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4巻

4-3

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 掲示板の広場に戻ると、ユユが課題票を持って待っていた。

「どうだった?」
「ああ、渡せたよ。次の課題を探さないとな」

 再度〈望遠スコープ〉を使って、掲示板を物色する。
 下の段には良い課題がないと思い至って梯子を登る受験者や、バランスを崩して落ちる者などで、広場はまだ騒々しい。
 ……なんだか、お祭りに参加している気分になってきた。

「ユユは何にしたんだ?」

 掲示板をながめつつ、ユユに聞いた。

「ユユは、近くにあるジパの森での、薬草採取にした」
「いいね。じゃあ俺もジパの森のにするかな……」

 よくよく探すと、採取系、討伐系とうばつけい捕獲系ほかくけい、製作系と、いろいろな種類が並んでいるが、俺達ならなんとか遂行すいこうできそうなものばかりだ。
 本職の冒険者であれば完遂できそうなものが多いが、成人したばかりの者達には厳しいものもある。
 ああ、それで四人組なのか。本来は受験生を選別して、バランスよく四人組にする計画だったのだろう。俺達のようなイレギュラーでもない限りは。

「アストル! 取ってきたわよ!」

 ミントが課題票をヒラヒラと振りながら駆け戻ってきた。

「内容は?」
「ジパの森での魔物討伐よ! 難しい課題はアタシには無理だもの」

 ミントは自分をよくわかっている。その課題なら、剣を振れば完遂できるからな……

「モンスターレベルの高いヤツじゃないといいけどな……。見つけた。俺もジパの森に行くとしよう」

 俺もジパの森での課題を発見した。
見えざる手アポート〉を使って、引き寄せる。

「なになに? アストルはどれにしたの?」
「課題は〝ジパの森で二日間過ごすこと〟だ。これなら、薬草採取と魔物討伐とを一度にえる」
「アストル特製の結界杭けっかいくいもあるし、ね」

 ユユの言う通り、結界石代わりに使える手作り魔法道具アーティファクトもある。
 二日くらいならなんとかなるだろう。

「システィルは……戻ってきたな」

 掲示板の方を見ると、ちょうどシスティルが戻ってくるところだった。
 人混みにまれて少しボロッとした感じにはなっているが、怪我はなさそうだ。

「やっと取れた……みんなはもう確保したの?」
「アストルは、すでに一つ課題をクリアした、よ」
「え、ユユ姉、それホント……? 相変わらず、お兄ちゃんはやることがヘンね……」

 頑張ってるお兄ちゃんに対して、その反応はどうなんだ。

「それはともかく……システィルはどんな課題だ?」
「えっと、〝水袋三つ分、ナクサ湖の水を汲んでくる〟」

 ジパの森もナクサ湖も、同じ方向だ。悪くない。

「ああ、ところで、課題のポイントって、いくつになってる?」
「アタシのは緑6ポイントね」
「ユユのは3ポイント」
「私のも3ポイントだよ」

 俺の手元にある課題票は2ポイントだ。一番高いミントでも6か。
 ……さっきの無理課題とかいうのは、本当にジョークか何かで貼っていたんだろう。
 おそらく、課題一つの平均は3か4ポイント。それを一ヵ月かけてクリアする。
 それぞれの課題は、移動も含めておよそ二日から三日程度で完遂できるとして……一ヵ月で加算できるポイントは四人で100を超えるくらい。
 ここから推測される合格水準は、おそらく……100点あたりだろう。
 俺達のグループはすでに100点を獲得しているわけだから、それほど無理しなくても合格点に届きそうだな。
 ちらりとユユに目配めくばせすると、彼女は小さくまばたきして応えた。
 これは基本的にシスティルの受験だ。さっきの無理課題の件は黙っておいて、課題は課題としてこなすとしよう。母さんが言った通り、おんぶにだっこじゃ、システィルの成長は望めない。

「まぁ、気楽に行こう。ダンジョンじゃあるまいし、よほどのことがなければ大丈夫だろう」
「さすが、レベルが意味不明な状態になってるアストルは、度胸どきょうが違うわね!」

