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6巻

6-3

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「話がデカくなってきたな」

 リックがついていけないといった様子でこぼした。

「なに、やることは簡単だ。儀式にミントが必要っていうなら、取り戻してご破算にする。ついでに島ごと焼き払って、二度とそんな気が起きないようにしてやればいい」

 その言葉を聞いたユユが、俺の手を握る。

「アストル、ちょっと……ヘンだよ? 少し、怖い」
「俺は、俺だよ。でも少し……ほんの少し頭に来てるだけだ」
「ユユ達の、せいだね?」
「そういうわけじゃ……」

 ユユは言い淀む俺の目をまっすぐに見てから、手を伸ばして俺の頭をくしゃりと撫でる。そしてそのまま、抱きついて薄く口づけをした。
 頭の奥の方で明滅めいめつしていた怒りや絶望が、それですっと引いていく。

「ユユ……」
「だめだよ。無理をしたら、アストルがゆがんじゃう」

 そうか、俺は無理をしていたのか――抱擁されたまま納得する。
 指摘され、ぬぐわれて、初めてそれに気が付いた。人を殺すことに、情け容赦ようしゃのない行動をとるために、俺はいくつかのモノを捨てた。捨てなければ心がついていかなかったのだと思う。
 それなのに、ユユはこともなげにそれを拾い上げてみせた。
 本当に、この娘は……俺にとっての全てなのだと実感させられる。

「うん。ありがとう、ユユ。少し冷静になった。ミントを助けて、儀式自体を阻止する。……良い方法を考えよう」
「ふむ、いつものアストルが戻ってきたのう? 修羅しゅらの如き気配が失せておるわ。どうやったのだ、ユユ?」
「ヒミツ。アストル限定。チヨさんにも教えておく」
「チヨに? ワシではなく? ふむ……難解なことよな」

 レンジュウロウに小さく微笑むユユを見て、俺は少し不思議に思った。
 ユユはもっと狼狽ろうばいするものだと思っていたが、とても静かで穏やかだ。

「ミントが攫われて、不安じゃないのか?」
「少し不安だけど、ユユは、アストルとみんなを信じてる、から。アストルは、いつだって無理も不可能も、くつがえしてきたもの」

 目をしばたたかせる俺に、ユユは再び微笑んで呟く。

「アストルは、すごいんだから」

 その言葉が、俺の心の深い部分に浸透していく。
 俺は俺自身の評価を変えない……いや、変えられない。それは俺が持って生まれた『不利命運ディスアドバンテージ』と呼ばれる性質で、今後も変えることは難しいと言われた。
 だが、ユユが……俺の手を引いて導くユユがそう信じるのであれば、俺はならない。
 ユユが信じるに値する俺でなくてはいけないのだ。そして、彼女のためなら、俺はきっとそうできる。

「わかった。今度も上手くやれるように、いろいろ考えてみよう」

 ユユに頷いて、早速少し考える。
 根本的な解決が必要だ。
 ユユとミントを必要としている以上、儀式そのものを破壊してしまうしかない。
 あるいは、伝承者全員の記憶からそれらの知識をごっそり抜き出してしまうか。
 あの女性達のこともある、できるだけ殺さずに済む方法を考える。
 どうしようもなくなった時は、自分の手を汚す。
 姉妹がその責を負わないように、秘密裏に。

「……お待たせいたしました。周囲の警戒が終わりました。魔物モンスターの小集団がおりましたが、すでに処理済みです」

 斥候から戻ってきたチヨを、レンジュウロウがねぎらう。

「ご苦労。ルートの確認もできておるかの?」
「すでに。そう遠くない場所に野営に適した場所がありました」

 俺は地図を確認し、みんなに方針を告げる。

「了解。野営地で朝まで待って、旧街道を南下。メドナで馬を借りてポートアルムを目指すことにしよう」
「承知しました。先行警戒はどういたしますか?」
「できるだけ密に。向こうはワイバーンを手なずけているから、こちらを追撃してくるかもしれないし、旧街道に斥候を送ってくるかもしれない」
「かしこまりました」

