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第21話

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「さて、最後の一仕事といきますかね」

 緊急会議開かれたモールデン砦を意気揚々と抜け出したアタシは、馬を一匹拝借して平野をかける。
 疲れたので部屋にいると言えば、容易に一人になることができたし、旧い砦は壁を伝って降りるのに困らないくらいに足がかりがあった。
 誰にも見られちゃいない。

 まったく、まどろっこしいことをしてる場合じゃないだろうに。

 心底怖いし、今すぐ逃げ出したい。
 まぁ、砦ではアタシが単身逃走したという話になっているだろうし、本当に逃げてもいいだろうけど……ヤキがまわった。覚悟が据わっちまった。

 思えば、バルボ・フットの傭兵団を煽ったとき、すでに心は決まっていたのだ。
 あいつらが戻らなくて、モールデン砦に魔物が達した時は、自分も一兵卒としてやりあってやると。

あたしにできる事なんて、何もない。
 日々、生きるのに精いっぱいなアタシにできる事なんて、何もないはずだった。

 バルボ・フットは言った。
 自分の背には家族がいると。
 アタシにとっては、そんなのって死んだ妹しか思い浮かばないと思っていたのに、スラムのガキ共や、バーモンや、飲んだくれながらもガキの面倒を見てる連中が目に浮かんだ。

 ここを抜かれれば、みんな死ぬ。
 すべからく死ぬ。
 魔王率いる魔物モンスターたちが蹂躙して、滅ぶ。

 それが、自分の命一つで何とかなるかもしれないなら……可能性がほとんどなくても、賭けてみる価値はある。
 スラムの女の命の価値なんて、欠けた銅貨程度のものだ。
 だが、それで買える時間がある。

 スラムのガキ共や騎士たち、傭兵たち……エルムスの命を伸ばすことができる。
 うまくやれば、アタシの命で買った時間が増援が到着するまで持ちこたえる助けになるかもしれない。

 ……ガラじゃない。
 だいたい、なんでエルムスの顔が浮かぶ?

 ──アタシに価値があると言った男。
 ──アタシを信じると言った男。
 ──アタシと共にいると言った男。

 ……アタシをこんな風にした男。

 ほんと、ガラじゃない。
 そんなチョロい女じゃなかったはずなんだけど。
 ああ、でも。エルムスは、ちゃんとアタシを見ていた。
 一人の人間として。

 ……女としては、疑問が残るが。

「こりゃ、壮観だねぇ。足に震えが来ちまうよ」

 小高い丘を越えようとしたその時、ついにアタシは魔王軍を直接目にした。
 武装した魔人と異形の怪物たちが入り混じった大軍。

 先頭に立つ、ひときわ大きな四本腕の魔人が現れたアタシを見て口角を上げた。

「一人で来るとは……見上げたものだな、聖女」
「褒めたって茶も出ないよ。アタシに用ってのは何だい」

 馬から降りて、尻を叩いてやる。
 魔物モンスターの気配に敏感になっていた馬が、一目散に砦に向かって走り去った。

「今後、魔王様の障害となりうる聖女の首を、御前で刎ねて差し上げようと思ってな」
「趣味の悪いこった! さすが魔物の親分だね」

 アタシの言葉に気を悪くしたのか、魔人が顔をしかめさせる。

「まあ、いいさ。んで? ビーグローさんよ。約束は守れんだろうね?」
「此度は、貴様を持ち帰るために退いてやるとも」
「そうかい。なら、退いてくんな。アタシの事は好きにしたらいい」

 恐怖で震えそうな体を叱咤して、できるだけ鷹揚に笑って見せる。

「自己犠牲というやつか? 愚かなものだな……ん?」

 何かに気が付いたらしいビーグローが、アタシの背後に目を向ける。
 その瞬間、アタシにも震動と蹄の音が感じられた。
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