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8巻

8-1

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 親と子


 北の大国モーディア皇国を後ろ盾にした第二王子リカルドのクーデターにより、エルメリア王国は混乱の渦中かちゅうにあった。
 アルカナの☆の数こそ人間の価値と見做みなすモーディアと、その背後に潜む過激思想集団『カーツ』の影響により、☆が低い者を狩り立てる人間狩りまで横行している始末だ。
 連中が言うところの〝無価値な☆1〟の魔法使いである俺――アストルが、反抗組織レジスタンスを率いてバーグナー領都ガデスを取り戻してから三日が経った。
 久方ぶりの休息日となったこの日、俺はパーティメンバーのミントに〝魔法を見てほしい〟と誘われて、なつかしき『バーグナー冒険者予備学校』を訪れていた。

「やけに大人数になっちまったな」

 周りを見回して他人事のようにつぶやいたのは、我らがパーティのリーダーにしてラクウェイン侯爵家こうしゃくけの次男であるエインズだ。
 久しぶりに足を踏み入れる予備学校の訓練場には、学生はもとより新領主となったミレニアや、その護衛ごえいであるオリーブ、第三等冒険者の〝鋼鉄拳こうてつけん〟ガッツなど、錚々そうそうたる面子メンツそろっていた。
 よくよく訓練場を見やると、俺達反抗組織レジスタンスかついでいる第一王女ナーシェリアまで、変装してまぎれ込んでいる。
 ……とんだ御前試合だ。
 皆に注視されて、訓練場の中央で向かい合う二人のうち一人は、この予備学校の卒業生で新進気鋭しんしんきえいの貴族であるリック・ヴァーミルきょう。もう一人は、普段まとっている完全鎧フルプレートを脱いで身軽な格好になったミントである。
 二人とも自分の得物に近い形状の木剣――重さも調整してある――を、確かめるように試し振りしている。

「なぁ、なんでリックなんだ?」

 お祭り気分で焼きイカを片手に持ったエインズが、俺に顔を向けた。

「さあな。同じ前衛同士、思うところでもあったんじゃないか?」

 二人とも戦闘系のスキルを持つ生粋きっすいの戦士だ。
 それに年齢も近い。ライバル心に似た何かがあるのかもしれない。

「願掛けをしていると聞きました」

 そばに来たミレニアが中央を見据みすえたまま俺に応えた。

「願掛け?」
「☆5のミントさんに勝って、自信をつけたいそうです。内容までは教えてくれませんでしたが」
「リックが願掛けね……」

 それが何かを思案するうちに、審判役を務める小人族レプラカン斥候スカウトスレーバが、はたを直上に掲げる。あれが振り下ろされた時、試合開始だ。

「……」
「……」

 しばし、にらみ合う時間が流れ……旗が振り下ろされた。
 先に動いたのは、リックだ。まだユニークスキルの【はやぶさごとく】は使っていないようだが、充分に速い。するどい踏み込みと同時に、回避しにくい横薙よこなぎの一閃いっせんを放つが……ミントはバックステップを使って、紙一重かみひとえでそれをかわす。
 ん……?
 動きが良すぎる。鎧を脱いだミントの動きが軽快なのは知っているが、それにしてもあの鋭い一閃を初見で回避するのは難しいのではないだろうか。
 反撃とばかりに大剣を逆袈裟ぎゃくげさに振り上げたミントの一撃を、リックは木剣と盾でもって、さらりと受け流す。

「リックの奴、相変わらず器用なことすんな。ミントの斬撃を流せる奴ってのも、なかなかいないぞ」
「速度重視なので、回避と受け流しはアイツの得意分野だからな」
「アストルの戦い方に、ちょっと似てる、ね?」

 俺の恋人で、ミントの双子の妹でもあるユユが呟いた感想に、思わず苦笑がこぼれた。
 それはそうだ。何しろ俺に小剣ショートソードのイロハを叩き込んだのは、他ならぬリックなのだから。

