恋を知らない少年王は田舎者聖女を囚えたい

merrow

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最初に違和感を覚えたのがふかふかのベッドだった。

……わたしの家のベッドはもっと硬いし薄い。
家計がキツい時には鳥小屋で大鳥ルーチィと寝てたくらいなんだから、
こんなにふかふかですべすべでいい匂いがする高級ベッドなんて知らないよ。

だからここって……わたしの家じゃない?

「……っ!?」

丁寧に掛けられていた布団を払ってしまう勢いで飛び起きた。

なんで、なんでわたし知らない部屋にいるの!?

記憶を遡ろうにも頭が真っ白だ。

「ああ、目が覚めましたか」

すると、ベッドの側で立っている男の人……というよりも男の子が声を掛けてくる。

顔立ちが大人って感じじゃないし、華奢な感じだし、
わたしよりちょっと下の年齢だと思うんだけど、
雰囲気は凄く落ち着いている。

綺麗な服を着ているし、多分偉い人の子どもなのかな。

知らない人ではあるんだけど、
彼は穏やかな表情をして、わたしを心配してくれているような、
そんな雰囲気で様子を窺っている。

悪い人じゃなさそう……。
ここが彼の部屋なら安心できるかも……?

ここはどこなのってパニックは少し治まった。

徐々に思考が戻って来る。
そして、今日わたしが何をしようとしていたのかを思い出して、
今度は血の気が引いていく。

「あ、あの……王都では今日、聖女選定式がありますよね……?
わ、わたし……その……」

式に参加する予定だった、そう続けようとしたけど途中で口籠る。
わたしなんかが、って恥ずかしくなってしまったんだ。

「ああ。それならもう終わりましたよ」
「あ、はは……そうなんですね……」

結局続きを口にできないまま、知らない人が話を預かって答えてくれる。

……ああ、わたし何してるんだろう。

わたしはがっくり俯き自分の額を撫でた。

この世界では身体のどこかに「印」のある女の子がたまに産まれるんだ。
「印」のある子は普通の人には扱えない特別な「聖属性の魔術」――
「聖魔術」を扱える。

この国――クランリッツェでは魔術の研究が盛んで、
特に王都では専門の施設もあるくらいだ。

でも、王都の人たちであっても聖魔術は解明できない。

それに、「印」はどんな人にも現れる。
家柄も血筋も関係ない。神様の気まぐれなんだ。

いつ、どのくらい現れるかわからないものだから、
王都の人たちはせめて自分たちの手元には置いておきたいみたいで、
「印」を持つ子を全員王都に集めるの。

そして聖女選定式っていう式典を開いて、
そこで「聖女」の肩書を与えるんだ。

正確にいうと「印」を持った子もそう呼ばれはするんだけど、
選定式で選ばれた一人は正式に、
貴族や聖職者と同じように『聖女』として扱われるの。

身分も生まれも経歴も関係なく。

……わたしの実家はお金の余裕なんてないごく普通の農家だ。

でも、ある日わたしに「印」が現れた。

それで大騒ぎになって、
王都行きの列車を取って、綺麗なお洋服まで用意してもらって、
故郷のみんなで見送りしてくれた。

なのに、何もできないまま帰るなんて……。

情けないし、悔しい。

でも、多分、一番は、わたしも期待していたんだと思う。
 
「印」が現れた時にわたしでも聖女になれるのかも……って、そう思った。

機会がある。
ただそれだけなんだから。
選ばれるかどうかはわからない。

そう何度も言い聞かせて、
それを忘れはしなかったのだけれども、
全く期待を持たなかったっていうと嘘になる。

それが……こんな、与えられた機会を試す以前のところで終わっちゃうなんて……。

「申し訳ありません。私も登壇する必要がありましたから、
あなたのもとから長い時間離れてしまって……」
「登壇……?」

知らない人が凄く申し訳なさそうにしている。
そんなに頭を下げなくてもって思った。
それから、もう一つ気になることがあった。

登壇した、ってどういうことだろう。

「印」は女性にしか現れない。選定式には偉い政治家の人がいっぱいくるし、
お嫁さんを探しに来た貴族とかも交じっているらしいけど……。
この人はそういう雰囲気には見えない。

「いえ、あの、気にしないでください……面倒見てもらって、それだけで十分です。
でも、その……登壇って……?」
「……? 何かおかしなことを言いましたか?
選定式では選ばれた『聖女』の方に謝辞を送り、その場で叙勲を済ませてしまいます。
ですから、私もあの場にご一緒させていただいて、
『聖女』の方との儀式を済ませてきたところなのですが……」

……「印」を持っていないし、政治家でもない。
お嫁さん探しの貴族でもない。
「聖女」の儀式を「する側」で、国の代表として位をあげる、
そういう立場にいる人をわたしはただ一人だけ知っている。

「ってことは……あなた、オーギュスト公爵殿下!?」
「ええ。私がオーギュスト公爵家第三男、オルフレール・ジ・オーギュストですよ」
「わ、わぁあ……!」

うそうそ。わたし公爵殿下相手に普通に喋ってたの!?

オーギュスト公はラインヴィッヒの貴族の中で一番っていっていいくらいに偉い。

当主のオーギュスト公爵閣下は今の国王陛下の弟だ。
王位継承で敗けちゃって、その代わりに爵位を貰ったんだって。

オーギュスト公自体が王家と繋がっているし、
そのうえ今の国王陛下には子どもがいないんだ。

すっごく当たり前みたいに言ってるけど――
この人もいずれは王様になるかもしれない人ってこと!

「あなたは聖女選定式に参加する予定で王宮を訪れていたのです。
しかし長旅の影響か体調が優れない様子だったので、
私と警備の者とで医務室に連れていきました。
ですが、そのまま倒れてしまって……」
「は、はい……あの、そこはなんとなく覚えてるんですっ。
でも、まさか公爵殿下に助けていただいてたなんて……!」

わたし、もう何を喋ったらいいのかわからなくなっちゃった。

いやな汗がだらだら流れる。サーッと寒気がする。
きっと今のわたしの顔は真っ白だろう。
ベッドの隅に縮こまったまま動けなくなってしまった。

「……覚えていませんか?
倒れる前まではもっと気兼ねなくお話ししていたんですよ」

そうしていると、彼が凄く気遣いながら寄って来る。

「無理にとは言いませんが……また、あなたからはたくさんのことを訊きたいです」

落ち着いていて、優しくて、一つ一つの言葉が擦り込むみたいに丁寧で。
お医者さんや牧師さんと話しているみたいだ。

「……ごめんなさい、わたし、取り乱しちゃって……」
「謝らないでください。
いきなり知らない場所に連れて来られれば誰だって混乱はするでしょうから」

公爵殿下は眉尻を下げていた顔をふわ、って緩めると、
布団を掛け直してぽん、ぽんとしてくれる。

……そういえば。
助けてくれた相手なのにお礼の一つも言ってない。

「あの、ありがとうございます……本当に、ありがとうございます」
「人として当然のことをしたまでですよ」

深々と頭を下げた。
けれども、彼はあっけらかんと言い切って、頭を上げるよう合図してくる。

「ところで……どうでしょうか、起き上がれそうですか?
辛かったらまだ眠っていてください、大丈夫そうでしたら……
外の空気を吸いにいくのはいい運動になりますよ」

それから窓の方へ歩き始め、カーテンを開く。

柔らかい光が部屋に差し込んだ。

わたしは目を細めた。

「お手をどうぞ」

公爵殿下はベッドに戻ってくると、そっと手を差し伸べてきた。
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