113 / 161
8巻
8-1
しおりを挟む親と子
北の大国モーディア皇国を後ろ盾にした第二王子リカルドのクーデターにより、エルメリア王国は混乱の渦中にあった。
アルカナの☆の数こそ人間の価値と見做すモーディアと、その背後に潜む過激思想集団『カーツ』の影響により、☆が低い者を狩り立てる人間狩りまで横行している始末だ。
連中が言うところの〝無価値な☆1〟の魔法使いである俺――アストルが、反抗組織を率いてバーグナー領都ガデスを取り戻してから三日が経った。
久方ぶりの休息日となったこの日、俺はパーティメンバーのミントに〝魔法を見てほしい〟と誘われて、懐かしき『バーグナー冒険者予備学校』を訪れていた。
「やけに大人数になっちまったな」
周りを見回して他人事のように呟いたのは、我らがパーティのリーダーにしてラクウェイン侯爵家の次男であるエインズだ。
久しぶりに足を踏み入れる予備学校の訓練場には、学生はもとより新領主となったミレニアや、その護衛であるオリーブ、第三等冒険者の〝鋼鉄拳〟ガッツなど、錚々たる面子が揃っていた。
よくよく訓練場を見やると、俺達反抗組織が担いでいる第一王女ナーシェリアまで、変装して紛れ込んでいる。
……とんだ御前試合だ。
皆に注視されて、訓練場の中央で向かい合う二人のうち一人は、この予備学校の卒業生で新進気鋭の貴族であるリック・ヴァーミル卿。もう一人は、普段纏っている完全鎧を脱いで身軽な格好になったミントである。
二人とも自分の得物に近い形状の木剣――重さも調整してある――を、確かめるように試し振りしている。
「なぁ、なんでリックなんだ?」
お祭り気分で焼きイカを片手に持ったエインズが、俺に顔を向けた。
「さあな。同じ前衛同士、思うところでもあったんじゃないか?」
二人とも戦闘系のスキルを持つ生粋の戦士だ。
それに年齢も近い。ライバル心に似た何かがあるのかもしれない。
「願掛けをしていると聞きました」
そばに来たミレニアが中央を見据えたまま俺に応えた。
「願掛け?」
「☆5のミントさんに勝って、自信をつけたいそうです。内容までは教えてくれませんでしたが」
「リックが願掛けね……」
それが何かを思案するうちに、審判役を務める小人族の斥候スレーバが、旗を直上に掲げる。あれが振り下ろされた時、試合開始だ。
「……」
「……」
しばし、睨み合う時間が流れ……旗が振り下ろされた。
先に動いたのは、リックだ。まだユニークスキルの【隼の如く】は使っていないようだが、充分に速い。鋭い踏み込みと同時に、回避しにくい横薙ぎの一閃を放つが……ミントはバックステップを使って、紙一重でそれを躱す。
ん……?
動きが良すぎる。鎧を脱いだミントの動きが軽快なのは知っているが、それにしてもあの鋭い一閃を初見で回避するのは難しいのではないだろうか。
反撃とばかりに大剣を逆袈裟に振り上げたミントの一撃を、リックは木剣と盾でもって、さらりと受け流す。
「リックの奴、相変わらず器用なことすんな。ミントの斬撃を流せる奴ってのも、なかなかいないぞ」
「速度重視なので、回避と受け流しはアイツの得意分野だからな」
「アストルの戦い方に、ちょっと似てる、ね?」
俺の恋人で、ミントの双子の妹でもあるユユが呟いた感想に、思わず苦笑がこぼれた。
それはそうだ。何しろ俺に小剣のイロハを叩き込んだのは、他ならぬリックなのだから。
「しかし、今日のミントは……妙に落ち着いておるの?」
いつの間にやら俺達の後ろに陣取っていた狼人族の侍――レンジュウロウが、違和感を口にした。
同じことを考えていた俺は、ユユの膝でポップコーンを貪る小さな悪魔に尋ねる。
「ああ、魔法を使った戦闘と聞いたが……ナナシ、何を教えたんだ?」
「吾輩はあの娘に合った方法を教えただけだよ。何も詠唱だけが魔法ではないだろう?」