「しかし、今日のミントは……妙に落ち着いておるの?」

 いつの間にやら俺達の後ろに陣取っていた狼人族コボルトの侍――レンジュウロウが、違和感を口にした。
 同じことを考えていた俺は、ユユの膝でポップコーンをむさぼる小さな悪魔に尋ねる。

「ああ、魔法を使った戦闘と聞いたが……ナナシ、何を教えたんだ?」
「吾輩はあの娘に合った方法を教えただけだよ。何も詠唱だけが魔法ではないだろう?」

 そう言って目を細める悪魔ナナシを見ると、何かあくどいことを教えたんじゃなかろうかと思えてくる。
 幾度いくどかの攻防の後に、いよいよリックが【隼の如く】を発動して、速度を上げた。
 こうなったら、ミントでは動きが追えない……はずだったのだが、対応している。

「どうなっているんだ」
「魔法、かかってるのかな?」

 俺とユユは二人して首をかしげた。
 ミントの動きは、魔法による強化を受けたものとほとんど遜色そんしょくない。状況に合わせて無詠唱で身体強化を行うのは俺の戦い方に少し似ているように思える。

「ここだ……ッ!」

 隙と見たリックが木剣を振りかぶった瞬間――大きな破裂音と共に閃光せんこうが訓練場を包んだ。
 数秒して、まぶしさで閉じた目を開くと、リックの首筋に木剣を添えたミントが得意げな笑みを浮かべていた。

「驚いた……無詠唱で〈閃光フラッシュ〉と〈猫騙しクラップ〉を――それも実戦で効果的に使用するなんて。なんだかミントじゃないみたいだ」
「アストル、言いすぎ」

 ユユにたしなめられてしまったが、俺はこの意外な展開にいささか頭がついていかなかった。
 ミントは普段から狂戦士の雰囲気ふんいきを纏わせて、野性的ワイルドな戦い方をする。
 隙をついての一撃離脱、あるいはパワーにまかせた正面からの打ち合いが、彼女の戦い方なのだ。
 それが突然このように魔法の構成を念頭に置いた戦い方をしたとあっては、この紳士ぶっている悪魔に何かされたんじゃないかと少し心配になってしまう。

「……一体どうやったんだ?」
「ご自分で試してみては?」

 慇懃無礼いんぎんぶれい悪魔ナナシわらう。くそ、こういうところは性悪しょうわるな悪魔そのものだな。

「アストル、見てた?」

 ミントは訓練場からこちらに駆け寄り、満面の笑みを見せる。

「ああ、すごいな。どうやったんだ?」
「んふふー、秘密~」

 ミントにまで……!

「おい、! かたきを取ってくれ!」

 さわやかな笑顔のリックが、訓練場の中央から俺に向かってさけんだ。
 ……おいおい、俺が反抗組織レジスタンスを率いているのは非公開じゃなかったのか。
 案の定、ざわめきと共に訓練場中の視線が俺に集まる。

「あいつ……☆1の退学者じゃなかったっけ?」
「あの若い奴が総大将?」
「☆1だろ……? マジかよ」

 なんて、あまりよろしくないヒソヒソ声が訓練場に満ちた。これ、後で大問題になるんじゃないか?

「そうね、アストルともやりたいわ……でも、その前に」

 どこか獰猛どうもうに笑ったミントが再び訓練場の真ん中に駆けていき、声を張り上げる。

「先にアタシとやりたいって人は、今すぐ出てきなさい! アストルとやる準備運動代わりに相手したげるわ!」

 またそうやってお前は、周りの連中の俺への敵対心をあおる!

