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第四章 奇跡が生んだもの

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 刀身に気光を込めた。ミドリの魔術がかけられた刃に、ヨシマサの気光が被さる。
『二人の力を合わせるぞ、ミドリ!』
 裂帛の気合とともにヨシマサは、崖から落ちてくる巨岩、いや、鉄塊の如きソレーヌの拳に斬りつけた。
「――!」
 ソレーヌの拳は、ヨシマサの体に触れることはなかった。
 触れるはずの部分、拳全体の半分近くが、ごっそりと欠け落ちたからだ。
 いや。欠けたのではなく、斬られた。斬り飛ばされたのだ。
「ギャアアアアアアアアァァァァァァァァ!」
 ソレーヌが絶叫する。眦が裂けそうなほどに目を見開いて、半分ほどになってしまった拳を凝視している。
 ヨシマサは己の刀を、刀身を見た。
「これは……!」
 ミドリのかけた魔術と、ヨシマサのかけた気光術とが、混ざり合っている、のではない。
 混ざり合うことなく、魔術の紅い光が気光の白い光に包まれた状態で、しっかりと存在している。形としては、蝋燭の火のようだ。
 だが、ただ二種のものが並んで存在しているのでもない。紅が白を引っ張り上げ、白は紅を押し上げ、互いに互いを上に上にと高め合っている。相乗効果を発揮しているのだ。名匠によってカットされた宝石の中で、光が複雑な乱反射をすることで増幅され、眩く輝くように。
 紅白の美しい輝きは刀身を包んで刃を構成し、その長さを本来の二倍以上に伸ばしている。そして、その中に凝縮されている「力」は、美しい見た目からは想像もつかないほどの強大さを感じさせる。それがどれほどのものかは、ソレーヌの拳を斬り飛ばしたことで実証済みだ。
 しかし、気光ではソレーヌに敵うはずがない。そして、ヨシマサに魔術は使えない。
『……もしや……』
 今、何が起こっているのか。ヨシマサには少しずつ解ってきた。
 斬られたソレーヌが叫ぶ。
「ま、ま、まさか、魔術と気光術との二つが生み出した、全く新しい力だとでも? バカな!」 
 水を凍らせれば氷になり、水を蒸発させれば水蒸気になる。水は両者の源だ。魔力や法力にとっての気光は、この水の立場である。
 だが、氷と水を混ぜたところで、できるのは氷水だ。氷でも水でもない、しかもその両者を越えた、第三のものなどできない。そんなものは存在しない。
「そんなことは、理論上、絶対に絶対に不可能なはず! そんなことができるなら、魔術と気光術との、長い研究の歴史の中で、どこかで、誰かが、とっくに、」
「そういえば、ラグロフが言っていたな」
 長く伸びた、紅白の光の刀を構え直して、ヨシマサが言った。
「偉大な発明とは、意図せぬ事故によって、奇跡的に産み落とされることが多いと」
「黙れええええぇぇぇぇ! それはあくまでも、長年の試行錯誤の末のこと! こんな、こんな、修羅場で現場で土壇場で、突発的に都合よく、出てこられてたまるかああぁぁ!」
 ヨシマサの後ろで、ミドリが声を上げた。 
「突発でも都合でもありません! これは、僕と兄様の、絆が生んだ奇跡です!」
「うるさい死ねええええええええぇぇぇぇ!」
 ソレーヌが、傷ついていない方の拳をミドリに向けて振り下ろした。
 その拳に、ヨシマサの紅白の刃が振られる。
 ソレーヌの拳は、またしても、果実のように斬られてしまった。
「ガアアァァ! な、なぜ! なぜ、こんなことがっっ!」
「だから僕と兄様の、」
「やかましいいいいいいいいぃぃぃぃ!」
「ミドリの言う通りだ」
 半狂乱となりつつあるソレーヌに、ヨシマサが刀を突き付けて言った。
「我が故国の古き名は、【大いなる和】と書く。史上最初に制定された法の第一条においても、和を最重要のものと定めていた。他者と、森羅万象と、この世の全てと、己の魂との和を目指す。そんな国の民によって生み出された術、それがお前も使用している気光術だ」
「な、何を言って……」 
「お前はザルツを利用し、ラグロフを欺き、魔王をも犠牲にして、ここまで来た。そんな、和の欠片もないお前に、気光を極めることなどできるものか! 遠く彼方の、海をも越えて結ばれたこの和、魔術と気光術との和を為したこの刃に、敵うと思うてか!」
「えと、よくわからないけど、そうです! 僕と兄様の愛の力です!」
「……ミドリ。せめてさっきの「絆」で」
「そ――――よっ! 愛なのよおおおおぉぉぉぉ!」
 ミドリの後ろで、マリカが立ち上がった。天に向かって吠えている。
「ぅくううううぅぅ~~~~っ……これに比べたら、私の作品なんて……未熟、未熟っっ」
 レティアナは両こぶしを握って打ち震えている。
「元気だなお前ら」
 ヨシマサが、思わず呆れた声を出せば、
「元気をもらったのよっ!」
「理想の美少年二人にねっ!」
 マリカとレティアナが、鼻息荒く応える。
「と、いうわけでソレーヌっ!」
 自信に満ち満ちたマリカの声が、ソレーヌに叩きつけられる。
「英雄物語の定番! こんな展開になった以上、こっちの勝ちは確定よ! 覚悟しなさいっ!」
「だ、」
 ソレーヌは、少しだけ怯んだが、
「黙れええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
 半狂乱、ではなく、もはや全狂乱となってマリカに襲いかかった。
 その目の前に踏み込んできたヨシマサの、紅白の光の刀が一閃し、ソレーヌは肩から脇腹まで大きく袈裟がけに斬り裂かれる。間髪入れず、その傷口めがけてマリカが跳んだ。
「レティアナっ!」
「承知っ!」
 レティアナが、マリカに向けて突風を放つ。それに乗って加速したマリカは、気光を宿らせた忍者刀を構え、己を気光の矢と化して、ヨシマサの斬り開いた傷口を突いた。刀が刺さり、腕が捻じ込まれ、そして全身が突入、マリカが丸ごと、ソレーヌの体内に入った。
 ソレーヌの体内、即ち魔王アルガバイアーの体内。地上の生物とは異なる法則で構成されたその体を操っているもの、気光の流れの核となる部分に、それはあった。
 今や、ソレーヌそのものである餓鬼魂だ。アルガバイアーの体から逃げ出そうと動いている。
「! マ、マリカ、待っ……」
 海中に泳ぐ魚を、銛で突き刺すように。マリカは、気光を帯びた刀で、餓鬼魂を突き刺した。

