでは……?」

完全に解けてしまうより前に、
ひょい、とわたしの手を取って、殿下がひどく心配そうに言う。

「……殿下、もしかしてあかぎれを知らないんですか?」

面を食らった。

たしかに荒れちゃってはいるけれども……。

「大丈夫ですよっ。たぶん、水仕事が増えたからじゃないかなって思います。
故郷でも冬場はこうなっちゃうことがあって……」

殿下は解けかけていた指を絡め直してくる。
手のひらを合わせた形になったかと思えば、
今度はちょっと力を緩めて、彼の指が指の節ひとうひとつを確かめるように辿っていく。

わたしより一回り小さいし、傷一つなくてすべすべとしている。
でもちゃんと男の子の手って感じなのが不思議だ。

「そうでしょうか……こうして近くで見ると、とても平気には思えません。
そうだ、医者を……」

大真面目に医者を呼びかねない気迫だった。

「だ、大丈夫です!! 大丈夫ですから!!」

ちょっと申し訳ないんだけど、パッ、と自分から指を離してわたしは必死に説得した。

「そうですか……本当に、そうでしょうか……ならいいのですが」

まだちょっと納得してなさそうな顔をしているけど、
取り敢えず医者を呼ぶことはなさそうだった。

そのあと殿下とお別れして、わたしはお仕事に戻った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

彼氏に別れを告げたらヤンデレ化した

Fio
恋愛
彼女が彼氏に別れを切り出すことでヤンデレ・メンヘラ化する短編ストーリー。様々な組み合わせで書いていく予定です。良ければ感想、お気に入り登録お願いします。

大嫌いな歯科医は変態ドS眼鏡!

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
……歯が痛い。 でも、歯医者は嫌いで痛み止めを飲んで我慢してた。 けれど虫歯は歯医者に行かなきゃ治らない。 同僚の勧めで痛みの少ない治療をすると評判の歯科医に行ったけれど……。 そこにいたのは変態ドS眼鏡の歯科医だった!?

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...