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10 手と手を重ねて
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まだ青かった葉っぱは枯れて落ちて、庭の隅に山を作っている。
わたしは山同士をくっつけるみたいに何度も箒を往復させる。
冷たい風が頬を撫でる。
王都の風は故郷のカラカラとした風とちょっと違う。
乾いていて、それなのにちょっと湿ってる感じがして、冷たい。
「パウリナさん。こんにちは」
「あ、殿下!」
振り返ると殿下はちょっとムッとした顔をしている。
「アルフさん……!」
「ふふ。正解です」
言い直すと彼はわたしの鼻の先に指を突き付けて丸を描いた。
「お暇でしょうか?」
殿下はわたしよりも小柄だし、顔立ちもどちらかというと可愛らしい印象が強い。
小首を傾げてニコッとしていると年下の男の子って感じで弟みたいだ。
「はい、あとはちょっと休憩してからお昼ご飯なんで」
「そうですか。では昼食が出来るまで少しばかり付き合っていただけますか?」
しゃなりと手を差し出してくる様子は一転、大人っぽさを感じさせる。
「……といっても、大した用事があるわけではないのですけれども」
「そうなんですか?」
「パウリナさんに会いたかったんです。
……だから、理由を探してみたのですが、
あなたに会いたい、以上のものが見つからなくて。
……来ちゃいました」
わたしの目は真っすぐに射貫かれている。
暗闇を閉じ込めたみたいな深い色で、
けれどもつやつやのベリーみたいに光っている。
吸い込まれてしまいそうな不思議な瞳だ。
じっと見たことなかったとか、
なんでこんなに真っすぐな目を向けられるんだろうとか、
ぽや、とした感想が浮かぶ。
でもたしかな形にはならない。
頬も耳も、額も熱い。
なにか言葉にしようとしても考えていることはとろとろに溶けていって、
わたしは殿下を見つめ返すしかできなくなる。
「すみません。こうして訳もなく会いに来るのは迷惑でしょうか」
向かい合っていた顔がしゅん、とした表情に変わる。
こちらに伸ばされていた手も下ろされる。
「そんな、迷惑だなんて……!
わたしも殿下と……アルフさんと、お話しできると嬉しいです」
わたしは慌てて首を横に振った。
それでも殿下は晴れない表情をしている。
悲しんでいたり嫌がっていたりとも違う、考え込むような顔だった。
……何か変なことを言っちゃったのかな。
「その『嬉しい』というのは、単に社交辞令としてでしょうか。
それとも、私と会うことは足し引きのない状態を超えて喜ばしいということでしょうか」
「えっ? えっ?」
……よくわからない。
嬉しいから嬉しい。
殿下のことを迷惑だなんて思ったことないし、だから口にしただけだ。
そうした浅い言葉は却って傷つけてしまったのだろうか。
「わ、わかんない……です……、わたし、馬鹿だから、難しいことは……
でも、アルフさんと一緒にいると嬉しいし、楽しいし、
この時間がもっと続けばいいなって思います」
わたしはこれ以上どう伝えていいのかわからなくて、
でも黙っているのも違う気がして、思い付くままに喋っていた。
「そうですか。……そう、なんですね……」
すると殿下はもう一度何か考え込む素振りをした後に、パッと表情を切り替える。
「妙なことを訊いてしまい申し訳ありません。行きましょうか」
納得できる答えが見つかった、という風には見えなかった。
それでも当人が空気を切り替えようとしているのだから、
わたしはそれ以上に何か言うことを止めて、
殿下に手を引かれるまま歩き出した。
庭の景色はよく知っている。
けれども今は殿下が隣にいて、
「あの遠くに見える建物は王都の中で最も歴史があるんですよ」
「もうじきこの樹に果実が実るんです」
って一つ一つを説明してくれる。
いつもなんとなく眺めていたものたちが全部殿下の言葉で彩られていって、
わたしの中で形になっていく。
「あっ」
ぐる、と一周し終えた時には声を漏らしていた。
実家が丸ごと入っちゃうんじゃないか、ってくらい大きい庭で、
喋りながらだからゆっくり歩いていたのに、
あっという間に終わってしまった。
……寂しいな。
そう思いはしたけれども、
わたしからとも殿下からともつかないままに、結んでいた手が解けていく。
「ところで」
「はいっ」
「近頃、あなたの手が傷ついていて気になります……
この赤くなっている傷は、何か重大な病の兆しなのでは……?」
完全に解けてしまうより前に、
ひょい、とわたしの手を取って、殿下がひどく心配そうに言う。
「……殿下、もしかしてあかぎれを知らないんですか?」
面を食らった。
たしかに荒れちゃってはいるけれども……。
「大丈夫ですよっ。たぶん、水仕事が増えたからじゃないかなって思います。
故郷でも冬場はこうなっちゃうことがあって……」
殿下は解けかけていた指を絡め直してくる。
手のひらを合わせた形になったかと思えば、
今度はちょっと力を緩めて、彼の指が指の節ひとうひとつを確かめるように辿っていく。
わたしより一回り小さいし、傷一つなくてすべすべとしている。
でもちゃんと男の子の手って感じなのが不思議だ。
「そうでしょうか……こうして近くで見ると、とても平気には思えません。
そうだ、医者を……」
大真面目に医者を呼びかねない気迫だった。
「だ、大丈夫です!! 大丈夫ですから!!」
ちょっと申し訳ないんだけど、パッ、と自分から指を離してわたしは必死に説得した。
「そうですか……本当に、そうでしょうか……ならいいのですが」
まだちょっと納得してなさそうな顔をしているけど、