 意味不明……そうだな、ミントが言う通り、本当に意味不明だ。
 今後は冒険者ギルドでレベルを測ることは絶対にできない。
 何せ、俺のレベルは現在91――☆5の最大レベルすら突破してしまっているのだから。
 この事実が発覚した発端ほったんは、死にかけて理力オドを流出させることとなったミントのレベルを正確に知るために使った『レベル確認スクロール』である。
 俺達のような、〝死に直面しがちニアデス〟な生き方をする冒険者は、瀕死ひんしの状態となった場合、まれにレベルが下がる現象が起きる。
 一般的に『デスペナルティ』や『ペナルティロスト』と呼ばれている現象だ。
 単純に蓄積ちくせき経験が下がってレベルが下がるのだろうと一般的には考えられているが、本当のところはもっと危ない現象で、理力オドの流出による構成バランスの崩壊が原因だと俺は考えている。
 ……レベルの高い冒険者がしぶといのは、この流出する理力オドの許容量が多いだけで、いずれにせよ、肉体とたましいを構成できるだけの理力オドを失えば、人は死ぬ。
 ミントの場合は、傷も大きく、その流出ペースが非常に速かった。あと少し遅ければ、俺は二度と彼女と軽口を叩き合えなくなっていたはずだ。そう考えると、今でもぞっとする。
 ユユに言わせれば、〝その『ペナルティロスト』を利用して、魔力変換マナコンバートなんて荒業あらわざをしたの、誰だっけ?〟とのことだったが、反省しているので許してほしい。
 ともかく、俺達は失ったミントのレベルを確認しなくてはならなかった。同時に、〈完全共有パーフェクトシェア〉で彼女と完全同位した俺のレベルを確認しておく必要も。
 あの急拵きゅうごしらえの魔法が、俺達二人にどんな影響をもたらしているかわかったものじゃない。それに、その状態で『ダンジョンコア』を使って『成就じょうじゅ』をしたのが、一体どのような結果をもたらしたのかも不明だったのだ。
 願いを叶える万能の魔法道具アーティファクトとして知られる『ダンジョンコア』ではあるが、その振る舞いには謎が多い。
 スクロールで確認したところ、ミントのレベルは34まで下がっていた。
『粘菌封鎖街道』に入る前は60を超えていたし、進行過程でかなりの経験を積んだはずだが、俺と出会ったころの値まで下がってしまったのだ。
 ☆5は経験の蓄積が遅い傾向にあるので、取り戻すのにかなりの時間を要するだろう。
 一方、俺が自分に使ったスクロールに表示されたレベルの数字は、91。
 おそらく『レベル確認スクロール』に史上初めて表示されたであろう数字を前に、俺達は何度も目をこすって確認したが、その表示に変化はなかった。
 ☆1の上限値であるレベル50を超えた時点で、ギルドでのレベルチェックは受けないと決めていたが、こうなると、どんな理由でも受けないように、そしてバレないように隠す必要が出てきた。
 何せ、☆5でも上限が90とされているレベルの限界値を超えてしまったのだ。
 冷静に考えれば、こんなことが教会関係者や、☆至上主義の過激思想集団である『カーツ』……それに賢人達に知られれば、面倒に発展するのは間違いない。
『カーツ』に至っては、どんな手を使ってでも俺を殺そうとしてくるだろう。

「お兄ちゃんって、絶対どこかおかしいよね」
「アストルはヘンよね」

 システィルとミントが顔を見合わせて笑っている。
 仲が良いのは結構だが、俺をダシにするのはやめてもらおうか。


 喧騒けんそうに包まれる広場を離れた俺達は、目的地であるジパの森を目指して、学園都市ウェルスの大通りを北に歩く。

「しかし、ミントとの繋がりリンクもなんとかしないとな。いつまでも俺について回るわけにもいかないだろう?」
「あら、アタシはいいのよ?」
「いいわけないだろ。命を俺に握られているようなものなんだぞ」

 実は、ミントに使った〈完全共有パーフェクトシェア〉の影響は、いまだに深く残存しているのだ。
『ダンジョンコア』の『成就』が、ややゆがんだ形で行なわれてしまったことによる弊害へいがいとでも言うべきだろうか。
 あの時……俺はミントの魂と理力オドを補完するために、存在同位による支援を行なった。
 わかりやすく言えば、ミントの魂と理力オドに自分を食いこませて、〝繋ぎ〟にしたのだ。
 しかし、コントロールとサービス精神が不足したひねくれものの『ダンジョンコア』は、あろうことか、その状態で〝ミントを助ける〟願いを叶えた。
 その結果。
 ミントは俺と深いところで不可視の何かによって繋がった状態で〝助かった〟。
 もし俺と離れすぎて、繋がりが細くなったり切れたりしてしまえば、たちまち理力オドのバランスが崩れて、身動きが取れなくなり……いずれ魂を手放すことになるだろう。
 元に戻るための条件は不明だが、俺という支えがなくとも魂と理力オドを保持できるように、何か案を考えなくてはならない。
 それこそ、今手元にある『ダンジョンコア』の使用も視野に入れて、だ。

