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第10話

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「セイラ! あなたって人は!」
「何怒ってんだい、エルムス」

 アタシの前線派遣が決まった数時間後、ノックもなく入って来たエルムスがすごい剣幕でアタシを怒鳴る。

「どうして、勝手に前線に行くことを決めてしまったんですか!? 金額交渉までして!」
「誰も行かないなら、どうせアタシになるんだ。チャンスを金に変えた方がいいだろう?」

 アタシの言葉に、エルムスが詰まる。
 確率的にそうなる可能性はかなり高かった。
 あの並ぶ聖女候補の中で使い捨てが可能な人材というのはアタシだけだ。
 要請が『聖女』でなく『聖女候補』である以上、それは誰でもいいと同義であり、その『誰か』をアタシに押し付けるのが一番都合がいい。

「だからって、僕がいない間に決めてしまうなんて」
「あんたがいなかったから仕方ないだろ? どこに行ってたんだい?」
「少し、人と会う約束がありまして」

 初めて見るしょぼくれた様子に、少しおかしくなってしまう。
 そういえば、怒ってるのを見るのも今日が初めてだ。

「ねぇ、エルムス。これはアタシに向いた仕事だ」
「バカ言わないでください。こんなの誰にも向いちゃいませんよ」
「アタシは何でも屋だ。冒険者の真似事で魔物モンスターと戦ったこともあるし、見も軽い。逃げ足だって自信がある」

 エルムスには捕まっちまったけどな。

「他の連中が死ぬような場面でも、アタシなら何とかできんだろ? 向き不向きの問題さ」
「他の候補者なら護衛をつけてもらえます。でも、セイラ、あなたは金を受け取る代わりにそれをつけてもらえないのですよ?」
「なんだ、金も出さないくせにケチだな! あのちょび髭タヌキめ」

 アタシへの報酬は、後見人たちが全額用意した。
 教会としちゃ、懐が痛まない、いい解決策だと思っているんだろう。

「ま、足だけ用意してくれたら適当に労って帰ってくるさね」
「何言ってるんです。僕もついて行くんですよ」
「は?」

 エルムスの言葉に、少し固まる。

「何言ってんだ、足が速いだけのヒョロ僧が。魔物ナメんなよ」
「教会不敬で罰金を取りますよ?」

 一瞬怯んだアタシの額を、エルムスが指ではじく。

「いだッ」
「僕もついて行きます。いいですね、セイラ?」
「やめときな。死ぬよ」

 これで、エルムスにはそこそこ感謝している。
 依頼主としては満点だ。だからって、アタシに付き合って危険に乗り込むこともないだろう。
 ヘタしたら死ぬんだよ?

「あなたを巻き込んだのは僕なんですから、あなたが命をかけると言うなら、僕もかけます。……あなたは、僕の聖女なんですから」
「……わーったよ。勝手にしな」
「よろしい。では、マーガレットさん、セイラの準備をよろしくお願いしますね」

 マーガレットに会釈して、エルムスが踵を返す。
 それを見送って、アタシはほんの少しだけ後悔し……同時に得体のしれない温かさを胸に感じた。
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