「わかったわかった。やろう、ミント。ちょっとばかり興味もあるしな」

 立ち上がる俺に、訓練場全ての視線が突き刺さった。目立つのは本意ではないが、どうせ引っ込みがつかないのなら、ケガ人が出ないうちに俺が舞台に上がった方がいい。

「いつかのようにはいかないわよ」

 自信ありげに笑うミントに誘われて、俺は中央へと向かう。
 久しぶりに味わう訓練場の踏み固められた土の感触が、予備学校時代のことを思い出させた。

「お、頼むぜ、相棒」
「期待しないでくれよ、俺は魔法使いなんだ。基本に忠実にやるだけさ」

 すれ違いざま、リックと拳を打ち合わせて笑い合う。
 この感じも、予備学校以来だな。

魔法の小剣オーティアを使ってもいいわよ?」
「まさか。初心に戻って俺も木剣でやるよ」

 苦笑する俺に、リックが一振りの小剣ショートソードを投げてよこす。
 細かい傷がついており、つかには小さく〝アストル〟と名前が書かれている。俺が訓練で使っていたものだ。まだ残っていたなんて……

「準備はいいかの?」

 スレーバが、俺とミントを交互に見やる。
 ほどほどの距離でミントと向かい合った俺は、無詠唱で自分に強化魔法を重ね掛けしていく。
 そうでもしないと、一瞬で勝負がついてしまうしな。
 今のミントに通用するかは不明だが、いつかの模擬戦のように〈転倒スネア〉もばら撒いておいた。さらに〝黙唱サイレントキャスト〟で〈反応装甲リアクティブ・アーマー〉も付加して、俺は木剣をにぎりなおす。

「どうぞ」
「いいわ」

 俺達の言葉にうなずいたスレーバが高々と掲げた旗を……振り下ろした。

「てぇぇいッ!」

 開始早々、ミントが踏み込み一閃、ダイナミックな斬り下ろしを放ってくる。
 完全に〈転倒スネア〉を見切った足運びだ。

「おっと……〈感電ショック〉」

 木剣の先から小さな電撃を放って牽制けんせいするが、ミントは構わず体当たりじみた接近戦を仕掛けてきた。抵抗レジストされてしまったようだ。
 とはいえ、斬り下ろし自体は見えている。体を半歩らせてそれを避ける。
 その瞬間、訓練場がざわりとした空気に包まれた。

「甘いわ! 今のアタシにいつもの小細工は通用しないわよ」
「俺に勝ち目はなさそうだ」

 泣き言を言いつつ、距離をかせぐ。
 完全な接近戦でミントと戦うのはさすがに無理がありすぎるからな。
 退すさった直後、俺の体に何かしらの魔法が放たれたのがわかった。
 少ない魔力マナによる低レベルな魔法のため、容易に抵抗レジストしたが、おそらく〈鈍足スロウ〉か〈拘束ホールド〉あたりの、動きを阻害する魔法だろう。
 ミントが無詠唱で放ったのか……? なんて厄介な。
 抵抗レジストできたからよかったものの、こんな切羽詰せっぱつまった戦闘で動きをにぶらされれば、あっという間に決着をつけられてしまう。

「なら、俺も……ッ」

鈍足スロウⅠ〉と〈拘束ホールドⅠ〉、それに〈麻痺パラライズⅠ〉を発動待機ストックして、【反響魔法エコラリア】による追撃も交えてミントに浴びせる。
 ……が、どれもこれも抵抗レジストされてしまった。
 レベルは俺の方が上で、かつミントは魔法的抵抗力が比較的低かったはずだが。
 もしかすると、魔法を使って対策しているのかもしれない。

「☆5には☆5の強みがあるのよッ!」
「俺には強みしかないように聞こえるけど……!?」

 ミントは矢のように飛び込んできて、勢いよく木剣を横薙ぎにする。
 絶対寸止めするつもりないだろ、これ。

「く……ッ!」

 なんとか回避したものの、今のは本当に危なかった。当たれば肋骨ろっこつくらいはポキリといってもおかしくない。
 まったく……それならこっちにも考えがあるぞ!
 威力調整した〈魔法の矢エネルギーボルト〉を可能な最大数で発動待機ストックし、【反響魔法エコラリア】も使用して一気に放つ。
 計十発もの〈魔法の矢エネルギーボルト〉がミントをえるはずだったが……彼女は不敵な笑みを浮かべながら、それを大剣でブロックする。
 訓練場が大きくざわついた。
 そりゃそうだろう。こんなのをもらって、ほとんど無傷なんて……軽く化け物じみているぞ。

