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「私は時折、自分の中に覇王を見るのです」
「公爵殿下が、ですか……?」

優しい彼とダグラミスはとてもじゃないけど同じに思えない。

彼なら好きな女の人ができても無理やりお嫁さんにしたり、
まして自決まで追いつめたりはしない。

……って、わかったような口を利ける仲でもないんだけど。

わたしは彼に対してそういう印象を抱いている。

「意外に思いますか?
これでも王位継承者ですから。
親近感……というと妙ですが、自分を重ねることがあるのです」

公爵殿下はその手を壁画のダグラミスへと伸ばす。

絵のダグラミスは筋骨隆々で凄く厳めしい男の人だ。
まだ小さくておっとりとしていて人の好さそうな彼とは結び付かない。

「……あなたの仰られていたこともあながち彼の本質から遠くはないのではないでしょうか。
王は孤独です。故に愛するということを知りません。
……それを悲しいと表現するあなたが私にはとても眩しく思えます」
「眩しい……?」

与えられた言葉を呑み込み切れなくて繰り返すと、
公爵殿下がこくり、と声を出さないまま頷く。

「試すような真似をしてしまい申し訳ありません。
……一応、腹の内を見せる意図もあったんですよ」

そして、シャンと背中を伸ばした姿勢になって、改まった風な表情をする。

空気が変わった。

わたしも自然と緊迫感を覚えていた。

「私に協力していただけませんか」

……協力?

公爵殿下は、わたしに力を貸してほしいの……?

何の? って思ったけど、すぐに合点がいった。

わたしは額に手を当てる。

何を求められているのかは理解していると思ったのか、
公爵殿下が言葉を続ける。

「あなたはこれからこの王宮で暮らしてください。
生活に関するものは全てこちらで保障します」
「え、えぇっ!? 急に言われても、です……っ、
そんなの悪いですし……」
「もちろん、全くの善意で言っているわけではありません。
たとえば、歴代の王たちもかつてのダグラミスとハイオネシアをなぞるように聖女を求めました。
聖職者に類し、それでいて第三の権力でもある聖女から認められるというのは、
大きく得となり、自らの正当性を高めるものにもなるからです。
いえ、王位継承に限った話でもない。
教会の権威を認めつつも政治の場とは切り離すべきだという世論は強くなってきていますが、
それでもなお聖職者……この場合、聖女の影響力は無視できないものなのですから」
「あっ……。わたし、政治とかわかんないですけど、
聖女や印のことで国が動く例があるって……」
「……それがあなたにとっても他人事ではないのですよ」

公爵殿下が膝をつき、深々と頭を下げる。

「この薄汚く欲深い三男坊に、聖女様のご加護を与えてほしいのです」
「そ、そんな……っ、言い方……っ。
加護も何も……。わたし、印はありますけど、
ちゃんとした聖女でもないし、国のことも、聖魔術のことも何にもわからなくて……。
あなたの助けになれないと思います」

胸が痛いほど脈打っている。

王宮とか国とか遠い世界の話だったんだ。
自分が関わっているって意識を急には持てない。

「断言します。私にはあなたが必要です」

公爵殿下は顔を上げて、じっとわたしの目を見つめてくる。

真っすぐな目だった。
まるで自分の考えを少しも疑っていないみたい。

けれども傲慢さや勝手に物事を進めちゃうような尊大さは感じない。

強い意志で人を一緒に引っ張っていくみたいな……。

「……っ」

わたしは思わずたじろいでしまう。

「言ったでしょう。
これはただ衣食住を与えて、あなたを無欲に保護しようとしている、
善意からの行動じゃないんです。
だからあなたも気負わないで、遠慮や謙遜で物事を判断しないでください。
そして答えてください」

彼は立ち上がり、それから距離を詰めてくる。

怖いとかそういう感情はない。
けど、
今の彼は一緒にお喋りしていたような、優しくて気さくな彼ではない。

この国の王になるかもしれない人だ。
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