 気光と気光。その他には何もない。天も地も、火も水も、肉も骨もない。 
 気光だけの世界で、一糸纏わぬ姿のマリカとソレーヌが向かい合っていた。
「ラグロフと組んで暗躍してザルツを乗っ取ったとしても、里に対抗できるとは限らない。でも自分自身が魔王の力を得れば、里が何をしてきても負けない。自由になれる。そう思ったの?」
「そうよ。確かに、魔王は伝説級の英雄には倒されるかもしれない。でも、世界を一度は支配してしまうような、そんな力を手にすれば。それなら、里に対抗することぐらいは」
「はぁ。どうやら、勘違いしてるわね。いい? まず、伝説の英雄たちがやってるのは、本質的にはわたしたちの本職と同じなの。城に忍び込んでの、敵首領の暗殺。それはわかる?」
「言われてみれば、そうだけど。それが何よ」
「魔王だって、例えば騎士団による総攻撃なんかには、魔物の群れをぶつけてるわ。魔王軍の兵士たちをね。魔王さん個人で、軍とぶつかって勝ってるわけではない。里の忍群も同じことよ。ちょっとやそっと強くても、個人で対抗するのは無理ってもの」
「……魔王ですら、里が本気で狙ってきたら勝てない、と?」
「そ。実際に、魔王の力を得たあなたが今、負けたでしょ? 私とレティアナに二人を加えた、たった四人に。冷静に考えてみなさい。私とレティアナが、助っ人二人を確保しただけで、里から連続で派遣されてくる本気の暗殺団を、退けられると思うの?」
「つ、つまり、あたしたちは、どう足掻いても自由になれない、諦めろ、と?」
「個人では無理、って言ったでしょ。だからわたしは、個人では戦わない。実は今、その準備中なのよ。コネの構築、いや、それ以前に相手の品定めかな」
「個人では戦わない、って。何をする気なの」
「国を、軍を、巻き込むのよ。利害関係、メンツ、組むと見せての裏切り、疑心暗鬼、その他いろいろ絡めて、ドロドロ大混乱の戦いに持ち込む。それなら勝ち目はあるわ」
「正気なの? 里は今や、世界最強クラスのテロリスト育成・派遣組織なのよ? 状況次第では、どこかの国が国ぐるみで里につく……いえ、里が「つかせる」ことだってあり得るわ」
「一国で無理なら、二国三国の正規軍を、里とぶつける。世界を巻き込んだ大戦になるかもね」
「そ、そんなことしたら、」
「たくさん死ぬでしょうねえ。でも、それ以外に里に対抗する手段はない。わたしたちが自由を得る手段はない。……だから、ね。わたし、あなたを殺したけど、責める気はないわよ。里と戦う為にザルツと組んで、大勢の人を、子供たちを、殺すことに加担してきたあなたを」
「……」
「この企みが成功して、里を潰せても。あるいはどこかで失敗して、わたしとレティアナが誰かに殺されても。ま~わたしら二人とも、極楽往生とはいかないわね。それはわかってる」
「マリカ……」
「だから、先に逝って待ってなさい。いずれ、レティアナが描き溜めたBL作品を持って行って、読ませてあげるから。今そこにいる、ヨシマサとミドリちゃんのネタも、それ以外のも、たくさんね」
「…………ぁ、あはは……は……うん、楽しみに待ってるわ。……地獄で」
「ええ。地獄でね」

「ォゴオオオオオオオオォォォォォォォォ……」
 人のものとも、魔物のものとも、妖怪獣のものとも違う断末魔が響き渡る。胸の傷を中心としてソレーヌの全身が、みるみる内に灰の塊となって、形を失い、滝のように流れ落ちていく。
 その中心、灰の塊の中から、まるで熟れきった果実が強風を受けて落ちるかのように、マリカが出てきた。降下しながら忍者刀を一振りして背中の鞘に収め、片膝立ちの姿勢で着地する。
「マリカ!」
 刀を手にしたままのヨシマサが駆け寄った。
「倒せた、のだな?」
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