子連れ侍とニッポニア・エル腐

川口大介

文字の大きさ
上 下
41 / 41
第四章 奇跡が生んだもの

しおりを挟む
 俯いているマリカの表情は見えない。が、すぐに立ち上がって顔を上げると、
「ええ。あなたとミドリちゃんの愛の力でね」
 にかっ、といつもの笑みを浮かべて、ヨシマサの肩に手を置いた。
 そしてその肩を掴んで、ヨシマサの体をぐるりと反転させる。
「だから、ちゃんと言ってあげなさい」
 マリカに押されて、ヨシマサはつんのめった。
 その目の前に、ミドリがいる。大敵を倒せて興奮状態、というわけではなく、自分たちの命が助かって安堵している、というわけでもなく。何かに怯えているような顔だ。
「……兄様……僕、の……僕は……その……」
 両手を自分の胸に当てて、ミドリは何かを言いたそうにして、言えないでいる。
 ミドリの、怯えの対象が何であるか、ヨシマサにも解っている。必死で戦っている間は考える余裕などなかった、考えずに済んでいたことを、ミドリは今、考えてしまっているのだろう。
 自分を死の寸前まで追い詰めた蟲たちが、まだ生きていて、全身に巣くっているということ。そして自分が人間ではなく、多くの子供たちを犠牲にして造られたモノであるということ。
「……僕……には……」
 何より、人造人間であるミドリには、同族がいない。ヨシマサがミドリの為に探してくれようとしていた、ミドリの「家族」も「生まれ故郷」も、どこにも存在しないのである。
 ヨシマサは刀を鞘に収めて、言った。
「先程、あの紅白の刃を作った時。お前は、絆の奇跡だ愛の力だと叫んでいたが、まさか本気でそう思っているわけではあるまいな?」
「? もちろん、本気で思ってますけど」
 こつん、とヨシマサの拳がミドリの額を叩いた。
「不正解だ、馬鹿者。お前の知識と技術を高く評価してくれた、魔術研究所の人たちが泣くぞ」
「え、え?」
「お前の魔力の高さは、あの日打ち込まれた蟲たちによるもの。その蟲たちは、俺の気光を浴びて変質した。俺の気光にやられないように。その為に、お前の体と同化した……という話だが、その理由理屈で同化するなら、お前の体より、もっと有効なものがあるだろう」
「有効……? あ、もしかして……兄様の」
 ミドリにも解ってきた。
「そう、俺の気光そのものだ。俺の気光に殺されぬ為には、俺の気光の仲間になるのが一番。それに加えて、後々の自分たちの生命維持も考え、お前の体とも同化したのだろう。そんな蟲たちの魔力だから、普通の魔力とは違い、俺の気光と非常に近い性質のものだったんだ」
「だから、僕の魔力と兄様の気光とで、力を合わせることができた……」 
 ヨシマサは頷く。
「そういうことだろうな。いいか? 気光とは、気の流れ。体内を常に循環している。これが滞ったり弱まったりすると、病の原因になることもある。血と同じようなものだ。そしてお前の中には、俺の気光と非常に近いものが、息づいている」
「……に……い……」
 感極まって涙を浮かべるミドリ。
 ヨシマサは、その頭にぽんと手を置いた。
「俺とお前は、血を分けた兄弟も同然ということだ。これからもよろしくな、ミドリ」
 これは間違いなく、ラグロフが言っていた通り、千年に一度あるかないかの奇跡だろう。
 そんな奇跡を経て、生まれた縁で、ミドリとヨシマサは繋がっているのだ。
 そう思い至ったミドリは、
「……にいさまああああああああぁぁぁぁ!」
 決壊した堤防のように涙を溢れさせ、ヨシマサに抱き着いた。
 ヨシマサは、そんなミドリを優しく抱き留め……かけたが、その手を止めて横を向いた。
 そこに、マリカとレティアナがいる。
 マリカは、背中を地面と平行にするぐらいのけ反って、両手で宙をガリガリ描いて、片足の爪先は天に向けてひくひくさせて、はぅはぅと喘いでいる。どうやら興奮しているらしい。
 レティアナは、ちょっとどういう精神状態なのか怖くなるほどに両目を見開き血走らせ、ヨシマサとミドリを見つめてメモを取っている。時々、鼻を拭っているのは、まさか鼻血か。
「……お前ら……」
 ヨシマサの、呆れ果てた声を合図にしたかのように。
 ぐんっ! とマリカは姿勢を戻して、だだだだっと駆けてきて、
「っくはああぁぁ~~~~~~~~! しんぼうたまらん、とは、正にこのことっ!」
 ヨシマサとミドリを、まとめてガシッと抱きしめて、二人の肩をバンバン叩いた。
「わたしとレティアナが、『まぁ流石にこんなの、現実にはいないんだろうけどね~』とか妄想してた、あんなネタやこんなネタを! もろ現実で! しかも素で! 天然で! やってくれるんだから、もう! もうっ!」
「落ち着け。というか、お前も今、結構な重傷ではなかったのか」
「んなもん! さっき言ったでしょ、元気をもらったって! とにかくとにかく、もぉ絶対わたしたちは、あなたたちから離れないからねっ! ね、ミドリちゃん♪」
 ミドリに顔を寄せて、マリカは囁いた。
「わたしたちの夢は、あなたたちが恋人として結ばれる、らぶらぶハッピーエンドを拝むこと。その実現に向けて、全力でお手伝いさせてもらうわよ。男の子同士の恋路、世間様からは石を投げられることもあるでしょう。けど、わたしたちは何があっても、あなたたちの味方」
「マリカさん……ありがとうございますっ」
「ふふ。おねーさんに任せない。で早速、あなたとヨシマサとの、らぶらぶハッピーエンドに向けての作戦なんだけど」
「は、はいっ。よろしくお願い」
「するなああぁぁっ!」
 マリカとミドリが、脳天に熱い衝撃を受けて地面に叩き伏せられた。ヨシマサの、鞘ぐるみ大上段の一撃、いや二撃である。
 突っ込みを入れて二人を倒したヨシマサを見ながら、レティアナは黙々とメモをとっている。
「……描くことについては、既に貴方から許可を頂いてるわよ。二言はないわよね?」
「くっ。好きにしろ」
 悔しがるヨシマサの足元で、叩き伏せられたマリカとミドリは。  
「兄と弟ってのも、いいポジションだとは思うけどね。その地位に甘んじていてはダメよ」
「いつまでも「兄様」と呼んでいてはいけないってことですか」
「や、そういうことではないの。弟のように可愛がられてる、兄のように慕ってる、そこは崩さなくていいの。呼称も、今はまだそれでいいわ。それはそれとして、行動面でね」
「難しそうですね」
「そう。BLの道は奥深いものなのよ。そう心得て、今後の精進を」
「せんでいいと言っとるんだああぁぁっっっっ!」
 ヨシマサの、嵐のような連撃が二人を打ち据える。
 ミドリはどれほど打たれても怯むことなく、マリカから教えを受けようとしている。BLの。
 マリカはいつもの「にかっ」な目のまま、心底楽しそうに打たれている。BL話をしながら。
『……ふむ……』
 レティアナはヨシマサたちのやり取りをメモして、BL小説のネタにしようとしている。
 今、そのメモの登場人物の中には、マリカも含まれている。
『ことによっては、BLではない作品に挑戦してみるのもいいかもね……ま、とにかく。これからはいいネタのおかげで、いい作品が描けそうだわ』
 
