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2巻
2-8
しおりを挟む「お父様! アストルは命の恩人ですよ!?」
「バカな。☆1ごとき、貴族に触れることすら許されぬ。大体、☆1のような者が、いったい何を成したというのか!」
激昂してないで、まずは娘の無事を喜べばいいのに……と思うが、伯爵にとっては愛娘の膝の上でへらへら笑っている☆1の方が気になるらしい。
見かねたリックが会話に割って入る。
「閣下。アストルは我々を殺そうとしたゴッグ・マーレグを打ち倒し、お嬢様を守ったのです」
「リック・カーマイン……下層の空気にあてられて、頭がおかしくなったか? ゴッグ・マーレグが造反するはずなどないだろう。そもそも、打ち倒したというなら、そのゴッグ・マーレグはどこにいる? 儂が直接、問いただそうではないか」
「あの通り……死にました」
リックの指さした先では、呪いで溶けたゴッグの体の残滓がグズグズと蠢いている。
「バカな! ゴッグ・マーレグは☆4だぞ! ☆1相手に負けることなどあるはずがなかろう!」
リックの返答で、さらに激昂するバーグナー伯爵。
アイツ、予備学校でも俺に負けましたけどね……と言いそうになるのを、ぐっと堪えて押し黙る。
そんな緊迫した空気の中、人混みをかき分けてエインズが現れた。
「よぉ、伯爵閣下。依頼は完遂したぜ……? 報酬の話に移ろうか」
「エインズ、無事だったか!」
ゴッグはエインズに何か刺客を差し向けたようなことを言っていたが、大きな怪我はなさそうだ。
「おうさ。運よくガッツとロセスの旦那方に会ってな」
最悪の事態は免れたようだと、俺は安堵した。
「街中で『震え胡桃』が割れれば、何かと思って向かうものだろう? 冒険者ならばね」
『震え胡桃』はダンジョン内で救難信号として使われる魔法道具だ。
警備兵の腕を掴みながら、ロセスが困ったように笑う。
「さて……報酬は提示されたもので結構だが、必要経費が高くついた。ざっと金貨を二千枚は積んでもらおうか」
エインズは体についた埃をわざとらしく払いながら、不遜とも言える態度で言ってのけた。
「バカな!」
これを受けて、伯爵の顔がさらに赤みを増す。
「ろくに歩けもしない衰弱した人間を、最下層から五体満足で引き上げてくるのにダンジョンコアを使ったんだよ。アンタ……必要経費は出すって言ったよな?」
「だからといって、そんな金額を出せるものか! よりにもよってダンジョンコアだと? 嘘も休み休み言うがいい! 領都のどの商店にも、オークションにも出ていなかったはずだ」
いきり立つ伯爵に見せつけるように、エインズは懐から深紅の『ダンジョンコア』を取り出して掲げた。
「なんなら、クシーニの冒険者ギルドに問い合わせてみたらどうだ? オレらが取得したダンジョンコアは全部で三つ、今残っているのはこの一つだ。今回の救出作戦で二つ使った。アンタ……方法も手段も問わないから急げって言ったよな?」
エインズが俺に目配せして、ニヤリと笑う。
強かで悪辣な考えだ。
レンジュウロウが俺に使った『ダンジョンコア』の分まで吹っ掛けようなんて……ああ、だめだ、スゲー悪い笑顔してる。
「それに関しては、こちらも確認していますよ? お預かりした依頼契約書にも、そう記載されています」
聴衆の中から颯爽と歩み出てきたのは、眼鏡をかけた妙に筋骨隆々の老人……冒険者ギルドのギルドマスターだ。
「な、ならば……ダンジョンコアを儂に提示すればよかっただろうが!? それがあれば、調査団でも救出は可能だった!」
「あいにく、ウチのパーティの方針で、手に入れたダンジョンコアは身内で消費することになってんですよ。そこのアストルが〝どうしても馴染みの学友を助けたい〟ってんで、依頼って形で引き受けただけでね」
