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第8話
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大聖堂の催事場。
数名脱落して残り五名となった聖女候補を集めたこの場所で、大司教によって知らされた話は大きなざわめきを起こした。
「静粛に」
ちょび髭に丸い腹の大司教が手を鷹揚に振って、騒ぎ出す聖女候補とその後見人、そして聖職者たちを諫める。
椅子に座る五人の候補者の背後には、それぞれ彼女らを推す後見人がそれなりに着飾って立っている。
生憎、アタシの場合は、後ろに立つはずのエルムスは席を外していて一人だけど。
まあ、背後に誰かがずっと立っているというのも落ち着かないので丁度いい。
「これは、教皇様からのご指示です。私からの提案ではありません」
はぁ。
この大聖堂で一番偉そうな顔をしてふんぞり返ってる割に、責任転嫁のお上手なことだ。
だが、まぁ……内容が内容だけに、そんな風にも言いたくなるだろう。
「もう一度、説明してくれないかね」
聖女の呼び声高きアンナの後ろに控えるガタイのいい男が大司教を見やる。
なんでもアンナの父親らしい。
「南のモールデン砦におきまして、魔王軍と前線部隊の衝突が確認されました。敵軍を退けることに成功はしましたが、多くの犠牲者を出したようです。その慰問を、聖女候補の皆様にお願いしたいと、教皇様が仰せなのです」
「戦地も戦地、しかも最前線に行って労をねぎらってこい、と。そう言うのかね?」
「……は」
声は抑えめだが、アンナの父親は殺気立って目を細める。
「そのような危険でまともな宿もないような場所に、娘を行かせるわけにはいかん。断固として拒否する」
「しかしですね……これは、教皇様のご指示ですので」
「指示だと? 娘を教会の傀儡にしたつもりはないぞ。だいたい、その教皇殿は何故この場に姿を見せない。礼を欠くのではないか?」
アタシを含め、他の候補を置き去りにポリー伯爵と大司教の言い争いが続く。
伯爵としても教会としても、聖女はアンナでほぼ決まりというスタンスのようだ。
言うなれば、この指示は聖女となったときの実績や話題作りのためのものだろう。
つまり、アンナを名指ししているようなものだ。
アンナは王国騎士団への訪問や、大聖堂でのボランティア活動で充分に実績を作っている。
ここで命のリスクを背負う必要などあるのだろうか。
当のアンナをちらりと見やると、彼女は青くなって震え……恐怖から涙すら流していた。
そりゃそうだ。ろくに血も見たこともない様な人間が、侵攻があった直後の最前線なんて命がいくつあっても足りやしない。
傭兵だってぶるっちまうような場所に送りこまれるとわかれば、ああもなる。
仕方ない。
こいつにはあんまりいい印象もねぇが、袖触れ合うも多少の縁。
ついでにいい稼ぎになると見た。
そう考えたアタシは、軽く床を踏み叩いて声を上げる。
「おう。前金だったら、アタシが行ってやってもいいよ」
数名脱落して残り五名となった聖女候補を集めたこの場所で、大司教によって知らされた話は大きなざわめきを起こした。
「静粛に」
ちょび髭に丸い腹の大司教が手を鷹揚に振って、騒ぎ出す聖女候補とその後見人、そして聖職者たちを諫める。
椅子に座る五人の候補者の背後には、それぞれ彼女らを推す後見人がそれなりに着飾って立っている。
生憎、アタシの場合は、後ろに立つはずのエルムスは席を外していて一人だけど。
まあ、背後に誰かがずっと立っているというのも落ち着かないので丁度いい。
「これは、教皇様からのご指示です。私からの提案ではありません」
はぁ。
この大聖堂で一番偉そうな顔をしてふんぞり返ってる割に、責任転嫁のお上手なことだ。
だが、まぁ……内容が内容だけに、そんな風にも言いたくなるだろう。
「もう一度、説明してくれないかね」
聖女の呼び声高きアンナの後ろに控えるガタイのいい男が大司教を見やる。
なんでもアンナの父親らしい。
「南のモールデン砦におきまして、魔王軍と前線部隊の衝突が確認されました。敵軍を退けることに成功はしましたが、多くの犠牲者を出したようです。その慰問を、聖女候補の皆様にお願いしたいと、教皇様が仰せなのです」
「戦地も戦地、しかも最前線に行って労をねぎらってこい、と。そう言うのかね?」
「……は」
声は抑えめだが、アンナの父親は殺気立って目を細める。
「そのような危険でまともな宿もないような場所に、娘を行かせるわけにはいかん。断固として拒否する」
「しかしですね……これは、教皇様のご指示ですので」
「指示だと? 娘を教会の傀儡にしたつもりはないぞ。だいたい、その教皇殿は何故この場に姿を見せない。礼を欠くのではないか?」
アタシを含め、他の候補を置き去りにポリー伯爵と大司教の言い争いが続く。
伯爵としても教会としても、聖女はアンナでほぼ決まりというスタンスのようだ。
言うなれば、この指示は聖女となったときの実績や話題作りのためのものだろう。
つまり、アンナを名指ししているようなものだ。
アンナは王国騎士団への訪問や、大聖堂でのボランティア活動で充分に実績を作っている。
ここで命のリスクを背負う必要などあるのだろうか。
当のアンナをちらりと見やると、彼女は青くなって震え……恐怖から涙すら流していた。
そりゃそうだ。ろくに血も見たこともない様な人間が、侵攻があった直後の最前線なんて命がいくつあっても足りやしない。
傭兵だってぶるっちまうような場所に送りこまれるとわかれば、ああもなる。
仕方ない。
こいつにはあんまりいい印象もねぇが、袖触れ合うも多少の縁。
ついでにいい稼ぎになると見た。
そう考えたアタシは、軽く床を踏み叩いて声を上げる。
「おう。前金だったら、アタシが行ってやってもいいよ」
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