 俺の言葉に頷いたチヨの姿が、夜の闇に溶けていく。夜間は闇の精霊を従えた彼女の独壇場どくだんじょうだ。警戒は任せておこう。

「それじゃあ、行こう。ユユ、立てるか?」

 立ち上がって、ユユを引っ張り上げる。
 魔法薬ポーションで長時間眠らされていたのだ、本調子ではないだろう。

「ありがと。作戦、浮かんだ?」
「情報が足りない。細かいところはミントを見つけてからだな。……その、お母さんから受け継いだ知識を後で教えてくれるかな?」
「わかった。野営地についたらね。教えるけど、無茶するのは、ダメだよ?」
「ああ……わかってるよ」

 そう応えながらも、俺は頭の中でその〝無茶〟がどのくらい可能なのかを計算していた。
 ミスラの顕現に、古代魔法、魔力変換マナコンバート……どれもこれも負担が大きい。状況を大きく変えることができるとはいえ、おそらく大きなリスクが付きまとう。
 だが、俺を殴り飛ばしたあの男ほどの手練れが何人もいると考えれば、多少の無理や無茶はやってみせなければならないだろう。
 ……それに、相手は伝説の邪神だ。
 手札を惜しんでゲームに負ける――なんて言葉があるが、適切な手札を適切なタイミングで切る必要がある。
 何せ、俺達は手持ちがやや不足しているのに対して、相手には強力な手札が山ほどあり、すでに切り札の準備が整いはじめているのだ。

「世界を救う、ね。こういうのはシスティルちゃんの領分なんじゃねぇの?」

 余程俺の顔が深刻そうだったのか、リックが冗談めかして言った。
 俺の妹のシスティルは、ユニークスキル【勇者】持ちだ。確かに、世界のために戦うなんて、いかにも勇者の役回りだが――

「【勇者】があるからといって、邪悪と戦う義務はないさ」
「それもそうか。別にオレらが決着つけちまえば問題ないんだろうしな」

 リックは気軽な調子で言うが、これで慎重なところがある男だ、そう話すだけの勝算をどこかに見出しているに違いない。
 その言葉を聞いて、レンジュウロウがニヤリと笑う。

「ほう、坊主。なかなか大きなことを言うではないか」
「坊主じゃねぇって。ここにアストルがいるだろ? なら、勝ったも同然だ。でも、オレも頑張るぜ? ミレニアお嬢さんに結婚を申し込むには、まだまだ戦功が足りねぇからな」
「「「……ん?」」」

 揃って歩みを止めた俺達を振り返って、リックが不思議そうな顔をする。

「なんで、みんな黙るんだ?」

 エインズが、驚いた様子のまま返事をする。

「いや、そりゃおめぇ……びっくりすんだろ」

 俺に至っては言葉が出てこない。まさに、なんと言っていいかわからない状態だ。
 リックがミレニアを……? いつからだ。全然気が付かなかった。

「いや、わかってるよ……ミレニアのお嬢さんがアストルを好きなのは。でも、仕方ないだろ? これでもちゃんとアストルとのことが落ち着くのを待ってたんだぜ?」

 どう仕方がないのかわからないが、リックの中では色々整理がついているらしい。

「なので、ここでぱーっと戦功を立てておかねぇとな。『竜殺しドラゴンスレイヤー』の称号でもあれば、はくがつくってもんだ」
「応援させてもらうよ、リック。まずはミントを助け出さないとな」
「おうよ」

 互いに拳を当てて少し笑う。
 この先は死地しちになるかもしれない。俺には俺の、リックにはリックの〝戦う理由〟がいる。

「男の子って、少し、ヘン」
女子おなごにはそう映るやもしれんのう」

 小さなため息をついたレンジュウロウが、ベリーショートになったユユの頭をわしわしと撫でた。


 しばらく歩くと、暗闇の中からチヨの声が響いた。

「……前方にあるのが野営地です。わたくしはもう少し範囲を広げて警戒を行います」
「わかりました。お願いします」

 そう応えて荷物を下ろしはじめた俺に、エインズが声をかけた。

「あ、そうだアストルよ。手紙を飛ばしてくんねぇかな」
「わかった。すまないな、大事な時期に」
「バッカおめぇ、気にすんな。ミントを攫われたまんまで帰ってみろ、パメラにどやされちまうよ。でも、遠出すんなら知らせておかねぇとな」