そう言って目を細める悪魔を見ると、何かあくどいことを教えたんじゃなかろうかと思えてくる。
幾度かの攻防の後に、いよいよリックが【隼の如く】を発動して、速度を上げた。
こうなったら、ミントでは動きが追えない……はずだったのだが、対応している。
「どうなっているんだ」
「魔法、かかってるのかな?」
俺とユユは二人して首を傾げた。
ミントの動きは、魔法による強化を受けたものとほとんど遜色ない。状況に合わせて無詠唱で身体強化を行うのは俺の戦い方に少し似ているように思える。
「ここだ……ッ!」
隙と見たリックが木剣を振りかぶった瞬間――大きな破裂音と共に閃光が訓練場を包んだ。
数秒して、眩しさで閉じた目を開くと、リックの首筋に木剣を添えたミントが得意げな笑みを浮かべていた。
「驚いた……無詠唱で〈閃光〉と〈猫騙し〉を――それも実戦で効果的に使用するなんて。なんだかミントじゃないみたいだ」
「アストル、言いすぎ」
ユユに窘められてしまったが、俺はこの意外な展開にいささか頭がついていかなかった。
ミントは普段から狂戦士の雰囲気を纏わせて、野性的な戦い方をする。
隙をついての一撃離脱、あるいはパワーにまかせた正面からの打ち合いが、彼女の戦い方なのだ。
それが突然このように魔法の構成を念頭に置いた戦い方をしたとあっては、この紳士ぶっている悪魔に何かされたんじゃないかと少し心配になってしまう。
「……一体どうやったんだ?」
「ご自分で試してみては?」
慇懃無礼に悪魔は嗤う。くそ、こういうところは性悪な悪魔そのものだな。
「アストル、見てた?」
ミントは訓練場からこちらに駆け寄り、満面の笑みを見せる。
「ああ、すごいな。どうやったんだ?」
「んふふー、秘密~」
ミントにまで……!
「おい、総大将! 仇を取ってくれ!」
爽やかな笑顔のリックが、訓練場の中央から俺に向かって叫んだ。
……おいおい、俺が反抗組織を率いているのは非公開じゃなかったのか。
案の定、ざわめきと共に訓練場中の視線が俺に集まる。
「あいつ……☆1の退学者じゃなかったっけ?」
「あの若い奴が総大将?」
「☆1だろ……? マジかよ」
なんて、あまりよろしくないヒソヒソ声が訓練場に満ちた。これ、後で大問題になるんじゃないか?
「そうね、アストルともやりたいわ……でも、その前に」
どこか獰猛に笑ったミントが再び訓練場の真ん中に駆けていき、声を張り上げる。
「先にアタシとやりたいって人は、今すぐ出てきなさい! アストルとやる準備運動代わりに相手したげるわ!」
またそうやってお前は、周りの連中の俺への敵対心を煽る!
「わかったわかった。やろう、ミント。ちょっとばかり興味もあるしな」
立ち上がる俺に、訓練場全ての視線が突き刺さった。目立つのは本意ではないが、どうせ引っ込みがつかないのなら、ケガ人が出ないうちに俺が舞台に上がった方がいい。
「いつかのようにはいかないわよ」
自信ありげに笑うミントに誘われて、俺は中央へと向かう。
久しぶりに味わう訓練場の踏み固められた土の感触が、予備学校時代のことを思い出させた。
「お、頼むぜ、相棒」
「期待しないでくれよ、俺は魔法使いなんだ。基本に忠実にやるだけさ」
すれ違いざま、リックと拳を打ち合わせて笑い合う。
この感じも、予備学校以来だな。
「魔法の小剣を使ってもいいわよ?」
「まさか。初心に戻って俺も木剣でやるよ」
苦笑する俺に、リックが一振りの小剣を投げてよこす。
細かい傷がついており、柄には小さく〝アストル〟と名前が書かれている。俺が訓練で使っていたものだ。まだ残っていたなんて……
「準備はいいかの?」
スレーバが、俺とミントを交互に見やる。
ほどほどの距離でミントと向かい合った俺は、無詠唱で自分に強化魔法を重ね掛けしていく。
そうでもしないと、一瞬で勝負がついてしまうしな。
