恋を知らない少年王は田舎者聖女を囚えたい

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07 王宮での生活

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王宮に置いてもらってから今日で3日目になる。

どう過ごすか好きに選んでいいって公爵殿下が言ってくれた。

わたしはせめて仕事をさせてくださいって頼んで、
王宮のメイドとして働くことになった。

「お疲れ様です。残りはこちらで済ませておきますから、
コルニのところに向かってください」

この人は執事長のジークフリートさん。使用人で一番偉い人。

「……あら。ジークフリートから手伝えと?
では、向こうに積んである乾燥済みのシーツを運んでもらえますか」

こっちの人はコルニさん。
主に女性の使用人を管理したり教育したりする人で、ジークフリートさんの次に偉い人。

「はーい、ここにある分は全部持って行っちゃっていいんですか?」
「ええ。ですが重いですよ、一度に運ばずとも……ああっ」
「へへーん、このくらい大丈夫ですよっ」

王宮には他にもたくさんの使用人がいる。

今日は洗濯と掃除をする日。
朝から客室を回って、シーツを交換したり壊れた物がないか点検したりしているんだ。

「あっ、ちょうどよかった。
ルナラさん、そこの角っこの部屋の扉! 開けてください!」

同じメイドのルナラさんだ。
声を掛けたら物置部屋の扉を全開にしてくれた。

「自分の顔よりうず高いもの持ってるんですもの、誰かと思った。
あんたそれ重くないの?」
「このくらい軽い軽いです」
「たくましいのね」

中に入ると皿とか針仕事のための生地とか……道具が雑多に積んである。

そして、わたしの足元には空っぽの抽斗が積まれている。

持っていたシーツを下ろして、抽斗の中に詰め込んでいく。
ルナラさんが側に来て仕舞うのを手伝ってくれた。

王宮には多くの子息令嬢が奉公に来ている。
わたしみたいな平民が急にやってきたらいい気持ちはしないだろうし、
意地悪だって覚悟していた。

だけど思っていたよりずっと親切にしてもらえている。

わたしは故郷で牧場や畑を手伝ったり、
お母さんの代わりに店の商品を運んだりしていたから力仕事に慣れている。

人間関係や仕事に慣れたかったし、役に立てるのがそういう方向でもあるから、
じゃんじゃん使ってくださいって頼んだ。

そうしたら、初日こそみんな遠慮がちだったけど、
だんだんと気軽にものを頼んでくれるようになった。

全員と気兼ねなく話せる、って感じではないけど、
全然楽しくやっていけている。

「つ、疲れた~っ!」

自室に戻ってわたしはベッドに思い切り飛び込んだ。

すっごくハードってわけではない。
でも、当たり前だけど故郷でやっていたこととは全然違うから、
慣れないことへの疲れって感じで毎日くたくただ。

ぐぐ、と伸びをしてふかふかの枕に顔を埋める。

空いているから使っていいですよ、って言って
公爵殿下は個室まで用意してくれたんだ。

窮屈でもぺしゃんこでもないベッド、きらきらの電燈。
ご飯は毎日食べられるし雇い主は優しいし。
……故郷での生活より贅沢かも。

ぼーっと天井を眺めていると扉がノックされる。
ヘルプかな、なんて考えながら走っていく。

「公爵殿下!?」
「こんばんは。夕餉の時間まで余裕があるそうですから、訪ねてみたのですが……
お暇でしょうか?」

ビクビクッ! って驚いてしまった。
だって扉を開けたらいきなり公爵殿下がいるんだもの。
すぐに背筋を伸ばす。

「ひ、暇です、暇です。すっごく……あっ!
ちゃんとお仕事はしました! そのうえで暇ですっ」
「あははは……コルニから今日のことはあらかた聞きましたよ。ご苦労様です。
お部屋に上がっても構いませんか?」
「は、はい」
「お邪魔します」