 魔王が召喚され、更にその魔王を糧として、魔王よりも強く恐ろしい、大魔王ともいうべきものが誕生した。だがその大魔王は、若き英雄たちにより、死闘の末に討ち倒された。  
 その現場で、当の英雄たちは、

「いきなりアレやソレに踏み込むのは無理としても、いつかは、ね」
「い、いつかは、ですよね」
「あんまり過激な描写は、読者を選ぶのよねえ」
「だから俺をBLのネタにして盛り上がるなああああああああぁぁぁぁっっ!」

 ……でしたとさ。めでたしめでたし。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

2回目の人生は異世界で

黒ハット
ファンタジー
増田信也は初めてのデートの待ち合わせ場所に行く途中ペットの子犬を抱いて横断歩道を信号が青で渡っていた時に大型トラックが暴走して来てトラックに跳ね飛ばされて内臓が破裂して即死したはずだが、気が付くとそこは見知らぬ異世界の遺跡の中で、何故かペットの柴犬と異世界に生き返った。2日目の人生は異世界で生きる事になった

紅雨-架橋戦記-

法月
ファンタジー
時は現代。とうの昔に失われたと思われた忍びの里は、霧や雨に隠れて今も残っていた。 そこで生まれ育った、立花楽と法雨里冉。 二人の少年は里も違い、家同士が不仲でありながらも、唯一無二の親友であった。 しかし、里冉は楽の前から姿を消した。それも里冉の十歳の誕生日に、突然。 里冉ともう一度会いたい。 何年経ってもそう願ってしまう楽は、ある時思いつく。 甲伊共通の敵である〝梯〟という組織に関する任務に参加すれば、どこかで里冉にも繋がるのではないか、と。 そう思っていた矢先、梯任務にも携わる里直属班・火鼠への配属が楽に言い渡される。 喜ぶ楽の前に現れたのは​─────── 探していた里冉、その人であった。 そんな突然の再会によって、物語は動き出す。 いきなり梯に遭遇したり、奇妙な苦無を手に入れたり、そしてまた大切な人と再会したり…… これは二人の少年が梯との戦いの最中、忍びとは、忍道とはを探しながらもがき、成長していく物語。 *** 現代×忍びの和風ファンタジー創作『紅雨』の本編小説です。 物語の行く末も、紅雨のオタクとして読みたいものを形にするぞ〜〜!と頑張る作者の姿も、どうぞ見届けてやってください。 よろしくお願い致します。 ※グロいと感じかねない描写も含むため一応R-15にしています

愚者による愚行と愚策の結果……《完結》

アーエル
ファンタジー
その愚者は無知だった。 それが転落の始まり……ではなかった。 本当の愚者は誰だったのか。 誰を相手にしていたのか。 後悔は……してもし足りない。 全13話 ‪☆他社でも公開します

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

婚約破棄からの断罪カウンター

F.conoe
ファンタジー
冤罪押しつけられたから、それなら、と実現してあげた悪役令嬢。 理論ではなく力押しのカウンター攻撃 効果は抜群か…? (すでに違う婚約破棄ものも投稿していますが、はじめてなんとか書き上げた婚約破棄ものです)

けもの

夢人
歴史・時代
この時代子供が間引きされるのは当たり前だ。捨てる場所から拾ってくるものもいる。この子らはけものとして育てられる。けものが脱皮して忍者となる。さあけものの人生が始まる。

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

処理中です...