今のミントに通用するかは不明だが、いつかの模擬戦のように〈転倒〉もばら撒いておいた。さらに〝黙唱〟で〈反応装甲〉も付加して、俺は木剣を握りなおす。
「どうぞ」
「いいわ」
俺達の言葉に頷いたスレーバが高々と掲げた旗を……振り下ろした。
「てぇぇいッ!」
開始早々、ミントが踏み込み一閃、ダイナミックな斬り下ろしを放ってくる。
完全に〈転倒〉を見切った足運びだ。
「おっと……〈感電〉」
木剣の先から小さな電撃を放って牽制するが、ミントは構わず体当たりじみた接近戦を仕掛けてきた。抵抗されてしまったようだ。
とはいえ、斬り下ろし自体は見えている。体を半歩逸らせてそれを避ける。
その瞬間、訓練場がざわりとした空気に包まれた。
「甘いわ! 今のアタシにいつもの小細工は通用しないわよ」
「俺に勝ち目はなさそうだ」
泣き言を言いつつ、距離を稼ぐ。
完全な接近戦でミントと戦うのはさすがに無理がありすぎるからな。
跳び退った直後、俺の体に何かしらの魔法が放たれたのがわかった。
少ない魔力による低レベルな魔法のため、容易に抵抗したが、おそらく〈鈍足〉か〈拘束〉あたりの、動きを阻害する魔法だろう。
ミントが無詠唱で放ったのか……? なんて厄介な。
抵抗できたからよかったものの、こんな切羽詰まった戦闘で動きを鈍らされれば、あっという間に決着をつけられてしまう。
「なら、俺も……ッ」
〈鈍足Ⅰ〉と〈拘束Ⅰ〉、それに〈麻痺Ⅰ〉を発動待機して、【反響魔法】による追撃も交えてミントに浴びせる。
……が、どれもこれも抵抗されてしまった。
レベルは俺の方が上で、かつミントは魔法的抵抗力が比較的低かったはずだが。
もしかすると、魔法を使って対策しているのかもしれない。
「☆5には☆5の強みがあるのよッ!」
「俺には強みしかないように聞こえるけど……!?」
ミントは矢のように飛び込んできて、勢いよく木剣を横薙ぎにする。
絶対寸止めするつもりないだろ、これ。
「く……ッ!」
なんとか回避したものの、今のは本当に危なかった。当たれば肋骨くらいはポキリといってもおかしくない。
まったく……それならこっちにも考えがあるぞ!
威力調整した〈魔法の矢〉を可能な最大数で発動待機し、【反響魔法】も使用して一気に放つ。
計十発もの〈魔法の矢〉がミントを打ち据えるはずだったが……彼女は不敵な笑みを浮かべながら、それを大剣でブロックする。
訓練場が大きくざわついた。
そりゃそうだろう。こんなのをもらって、ほとんど無傷なんて……軽く化け物じみているぞ。
「雪辱を果たして、今度こそ言うことを聞いてもらうわ!」
「皿洗いさせられたのを根に持っているのか!」
振られる大剣を小剣で受け流し、その勢いを利用して転がり移動する。
〈反応装甲〉はまだ起動していない。
……仕方ない、これを利用して隙を作るか。
いや、待てよ? ここは負けた方がいいのか?
以前、俺がうっかり完封したせいで、ミントを落ち込ませてしまった。
こんな衆人環視の中、☆5の彼女が☆1の俺に負けるようなことがあってはならないだろう。
「顔に出てるわよ!」
眉間にしわを寄せたミントが、〈迅速〉でも掛けたかのような速度で迫る。
魔法道具の指輪の力か……? いや、ミント自身の魔法だと考えた方がいい。
「わざと負けたら、許さないわよ……!」
「そうそう勝てるようには、思えないけどな……!」
連続で振られる怒涛の斬撃をなんとか避け切って、バックステップする。
追い詰められているのは確かだ。
さすが☆5。レベルは俺の方が高くとも、能力はミントの方が研ぎ澄まされているような気がする。
「アタシが勝ったら、一日言うこと聞いてもらうからね!」
「約束が違う!?」
まずいな、一体何をさせられるかわかったもんじゃない。なんとか勝利して、また皿洗いでもしてもらうとしよう。
瞳に【狂化】の紅い光を灯して、ミントが殺気を膨れさせる。
これで決めに来るつもりか!