それを聞いたミレニアが俺の顔を覗き込みながら、泣き笑いの顔で、小さく〝ありがとう〟と呟いた。
その一言だけで、俺には充分だった。
「なんにせよ、そんなものは経費としては認めんぞ! お前達が勝手にやったことだ! これだから、下賤な冒険者のすることは……」
吐き捨てるようなセリフとともに、伯爵はミレニアの手を取って無理やり立ち上がらせる。
「――ぐっ」
当然、動けない俺の頭は、膝の上から滑り落ち、石畳に叩きつけられる。
この高さでも、結構痛い……
「お父様! あんまりではありませんか!」
ミレニアが抗議の声を上げるが、伯爵は一切取り合わない。
「お前は黙っていろ! リック・カーマイン、お前にも今回の責任を取ってもらうぞ!」
この件で、彼やミレニアにどんな責任があるというのか。
獅子身中の虫に気づかずに、二人を危険に晒し、実際に俺の同級生を四人も犠牲にしておいて、なんて言い草だ。
呪毒はコイツに浴びせるべきだったか。
「……それが、バーグナー伯爵としての判断でいいんだな?」
エインズが冷めた瞳でバーグナー伯爵を見据える。
「当たり前だ! 貴族にたかろうなどと……下賤な冒険者風情が、身の程をわきまえるがいい!」
「その言葉、エインズワース・オズ・ラクウェインが確かに承ったぜ。証人はここにいる全ての冒険者、そして王国審問官殿だ」
エインズがそう告げると、バーグナー伯爵の足がピタリと止まった。
「……ラクウェイン、だと?」
「おいおい、伯爵閣下。仕事を頼んだ冒険者の素性くらい確認しておけよ?」
エインズがいやらしくニヤリと笑う。
「……まさか!?」
珍しくうろたえた様子のバーグナー伯爵が、まじまじとエインズの顔を見る。
知らなかったのなら、そのショックは大きいだろう。
よりにもよって政敵とも言えるラクウェイン家の、しかも〝放蕩者〟などと揶揄される次期ラクウェイン家当主候補、エインズワース・オズ・ラクウェインに仕事を依頼し、あまつさえ、契約を違えて報酬の支払いを踏み倒そうとしたのだ。
貴族間のしがらみというのは俺にはよくわからないが、それでもこれがとんでもなく不義理なことであり、非常に体裁が悪い行いだというのはわかる。
しかも、その一部始終を、この人だかりのどこかにいる王国審問官に見られているとなると、もみ消しは容易ではない。
王国審問官は、貴族に対して逮捕権すら持つ、王権の代理能力を有した王直属の役職者である。
貴族や領主、代官など王国に属する者に対して監査し、審問し、是正させることをその任務とする特務員だ。
彼らは時に市井に紛れ、時に堂々と屋敷に踏み込み、貴族の不正や反乱を暴き、裁き、王へと報告する。
今の会話を全て聞かれているとすれば、バーグナー伯爵にとって、いささかまずいことになるはずだ。
これを王の出席する定例議会で報告されたら、上級貴族達はどう思うだろうか。
第三王子派の貴族が、第一王子派であるラクウェイン侯爵の子息へ侮辱を働いた上に契約を果たさなかった……という見方をされるのは間違いない。
たちまち第三王子の醜聞として喧伝され、王位争いの上では非常に不利に働く。
そして、バーグナー伯爵はその原因を作った張本人として、第三王子派の内部でも苦境に立たされるだろう。
そうでなくとも、冒険者ギルドという公的機関と結んだ契約を一方的に反故にしたのだから、信用問題となるのは明白である。
しかも、ここに至るまでの間、圧政ともいえる冒険者への締め付けや、物品の買い占め、引き抜きなど、権力と金にモノを言わせた不正ぎりぎりの動きをしてきた。
王国審問官がいつからこの町にいるのかはわからないが、バーグナー伯爵は弁明に不利な材料を自ら大量に準備してしまっていたと言えよう。
エインズめ、まさかここまで読んでいたんじゃないだろうな?