 早速紙を取り出してペンを走らせるエインズを横目に、俺も短い手紙をいくつかしたためる。
 システィルの面倒を見てくれている先輩賢人のマーブルに、塔の警護を依頼しておかないといけないし、妹達にも事の次第を知らせておく必要もある。
『邪竜アズィ・ダカー』──相手が相手だ。何が起こるかわからない。
 確実なことは一つも言えないが、何も知らないよりはましだろう。

「じゃあ、飛ばすぞ」

 エインズから手紙を受け取って、〈手紙鳥メールバード〉の魔法を使う。
 続いて俺の手紙も。

「……これでよし。火をおこして食事の準備をしよう」

 周囲に向かっていくつか〈灯りライト〉の魔法を使うと、不意に、初めて魔法を使ってはしゃぐミントの顔を思い出した。
 ――もっと早く繋がりリンクを切断しておけば、こうはならなかった。俺の研究に付き合わせたツケがこれだ。……絶対に助け出す。
 小さく決意して、来る途中で拾い集めたを組み上げて火をつける。程よく乾いていたので、すぐに火の粉を散らして焚火が完成した。
 チヨが戻るのを待って、パンと炙ったハムの簡素な夕食を食べつつ今後を話し合う。

「ミントの救出が第一目標だが、どちらにせよ、ダマヴンド島には行こうと思う」
「ふむ。邪神復活のんでおかねばならぬ……。じゃがアストルよ、必ずしも我らの仕事というわけではあるまい? 国難ともなれば『西の国ウェストランド』にはそれに対処できる英雄は多い」

 競争主義の強い『西の国ウェストランド』では、各々おのおのの領に英雄クラスの人間を囲っていることが多い。特にそれを抱えているのは、ウェルスだったりするが。
 彼らの武勇は、主に隣領に対する牽制けんせいや、中央議会での発言力を増すためのものだが、いざ戦争や魔物災害などの国難となれば、それらの人材が惜しみなく投入される。

「復活してからじゃ遅いし、ミントを取り戻して阻止したら国難にはなりませんからね……。でも、ソレがある限り、ユユとミントは狙われ続ける。なら、徹底的に処理しておかないと」
「どうするつもりじゃ?」
「そうですね、方法としては……いくつか考えがあります。到着してから最適なものを選びますよ」

 頭の中でシミュレーションしてみる。どれもこれも可能ではあるが、リスクが付きまとう。
 しかし、姉妹のためならかぶっても問題ないリスクだ。
 ……☆1の軽い命くらい、賭けてみせようじゃないか。

「それで、ユユ……ダマヴンド島へは簡単に行けるのか?」
「船がないと、だめかな。それに侵入者防止用の海棲かいせい生物せいぶつが、いるはず」

 なるほど、邪教の本拠地は防衛も完璧ってことか。

「ふむ、ならば奴らの船に忍び込むしかないかのう?」
「ユユをかくまってくれた人達に頼み込むか、自前の船で行くか……船を出してくれそうな人がいればいいけど」
「話を聞く限り、いなさそうだけどな」

 エインズの言葉に頷く。
 しかし、手段はある。俺達六人が乗れればいいだけなので、大型の船は必要ない。小型の船であれば、多少魔法を応用すれば海を渡ることは可能そうだ。
 俺のかつての自宅のように、少し時間をかけて改造してやれば、ちょっとやそっとでは壊れないだろう。