「ふ……ッ!」
短い気合と共に、ミントが猛烈な速度で跳躍する。
……が、狙いはわかっているので、俺は逆に一歩前に出て、あえてその斬撃を左腕で受ける。
〈反応装甲〉が反応して、ミントがたたらを踏む。
ほんの一瞬だが、充分だ。
俺は大剣ごとミントの腕を絡めとり、彼女の体に腰を密着。そのまま全身を回転させる。
突然の行動に抵抗もできずに、ミントがふわりと浮く。
地面に叩きつけられる直前に〈落下制御〉を発動して、そのままゆっくりと下ろした。
「よし、今日の皿洗いはミントだな」
「む……ずるいわ。普通に負かしちゃうなんて」
ミントが俺の顔に触れながら、少し頬を膨らませて笑った。
「ほら」
「ありがと」
俺はミントの手を引っ張って助け起こし、軽く一礼して木剣を所定位置に立てかけた。
手に馴染んだ〝これ〟があったからこその勝利と言えるかもしれない。
俺の血と汗が染みた、もう一本の愛剣とも言える存在。
「リック、なんとか勝ったぞ」
「相変わらずブレねぇな」
リックと笑いあって、軽くハイタッチする。
しかし、周囲のざわめきは収まらない。
よくよく考えれば危ない場面はいくつかあったのだから、そこで〝降参する〟と言えばよかったのではないだろうか。
☆1が☆5に勝利するなんてあってはならないし、ありえないはずの状況だ。
ミントが手を抜いたとみんなが考えてくれればいいのだが。
後悔しながらも、周囲の声に耳を傾ける。
「おいおい、本当にあれがあのアストルなのか」
「☆1だろ? どうやったらあんな動きができるんだよ」
「詠唱なしで魔法を連射してたぞ!? ☆1ってそんなことできるのか!?」
しまった。ここまでいろいろありすぎて、すっかり気を抜いていた。
無詠唱も発動待機も軽々に見せるべきではなかったのに……どうも、最近の俺は不注意すぎる。騒ぎが大きくなる前に、ミントとリックと共に休憩所代わりの控室へと引っ込む。
「また負けちゃったわ。今度は普通に、負けちゃったわ」
備え付けられたベンチに座り込んだミントが、大きく息を吐き出した。
愚痴をこぼす彼女に苦笑して、その頭をなでる。
「また皿洗いを頼むから、覚悟しておいてくれ」
ミントはえへへ、と一瞬顔を綻ばせたものの、すぐに眉根を寄せて俺に食って掛かる。
「ずるいわ! アタシだって魔法が使えるようになったのに、どうして負けちゃうのかしら」
「それだよ。一体どうやったんだ? 危ないことはしていないだろうな? 無断でナナシに魂を売ったりしてないか?」
戦闘時における魔法の効果的利用は、俺が目指したミントという戦士の完成形でもあったはずだが、自分で相手をすればその脅威がよくわかる。彼女が敵でなくてよかったと、心底思った。
正直、魔法を無詠唱で使われるのがこうも恐ろしいとは……
しかし……いくら、高位魔族の手ほどきがあったからとて、たった二、三日で解決されるとは思いもしなかったな。
「ん? ナナシって誰だ?」
リックの問いに応えるように、ポンッとやけに軽快な音を立てて俺の肩にナナシが現れる。
「吾輩を呼んだかね? 若きドラゴンスレイヤー」
ポップコーンを抱えたまま、コミカルな風を装っているが、短距離とはいえ軽々しく〈異空間跳躍〉しないで頂きたい。リックが腰を抜かしそうだ。
「おわッ! なんだこいつ!?」
「俺の使い魔だよ。悪魔のナナシ」
「悪魔ぁ……? おいおい、正気か? アストル」
「最近正気かどうか自分でも疑ってるが、成り行きでそうなったんだ。注意しつつ仲良くしてやってくれ」
俺の紹介を受け、ナナシはシルクハットを取って芝居がかった礼をする。
「しかし、まぁ……ミントさんが魔法を使ったのは、コイツの仕業ってことか?」
「半分正解だね。ただ、吾輩はやり方を教えただけで、原因は主にある」
黄色い目を細めて、ナナシがカタカタと笑う。
「俺に?」
「奥方……ミント様は、性質が非常に主に似ているのだよ。ただ、魔法を使うための素養は備わっているが、魔法を操るための教養がなかった」
「つまり……?」
ナナシは小さくため息をついて、俺の質問に答える。
「詠唱を保持するだけの集中力と知識がいささか足りない。主の女の趣味をとやかく言うつもりはないが……少しばかり短慮で、有り体に言えば頭が悪い」
ミントがあからさまにショックを受けた顔になっている。
俺が誤魔化し誤魔化ししてきたところを、よくもハッキリ言ってくれたものだ。
どうしてくれる、後でフォローが大変だぞ。
