恋を知らない少年王は田舎者聖女を囚えたい

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09 変わった使用人

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今日は週に一度の大掃除の日だ。

普段の清掃に加えて、台所の焦げ汚れとか、暖炉の煤とか、
そういうちょっと大変なやつをパパッとまとめて落とす回。
何人かでやるんだ。

今日わたしが組むのはノベルナさん。

何度か話したことがあるけれども、
彼女はいつもそれとなく話を切り上げたり、ふい、とどこかに行ってしまったりする。

嫌われている……わけではないと思うんだけど、なんというか距離を感じる人だ。

「結構しっかり汚れてるものなんですねぇ、
外からだとピカピカに見えるのに」
「……」
「あ……あー……、あのぉ……。窓! 窓開けてもらえます!?
わたし薬の臭いでクラクラしちゃって」

今は二人でランタンの煤を掃除中だ。

あははー、って笑い飛ばしながら、
わたしは十数個はあるランタンを磨くために延々と手を動かす。

ノベルナさんが無言で窓を開けてくれる。

そう、無視はされていないんだ。

ただやっぱり、何となく、他の人とは違うなって。

あんまり人と関わりたくない感じなのかなとも思ったけど、
コルニさんとかとは普通に接しているみたいだし。

……やっぱり、わたし個人のことが……!?

「……どうしたんですか?」

ふと顔をあげてみると彼女と目が合った。

ノベルナさんは窓際に立ったまま動かない。

そよそよと弱い風が部屋に入ってきて、埃っぽい空気が少し入れ替わる。
背から風を受けて彼女の給仕服やキャップがはらはらと揺れている。
逆光で表情まではよく見えなかった。

「ノベルナさーん……? ……っ!!」

……埃と煤のせいかくしゃみが出ちゃった。

「あはは……」

照れ笑いを浮かべて、誤魔化そうとした瞬間。

「もう少し外の声に耳を貸してみれば」

ノベルナさんがポツリと呟いた。

「外の声って……助言のことですか?
うー……これでも聴いてるつもりですけど」
「そうね、あんた物覚えはいいし誰彼構わず敬うし、いい子よ。
でもね、」

そこで一度区切ってからノベルナさんは何かを考え込む。

「……ねえ。一度くらい考えたことないの?
ここにいる人間とあんたの違い。
取り違えないで。別に平民や田舎者だからって言っているわけじゃないの。
ここにいる、公爵殿下の周りにいる人間はね、
あんた以外の全員が身内みたいなものなのよ。
あんたがここに来る前からずっと繋がりがある…………公爵殿下側の人間なのよ。
……自分が今、蟻地獄にいるかもしれないこと、
見えているものは砂上の幸福かもしれないことを自覚すべきよ」

まるでそれまで溜まっていたものを全部吐き出すみたいだった。

相槌すら挟まずにほとんど一方的にまくし立てるその様子は、
……急き立てられている?

殿下と近しい上級使用人、つまりはジークフリートさんとコルニさんは長く王宮に仕えているらしい。
ノベルナさん含む他の使用人も貴族の子息子女や
既にどこかの邸で奉公していたことがあってその働きを評価された人だ。

でもみんな除け者にしたりせず、
何も知らないわたしに一からものや礼儀作法を教えてくれた。
ノベルナさんだって、今まで何となく遠巻きにされてる感じはあったけど、
こうして忠告してくれている。
内容はよくわかんないけど……。

どうしてそう悪い方に言うのかが理解できない。

「ごめんなさい、よくわかんないです。
でもノベルナさんってわたしのこと苦手なのかなーって思ってたんですけど、
もしかしてそうじゃないんですか」

窓辺に向かうと、ノベルナさんは手招きしてくる。
彼女が物陰にしゃがみ込むのに合わせてわたしもしゃがむ。

「誰でもいいの。いやよくはないけど、一度王宮の外の人間に触れて、客観的な評判を……」

ひそひそ話をするときみたいに肩がくっつきそうなほど近づいて喋る。

そうしたら、ほの暗かった部屋に突然光が差した。

「……ジークフリート執事長っ」

ドアノブを回す音にノベルナさんははじけ飛ぶよう立ち上がり、
そのまま向こうへ駆けていってしまった。

ジークフリートさんが様子を見に来たみたい。

「おや。進捗はいかがですかな」
「え、ええ。今終わりました」
「そうですか、それは結構。
手が空いているのでしたらコルニのところにでも行ってあげてくださいな」
「……はい、申し訳ありません」

ノベルナさんはそのまま廊下に出て行って、
入れ替わるようにジークフリートさんが中へ入って来る。

「こっちも終わってます!」
「おや失礼。
……パウリナさんは庭番のところへ向かってください。
手が足りていないそうなので」

ジークフリートさんはホホ、と笑って、拭き終わったランタンを一つ手に取る。
後のことは任せてってことだろう。

わたしは指示に従って中庭へ向かった。

「お疲れ様ですー、何か手伝うことありますか?」
「ああ、メイドに出来ることって……、って、あんたか……。
土嚢持ってきてくれ、積んであるからすぐわかるさ」

庭師の……名前はわからない人。
彼はわたしを一瞥すると花壇へ向き直った。

わたしは言われた通り土嚢を抱えて彼のもとに戻った。

「おお、助かったよ」

庭師は麻袋を開けて花壇に土を継ぎ足していく。

「植え替えですか?」
「ああ。向こうに小さい花壇があるだろう。
そこからこいつらを持ってきているんだ」

くいくい、と肘で指された方を見ると箱が置かれている。
中には掌に乗るほどの植木鉢が並んでいて、花が植えられている。

「これがなかなか気難しい奴でな。若葉の頃は貧弱で、
ある程度育ってからは広くて十分に陽のあたる場所に移してやらないといけない。
ただ移せばいいってわけじゃない。
早すぎると根が張らねえ、遅すぎると育ち切らねえで、あっという間に萎れちまうんだ」
「なるほどー……お花のことわかんないですけど大変そうですね」
「ああ。一度根っこからイカれちまったものはどうしようもない、
後になって薬をドバドバやろうが治らねえよ。だから俺らで気を遣う必要がある。
イカれたものを蘇らせたいっていうなら、それこそ神に逆らって……」
「それこそ?」
「いや、いや。なんでもない。今の聞かなかったことにしてくれよ。
……そもそもこの種はここクランリッツェに居ないっていうのに、
陛下と第一位さまの頼みとありゃねえ」

陛下は国王陛下のことだとして、

「第一位さま?」
「えっ? あんた知らないのか? ほら、オルフレール公爵殿下の兄上だよ。
あー……まあ、殿下との関係はちょっとアレなんでな、
殿下が自分から話題に出すことはないかもしれないが」
「王になるかならないかで争ってるんですもんね」
「……まあな」

……兄弟なのに争わなきゃいけないって大変だな。

故郷でも誰が家や畑を継ぐか、って話はあったし、
激しい争いになることもあった。

自分たちだけじゃなく国も掛かっているんだから、
殿下とお兄さんが背負っているのはわたしには想像もつかないものだろう。

「兄君は今、他所に偵察へ行っているから顔を合わせることないだろうし、
先に言ったよう殿下が自分から兄君の話をすることないだろうが、
あんたも気を付けるんだぞ」

彼はそういって作業へと戻っていく。

「わかりました。
……お花、きれいに咲くといいですね」

いくつかの鉢は既に蕾んでいる。

白い蕾は先の方になるにつれほんのりと色づいている。

この小さな蕾はどんな花になるんだろう。

……殿下は御部屋に飾ったら喜んでくれるのかな。
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