「船は、借りるか買うかできればなんとかするよ」
「アストルに考えがあるなら、オレはそれでいいぜ」

 リックが無邪気な笑顔を俺に向ける。
 こいつの頭には俺を疑うって選択肢はないらしい。そしてそれは、他のみんなも同様だった。

「む。ユユ、装備、ない」
「俺が持ってきているよ。一階に置いてあった分だけだけど」

 二人を助けた際に丸腰なのもどうかと思い、一式持ってきている。
 ミントのよろいはさすがに重かったので、『粘菌封鎖街道ねんきんふうさかいどう』で使っていた軽量鎧の方だが。

「さすが、アストルはわかってる」

 俺が取り出す装備や道具を受け取りながら、ユユが顔をほころばせる。

「これで、ユユも戦える。魔導書も、入ってて助かった」
「ああ、頼りにさせてもらうよ、ユユ」

 俺達の様子を見て、エインズとリックが生暖かい目を俺に向ける。

「昼間のアストルを見たら、ユユの奴、卒倒するんじゃないか?」
「だな。オレでもちょっと怖かったからな……」
「なんの、話?」

 ユユは二人のヒソヒソ話に、不思議そうな目を向ける。
 あの時のことはそっとしておいてくれ。
 俺だって、ほんの少しやりすぎたって反省してるんだ。


 ◆


 日の出と共に起きた俺達は、旧街道を南下して、太陽が中天を少し過ぎた頃にこの辺りでは比較的大きな農村であるメドナに到着した。
 南沿岸部のポートアルムと学園都市ウェルスを結ぶ街道は二つあり、やや遠回りなこちらを使う行商人は比較的少ない。とはいえ、周辺で採れた野菜や麦をやり取りする際はこちらの街道を使うので、村には搬送用の馬車や馬が必ずあると、ユユは予想したのだ。
 そしてその予想は正しく、ちょうどポートアルムへ作物を運ぶ馬車を見つけ、俺達は同乗させてもらうことになった。
 当初は賢人の地位と金の力にものを言わせて馬か馬車を買い上げる予定だったが、最初からそちらに向かう用事があるのであれば、同乗させてもらった方が後腐れなくて済む。それに、奴らの目を少しはあざむける。
 トゴマと名乗った年老いた農夫は、俺達みたいな冒険者が護衛代わりに乗ってくれれば、野盗や魔物モンスターの危険が減って助かると快諾かいだくしてくれた。
 俺は荷造りの最中のトゴマさんに声をかける。

「トゴマさん。馬車と馬に少し手を加えても?」
「へぇ、賢人様。何をなさるんで?」
「馬車を壊れないように強化して、馬がたくさん走れるように元気にします」
「はぁ、そりゃありがたいこってす」

 ご主人の許可も得たことだし、出発前に馬車を少し強化しておく。
 いくつか魔石を埋め込んで半分魔法道具アーティファクト化してしまったが、問題ないだろう。
 同様に馬にも秘薬エリキシルの出来損ない――と言っても、それなりに効果はある――を飲ませて、いくつかの強化魔法をかけてやる。
 せっかくだから禁呪の〈勇猛ブレイブオン〉も実験しておこう。軍馬のように強靭な肉体と精神力にしておいたから、多少の魔物モンスターならころす勢いで走ってくれるはずだ。

「……おっちゃん、終わったぜ」

 積み込み作業を終えたエインズが、汗を拭いながらやって来た。

「へぇ、ありがとうございやす。積み込みまで手伝っていただいて」
「気にするこたあねぇよ。こっちの都合で急がせてんだからな」

 本当は今日積み込んで明日出発……の予定だったらしいのだが、急いでいることを伝えると、トゴマさんは作業を前倒ししてくれたのだ。金はいらないと言っていたが、予定を狂わせた分、ポートアルムで少しゆっくりできるだけの謝礼金を払おうと思う。