「――なので、東方の巫術に近い魔法式の形成法を教授したのだよ。奥方の〝伝承魔法〟に紛れ込ませる形で魔法を会得してもらい、特定の動きと呼吸法で魔法式を構築できるように、夢の中で訓練させてもらった。夢の世界の方が、ずっと精神に近い場所だからね」
得意げな様子でナナシが語ったその内容は、理論としてはわかる。
ミントは一時期、俺と完全に同化していた。俺の☆1としての魔力親和性がある程度備わっていてもおかしくはない。これはミントが『後天的能力』を獲得した時に、ほぼ確信に至っていたことだ。
「おかげでいくつかの魔法を使えるようになったわ。無詠唱じゃなくって……アストルの黙唱に近いものだけどね」
「☆5の力を持ったプチ・アストルなんて、ぞっとしねぇな……」
「何よ、リック! もう一回叩きのめしてあげてもいいのよ?」
「勘弁してくれ」
リックが苦笑して返す。
その様子からは、特に今回の願掛けが失敗したといった哀愁を感じない。
「なぁ、リック……」
声を潜めて肩を組み、控室の端へとリックを連れていく。
「なんだよ」
「一体、どんな願いをかけてたんだ?」
「ん? ああ。好きな女を口説くための戦果が欲しかったんだよ」
けろりとした様子で、リックが告げた。
世界の危機を救った〝竜伐者〟が、これ以上どんな戦果を欲するというのか。
「なかなか吹っ切れるもんじゃないぜ。オレも〝お嬢さん〟もな」
お嬢さん――ミレニア。その言葉に、少しばかりショックを受ける。
そんなこと、今までおくびにも出さなかっただろ、お前。
……いや、ニブいニブいと言われる俺だから、きっと気が付いていなかっただけに違いない。
「いつからなんだ?」
「初めて会った時から」
どうやら俺は本当にニブいらしい。
親友で、相棒と思っていたリックの、ミレニアへの気持ちに全く気が付かなかった。
「ったく……お前のせいで、絶賛難航中だ。なんのために貴族になったかわかったもんじゃないぜ」
貴族になってミレニアと添い遂げる――かつて俺が目指していた道を、リックが歩んでいる。
そのことがどうにもむず痒くて、なんと声をかけたらいいかわからない。
だが、リックなら上手くやるという確信があった。何せ、この男はすでに相応しい場所に立っているのだから。
「ねぇ、男二人でなにコソコソやってんのよ」
ミントが怪訝な顔でこちらを見る。
「なんでもない」
そう笑って、俺はリックの背中をポンと叩く。
親友とミレニアが幸せになればいいと、心から思った。
◆
──数日後。
偵察に出ていた斥候のチヨの帰還に合わせて、会議が開かれた。
彼女からもたらされた情報は、あまり良いものではなかった。
☆1の人間が南方のクシーニへと続々と流れてきている点からもある程度は予想していたが……ここから北、☆1に出会うことはもうないだろう。
「……以上となります」
「『☆1狩り』か」
チヨの報告を聞き、俺はため息と共に呟いた。
なるべく平静を保つようにはしているが、許しがたいという気持ちが心の奥底で揺らめく。
「はい。王都とその周辺地域では、半ば合法化され……一般市民もそれに参加している有様です。また、モーディア皇国軍の存在も確認できました」
「軍だと!?」
会議を仕切るラクウェイン侯爵が驚きの声を上げた。
いずれそうなるだろうと考えてはいたが、動きがあまりに早すぎる。
「皇帝直下の第二師団が首都エルメリア周辺に待機しているようです。グラス首長国連邦がこれに対して緊張を高めており、近日中に戦闘状態になるかもしれません」
「第二師団の情報は?」
俺の質問に頷いて、チヨが報告書を束ねたものを机に置く。
「詳細はこちらに。第二師団は占領地の占有と支配を得意とする軍団です。ですので……」
「エルメリア王国の実効支配を強めるのが目的ってことか」
「その可能性が高いです」
俺が挟んだ言葉を、チヨが肯定した。
もう、時間がないな。もしグラスと戦端が開かれでもしたら、リカルド王子はさらにモーディア皇国との結びつきを強くするだろうし、対外的にもあの国との協力関係に意味が出てきてしまう。
リックが何かを思いついたように、チヨを見る。
「なぁ、チヨさん。オレの名前を使って、グラスに間諜を送り込むことはできるか?」
「はい、可能です。人数的にはそう多くありませんが……」
「数はいらないよ。スピードと確実性で勝負だからさ」
そこまで言って、リックが俺とラクウェイン侯爵に目配せをする。
52
お気に入りに追加
25,484
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?
闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。
しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。
幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。
お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。
しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。
『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』
さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。
〈念の為〉
稚拙→ちせつ
愚父→ぐふ
⚠︎注意⚠︎
不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。
【完結】魔王を倒してスキルを失ったら「用済み」と国を追放された勇者、数年後に里帰りしてみると既に祖国が滅んでいた
きなこもちこ
ファンタジー
🌟某小説投稿サイトにて月間3位(異ファン)獲得しました!
「勇者カナタよ、お前はもう用済みだ。この国から追放する」
魔王討伐後一年振りに目を覚ますと、突然王にそう告げられた。
魔王を倒したことで、俺は「勇者」のスキルを失っていた。
信頼していたパーティメンバーには蔑まれ、二度と国の土を踏まないように察知魔法までかけられた。
悔しさをバネに隣国で再起すること十数年……俺は結婚して妻子を持ち、大臣にまで昇り詰めた。
かつてのパーティメンバー達に「スキルが無くても幸せになった姿」を見せるため、里帰りした俺は……祖国の惨状を目にすることになる。
※ハピエン・善人しか書いたことのない作者が、「追放」をテーマにして実験的に書いてみた作品です。普段の作風とは異なります。
※小説家になろう、カクヨムさんで同一名義にて掲載予定です
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
七辻ゆゆ
ファンタジー
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました
紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。
国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です
更新は1週間に1度くらいのペースになります。
何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。
自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m
【完結】6歳の王子は無自覚に兄を断罪する
土広真丘
ファンタジー
ノーザッツ王国の末の王子アーサーにはある悩みがあった。
異母兄のゴードン王子が婚約者にひどい対応をしているのだ。
その婚約者は、アーサーにも優しいマリーお姉様だった。
心を痛めながら、アーサーは「作文」を書く。
※全2話。R15は念のため。ふんわりした世界観です。
前半はひらがなばかりで、読みにくいかもしれません。
主人公の年齢的に恋愛ではないかなと思ってファンタジーにしました。
小説家になろうに投稿したものを加筆修正しました。
美しい姉と痩せこけた妹
サイコちゃん
ファンタジー
若き公爵は虐待を受けた姉妹を引き取ることにした。やがて訪れたのは美しい姉と痩せこけた妹だった。姉が夢中でケーキを食べる中、妹はそれがケーキだと分からない。姉がドレスのプレゼントに喜ぶ中、妹はそれがドレスだと分からない。公爵はあまりに差のある姉妹に疑念を抱いた――
強制力がなくなった世界に残されたものは
りりん
ファンタジー
一人の令嬢が処刑によってこの世を去った
令嬢を虐げていた者達、処刑に狂喜乱舞した者達、そして最愛の娘であったはずの令嬢を冷たく切り捨てた家族達
世界の強制力が解けたその瞬間、その世界はどうなるのか
その世界を狂わせたものは
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。