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第三章 刻み込まれた任務

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 マリカが全ての出会い亭に戻ってきた時、席にいたのはヨシマサとレティアナの二人だった。
「あら、ミドリちゃんは?」
 ヨシマサが答える。
「二階の部屋で、先に休ませた。明日は早いから、充分に体力を養っておくようにと」
「で、もうオヤスミナサイしたの? 素直でいい子ねえ」
「そうだな。で、お前の方はどうだった」
 マリカも、レティアナと並んで席に着いた。
「少し、お話しできたわ。あいつが狙ってるのはあなたとミドリちゃんで、ミドリちゃんについては、身柄を確保するのがお望みみたいね」
「やはり、ザルツの者か? つまりこの依頼はザルツの罠であると」
「でしょうね」
「となると、業腹ではあるが、あの男の話に乗らざるを得んな。ミドリの情報を得る為に」
「そーね」
 正にアンセルムの……いや、ソレーヌの考え通りに事は進んでいる。とマリカは思った。
『ま、この流れはわたしたちの望みでもあるけど。妙な形で利害の一致だわ』
 ヨシマサはしばらく考えて、それからひとつ深呼吸をして、マリカとレティアナを見た。
「単刀直入に聞くぞ。お前たちの目的は何だ」
 え? と声を出し、きょとん、とした顔になる二人に、ヨシマサは真剣な声で言った。
「里への報告用に手柄がいるから俺を利用するとか、BLのネタにするとか。それらはただの隠れ蓑で、もっと重大な、具体的な目的があると俺は見ているが」
 二人は顔を見合わせて、それからヨシマサに向き直った。
 レティアナが問いかける。
「どうしてそう思うの?」
「ザルツの罠であることが明らかになり、それでも平気でいるというのが一つ。お前たち二人、腕が立つのは認めるが……いや、腕が立つ者こそ、警戒を怠らないものだ。にも関わらず罠に飛び込もうというのは、何か余程の目的があってのこととしか思えん」
「一つ、って言ったわね。他には?」
「今の、マリカの報告だ。あの男がマリカに、ザルツの罠だと察せられるような話を、ペラペラ喋ったこと。つまり喋っても、お前たちが逃げないと確信しているわけだ。お前たちが逃げない理由、果たさねばならぬ目的があると知っているからだろう」
 レティアナは得心して頷いた。
 マリカも頷いて、答えた。
「ん。あなたの言う通りよ」
「ならば、お前たちのことを詳しく説明してほしい。これから、共に敵陣に斬り込む仲間だ。妙な疑い、とまでは言わんが、すっきりしない疑問を抱いたままでは、戦いに支障が出る」
「解ったわ。で、あなたは他にも何か、わたしたちに対して思ってることとか、考えてることはある? それを全部聞いてから、こちらも全部答えるわ」
 マリカの問いに対して、ヨシマサはまた少し考えて応えた。
「お前は、盗賊戦士などと名乗っているが、本当は違うだろう。俺の故国、ニホンから伝わった忍術を継承する、忍者だ。そしてレティアナは巫女、だろう? だが、そんなことはどうでもいい。お前たちの里や仲間たちに興味はない。ただ、」
 ヨシマサは、マリカとレティアナを強く睨みつけた。
「万が一にもお前たちが、ミドリに害を為すようであれば、俺の敵ということになる。だから、お前たちの行動理念、具体的な目的などを、はっきりさせておきたい」
「うんうん。ミドリちゃんが何より大切、っと。それでこそ、わたしたちの理想のあなたよ」
「真面目に話しているのだから、茶化すな」
「これはこれで、わたしたちの本心よ? そこは信じて欲しいなぁ。ねえレティアナ」
「そうね。さて、それでは」
 マリカとレティアナは、示し合わせたように立ち上がった。
 レティアナが先に立って歩き出し、階段へ向かう。マリカはヨシマサを手招きして、
「ここでは、ちょっと言いにくいから。お部屋に行きましょ」
 
 ミドリが寝ている部屋とは離れた場所にある、もう一つの二人部屋。たまたま離れた二部屋しか空いていなかったので、こちらをマリカとレティアナの部屋として取ったのだ。
 そこに、三人が入ってきた。レティアナはベッドに、マリカは備え付けの椅子に座り、ヨシマサは入ってきたドアを閉めると、そこに背を預けて立った。外から聞き耳を立てられないようにとの用心だ。
 ここまできて、ヨシマサは内心ホッとしていた。
『ミドリを大切にしているから、今こうして追及している、と。俺とディーガルとの繋がりを伏せておくのには、いい隠れ蓑になったな。これでこいつらから、里について詳しい話を聞き出せればいいんだが』
「えっと。まず、最初に言っておくわね」
 マリカが話を切り出した。
「さっきあなたが言った、忍者だ巫女だって話は、その通りよ。よく知ってたわね、と言いたいけど、ニホンでは常識なのかな」
「まあな」
「んで、わたしたちの目的だけど。ズバリ、抜け忍の始末よ。それが、里から与えられている任務。追いかけて、見つけて、殺すこと」
 マリカは立ち上がり、ヨシマサにずいっと近づいた。そして前髪を掻き上げて、額を見せる。