「へぇ、そしたら出発しますで。日が完全に落ちるまでにこん先の野営地まで行きやす」

 御者席に座ったトゴマさんが、馬車に乗り込むように促した。
 順番に馬車に乗って合図を出すと、馬が動きはじめる。

「へぇ……ヘェェェッ!?」

 徐々に加速し、やけに速くなった馬車は、トゴマさんの悲鳴を置き去りにして旧街道を駆けていった。


 ◆


 土煙を盛大に上げながら爆走した結果、俺達は予定よりもずいぶん早く、結界石の敷いてある野営地に着くことができた。

「いんやぁ……さすが賢人様だなぁ。うちの馬達があんな力強く走るなんて、初めてだぁ」
「明日からも同じ速度で走りますので。なんかすみません……」
「いんや、いんや。ウェルスの賢人様には昔から良くしてもらっておるでなぁ」

 パイプをくゆらせながら、トゴマさんが空を見上げる。

「この街道を作ったのも昔の賢人様だし、ここら一帯の荒れ地を麦畑に変えたのも賢人様だぁ。おらは賢人様の力になれてうれしい。どんな事情かは知りませんが、賢人様が慌てるようなことがあったんでしょう?」
「ええ。とても、大事なことなんです」

 俺の答えを聞いたトゴマさんがうんうんと頷く。

「でしたら、おらは全力でそれをお手伝いしますで」
「ありがとうございます」
「なぁに、賢人様に恩を売っておけば、困った時に助けてもらえるなんて打算もありますでな! はっはっは」

 トゴマさんはそう笑いながらパイプをしまい、かたわらで草をむ馬の世話を始めた。
 俺の背後ではすでに食事の準備が進んでおり、いい匂いが漂ってきている。
 そろそろ夕食にありつけそうだ。
 食事を用意するユユ達を横目に、俺は小さな道具をいくつか作っておく。
 本来は俺の塔に転がり込んできた元マルボーナ塔の生徒――ダグに渡そうと思って準備していた小物類だ。エインズやリックも相当ので、うまく使ってくれるだろう。

「そんいえば、賢人様は船をお探しとか」

 馬の世話を終えて、焚火のそばに座ったトゴマさんが切り出した。

「ええ、ダマヴンド島へと渡りたいんです」
「ダマヴンド島へ? 賢人様の研究も大変ですな……渡しをやっとる知り合いが居よるので、話してみますわ」
「本当ですか?」
「ええ。おらが声をかければ、きっと力を貸してくれると思いますでな」

 まさに渡りに船だ。
 俺はトゴマさんに頭を下げて感謝を伝える。

「助かります。何から何まで……」
「頭を上げてくんろ、賢人様。おらそんな大した人間じゃないで」

 トゴマさんは急に頭を下げた俺に驚いたらしく、おろおろとしている。善人というのはこういう人間のことを言うのだろうな。

「いいえ。これでいくつかの問題はクリアしました。きっと、いつかお礼をさせていただきます」
「ありがたいことで。そん時は頼んます」

 しばらくお互い頭を下げあっていると、食事のわんが差し出された。

「アストル、トゴマさん……スープ、できたよ」

 メドナ産トマトのスープが入ったうつわからは、とても良い匂いがする。

「ありがとう、ユユ」
「ん。これは、とても良い野菜……今日のは、自信作」

 それを聞いたトゴマさんが少し得意げに笑う。
 仕事にプライドを持った善良な人間、というのがぴったりくる人物だ。
 ……俺の養父に少し似ているかもしれない。
 美味うまいスープとチーズ、それにメドナで購入した白パンでささやかな夕食を終えた後、すぐに俺達は休息に入った。見張りはリックとエインズ、レンジュウロウが交代で行い、俺とユユ、それに警戒行動の多かったチヨさんは馬車の中でぐっすりと眠った。
 トゴマさんは焚火のそばで歓談していたのでわからないが、そのまま火にあたりながら眠ったようだ。


 ◆


 ──翌日。
 再び、農業用馬車とは思えない速度で旧街道を走り抜ける。
 周囲の景色は少しずつ木が目立つようになり、小高い丘や川なども見られるようになってきた。
 海に近づき、平原から沿岸部の地形に変化したのだろう。
 そして、その次の日も旧街道を爆走。道中、飛び出してきた小型の魔物モンスターをはじき飛ばしながら走り抜け……俺達は予定よりも二日早くポートアルムへと到着することができた。