「ま、考えても仕方ないわよ。きっとなんとかなるわ。ダメなら、ユユと一緒にお嫁にもらってくれればいいし」
「よし、絶対に元に戻す方法を考えてやるからな」
「何それ、ひどい! ……まぁいいわ。それで? こっちで合ってるワケ?」
「地図によると、北門を出て半日ほどでジパの森みたい」

 システィルが地図を広げながら指さす。

「少し行ったところに小さい村もあるみたいね。魔物の情報はそこで集めましょ!」
「そうだな……課題の薬草の種類は知ってるやつだったか? ユユ」
「ん。使ったことある、薬草だったよ。大丈夫」

 ユユが小さく頷いた。

「じゃあ、今日はその村まで行って可能なら寝床ねどこを探そう。ついでに情報収集だ。明日から森に入って、二日間キャンプしながら魔物退治と薬草採取。そこから少し足を延ばして、システィルの課題をこなそう。それでいいか?」

 俺の言葉に、各々おのおのが返事をした。
 俺達はシスティルの持つ地図を確認し、再度北門を目指して歩いていく。
 学園都市の大通りは多種多様な種族の老若男女ろうにゃくなんにょが入り交じって、とても混雑している。大陸全土から人が集まるこの学園都市ならではの風景だ。
 そんな雑多な人混みをけ、少しがらの悪そうな四人組の少年達が、明らかに俺達を目指して歩いてきていた。
 繋がりリンクを通さなくとも、ミントが殺気立つのを感じた。
 俺はユユとシスティルを自然に後ろにかばいながら、いくつかの魔法を発動待機ストックする。
 ミント、まだその分厚い鉄のかたまりを抜いてくれるなよ。

「ヨォ、あんた……アストルで間違いないよな?」

 不躾ぶしつけな少年の質問をやり過ごすべく、俺はさらっと嘘をつく。

「いいや、人違いだ。そんなマヌケな名前は聞いたことがないな」

 少年達は一瞬虚をつかれたような顔になったが、すぐにけわしい目つきで俺をにらみつけてきた。

「ハァ? ンなワケないだろ! テメーで間違いないはずだ。☆1野郎! ちょっと顔貸せよ」
「さすが学園都市だ。顔の貸し借りができる魔法でもあるのか?」
「いいかげんにしろよ? ☆1の分際でよォ」

 凄みを利かせる少年達だが、あまり脅威きょういを感じない。
 やんちゃなのは見た目だけだろう。あまりに動きが素人しろうとじみている。もし冒険者ギルドで同じことをやれば、酔っぱらったおっさん方に指をさされて笑われるレベルだ。

「しがない☆1に何か用か? ただいま試験中で、先を急いでいるんだ」
「☆1が学園を受験? オイオイ、あんまり愉快な冗談を言うもんじゃないぜ?」
「俺も、何か悪い冗談じゃないかと思ってるんだが、妹の合否がかかってるんだ……急ぎでないなら、今度にしてくれ」

 急いでいても、今度にしてくれ。

「うるせぇ……。テメェを連れていけば、オレらは合格間違いねぇんだよ!」

 少年達の目は本気だ。
 ああ……おそらく、どこかのトチ狂った賢人様が、いたいけな受験生をだまくらかして俺を拉致らちしようとしてるんだな。本当にモノ好きが多いな、賢人って連中は……
 俺みたいな、ちょっと珍しいだけの☆1に、少しばかり執着が過ぎないか?
 俺は小さくため息をつきながら、発動待機ストックしていた魔法を、少年達に軽く浴びせる。
 なに、二、三日しびれるかもしれないが、死にやしないだろう。短気なミントが剣を抜かなかっただけ幸運だ。
 俺達は、大通りで身動きが取れなくなった少年達をその場に残し、北門へと向かった。


   ◆


 さて、試験が始まって三週間。
 周囲の受験者が慌ただしくなる中、俺達は実にのんびりした時間を過ごしている。
 先日、事前合格の通知が来てしまったからだ。
 ……というか〝これ以上、課題票を剥がされると困る〟などという注意を、クランキーから受ける羽目はめになった。
 緑どころか、全ての色において、俺達のポイントはダントツの一位らしい。
 ともあれ、システィルの合格が確実となったので、俺としては万々歳ばんばんざいなのだが。
 世話になった手前、報告をしておくべきだろうと訪ねたマーブルの塔の一室で、俺達は塔の主を交えてお茶の時間と洒落込しゃれこんでいた。