取り敢えず医者を呼ぶことはなさそうだった。
そのあと殿下とお別れして、わたしはお仕事に戻った。
わたしは山同士をくっつけるみたいに何度も箒を往復させる。
冷たい風が頬を撫でる。
王都の風は故郷のカラカラとした風とちょっと違う。
乾いていて、それなのにちょっと湿ってる感じがして、冷たい。
「パウリナさん。こんにちは」
「あ、殿下!」
振り返ると殿下はちょっとムッとした顔をしている。
「アルフさん……!」
「ふふ。正解です」
言い直すと彼はわたしの鼻の先に指を突き付けて丸を描いた。
「お暇でしょうか?」
殿下はわたしよりも小柄だし、顔立ちもどちらかというと可愛らしい印象が強い。
小首を傾げてニコッとしていると年下の男の子って感じで弟みたいだ。
「はい、あとはちょっと休憩してからお昼ご飯なんで」
「そうですか。では昼食が出来るまで少しばかり付き合っていただけますか?」
しゃなりと手を差し出してくる様子は一転、大人っぽさを感じさせる。
「……といっても、大した用事があるわけではないのですけれども」
「そうなんですか?」
「パウリナさんに会いたかったんです。
……だから、理由を探してみたのですが、
あなたに会いたい、以上のものが見つからなくて。
……来ちゃいました」
わたしの目は真っすぐに射貫かれている。
暗闇を閉じ込めたみたいな深い色で、
けれどもつやつやのベリーみたいに光っている。
吸い込まれてしまいそうな不思議な瞳だ。
じっと見たことなかったとか、
なんでこんなに真っすぐな目を向けられるんだろうとか、
ぽや、とした感想が浮かぶ。
でもたしかな形にはならない。
頬も耳も、額も熱い。
なにか言葉にしようとしても考えていることはとろとろに溶けていって、
わたしは殿下を見つめ返すしかできなくなる。
「すみません。こうして訳もなく会いに来るのは迷惑でしょうか」
向かい合っていた顔がしゅん、とした表情に変わる。
こちらに伸ばされていた手も下ろされる。
「そんな、迷惑だなんて……!
わたしも殿下と……アルフさんと、お話しできると嬉しいです」
わたしは慌てて首を横に振った。
それでも殿下は晴れない表情をしている。
悲しんでいたり嫌がっていたりとも違う、考え込むような顔だった。
……何か変なことを言っちゃったのかな。
「その『嬉しい』というのは、単に社交辞令としてでしょうか。
それとも、私と会うことは足し引きのない状態を超えて喜ばしいということでしょうか」
「えっ? えっ?」
……よくわからない。
嬉しいから嬉しい。
殿下のことを迷惑だなんて思ったことないし、だから口にしただけだ。
そうした浅い言葉は却って傷つけてしまったのだろうか。
「わ、わかんない……です……、わたし、馬鹿だから、難しいことは……
でも、アルフさんと一緒にいると嬉しいし、楽しいし、
この時間がもっと続けばいいなって思います」
わたしはこれ以上どう伝えていいのかわからなくて、
でも黙っているのも違う気がして、思い付くままに喋っていた。
「そうですか。……そう、なんですね……」
すると殿下はもう一度何か考え込む素振りをした後に、パッと表情を切り替える。
「妙なことを訊いてしまい申し訳ありません。行きましょうか」
納得できる答えが見つかった、という風には見えなかった。
それでも当人が空気を切り替えようとしているのだから、
わたしはそれ以上に何か言うことを止めて、
殿下に手を引かれるまま歩き出した。
庭の景色はよく知っている。
けれども今は殿下が隣にいて、
「あの遠くに見える建物は王都の中で最も歴史があるんですよ」
「もうじきこの樹に果実が実るんです」
って一つ一つを説明してくれる。
いつもなんとなく眺めていたものたちが全部殿下の言葉で彩られていって、
わたしの中で形になっていく。
「あっ」
ぐる、と一周し終えた時には声を漏らしていた。
実家が丸ごと入っちゃうんじゃないか、ってくらい大きい庭で、
喋りながらだからゆっくり歩いていたのに、
あっという間に終わってしまった。
……寂しいな。
そう思いはしたけれども、
わたしからとも殿下からともつかないままに、結んでいた手が解けていく。
「ところで」
「はいっ」
「近頃、あなたの手が傷ついていて気になります……
この赤くなっている傷は、何か重大な病の兆しなのでは……?」
完全に解けてしまうより前に、
ひょい、とわたしの手を取って、殿下がひどく心配そうに言う。
「……殿下、もしかしてあかぎれを知らないんですか?」
面を食らった。
たしかに荒れちゃってはいるけれども……。
「大丈夫ですよっ。たぶん、水仕事が増えたからじゃないかなって思います。
故郷でも冬場はこうなっちゃうことがあって……」
殿下は解けかけていた指を絡め直してくる。
手のひらを合わせた形になったかと思えば、
今度はちょっと力を緩めて、彼の指が指の節ひとうひとつを確かめるように辿っていく。
わたしより一回り小さいし、傷一つなくてすべすべとしている。
でもちゃんと男の子の手って感じなのが不思議だ。
「そうでしょうか……こうして近くで見ると、とても平気には思えません。
そうだ、医者を……」
大真面目に医者を呼びかねない気迫だった。
「だ、大丈夫です!! 大丈夫ですから!!」
ちょっと申し訳ないんだけど、パッ、と自分から指を離してわたしは必死に説得した。
「そうですか……本当に、そうでしょうか……ならいいのですが」
まだちょっと納得してなさそうな顔をしているけど、
取り敢えず医者を呼ぶことはなさそうだった。
そのあと殿下とお別れして、わたしはお仕事に戻った。
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