「ここ。よく見て」
「?」
「視覚だけではダメよ。気光の目で」
「気光の……」
 ヨシマサは言われた通り、体内の気光を高めて、それを目に集めた。こうすると、視力が上がるとか、暗闇を見通せるといった能力が得られるわけではないが、通常の視覚では認識できないものが見えるようになるのだ。
 その目で、マリカの額を見る。すると、うっすらとだが紋章のようなものが見えた。
「何か描かれているようだが」
「そ。わたしたちは生まれるとすぐに、これを気光に刻まれるの。その者に気光がある限り、つまり生きている限り、消すことは不可能でね」
 マリカは二歩、三歩と下がって、改めてヨシマサと目を合わせた。
「詳しくは知らないんだけど、これを刻まれている者の居所を、里では探知できるの。そういう、秘術だか設備だかがあるらしいわ。といっても、決して万能ではなくてね。把握できる位置は大雑把なもので、個体識別もできず、常時逃がさずにいられるわけでもない」
「もう少し、解り易く教えてくれ」
「例えば、わたしとレティアナが、里から東へ一週間のところにある街へ行け、と言われたとする。わたしたちが出発してから一週間経って、術でその街近辺を探る。すると、反応が二つある。なら、その二つはわたしとレティアナだと判る。わたしとレティアナがそこにいると知っていて、そこを探るから、見つけられる。ここまではいい?」
「その街近辺という事前情報なしで、大陸のどこかにいるお前たちを探し出す、ということはできないわけか」
「そう。術の探索範囲を広げれば、全土に散ってる全員の居所も把握できるけど、その中のどれがわたしたちかは、里にも判らないの。その場合、見つかる人数は百や二百ではきかないし、そんな大規模な術は、そう気軽に頻繁には使えないらしいわ」
 ヨシマサは、自分が里側の人間だとして、できることを考えてみた。
 ……確かに、万能とは言い難い。
「さっきの例え話を続けるわよ。二つあるはずの、【その街近辺の反応】が一つしかなかったら、里では異常事態と見做されるの」
「だが現場で予想外のことがあって、二手に分かれて行動するということもあるだろう。その場合、里では一人を見失うことになるのだろうが、お前の方から連絡はできないのか?」
「言葉のやりとりはどちらからも一切不可能よ。だから場合によって、里の対応はいろいろ。すぐ調査員が派遣されることもあるし、大人しく待つこともある。任務遂行上のこういう事情があって、ここへ向かいました、という報告が、他の者経由ででも届くかもしれないからね」
「なるほど」
「で、本人が意図的に「逃げた」場合、もちろん里では見失ってしまう。そうなったら……ではなく、実は定期的に、さっき言った全土探査をやってるの。その時、任務を受けた者が絶対にいないはずの地域に反応があれば、それが誰かは不明でも、任務外で動いているわけだから、」
「抜け忍、か」
 抜け忍というものは、ヨシマサも知っている。裏切り者として里から追われ、殺される運命にあることも知っている。
「さっき、言葉のやりとりはできないって言ったわよね。でも、里で掴んだ【反応】を、狙った者に送りつけることだけはできるの。【そこから南へ半日ほど歩いた辺りに一人いるぞ】という風に。言葉ではなく、感覚的なものだけどね。それが、里から届く抹殺指令というわけ」
「そんな大雑把な情報で探し出せるものなのか?」
 というヨシマサの疑問には、ベッドに座っているレティアナが答えた。
「里から逃げて抜け忍になろう、なんて決断は、簡単にはできないわ。ほぼ確実に殺されるんだから。必ず、何らかの勝算がある。大規模な組織に入って、何かを与えることで、そこそこの地位に出世する、とかね。そういうのを実行してる者を、探していけばいいのよ」
 二人が情報屋にザルツの地方支部を探らせていたのは、そういう理由があったのだ。
「つまりその抜け忍は、逃走の為にザルツを利用しているというのか」
「ええ。今回は逃げ方が雑だったから、それが誰かも見当ついてるの。ソレーヌっていう女よ。ここの地方支部長に、何か与えて取り入ったんでしょうね。で、それを武器に本部への反抗を唆した。多分、最終的にはザルツを丸ごと全部、ソレーヌ自身が掌握するつもりなんでしょ」
 ヨシマサは唸った。ヨシマサにとってのザルツは、いつ果てるとも知れぬ戦いの相手であり、憎むべき、そして恐るべき、強大な敵集団。いわば伝説の英雄と対峙する、魔王軍ともいえる存在なのだ。そのザルツを、逃げるための手段として使っている、とは。
 ソレーヌという抜け忍は、ザルツに逃げ込めば里からの追っ手に対抗できる、と考えたわけだ。マリカたちの里はザルツに匹敵、あるいはそれ以上の力をもつ組織だというのか……いや、それも充分にあり得る話だ。あの、ライカンスロープたちのネットワークのことから考えると。
 そんなものを敵に回したら、いや、ちょっと疑われて睨まれるだけでも、一大事だろう。だが、だからこそ情報が必要だ。
「お前たちは、」
 ヨシマサは考えを纏めながら尋ねた。
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