恋を知らない少年王は田舎者聖女を囚えたい

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07-02 王宮での生活

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「パウリナさんはどうして私のことを公爵殿下と呼ぶのでしょうか?」
「へっ……?」

あんまりにも唐突に、
全然訊かれると思ってなかったことを訊かれて間抜けな声を漏らしてしまった。
どうしても何も、公爵殿下は公爵殿下だからだ。

「アルフで構いませんよ。敬語も要りません」
「で、できません、そんなこと……っ」

アルフというのは殿下のお名前オルフレールの愛称だ。
当たり前だけどわたしみたいな身分の人間が呼んでいい名じゃない。
そのうえ敬語すら要らないって……いくら馬鹿で田舎者のわたしでもまずいことはわかる。

たとえ本人のお願いでも聞くことはできない。

「ここの者たちはみな私のことを敬います。本心がどうであれ、ね。
あなたのように無邪気に接してくれる人間など存在しません」
「無邪気っていうか……あ、あの日のことなら、何にも考えてなかったからで……。
ひーっ……! 思い出したら自分でも怖くなるんですよ!」
「うふふ、そうですよ、その反応です」
「へ?」
「おべっかも嘘も使わないで、あなたは自分の思ったことを表現してくれる。
それが心地いいのです。
そうした関係には、オルフレールや公爵殿下という呼び方よりも、
アルフの方が似合っていると思いませんか?」
「う、うーん……? でも……」
「では、せめて二人きりの時だけでもアルフと呼んでください」

二人っきり……二人っきりの時なら……いいのかなあ?

「アルフ……さん?」
「ふふ。まぁ、いいでしょう」

殿下はふんふん上機嫌になっている。
満足してくれたのなら……よかった?

「そうそう、これはコルニから聞いたのですが……あなたの評判。上々でしたよ」
「本当ですか!?」
「ええ。力仕事を嫌がらず気が回り、環境面での不利を抱えながらも、
いち早く馴染むための努力をしている……大方こういった評でした」
「えへへー……。ありがとうございます、わたしなんかを……」

途端に殿下は少し顔をしかめる。

「それと……自分を卑下しがちだ、とも。
私もそのような言葉を口にするのはあまり良くないと思いますよ」

褒められることは嬉しいし、貰った言葉を疑うわけじゃない。

ただ真に受けすぎるのはよくない。
そういうの、驕り高ぶるっていうんだから。

「違いますよ、卑下とかじゃないんです。クセっていうか……」

最初はむっ、と唇を曲げて軽く咎めるようだったのに、
殿下はみるみると表情を曇らせていく。

「あなたのそうした振る舞い方は謙虚さの表れです。
でも、謙虚さも行き過ぎれば悪いものに染まってしまいそうで……」
「謙虚っていうか、あはは、わたし馬鹿だからせめて素直に……」
「そう、そうした態度です」

わたしの言葉を遮ってまで殿下は窘めてくる。
そのお顔は心の底から心配しているものだ。なんだかお父さんみたい。

「心配していただけるのは嬉しいですけど……」
「心配ですよっ、それはもう!
度し難い悪意を持った人間などどこにだっています。
この場所だって例外ではありません」
「みんないい人たちですよ!!」
「……意地悪をされたりは?」
「ないです!」
「そうですか……」

一応は納得してくれたのか、強張っていたのが少し解けた感じがする。

「それならば、といいたいところですが……。
ここに留まらせたのが私である以上、苦しみや悲しみを取り除くのは当然のことです。
……もし何か嫌なことがあるのならばすぐに申してくださいね。
必ずしや、より善い環境にしますから」

今でも贅沢だっていうのに、これ以上に良くしてもらったら……どうなるんだろう。

「大丈夫ですよ、アルフさん。わたしは大丈夫です」

心からの本音だ。
殿下はもちろん、コルニさんもジークフリートさんも、他の人たちもいいひとなんだから。

「そうですか。……どうかもっとご自分を大事にしてくださいね。
では……私はそろそろ」

そう言って殿下がふっ、と微笑む。どうやらお別れの時間みたい。

「あっ、最後に一つだけっ! ……お願いしてもいいですか?」
「はい。何でも言ってください」
「あんまり、気を遣わないでください。
お気持ちは嬉しいんです。
でも、わたし、そういう風にされると……どうしていいのか、わからなくて」

見送る寸前、ちょっとだけお願い事をすることにした。

「私は底意地の悪い男ですから。
気遣いと言われるような、無償の善意を奉げてはいませんよ」

すると殿下はからからと笑って答える。

「ですがあなたが望むのであればそうしましょう」

付け加えたあと、くるりと背中を向けてわたしの部屋を去っていく。
わたしは彼の背中が遠くなるまで見送って、ベッドへと向かった。
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