雪辱せつじょくを果たして、今度こそ言うことを聞いてもらうわ!」
「皿洗いさせられたのを根に持っているのか!」

 振られる大剣を小剣で受け流し、その勢いを利用して転がり移動ドッジロールする。
反応装甲リアクティブ・アーマー〉はまだ起動していない。
 ……仕方ない、これを利用して隙を作るか。
 いや、待てよ? ここは負けた方がいいのか?
 以前、俺がうっかり完封したせいで、ミントを落ち込ませてしまった。
 こんな衆人環視しゅうじんかんしの中、☆5の彼女が☆1の俺に負けるようなことがあってはならないだろう。

「顔に出てるわよ!」

 眉間みけんにしわを寄せたミントが、〈迅速クイック〉でも掛けたかのような速度で迫る。
 魔法道具アーティファクトの指輪の力か……? いや、ミント自身の魔法だと考えた方がいい。

「わざと負けたら、許さないわよ……!」
「そうそう勝てるようには、思えないけどな……!」

 連続で振られる怒涛どとうの斬撃をなんとか避け切って、バックステップする。
 追い詰められているのは確かだ。
 さすが☆5。レベルは俺の方が高くとも、能力はミントの方がまされているような気がする。

「アタシが勝ったら、一日言うこと聞いてもらうからね!」
「約束が違う!?」

 まずいな、一体何をさせられるかわかったもんじゃない。なんとか勝利して、また皿洗いでもしてもらうとしよう。
 瞳に【狂化】のあかい光をともして、ミントが殺気をふくれさせる。
 これで決めに来るつもりか!

「ふ……ッ!」

 短い気合と共に、ミントが猛烈な速度で跳躍ちょうやくする。
 ……が、狙いはわかっているので、俺は逆に一歩前に出て、あえてその斬撃を左腕で受ける。
反応装甲リアクティブ・アーマー〉が反応して、ミントがたたらを踏む。
 ほんの一瞬だが、充分だ。
 俺は大剣ごとミントの腕を絡めとり、彼女の体に腰を密着。そのまま全身を回転させる。
 突然の行動に抵抗もできずに、ミントがふわりと浮く。
 地面に叩きつけられる直前に〈落下制御フォーリングコントロール〉を発動して、そのままゆっくりと下ろした。

「よし、今日の皿洗いはミントだな」
「む……ずるいわ。普通に負かしちゃうなんて」

 ミントが俺の顔にれながら、少しほおを膨らませて笑った。

「ほら」
「ありがと」

 俺はミントの手を引っ張って助け起こし、軽く一礼して木剣を所定位置に立てかけた。


 手に馴染なじんだ〝これ〟があったからこその勝利と言えるかもしれない。
 俺の血と汗が染みた、もう一本の愛剣とも言える存在。

「リック、なんとか勝ったぞ」
「相変わらずブレねぇな」

 リックと笑いあって、軽くハイタッチする。
 しかし、周囲のざわめきは収まらない。
 よくよく考えれば危ない場面はいくつかあったのだから、そこで〝降参する〟と言えばよかったのではないだろうか。
 ☆1が☆5に勝利するなんてあってはならないし、ありえないはずの状況だ。
 ミントが手を抜いたとみんなが考えてくれればいいのだが。
 後悔こうかいしながらも、周囲の声に耳をかたむける。

「おいおい、本当にあれがあのアストルなのか」
「☆1だろ? どうやったらあんな動きができるんだよ」
「詠唱なしで魔法を連射してたぞ!? ☆1ってそんなことできるのか!?」

 しまった。ここまでいろいろありすぎて、すっかり気を抜いていた。
 無詠唱も発動待機ストック軽々けいけいに見せるべきではなかったのに……どうも、最近の俺は不注意すぎる。騒ぎが大きくなる前に、ミントとリックと共に休憩所代わりの控室へと引っ込む。