「いやー、推薦すいせんしたぼくも鼻が高いですよ。ねじ込んでおいてグダグダでしたー……じゃ、賢人としても格好がつきませんからね」

 テーブルの向かいで茶をすするマーブルが、ニコリと笑みを浮かべている。
 実に明るい、溌溂はつらつとした笑顔なのだが、その笑顔の裏で何をたくらんでいるんだ……と疑ってしまっている俺がいる。
 これが、『不利命運ディスアドバンテージ』ってやつか。
 理性では信用しようとするのだが、心の奥では〝どうにも信用ならない〟と感じてしまう。

「あんたはまぎれもなくシスティルの恩人にあたるはずなのに、何か裏があるんじゃないかとつい疑ってしまう……。『不利命運ディスアドバンテージ』ってのは、困った特性なんだな」

 俺の言葉に、マーブルが不思議な顔をする。

他人事ひとごとみたいに、何を言ってるんです? キミだって持ってるじゃありませんか。『不利命運ディスアドバンテージ』」
「俺が?」

 そんな唐突な。

「お兄ちゃんも?」
「そうとも、システィル。キミの兄は重大な『不利命運ディスアドバンテージ』を抱えているんですよ。ぼくのように他人に作用するタイプのものじゃない上に、彼の立場がそれを補強している部分がありますけどね」

 飲み干したカップに自分で茶をそそぎながら、賢人は新たな弟子――システィルを見やる。

「さて、それが何かわかりますか?」
「うーん……」

 考えるシスティルの横で、ユユとミントは納得の表情で俺を見ていた。
 俺にはさっぱりだが、姉妹ふたりは答えに思い至っているようだ。

「お二人はもうわかっているようですね?」
「うすうす、ヘンだとは、思ってた」
「いくらなんでも気付くわよ……」

 何なんだ?
 ☆1な上に、『不利命運ディスアドバンテージ』まであるなんて……正直言って、かなりショックだ。

「あ、もしかして……」

 システィルが顔を上げる。

「答えをどうぞ?」

 促された妹が、咳払せきばらいをする。

「ネガティブ思考?」
「ずいぶん大きく拾った気もしますが、およそ正解です」

 マーブルは優雅ゆうがな仕草で小さく拍手した。

「俺の『不利命運ディスアドバンテージ』が? ☆1なんて、みんなそんなものだろう?」

 ☆1でやけに明るい性格のヤツがいたら、別の病気だと思うけどな。

「それは市井しせいの、ごく一般的な☆1であったなら、そんなものでしょうけど……キミの場合は違う」

 マーブルはティースプーンを振りながら、俺を見据みすえる。

「証明をしていきましょう。自覚することで『不利命運ディスアドバンテージ』を軽減できるかもしれませんし、ぼくのように能動的にコントロールするくせをつけられるかもしれないですよ」
「証明って……」
「ではまず、キミの実績を挙げていこう」

 そう言いながら、マーブルは質の良い羊皮紙を一枚取り出して、すらすらとペンを走らせる。
『ダンジョン攻略者』『先天魔法能力者』『レベル突破者』と、書き連ねていく。

「待て……なんで知ってる?」
「この都市の情報網をあまりあなどらない方がいいよ? 今のレベルは知らないけれども……キミが上限の50を超えた☆1なのは、キミに興味を持つ賢人ならほぼ掴んでるはずだよ」

 背中に寒いものが走る。
 これを☆1廃滅集団カーツに知られていたら、マズいことになる。

「他にも、独自魔法の開発をしてるね? えぇと、それに秘薬エリキシルの作製もかな……こんなものでいいだろう。はい、これを見てキミはどう思う?」

 どう、と言われても、困る。
 どれもこれも、俺がやったことに間違いないし、☆1の俺が冒険者をする上で有利だと考える部分ではある。

「なんでもそうだが、評価の正当性を知るためには、尺度が必要だ。冒険者の二人に聞こうかな……『ダンジョン攻略者』は名誉めいよある称号だね?」

 話を振られた姉妹は、首を縦に振る。

「冒険者なら、まず目標にする称号ね。新人はなおさら。ダンジョンに潜るための認可だって下りやすいし、何よりはくがつくもの」

 ミントがそう説明する。

「持っている冒険者はどのくらいいますか?」
「そうね……ダンジョン攻略を生業なりわいにしている冒険者なら、三割くらいかしら?」

 それを聞いて、マーブルが俺に向き直る。

「君はすでに上位三割に食い込む冒険者です。それでも、自分を〝たかが☆1〟と言うんですか?」
「他のメンバーが優秀だっただけだ。俺は☆1の魔法使いとしてできるだけのことをしたまでだ」