「ご令嬢はお疲れの様子……どうぞ、屋敷に戻られるといい」
「ぐぬぬ……」
不敬ともとれる態度で伯爵を促したエインズは、鼻歌交じりに俺に歩み寄ってくる。
何もかも上手くいったって顔してやがる。
こっちは大変だったのに――と、少しばかり腹立たしいが、それよりも無事で良かったという気持ちの方が強い。
エインズとて、ところどころに傷を負っている。
襲撃があったのは間違いない。
回復魔法をかけてやりたいところだが、あいにく魔力は売り切れだ。
今にも意識が吹っ飛びそうなくらいに。
「アストル、どんな無茶をやらかしたか知らんが、よくやった」
「ああ、頭がひどく痛む……。このまま冒険者は引退かもな。体がまったく動かない」
「おいおい……カンベンしろや。せっかくダンジョン探索が軌道に乗ってきたってのによ」
お互いの無事を確認し、小さく笑いあう。
「そんな……アストル……!」
引退という言葉に反応したミレニアが、伯爵の手を振り払って俺に駆け寄ってくる。
伯爵が驚いた顔の後、忌々しいものを見る目で俺をねめつける。
「ミレニア様。どうぞお気になさらず」
俺に触れようとしたミレニアを、とっさによそ行きの言葉で制止する。
手遅れかとも思うが、この場には伯爵もいる。
衆人環視の中であまり☆1と親しげにするのは、彼女にとって醜聞となりかねない。
「アストル……やめて……わたくし達、友達でしょう?」
「ミレニア様、勿体ないお言葉です」
驚きと悲しみの入り混じるミレニアの目を直視できず、俺は淡々とそう告げて視線を逸らした。
「アストル……ッ!?」
さて、どうしたものか。
ミレニアは今にも泣きそうだ。
これ以上やり取りを続けるとお互いにとって良いことはない。
そんな空気を察してか、エインズが絶妙なタイミングで割って入った。
「ミレニア嬢。アストルは疲れているようなので、連れて帰ります。おい、ガッツ、こっちに来て手伝ってくれ!」
「おう」
二人に抱えられて、なんとか立ち上がろうとする。
……が、ダメだ。
自分の力では歩けそうにない。
うーむ、これは結構まずいかもしれない。
理力不足が原因か?
体の運動機能がほとんど停止している。
意識があって、話したりできるだけまだマシってレベルだな。
「では失礼、バーグナー伯爵。今回のことは、後で王国審問官殿としっかり話し合ってくださいや……」
エインズの言葉に黙って歯噛みする伯爵の姿は、周りの冒険者達にとってはさぞや痛快だっただろう。
去り際に、黙ったままのリックに一声かけておく。
「リック、また会おう」
「おう、近いうちに。よく効く栄養剤でも作ってくれ」
小さく手を上げたリックに応えてこちらも手を上げたかったが、体が言うことを聞かないので、俺は目礼で返事をした。
人だかりを通り抜ける間、冒険者達が、抱えられたままの俺に〝お疲れさん〟〝よくやったぞ〟と、ねぎらいの声をかけてくれる。
その中には、ロセスやその妹のオニキスの姿もあった。
俺は達成感で胸をいっぱいにしながら、ゆっくりとその場を後にした。
◆
――二週間後。
ようやく起き上がれるようになった俺は、久々の日課である朝のストレッチをしている。
一週間も寝たきり生活が続いたので、体が完全になまってしまっていた。
その間、甲斐甲斐しく世話をしてくれたユユと――ついでにミントには、感謝しないといけない。
何せ、ほとんど体が動かないものだから、食事から着替えまで何もかもを手伝ってもらう羽目になった。
とはいえ、〈賦活〉の魔法を使えば、短時間なら動けることがわかってからは、ずいぶんと楽になったが。
「んにゅ……アストル……?」
ベッドの中でまだ半分夢の中にいる様子のユユが、ねぼけ眼をしばたたかせながらこちらを見つめている。
朝日に照らされたストロベリーブロンドの髪がキラキラと輝いて美しい。
「おはよう、ユユ」
「アストル、おはよ」
微笑むユユの可憐さに目を奪われる。
こんな美しい生き物が俺の愛する人だなんて、何かの間違いじゃないかと疑ってしまうくらいに綺麗だ。
一通りストレッチを終えた俺は、ベッドに腰かけ、頬を寄せてくるユユの頭をふわふわと撫でた。
「おはようのキス、する?」
悪戯っぽく笑うユユを愛おしく思いながら、顔を寄せていく。
だが――
「おはよー! アストル、起きてるー?」
あと少しというところで、ノックもなしに扉が開け放たれた。