公爵殿下が扉を後ろ手に閉める。

わたしは彼を案内するようソファに手を向けて、ぎこちなく腰を折った。
公爵殿下がそこに座って顔を上げていいと声を掛けてくるのを待ったのだけれども、
彼はいつまで経っても動く様子がなかった。

恐る恐る顔を上げると、公爵殿下は何か悲しそうな、複雑そうな顔をしている。

「あまり畏まらないでください」

出会った日には結構自由に喋って接しちゃったけれども、
本来わたしなんかじゃ会うことも叶わないような人だ。

今からでもいいからちゃんとした方がいいって思った。

だけど公爵殿下がそれに嫌だって思うなら……どうすればいいんだろう。

言葉を発するよりも先に彼の方から近づいてくる。
そして、向かい合うように立たれ、その視線がわたしの目よりもちょっと上に向けられる。

「ところで……」

顔? って思ったけど、すぐに違うってわかった。

額だ。

「約束通り、印は隠していただけているようですね」
「はいっ」

わたしの聖女の印は額にあって、
故郷から王都に来るまでは化粧で覆っていたんだ。

それで、公爵殿下から王宮でもそうしてほしいって頼まれたんだ。

印は血筋やお金じゃどうにもならないし、
印のある人間を政府は欲しがっている。
あんまり考えたくないことだけれども攫ったり売り飛ばしたりでお金になるんだ。

印を見せながら王都を歩くのは無防備すぎるよ。

「故郷を出る前に母にも言われました、
気を付けないと皮を剥がれて売り飛ばされちゃうんですよ~……!」
「皮は剥がれませんけど……あながち冗談と笑い飛ばせないのが辛いところです」

王都に行くのはいいけどそれだけは気を付けなさい、
ってお母さんやおばさんから口を酸っぱくして言われた。

……公爵殿下の口からも否定されないとなると余計に怖くなっちゃうな。

「ジークフリートとコルニにも、あなたにはさせないよう伝えていますが、
買い出し等であっても外に出ないでください。
どうしても外せない用事の場合は私が共に行きます」
「えぇ……っ? でも、公爵殿下のお手を煩わせるわけには……」

わたし一人のために公爵殿下がついてくるってこと!?

危険なのはわかっているつもりだけれども、
それは流石にやりすぎというか、公爵殿下だって忙しいだろうし……。

「パウリナさん」

公爵殿下がちょっとだけ語気を強める。
先生が生徒を諫める時のような声で、いつも以上に凄く真剣な表情をしている。

「最初に申した通り、聖女という存在は教会にも世俗にも影響があるのです。
そして、その名はもうあなたにとっても無関係ではない。
相応の振る舞い方というものがあります」
「ご、ごめんなさい……っ、わたし、全然意識が足りてなくて……」
「あっ……。いえ、こちらこそ、申し訳ありません……。
責めたいわけではないのです。
ただ、王都にはあなたを含む印持ちを狙う輩がいるのが現実です。
警備は強化していますし、有事の際に人を動かせるようにしていますが、
残念なことに、このクランリッツェにも卑劣な輩は数多くいます。
根本的な解決が難しい以上、私たちの側での対策も必要なのです」
「はい……。あの、わたし、外に出ないのはいいんです」
「では何がご不満ですか?」
「で、でも、やっぱり、公爵殿下がわたしなんかのためにご一緒するなんて……」

言っていることに歯向かいたいわけじゃないんだ。
正しいのはわかっているし……。

「ご謙遜を。……それともまだご自分の立場を理解していらっしゃらないのですか?」

公爵殿下は相変わらず先生みたいな宥める口調で言う。
今度は有無を言わせないような圧があった。

「うっ……わかりました……」
「不自由な思いはさせてしまいますが……なにも閉じ込めたいわけではないのです。
敷地内であれば時々出歩いていただいても構いません。
それでも御付きか私かは必ず付けていただきますがね」

「ところで」って矢継ぎ早に話が切り出される。
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