 俺の答えに、マーブルが〝ほらね〟と、小さく微笑む。

「キミのそれは謙虚けんきょさからくるものじゃない。『不利命運ディスアドバンテージ』による情報処理異常です。そう思い込まされてる、納得させられているんですよ」

 マーブルはそう言い切った。

「そんな……」
「もう少しキミの『不利命運ディスアドバンテージ』を追い詰めてあげましょうか? 無理課題を易々やすやすクリアする☆1なんかいません。目の前で展開された魔法式を解析する☆1なんていません。無詠唱を使う☆1なんてものは本来存在しませんし、『成就』をコントロールしてその力の一端いったんふるう魔法使いなんて、古今東西いやしません」

 どこからその情報を掴んだのか。
 それはともかく、心の奥底で何かがグラグラと揺れている気がする。

「アストル君。キミはまごうことなき真なる天才だと、この賢人たるぼくが証明します」

 マーブルの優しくも鋭い視線が、俺の心の中の揺れ動く〝何か〟を見据えていた。

「俺が?」
「そう、キミこそが」

 マーブルがニコリと俺に笑いかける。
 どうにも胡散臭い……正気で言ってるのか?

「おおっと、この手の実証にぼくの『不利命運ディスアドバンテージ』はとても向いてないですね? ぼくを信用する必要はない。いいかい、アストル君……キミならわかるはずです。その紙に書かれた能力の持ち主を、客観的に評価してみればいいんですよ」

 目の前にある紙には、確かに俺の能力について書かれている。
 どれもこれも、☆4や☆5の人間にならきっとできそうだ。
 王城で働く宮廷魔術師なんて連中なら、おそらく可能だ。
 ――だが。
 ☆1ができる芸当かと言えば、それはノーだ。

「ぐッ……」

 何かが俺の中でうねるように暴れまわる。息がしづらい……頭が割れそうだ。

「アストル!」
「お兄ちゃん!」

 ユユがぐらつく俺を支える横で、ミントとシスティルが得物えものに手をかけて立ち上がり、マーブルを睨みつけるのが見えた。

「待て! システィル、ミント。マーブルは正しい……でも、なんだこれは、ひどく気持ちが悪い」
「その違和感が『不利命運ディスアドバンテージ』ですよ。示された客観的証明と、それを否定したいキミの深層心理がぶつかり合ってるんです。コントロールできそうかな?」

 無理だな。
 それをすると、どこかでポキリと心が折れそうだ。

「アストル、無理……しないで」

 たまらず倒れ込んだ俺の頭を、ユユが膝に抱えてゆっくり撫でる。
 次第に頭痛と呼吸が落ち着いていくのがわかった。

「ははあ。相当、強度のある『不利命運ディスアドバンテージ』みたいですね。言っといてなんですが、コントロールはあきらめた方がいいかもしれません」

 マーブルが顎に手を当てて、うなる。

「別に、アタシはアストルがネガティブでもいいわよ? 度が過ぎた謙虚だと思えばいいし、☆1のアストルが尊大になったらいろいろ問題が起きそう」
「おや、ミント君……キミはなかなかどうして現実的ですね」

 ミントの言葉に笑顔で返すマーブル。
 現実問題、☆1の俺が多少得意分野で優位にあるからといって、ちょっとでも偉ぶったら、すぐに『カーツ』あたりがすっ飛んできそうだ。
 頭痛が収まってきた俺は、名残惜なごりおしさを感じながらもユユの膝枕からなんとか起き上がり、冷めた茶を一口飲んで、息を落ち着ける。

「……ふむ、さて、アストル君。〝残念なお知らせ〟と〝残念なお知らせ〟があります。どっちから聞きたいですか?」
「……残念なお知らせからでいい」

 選択肢など、初めからないじゃないか。
 よろしい、と一つ咳払いしてから、マーブルが俺に告げる。

「キミの『不利命運ディスアドバンテージ』は制御不能で、治療も無理そうです。『ダンジョンコア』を使っても改善するかどうか怪しいところですね」
「それなんだが、特に不便を感じていないんだ。治す必要があるのか?」

 冷静に、そして客観的に見て、俺が☆1として規格外であるのは確かなんだろう。
 だが、それが☆1である不利をくつがえせるかというと、不可能に近い……と俺は思う。
 一人の突出した☆1ができることなんて、たかが知れている。

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