「また負けちゃったわ。今度は普通に、負けちゃったわ」

 備え付けられたベンチに座り込んだミントが、大きく息を吐き出した。
 愚痴ぐちをこぼす彼女に苦笑して、その頭をなでる。

「また皿洗いを頼むから、覚悟しておいてくれ」

 ミントはえへへ、と一瞬顔をほころばせたものの、すぐに眉根まゆねを寄せて俺に食って掛かる。

「ずるいわ! アタシだって魔法が使えるようになったのに、どうして負けちゃうのかしら」
「それだよ。一体どうやったんだ? 危ないことはしていないだろうな? 無断でナナシにたましいを売ったりしてないか?」

 戦闘時における魔法の効果的利用は、俺が目指したミントという戦士の完成形でもあったはずだが、自分で相手をすればその脅威きょういがよくわかる。彼女が敵でなくてよかったと、心底思った。
 正直、魔法を無詠唱で使われるのがこうも恐ろしいとは……
 しかし……いくら、高位魔族の手ほどきがあったからとて、たった二、三日で解決されるとは思いもしなかったな。

「ん? ナナシって誰だ?」

 リックの問いに応えるように、ポンッとやけに軽快な音を立てて俺の肩にナナシが現れる。

吾輩わがはいを呼んだかね? 若きドラゴンスレイヤー」

 ポップコーンを抱えたまま、コミカルな風をよそおっているが、短距離とはいえ軽々しく〈異空間跳躍ディメンションジャンプ〉しないで頂きたい。リックが腰を抜かしそうだ。

「おわッ! なんだこいつ!?」
「俺の使い魔だよ。悪魔のナナシ」
「悪魔ぁ……? おいおい、正気か? アストル」
「最近正気かどうか自分でも疑ってるが、成り行きでそうなったんだ。注意しつつ仲良くしてやってくれ」

 俺の紹介を受け、ナナシはシルクハットを取って芝居しばいがかった礼をする。

「しかし、まぁ……ミントさんが魔法を使ったのは、コイツの仕業しわざってことか?」
「半分正解だね。ただ、吾輩はやり方を教えただけで、原因はマスターにある」

 黄色い目を細めて、ナナシがカタカタと笑う。

「俺に?」
「奥方……ミント様は、性質が非常にマスターに似ているのだよ。ただ、魔法を使うための素養は備わっているが、魔法を操るための教養がなかった」
「つまり……?」

 ナナシは小さくため息をついて、俺の質問に答える。

「詠唱を保持するだけの集中力と知識がいささか足りない。マスターの女の趣味をとやかく言うつもりはないが……少しばかり短慮たんりょで、ていに言えば頭が悪い」

 ミントがあからさまにショックを受けた顔になっている。
 俺が誤魔化ごまかし誤魔化ししてきたところを、よくもハッキリ言ってくれたものだ。
 どうしてくれる、後でフォローが大変だぞ。

「――なので、東方の巫術ふじゅつに近い魔法式の形成法を教授したのだよ。奥方の〝伝承魔法〟に紛れ込ませる形で魔法を会得してもらい、特定の動きと呼吸法で魔法式を構築できるように、夢の中で訓練させてもらった。夢の世界の方が、ずっと精神に近い場所だからね」

 得意げな様子でナナシが語ったその内容は、理論としてはわかる。
 ミントは一時期、俺と完全に同化していた。俺の☆1としての魔力親和性がある程度備わっていてもおかしくはない。これはミントが『後天的能力アクワイアド』を獲得した時に、ほぼ確信に至っていたことだ。

「おかげでいくつかの魔法を使えるようになったわ。無詠唱じゃなくって……アストルの黙唱サイレントキャストに近いものだけどね」
「☆5の力を持ったプチ・アストルなんて、ぞっとしねぇな……」
「何よ、リック! もう一回叩きのめしてあげてもいいのよ?」
「勘弁してくれ」