「……」
「……」
姉妹が無言で顔を見合わせている光景は、どうにも居心地が悪い。
「ミント、扉はノックしてから開けるものだぞ」
俺は最大限平静をつくろって、ミントを窘める。
「いや、そうじゃないでしょ、アストル。なんでユユが部屋にいるワケ?」
ついにバレた。
「あー……なんだ? つまり……そういうコトなんだ」
「――!! いつからよ!?」
「ちょっと前から……?」
「ズルイ! ズルイわぁぁぁーー!」
朝の静謐な一時をぶち壊しながら、ミントは走り去ってしまった。
「……バレちゃった、ね」
「いずれ話そうと思ってたんだし、いい機会かもな」
もじもじするユユに苦笑しながら、仕方ないと納得することにする。
このバレ方は、いささか気まずいが。
「どう? 体の調子」
「ああ、ずいぶんと良くなった。これなら、日常生活では不自由しなさそうだ」
ユユの心配顔に、笑顔で答える。
ランクⅧ魔法を行使するという無茶をした俺の体は、文字通りボロボロだった。
レベルは一桁台まで下がっていたし、連日続く魔力枯渇の症状でフラフラで、日常生活もままならない日々が続いた。
ようやく普通に動けるようにはなってきたものの、残念ながら、現在も冒険者としての活動は無理そうだ。
おそらく、理力が俺の魔力を使って肉体を再構成しているんだろうと思う。
落ち着けば、レベリングをすることで元通りになる可能性は高いと予想しているが、今は生活するだけでいっぱいいっぱいだ。
魔法は少しなら使えるものの、この状態で治癒魔法使いとしてギルドに詰めることはできそうにないので、この二週間、俺は日がな一日無為に過ごしていた。
その間に、リックの訪問があったり、ミレニアが伯爵の目を盗んで見舞いに来たり、妙にフランクな王国審問官からの聞き取り調査があったりしたが……こうして連日ダラダラと過ごしていると、さすがにみんなに申し訳なくなってくる。
とはいえ、俺という人間は何かすることがないとどうにも落ち着かない性分らしく、上手くダラダラできずに時々ぶっ倒れたりもしたが。
そういえば、ギルドに行っていないので貯金がいくらになっているか確認していない。
歩くのは大丈夫そうだし、そろそろ実家への仕送りの日なので、今日あたり確認しに行かなければ。
結局、バーグナー伯爵は報酬と経費の全額を俺達に支払った。
今回の件に関して、バーグナー伯爵は王国審問官から相当な追及を受けたという話を、ミレニアから聞いている。
彼のやったことは、貴族としては下策も下策であり、その地位を脅かす大問題に発展する可能性は充分にあった。
ダンジョンの調査や出土品で豊かさを享受し、同時にその脅威にさらされているエルメリア王国としては、ダンジョンの攻略と防衛を担う冒険者と冒険者ギルドの信用を失うのはかなりの痛手だ。
一時、頭に血が上ったギルドマスターは、王国審問官に領都から撤退するとまで言って圧力をかけたらしい。
そのため、焦ったバーグナー伯爵は俺達に報酬を支払うことで、状況の収束とギルドとの関係修復を急ぐ必要があった。
さしあたっては、踏み倒した報酬に違約金を上乗せして一括で支払うことによって、信用回復の第一歩としたのだろう。
エインズとレンジュウロウがかなり気分の良さそうな顔をしていたので、相当な金額になったのではないかと予想している。
おかげでバーグナー伯爵の金庫は大いに傾いたと噂されているが、身から出た錆なので、同情の余地はない。
もっとも、二度も死にかけた上に実家が傾いてしまったミレニアの境遇は不憫だったが……
「こんなものか?」
「ん。ありがと、アストル」
寝ぐせで跳ねるユユの髪をとかしていると、控えめに扉をノックする音が聞こえた。
「どうぞ」
ユユがいるが、もうちゃんと服も着替えているし、構わないだろう。
入ってきたのは、ミントだ。
「朝ご飯、できたわよ」
さっきの件があったからか、ミントはどこか遠慮がちな様子で、こちらまで気まずさがぶり返してくる。
「お、おう……あのな、ミント……ユユとのことなんだけど」
「ユユだけずるいわ。アタシだってアストルのこと、す、好きなのに……」
ん……好き?
好きって言ったのか? 俺のことを?
突然の告白に面食らう。
応援ありがとうございます!
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