「これは早くについたもんだなぁ、おったまげた……」

 トゴマさんが驚きをあらわにする。
 こっそり強化魔法を入れたとはいえ、あの馬車をぎょし続けたトゴマさんも相当だと思う。

「んだば、船乗りのとこに案内するで。急いでおられるんでしょう?」

 馬を厩舎きゅうしゃに預けたトゴマさんに先導され、港へと続く大通りを歩く。
 この町では冒険者が珍しいのか、道行く人から少し注目を浴びてしまった。もしかすると連中に俺達のことが知られるかもしれないとは思ったが、ここまで来れば伝わるのは時間の問題だ。
 そんな緊張の中、後ろから俺達を呼び止める声がかかった。

「あれ、アストルさんじゃないですか。こんな所で何をなさってるんです?」

 優しげな青年が、控えめな笑顔で手を振っている。
 行商人のビジリ。元司祭という肩書を持つ商人で、突如出現したダンジョン『粘菌封鎖街道』攻略の際に、手に入りにくい物資を用立ててくれた人だ。

「お久しぶりです。アストルさんのご活躍は聞いておりますよ」
「こちらこそ。しかしビジリさん、あなたこそどうして……?」
「いえ、今年の夏は『西の国ウェストランド』で過ごそうかと思いまして。南沿岸部をゆっくり歩いて商売して、帰りに学園都市へ行こうと考えていました。噂の賢人殿を訪ねる予定でしたが、少し早くお会いできましたね」

 ビジリと握手を交わし、みんなに軽く紹介する。
 この中でビジリを知っているのは俺とユユだけだ。

「ユユさんもお久しぶりですね。髪の毛、短くされたんですね?」
「うん、ちょっと……いろいろあって」
「でも、少し良くないですね。こちらをどうぞ」

 ビジリはかばんから引っ張り出した鮮やかな緑色のフードをユユの頭に被せる。
 すっぽり頭を覆い、鼻のあたりまで隠れてしまう目深まぶかなものだ。

「ストロベリーブロンドに赤い瞳の女性を探している連中がいたそうです。まだ付近にいるかはわかりませんが……用心に越したことはないですよ。ミントさんの分もご用意できますけど、ミントさんはご一緒ではないんですか?」

 ビジリの言葉に、少し詰まる。
 何かあると察した彼は〝目立つとよくないんですね? 歩きましょう〟と小声で促し、俺達の列に加わる。

「これで行商人と護衛冒険者にしか見えません。……何かお困りごとですか?」

 ビジリに事情を話していいものか迷ったが、協力者が多いに越したことはない。『ダカー派』の連中がどこにいるかわからないこの港町で、必要な物を揃えるのはかなりリスクをともなう。
 凄腕すごうでの行商人で、元司祭だからか顔が広いビジリなら、力になってくれるだろう。
 仲間達に目配せして、了承を得る。俺の信用する相手なら任せる……といったところか。

「ミントは今、囚われています」
「それは、穏やかじゃありませんね……。ご入用のものはありますか?」

 真剣な顔つきに変わったビジリが、ふところからメモを取り出した。
 皆まで言わずとも協力するというその態度に、心が少し軽くなる。☆1の俺にこうやって力を貸してくれる人間がいるというのは、とても心強い。

「今、船を出してくれるかもしれない人のところに案内してもらっています。協力を取りつけることができれば早々にダマヴンド島へ向かいます」
「……では、『ダカー派』がらみですか? あまり良い噂を耳にしませんが、人攫いまでするとは」
「ええ、ユユとミントは彼らにとって特別な存在みたいです。そして、連中はロクでもないことを起こそうとしている……」
「ロクでもないこと……? いいえ、詳しく聞いても私ではどうしようもないのでしょうね、きっと。それをどうにかしてくれるであろう〝魔導師マギ〟様にお任せしますよ。魔法薬ポーション用の素材はいくつか手持ちがあります。問屋もいくつか押さえているので、多少珍しいものでもどうにかなるでしょう。魔物素材や魔石も仕入れ先を押さえています、必要な物を言ってください」


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