 リックが苦笑して返す。
 その様子からは、特に今回の願掛けが失敗したといった哀愁あいしゅうを感じない。

「なぁ、リック……」

 声をひそめて肩を組み、控室のはしへとリックを連れていく。

「なんだよ」
「一体、どんな願いをかけてたんだ?」
「ん? ああ。好きな女を口説くどくための戦果が欲しかったんだよ」

 けろりとした様子で、リックが告げた。
 世界の危機を救った〝竜伐者ドラゴンスレイヤー〟が、これ以上どんな戦果を欲するというのか。

「なかなか吹っ切れるもんじゃないぜ。オレも〝お嬢さん〟もな」

 お嬢さん――ミレニア。その言葉に、少しばかりショックを受ける。
 そんなこと、今までおくびにも出さなかっただろ、お前。
 ……いや、ニブいニブいと言われる俺だから、きっと気が付いていなかっただけに違いない。

「いつからなんだ?」
「初めて会った時から」

 どうやら俺は本当にニブいらしい。
 親友で、相棒と思っていたリックの、ミレニアへの気持ちに全く気が付かなかった。

「ったく……お前のせいで、絶賛難航中だ。なんのために貴族になったかわかったもんじゃないぜ」

 貴族になってミレニアとげる――かつて俺が目指していた道を、リックが歩んでいる。
 そのことがどうにもむずがゆくて、なんと声をかけたらいいかわからない。
 だが、リックなら上手くやるという確信があった。何せ、この男はすでに相応ふさわしい場所に立っているのだから。

「ねぇ、男二人でなにコソコソやってんのよ」

 ミントが怪訝けげんな顔でこちらを見る。

「なんでもない」

 そう笑って、俺はリックの背中をポンと叩く。
 親友とミレニアが幸せになればいいと、心から思った。


 ◆


 ──数日後。
 偵察に出ていた斥候スカウトのチヨの帰還に合わせて、会議が開かれた。
 彼女からもたらされた情報は、あまり良いものではなかった。
 ☆1の人間が南方のクシーニへと続々と流れてきている点からもある程度は予想していたが……ここから北、☆1に出会うことはもうないだろう。

「……以上となります」
「『☆1狩りシングルスナッチ』か」

 チヨの報告を聞き、俺はため息と共に呟いた。
 なるべく平静を保つようにはしているが、許しがたいという気持ちが心の奥底で揺らめく。

「はい。王都とその周辺地域では、なかば合法化され……一般市民もそれに参加している有様です。また、モーディア皇国軍の存在も確認できました」
「軍だと!?」

 会議を仕切るラクウェイン侯爵が驚きの声を上げた。
 いずれそうなるだろうと考えてはいたが、動きがあまりに早すぎる。

「皇帝直下の第二師団が首都エルメリア周辺に待機しているようです。グラス首長国連邦がこれに対して緊張を高めており、近日中に戦闘状態になるかもしれません」
「第二師団の情報は?」

 俺の質問に頷いて、チヨが報告書をたばねたものを机に置く。

「詳細はこちらに。第二師団は占領地の占有と支配を得意とする軍団です。ですので……」
「エルメリア王国の実効支配を強めるのが目的ってことか」
「その可能性が高いです」

 俺が挟んだ言葉を、チヨが肯定した。
 もう、時間がないな。もしグラスと戦端が開かれでもしたら、リカルド王子はさらにモーディア皇国との結びつきを強くするだろうし、対外的にもあの国との協力関係に意味が出てきてしまう。
 リックが何かを思いついたように、チヨを見る。

「なぁ、チヨさん。オレの名前を使って、グラスに間諜かんちょうを送り込むことはできるか?」
「はい、可能です。人数的にはそう多くありませんが……」
「数はいらないよ。スピードと確実性で勝負だからさ」

 そこまで言って、リックが俺とラクウェイン侯爵に目配めくばせをする。


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